第104話 片田舎のおっさん、お呼ばれする
「大分、落ち着いてきたねえ」
「そうですね」
ある日の午後。アリューシアとともに見回りがてらバルトレーンの街並みを歩く。
お祭り期間が終わったこともあって、街は普段の様相を取り戻しつつある。先日起きた王族暗殺未遂事件についても、ちらほらと未だに声は聞こえるものの、概ね普段通りの落ち着きを見せていると言っていいだろう。
ちなみに午前中はちゃんと皆と鍛錬やってました。
街が普段通りに動いているのなら、俺たちも普段通り訓練をしなければならないわけで、そこら辺は変わらない。
今回の騒動で、やっぱり平和が一番だなと改めて感じたよ。任務や事件に追われることなく汗を流せるってのはそれだけで珠玉である。
「南区は片付いたのかい」
「多少は。ただ、安全に農業を再開させるにはもうしばらくかかりそうです」
凄惨な現場になってしまった南区も騎士団主導のもと、王国守備隊総出でお片付けをしている真っただ中だ。とてつもない数の人間を斬った俺が言う言葉じゃない気もするけど、やっぱりあっちの方は普段通り、というにはもう少々の時間を要するらしい。
伝染病とか怖いしね。バルトレーンは王都の名に違わぬ程度には人が集まっている街だから、流行り病一つとっても致命傷になりかねない。
そこら辺は魔法師団が中心となって事後処理に当たっているとのこと。物理的な処理は王国守備隊が請け負っているが、死体の処理だったり防疫という面では、やっぱり魔法が一番効くのだそうだ。
というか、あの数の死体はどう処理するんだろうか。バルトレーンにも墓地はあるんだろうが、その場所も規模も俺は知らない。もしかしたら魔法で燃やしてたりするのかもしれんけど。
そういえばミュイも、魔術師学院の方がちょっと慌ただしい空気だったと言っていたな。もしかしたら、学院の教員たちも駆り出されているのかもしれない。
街を軽く歩くだけでも、そこかしこで魔術師の姿を見かけた。
彼らは大体フィッセルのようなローブを羽織っているから、見た目にも分かりやすい。魔術師学院があるから当たり前っちゃ当たり前なんだが、こんなに沢山の魔術師が居るんだなあと変に感心する。
でもこれ、全部が片付いて落ち着いたら、ルーシーあたりから小言を頂戴しそうで怖いな。あいつフットワークめちゃくちゃ軽いから、前みたいにしれっと俺の家まで来てそうな気もする。
「まあ何にせよ、国内のことは片付きそう、か」
「ええ。あとはスフェンドヤードバニアとのやり取りが残っていますが」
俺の呟きを、アリューシアが拾う。
今回の出来事は、ちょっと複雑だ。
事件自体はレベリス王国内で起こっているが、その主犯はスフェンドヤードバニア。更にその中で勢力を二分している教皇派が怪しいものの、政治の実権は一応王権派にあることになっている。
当然スフェンドヤードバニアの責任問題となるわけだが、その責任の落としどころが難しい。王権派としてはまったく与り知らないところで対立派閥がやらかしたわけである。
しかして、その矢面に立たざるを得ないのは王権派だ。レベリス王国側がどういう追及をするかまでは分からないが、あちらとしては肝が冷えるどころの騒ぎじゃないだろうな。
どちらにせよ、今回の件に関してレベリス王国側に非は何一つない。サラキア王女を危険に晒したという意味でも、スフェンドヤードバニアから何らかの賠償が発生するのはほぼ必須である。
今頃、隣国の首脳陣は頭を抱えていることだろう。物事はきっちりと落とすべきところに落ちるべきだが、さて今回はどう転がるやら。
まあそこら辺は俺が考えるところでも、俺が影響を受けるところでもないから、案外気楽なもんだけどね。
「しかし、マーブルハートさんは大丈夫でしょうか」
「ああ、そうだね……無事だといいけど」
そして話題は自然と、その事件の内容に焦点が当たる。こっちに関しては俺としても気楽に、とはいかないのがちょっとつらいところ。
今回の王族暗殺未遂事件。その主犯格の一人だったロゼ。
彼女がそれを目論んでいたことは、レベリス王国側では俺以外誰も知らない。先日のガトガとの会話は誰にも、勿論アリューシアにだって伝えていない。
グレン王子がすべての日程を消化し、王宮から離れることになった時、既にロゼの姿は見られなかった。ガトガが負傷を理由に後送したと皆には説明していたし、実際負傷したのは事実だからそこに対する疑問は特に持たれなかったんだけど。
「そこはスフェンドヤードバニアの医療体制に期待するしかないね」
「そうですね。あちらには回復魔法もあることですし」
