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第105話 片田舎のおっさん、招かれる

「アリューシア・シトラス様にベリル・ガーデナント様ですね。お待ちしておりました」


 はい、マジでやって来てしまいましたレベリス王宮。


 いや、王族護衛の時にも来たと言えば来たんだが、俺たちがグレン王子とサラキア王女を出迎えたのは門前だ。門から中の庭に入ることさえ許されなかったから、こうやって大手を振って王宮の中に入れるというのはなんとも場違い感が凄い。


「はい。お待たせしてはおりませんか?」

「ええ。まだ時間には若干の余裕があります故」


 入口で待ち構えていた案内人らしき人とアリューシアが会話を重ねている。

 俺としては勝手が分からず、アリューシアに付き従うしか選択肢がないわけで。めちゃくちゃ縮こまりながら、未だ慣れない服に包まれてソワソワしているのが現状であった。


 事件が片付いた後、ミュイにも手伝ってもらってあのお高い服を頑張って洗濯していたんだが、黒地の服で本当によかったよ。

 俺自身は目立った怪我をしていないから服の傷みやほつれなどはなかったんだが、生死をかけて戦う以上、返り血だけはどうにもならんからね。


 見た目とか臭いとか何回も確認したし、少なくとも無礼というわけではないはず。そもそも王族に会うのに普段着の方がヤバい。そこら辺はアリューシアやヘンブリッツにも確認してもらったから、流石に大丈夫だとは思うが。


「では先生、参りましょう」

「あ、ああ」


 案内人とアリューシアに連れられて、王宮の中へと足を踏み入れる。


 知らん建物に初めて入る時は緊張するもんだが、流石に王宮の中となるとその緊張も段違いだ。

 これ土足で大丈夫ですか、と問いかけたくなるくらいぴかぴかに磨き上げられた王宮内を歩く。そういえば、服は買ったけど靴は買ってなかったや。これ失礼に当たらないだろうか。


 騎士団庁舎や冒険者ギルドもそこそこ広かったが、王宮はその比ではない。どう頑張っても届きそうにない高い天井に、塵や埃一つなく清掃された綺麗な廊下。

 本当に選ばれた者だけが踏み入ることの出来る領域に、俺なんかが足を入れている現状になんだかもやもやする。


「ははは、どうですか、レベリス王宮は」

「いやぁ、とにかく立派なもので……すみませんきょろきょろと」


 お付きの人に笑われてしまった。だってしょうがないじゃん。こんなとこ入る機会なんて俺には一生ないもんだと思ってたんだから。


「こちらです」

「はい。案内ありがとうございます」


 しばらくそうやって歩いた後、一つの扉の前に案内される。

 重厚な、それでいて煌びやかな扉だ。ここはなんだろう。多分王宮の中央じゃないっぽいから、食堂とか会食室とかそんな感じだろうか。


 案内人が扉を開け、アリューシアとともに室内へと足を踏み入れる。


 うわあ、広いな。冒険者ギルドのロビーとかよりも二回りはでかいぞ。壁に掛けられた等間隔の明かりが、室内を照らしている。中央には食事をするであろう長テーブルがあり、これまた豪奢な椅子が均等に並べられていた。


 多分、普段は貴族とか招いて大勢で食事する感じの場所なんだろう。今日ここに何人集まるのかは知らないが、天上の人と同じ空間で食事をする事実に俺はさっきから緊張しっぱなしである。


 ていうか今更だけど、ヘンブリッツ君は呼ばずによかったのだろうか。レベリオ騎士団副団長を差し置いて、俺みたいなぽっと出のおっさんがお呼ばれするのも、すごく申し訳ない気持ちがしてきた。


