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第107話 片田舎のおっさん、頼まれる

「うーん……食材、はまだいいか」


 バルデル鍛冶屋からの帰り道、家の備蓄に少し思いを馳せながら歩く。

 確かまだ食材に余裕はあったように思う。俺もミュイも日中は基本的に家を空けているから、食材選びは日持ちするかどうかを重視して選んでいる。多分大丈夫だろう。


 ミュイは最近、よく食べるようになった。


 元々が育ち盛りの年齢である。今までが生活環境上食えてなさ過ぎただけで、身体に巡る栄養はいまいち不十分だったのだろう。

 相変わらず食べる時はよく言えば豪快、悪く言えばうるさい食べ方ではあるものの、子供が沢山のご飯を食べている様は見ていて癒される。このまますくすくと育って行ってほしいものだ。


 ちなみに我が家の食事情は、大体数日に一回まとまった食材を買いに行って、それを俺とミュイが消費していくというサイクルが出来上がりつつある。

 グレン王子とサラキア王女の護衛任務もあって、最近はあまり外に食べに行くこともなかったから、今度またミュイを外に連れて行ってもいいかもしれないな。


「ただいまーっと」


 そんなことを考えながら歩いていると、いい加減慣れ親しんできた我が家に辿り着く。


 ルーシーとの奇妙な縁で貰った家だが、俺とミュイの二人で生活する分には何も問題はない。ここにもう一人増えるとなると多少手狭になるかもしれないが、今のところそんな予定もないしね。

 増えるとしたらまあ、俺の嫁さんとかそんな感じになるんだろう。繰り返すが、そんな予定は露ほどもない。一人の男として若干情けない部分はあるかもしれないが。


「ん、おかえり」

「おう、おかえりー」

「……んん?」


 返ってきた声は二つ。

 またかよ。ミュイのものとは違う、聞き慣れた幼い声が追加で響く。

 またルーシーのやつが勝手に上がり込んで寛いでいるのだろう。確かにここは元ルーシーの家だが、今はちゃんと俺たちの家なんだから、いい加減きつめに言っておいた方がいいのかもしれない。


「おかえり先生」

「……あれ?」


 結構な頻度で上がり込んでくるルーシーに、小言の一つでも言ってやろうかと思って居間に進めた足は、もう一つの声と影によってぴたりと止まってしまった。


「フィッセルじゃないか。どうしたんだい」


 魔法師団のローブに身を包んだ黒髪の女性が、ミュイが出したのであろうお茶を両手ですすりながらちょこんと座っていた。

 そう言えば、弟子が俺の家に訪ねてくるのは初めてかもしれない。それでも最初に来るのがフィッセルだとは思わなかったけども。


「団長に連れてこられた」

「そ、そっか……」


 相変わらずフィッセルは感情の起伏が小さいというか、基本的にいつでも同じ波である。それはそれで彼女の個性でもあるので、俺もとやかく言うつもりはないけどね。


「ん? お主、剣はどうしたんじゃ」


 俺の姿を確認したルーシーが、俺の変化に気付く。

 まああの赤い鞘は目立つしなあ。冴えないおっさんが腰に差していれば気になるし、逆に今まであったものが変哲のないものに変わっていてもまた目立つ。


「ちょっとね。鍛冶師に預けてある。こいつは代役みたいなもんさ」


 とは言っても、何か代わり映えのある事情があるわけでもないので、素直に答えておくとしよう。


「それで、何か用事かい?」


 ルーシーが突拍子もない行動を起こすのにはもう慣れたもんだが、逆にこいつは何も用件がない時に何かを起こしたりはしない。

 わざわざフィッセルを連れてくるくらいだ、何らかの用事はあるのだろう。それを俺が聞くかどうかはまた別として。


「うむ。ちとお主に相談事があってのー」

「ふむ」


 相談事、というのはちょっと珍しい。彼女の性格からして、持ってこられる問題の大体が命令か、または強制的なお願いである。

 まあ、相談と言うならば聞いてやろうじゃないか。俺は相槌を一つ打つと、空いている席に腰を下ろした。


 この家にあるテーブルは四人掛けである。

 俺の横にミュイ、俺の対面にルーシー、ルーシーの横にフィッセルという具合だ。

 しかし、流石に四人ともなると家がちょっと狭く感じる。やっぱりここに住むにはせいぜい二、三人が限界だろうなと改めて感じてしまった。


「時にお主、魔術師学院にはもう行ったかの?」

「ああ、ミュイを連れて行く時に一緒に何度かお邪魔したよ」

「そうかそうか」


 魔術師学院について触れるということは、今回の話はそこ絡みだろうか。剣術に関してならともかく、魔法に関してとなると俺にはさっぱり分からんのだが。


「魔術師学院では今年から剣魔法科が新設されとってのぅ」

「ああ、それはキネラさんから聞いたよ。今年からなんだね」


 剣魔法科。フィッセルのような魔法剣士を育てるコースである。

 キネラさんからは、あまり受講する生徒の数は多くないと聞いていた。となると、そこへのテコ入れとかそんな感じなんだろうか。やっぱり俺に出来ることは特にない気がするけども。


「なんじゃ、お主キネラに会ったのか」

「ああ、うん。学院の案内とかもしてもらったよ。ミュイの担任らしくてさ」


 俺の返答に、ルーシーが少し驚いたような声をあげていた。

 キネラさんは学院の教師だから、俺とミュイが出会うことにそこまで不思議はないはずなんだが、そういえば魔術師学院って何人くらい教師の人が居るんだろうか。

 もし数十人数百人を超える人数であれば、特定の一人と会う確率はそこそこに減るしね。


「キネラは優秀じゃぞ。あやつの防性魔法は一級品と言ってもよい」

「へえ」


 やっぱりあの場所に勤めるくらいなら皆優秀なのだろう。

 防性魔法というものにお目にかかったことはないが、フィッセルの剣魔法を防いだりするのだろうか。今度お願いしたら見せてもらえないかな。出来る出来ないは置いといて、単純に興味はある。