ただ関わりを持ってしまったからなのか、相手が副団長という座についているからなのか、それとも俺の元弟子だということが判明したからか。
アリューシアは結構ロゼの心配をしてくれている。それ自体は嬉しいことなんだが、下手なこと言えないからこっちとしても微妙に反応に困っているのが現状だ。
ガトガが出来る限りはなんとかしてみると言ってはいるものの、その効果が確約されているわけではないから、やはりそれはそれで心配である。
「まあ……彼女は強い。なんとか生き延びてくれることを願うよ」
「……そう、ですね」
この言葉は単純な負傷に対するものではないのだが、その真意を告げるような馬鹿な真似は出来ない。
なんだかアリューシアたちを騙しているようで悪い、というか実際騙してはいるんだが、ロゼのためだと俺も腹を括ったし、ここは黙秘としらばっくれるのを続けるしかないな。
なんだかしばらく胃の辺りがキリキリしそうだ。
突っつかれることはないだろうと思っていても、隠し事をするってのはあまり気乗りのするもんじゃないね。
「……戻ろうか」
「はい。……先生も、ご無理はなさらず」
「ははは、気遣いありがとう」
うーん、アリューシアに気を遣わせてしまったか。多分、彼女には元弟子を心配する師匠の姿が映っているのだろう。
それは間違いじゃないんだけど、そうじゃないんだよなあ。なんか早くも胃がキリキリしてきた。
「けど、グレン王子とサラキア王女に怪我がなくてよかったよ」
「まったくです。先生があの場を引き受けてくれたからこそ、ですね」
「そうかな?」
「そうです」
その足を騎士団庁舎へ向けながら、話題を別のものに振る。
俺がグレン王子とサラキア王女の二人を逃した後、アリューシアとヘンブリッツの護衛で無事に王宮に辿り着けたらしい。
途中でレベリオの騎士を拾いながらの強行軍となったらしいが、お二人とも存外タフなところを見せつけてくれたそうだ。
流石は将来国を背負う方たちというところだろうか。一度そうと決めてしまえば、腹を括るのはそこらの一般人よりもよほど早く、強い。
「先生の名も上がったことでしょう」
「よせよせ」
隙あらば俺を持ち上げようとしてくるアリューシアの言葉を交わしつつ、騎士団庁舎へ。
まったく、俺はしがないおっさんで居たいのに、どうしてこうなってしまったんだ。今の生活に言うほど不満はないが、それでも俺なんかの名前が世間に浸透していくってのはどうにも収まりが悪いね。
「アリューシア団長!」
「……エヴァンス? どうしました」
守衛に会釈をして、正門を通る。
すると間もなくして、レベリオ騎士団若手騎士、エヴァンスに呼び止められた。
彼はなんだかいっつも慌てている気がするなあ。若手とはいえ騎士なんだから、もう少しどっしり構えていればいいのに、なんて親目線の感想も出てきてしまう。
「王宮からの書簡をお預かりしております。団長宛てのようでして」
「分かりました、預かります。下がっていいですよ」
「はっ!」
エヴァンスが懐から取り出した書簡を、アリューシアが手に取る。
封蝋もしっかり王家のものだ。特別指南役の任命書と同じ印だから、恐らく間違いないだろう。
アリューシアは封書を一瞥すると、淀みない手つきで封を解いた。
「……呼び出しかい?」
この時期の封書となると、先の事件関連のことだろうか。サラキア王女を無事に護衛し切ったとはいえ、危険に晒してしまったのも事実。そういうお咎めだったら嫌だなあ。
「ええ。此度の働きに対してのお褒めの言葉と、晩餐会への招待ですね」
「ほう、よかったじゃないか。ありがたく受け取っておくといい」
どうやらサラキア王女は、今回のことでレベリオ騎士団を責めるつもりはないらしい。むしろ、王族からお褒めの言葉を手紙とはいえ賜れるなんて、結構な名誉じゃなかろうか。
手紙を読んだアリューシアの表情には、柔らかい微笑みが浮かんでいる。
うんうん、ちゃんとした働きにはちゃんと礼があって然るべきだよな。レベリス王国がまともな国でよかった。これでお叱りでも貰っていたらどうしようかと思っていたところだ。いや別に、何かやるわけでもないんだけどさ。
しかし、王族との晩餐会かあ。
さぞ美味しいものが出てくるんだろうが、俺としては御免被りたいね。そんな堅苦しいところで飯を食うより、ミュイと一緒に飯を突っつく方が俺の身の丈には合っているからな。
なんてことを思っていると、アリューシアはとても良い笑顔のまま、手紙の続きを綴った。
「先生の名も書かれていますよ?」
「……えっ?」
……なんでぇ?
次回更新分が第三章の締めとなります。
今後とも気長にお付きいくださいますと幸いです。