 いや、正直に言うと代わってほしい。俺には不釣り合いだぞこんな空間。


「アリューシア様はこちらへ。ベリル様はこちらへお掛けください」

「は、はい」


 やっぱり席の指定もあるんだな、と思いながら、高そうな椅子を傷つけないよう慎重に引き、腰を下ろす。

 長テーブルの上座には、多分王様が座るんだろう。俺たちはそこから二つばかり離れた席に、互いに向かい合うように配置された。


 時刻は夕刻。もう間もなく日が沈むだろう頃合いのはず。

 煌びやかな室内ではどうにも時間感覚が狂う。それがお偉いさんを待っている最中となれば余計にだ。


「グラディオ陛下、ファスマティオ王子殿下、サラキア王女殿下の御入場です」


 しばらく手持無沙汰な時間を過ごしていると、案内人と思わしき人のやや格式ばった声が響く。

 扉に目をやれば、壮年から老年に差し掛かったくらいの王様、恐らく二十歳前後であろう王子殿下、そして少し見慣れた王女殿下の三人が顔を覗かせた。


 えっ、これ座ったままお迎えしていいのかな。ヤバい、こういう時の礼儀作法なんて何一つ分からんぞ。


「うむ、待たせてしまったかな?」

「とんでもないことです。此度はこのような場にお招きいただき、感謝致します」


 サラキア王女護衛の時にも思ったが、王族が持つ特有のオーラって半端ない。まさしく天上人であるお方に声を掛けられて、とっさに返せるほど俺の脳みそは上出来じゃなかった。

 代わりと言ってはなんだが、アリューシアがすかさず返しの言葉を発していた。俺はとにかく頭下げることしか出来んかったです。


「はは、今日は礼も兼ねておる。気兼ねなく楽しんでくれ」


 で、どうやらそのグラディオ陛下は結構上機嫌っぽい。やや皴の目立つ、ともすれば厳格な人にも見えそうな人相をふんわりと和ませ、笑顔を咲かせていた。


「アリューシア、ベリル。今日は来てくださって嬉しいですわ」

「いえ、そんな……過分なお言葉、恐れ入ります」


 サラキア王女殿下の御機嫌も上々、と。

 彼女は俺とアリューシアに声を掛けると、護衛の時にも見せたふわふわにこにこにした笑顔を向けてくれている。

 でもね、いくら気兼ねなくと言われてもこっちは緊張するしかないわけで。これ飯の味分かるかな。なんも分からん気がしてきた。


「ファスマティオ・アスフォード・エル・レベリスだ。此度は妹の窮地を救ってくれたこと、ありがたく思う」

「……はっ。お褒めいただき光栄です」


 次いで第一王子のファスマティオ王子殿下よりお褒めのお言葉を頂く。

 凛々しい眉が特徴的な、まさしく王子然とした印象を受ける。スフェンドヤードバニアのグレン王子殿下とはまた趣が違うな。

 あっちはどちらかと言えばほんわかした印象だったが、こっちはキリっとした感じ。なんか緊張で俺の語彙力が下がっている気がする。


「おい、準備を」

「はっ」


 王様の一言で、ここまで案内してくれた人が下がる。多分料理を運んでくるんだろうな。


「さて、今回はよく働いてくれた。サラキアが無事に戻れたのも、お主らの働きあってこそだろう。改めて礼を言わせてもらう」

「ありがとうございます。騎士としての務めを全うした限りですれば。しかし、サラキア王女の身を危険に晒してしまったこと、深く反省しております」

「よい。過ぎたること……とは言い切れんが、今は無事を祝おうではないか」


 グラディオ陛下とアリューシアが歓談している。これは混ざった方がいいのか、沈黙を貫くべきなのか、それすら分からない。

 とりあえず、話を振られない限りは黙っておこう。何か余計に喋ってぼろが出てしまうのも怖いし。


「失礼します」


 案内の人が下がってしばらくして、ぞろぞろと給仕の人がこの部屋に入ってきた。

 それぞれの目の前に料理の乗った皿と、グラスが置かれていく。

 グラスに注がれたこれは……ワインだろうか。普段エールくらいしか飲まないから、これはこれで新鮮だ。味が分かるといいけど。


 ちなみに席の配置は上座にグラディオ陛下、その左隣にファスマティオ王子殿下、右隣にサラキア王女殿下。

 王子の横にはアリューシアが、王女の横には俺が座っている。これアリューシアと俺の位置逆じゃない? 大丈夫?