「ちと話が逸れたな。剣魔法科なんじゃが、新設にあわせてフィスが講師を務めておっての」

「ほほう」


 自然と視線がルーシーからフィッセルへと向く。

 うーん、彼女は俺の元弟子だったという認識がどうしても強いんだが、それが今では人に教える立場に立つとは。月日の流れは早いものである。

 あ、フィッセルがちょっとドヤ顔してる。俺の弟子たちはなんなんだろうな、皆ドヤ顔が好きなのかな。


「ただこやつ、教えるのがへったくそでのー」

「えぇ……」


 フィッセルの表情が固まってしまった。彼女は言葉の感情は読みにくいが、表情は物凄く読みやすい。そこら辺はクルニにちょっと似ている。まあクルニは言動全てが分かりやすいんだけど。


「えぇっと……フィッセル?」

「……人には向き不向きがある」

「そ、そう……」


 表情の固まったフィッセルが、ふいとそっぽを向いた。この辺りは年齢相応というか、まだまだ若いところもあるんだなあと少しほっこりする。

 しかし、ルーシーは彼女の教えを下手くそと言ったものの、具体的にどう下手なのかによって話は変わってくる。フィッセルのことだから横暴な教え方はしていないと思うが。


「……アタシはフィッセル先生の授業、好きだけどな」

「……ん?」


 俺たちのやり取りに、ミュイが加わってきた。

 フィッセル先生……フィッセル先生? あれ? ミュイにとってもフィッセルは先生なの?


「ミュイは剣魔法科を取ってる。私の生徒と言っても過言でもない」

「あれ、そうなんだ」


 フィッセルのドヤ顔がまた復活したが、申し訳ないけど話の肝は今そこじゃないんだ。


 ミュイが剣魔法科を取っているのは初めて聞いたぞ。ミュイは学院での授業のことをあまり家の中でも話さないからな。


「なんじゃ、お主知らなんだのか」

「うん……今初めて聞いたね……」


 ルーシーが意外そうな声色で紡ぐ。

 ということはなんだ、ミュイが剣魔法科を受講しているのを知らなかったのは、この中で俺だけということか。俺は仮にも彼女の後見人のはずなのに。


 しかし、ミュイが剣を扱う授業を取っているのは驚きだ。

 剣術というとなんだかそれっぽい響きはあるものの、本質は荒事を扱う技術である。確かに彼女はキネラさん曰く、攻性魔法に適性があるかもしれないとのことだったが、それでも剣を習うのは想定外であった。


「それなら教えてくれてもいいのに」

「……いいだろ別に。言わなくても」


 もったいぶらずに教えてくれればよかったのになあ、という心情を零せば、返ってきたのはそっぽを向いたミュイの言葉であった。

 これはあれだな、恥ずかしがってる感じのあれだ。俺はミュイに詳しいんだ。


「ははは! ミュイのやつ、お主の剣に憧れとるようじゃからのー」

「ちょ……!」


 おお、実に珍しいミュイの慌てた様子。ということは、俺に知られるのは相当恥ずかしかったんだろうな。

 まあ知ろうと思えば別にミュイの口から聞かずともよかったことだし、ルーシーがこの話を持ってきたということは、遅かれ早かれ知ることにはなっただろう。

 どうにかして、剣魔法科を受講していることを俺に秘密にしておきたかったミュイの言動にほっこりするばかりである。


 だが、ミュイのような幼い子にも俺の剣がそう映っていたのなら何よりだ。俺はただ人を斬るためだけの技術を教えているつもりはないからね。


「くそ……なんで言うかな……」

「くくく、すまんの」


 照れと恥ずかしさと、それらの感情の行き所を失ったような複雑な顔を浮かべたミュイが零す。

 多分だけどルーシーのやつ、この反応を分かっててバラしたな。相変わらずいい性格してんな、とは思うが、今回はミュイの可愛い一面が見れたから無罪としよう。そうしよう。


「それで、相談事っていうのは?」

「おお、そうじゃった」


 ミュイのあれやこれやで話が逸れてしまったので、本筋に戻そう。

 多分だけど、フィッセルを連れてきたってことは恐らく、その剣魔法の教え方があまりよくないとかそういう話だろう。俺は魔法のことはてんで分からないが、剣術に関してならそれなりの知見はあると思っている。


 ということはつまり、フィッセルに剣の教え方を教えてやってくれとか、そういう感じと見たね。


「お主、魔術師学院で教鞭を執ってみんか」

「は?」


 そっち?

またルーシーに無理難題を吹っ掛けられるおじさん。

ちなみにフィッセルはいわゆる頭のいい脳筋です。

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― 新着の感想 ―
ルーシー、これはいかんよ。 子どもの気持ち考えずにからかうやつが、学校開くな。 マジでヤダ。
[気になる点] >またルーシーのやつが勝手に上がり込んで寛いでいるのだろう。確かにここは元ルーシーの家だが、今はちゃんと俺たちの家なんだから、いい加減きつめに言っておいた方がいいのかもしれない。 そ…
[気になる点] なるほど… 「ここに住むにはせいぜい二、三人が限界」と そういえば国を追い出されて住処のなくなりそうな愛弟子がどっかにいましたね。
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