「これらの料理も、国民が国のために働いてくれるからこそ。我々も感謝せねばな」

「そのお言葉だけで、民もお喜びになるでしょう」


 ワインの注がれたグラスを掲げて、グラディオ陛下が述べる。

 うーん、俺は王族なんて今までこれっぽっちも関わりがなかったが、この反応を見るに、王様も良い人なのだろうか。

 少なくとも暴君だとか暗君だとか、そういう印象は受けなかった。故郷のビデン村であっても、結構それなりに暮らせていた感触はあるから、多分良い人なんだろう。


「では、いただこうか」


 陛下のお言葉に合わせて、皆がグラスを掲げる。俺も慌てて掲げました。ここら辺のロイヤルマナーって本当に謎。とりあえずアリューシアの動きに合わせることにする。


「……ん、美味しいですね」


 皆が口をつけるのを待って、ワインを一口。

 最初にちょっとした酸っぱさが襲ってくるが、その中にある確かな甘みを舌が捉える。

 うーん、ワインの利き酒なんて俺にはさっぱり出来ないが、それでもこれが美味しいものだというのは分かるぞ。エールとはまた違う味わいだな。


「うふふ、お口に合ったようで何よりですわ」

「あ、いや、はは……お恥ずかしい」


 そんな俺の反応に、サラキア王女が手を口に当ててくすくすと笑っていた。うおお恥ずかしい。というか緊張がヤバい。


「ベリルよ。今回、お主の存在が特に大きかったと報告を受けている。よい働きをしてくれたようだな」

「いえ、そんな……恐縮です」


 今度は王様から直々にお褒めの言葉を頂いてしまった。勿論、嬉しくないことはないのだが、俺はどういった反応を返せばいいんだ。こちとら小市民やぞ。


「お父様、ベリルは本当に凄かったのですよ。波のように押し寄せる敵兵を次々と……。恐怖もありましたが、安心もしましたわ。この方なら大丈夫だと」

「いや、は、はは……」


 そして始まるサラキア王女の怒涛の俺推し。やめてくださいおじさん緊張で死んでしまいます。

 というか、サラキア王女の謎プッシュはいったい何なんだ。確かにあの時頑張りはしたが、直接王女を護衛して王宮まで送り届けたのは、アリューシアとヘンブリッツのはず。


「話には聞いていたが、そこまでの練達か。これは私も一稽古、つけてもらうべきかな?」

「うふふ。お兄様が相手だと、ぽーんとのされてしまいそうですわ」

「失敬な。これでもそれなりには鍛えているのだぞ妹よ」

「は、ははは……」


 これは王族ジョークというやつだろうか。反応に困る。仮にファスマティオ王子殿下と稽古をしたとて、勝ってしまうのが正解かどうかすら分からん。助けてアリューシア。


「特別指南役。どうやら正解だったようだな」

「はい。陛下のご決断に感謝致します」


 陛下の感想に、アリューシアが返す。

 そういえば、俺の特別指南役の任命書は国王御璽付きだった。ということは当然、形だけだったとしても王様を経由しているわけで。

 であれば、初対面の時に王女が俺の存在を知っていたことにも説明が付く。出来ることなら知られたくはなかった。俺はひっそりと剣を教えていられれば、それで満足だったんだけどな。


「――これはまだ、正式に公表はしておらんが」


 ワインを転がし、存分に飾りつけを施された料理を慎ましく頂戴する中。

 グラディオ陛下が、少し改まった声で言葉を紡いだ。


「サラキアは、スフェンドヤードバニアのグレン王子の下へ嫁ぐ予定となっている」

「……そうでありましたか」


 なるほど仲が良いなとは思っていたが、そういうことか。

 まあ政略結婚とかそういうやつなのかもしれん。グレン王子もサラキア王女のことは悪く思ってはいなかったようだし、そう悪いことでもないのだろう。俺に政治なんてものはサッパリ分からないが。


「しかし、やはり他国へ身一つで嫁がせるには不安もある」


 それはまあ、そうだろうな。

 特にスフェンドヤードバニアは今、内戦状態にある。教皇派と王権派の争いがいつ終焉を迎えるのか、誰にも分からないというのが現状だ。一国の王として以前に、一人の親として不安を覚えるのも尤もだとは思う。


「そこで新しく、サラキアのロイヤルガードを編成することにしてな」

「もう、お父様は心配性なのですから」


 ロイヤルガード。響き的に近衛兵とか親衛隊とか、そういう感じだろうか。

 レベリオ騎士団は国に帰属し国家を守る集団だが、ロイヤルガードはもっと局地的なものかな。サラキア王女の身を守ることだけを使命とした、特別親衛隊みたいなもんか。


 でも、私兵を引っ提げて他国に嫁ぐのってどうなんだろう。それはありなのだろうか。まあスフェンドヤードバニア側が納得すれば、ありなのかもしれんけど。


「編成は、王国守備隊の精鋭を中心に進めておるが……」


 グラディオ陛下はその柔和な顔に確かな眼光を宿らせ、続きを紡いだ。



「ベリルよ。お主がよければ、ロイヤルガードに推挙しても構わんぞ」

「……えっ?」


 緊張とか困惑とかそんなのを全部横に置いて、一瞬俺の脳みそが止まる。


 えっ? 俺が? サラキア王女の? ロイヤルガード?

 無理無理無理無理! そんな大役務まらんわ!


「陛下。恐れながら申し上げますが、レベリオ騎士団の今後の発展、ひいてはレベリス王国の繁栄には、ガーデナント氏の継続的な助力が不可欠であると具申致します」


 俺が停止したのもつかの間、アリューシアがいつもの早口を精いっぱい抑えてそれでも早口でお断りの言葉を繰り出していた。いや、それ自体はありがたいんだけど、なんかアリューシアの顔が必死の形相である。


 心配しなくても俺はそんなお役目果たしませんよ。特別指南役の肩書だって未だ重たいと感じているのだ、それ以上なんて御免被りたい。


 というか、アリューシアの断り方も大概である。なんだレベリス王国の繁栄って。俺のちっちゃい肩にそんな重荷を乗せようとするんじゃない。口を挟む空気でもないから何も言わないけどさあ。


「ふむ。騎士団長兼指南役が言うのならば、そうなのだろうな」

「むう。残念ですわ」


 果たしてグラディオ陛下はそれで納得してくれたのか、思いのほかすんなりと引き下がってくれた。そしてサラキア王女は頬をぷっくりと膨らませている。

 大変可愛らしくてよいとは思うが、こんなおじさんが傍仕えってのも困るだろうに。


 しかし危ないところだった。お偉いさん方に囲まれて他国で剣を振るとか、本当に勘弁してほしい。


「ではベリル。今後ともレベリス王国の発展のため、更なる働きを期待している」

「……はっ」


 ロイヤルガードへの推挙をアリューシアが勢いで断ってしまった以上、今度の言葉には首を横に振れなかった。

 レベリス王国の発展、ねえ。おじさんそんな大役果たせる気がしません。


「さて、食事の手を止めてしまったな。引き続き楽しむとよい」

「……ご配慮、痛み入ります」


 グラディオ陛下の言葉に従うように、切り分けた肉を口に運ぶ。


「ねえベリル。貴方は剣を握って長いのかしら?」

「ええ、まあ……小さい頃から、木剣とじゃれ合っていた日々でしたね」


 本来ならば喜ばしい場であるはずの、レベリス王宮内に招かれての豪華な食事。

 サラキア王女にあれやこれやと話題を振られ、緊張と不安で肉の味もよく分からんまま、彼女の質問攻めに答える時間が続く。


「はっははは! サラキアはお主を気に入っているようだな」

「は、ははは……恐縮です……」


 はあ、行きつけの酒場で一杯やり直してえー。

 この催しが終わったら、帰りに酒場で一杯やり直そう。そうしよう。


 居心地の良い安酒場を思い浮かべながら、絶妙に居心地の悪い晩餐会は、そうして過ぎ去っていった。

これにて第三章終幕となります。

ついに王族からも覚えめでたくなったおっさん。今後の歩みにも期待して頂けると嬉しいです。


また、2月に発売されました書籍版3巻には書き下ろしもございますので、ご興味を持たれた方は是非そちらも手に取って頂けますと幸いです。


書籍3巻と同月に発売されましたコミカライズ1巻も、皆さまの応援のお陰で非常に順調で再重版がかかり、販売部数は単巻10万部を突破致しました。

コミカライズ2巻は6月発売、書籍版の4巻も順調にいけば今夏の発売を予定しておりますので、そちらも是非よろしくお願いいたします。


最後に、本小説を「面白い」「続きが気になる」などなど感じて頂けましたら、是非ブックマークと広告下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価の程、よろしくお願いいたします!

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おじさん先生が、スフェンドヤードバニアに乗り込んで国民を救済する道は此で無くなった様ですね。 サラキア王女は、テロが起きる様な内情の国へ嫁いで無事で済むのかな?
卑屈になりすぎず、飄々とした態度は王族からしても面白いんじゃないかね?
王妃様っていないのかしら?
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