第103話 片田舎のおっさん、共犯になる
「レビオスって、レビオス・サルレオネ司教のこと?」
「そうです。先生、ご存知だったんですね~」
「……んんんん?」
なんだろう。話の肝が繋がりそうで繋がらない。思いもよらぬ名がロゼの口から出てきたことで、俺の思考には一層の混迷が訪れていた。
「ガーデナント、どうした?」
「いえ……その司教は、裁かれたんですよね?」
改めて確認を取る。
レビオス司教は俺とフィッセルが捕えた後、どうなったかってのは実は俺もよく知らない。ルーシーやアリューシア、それにイブロイ辺りが何らかの働きかけを行ったのは事実だろうが、結局どこでどういう結末を迎えたのかは知らんのである。
「まあな。教典を恣意的に読み解き、市井を洗脳し、禁忌に至ったという罪状だ。反発もそれなりには大きかったぜ」
それってスフェンドヤードバニアの基準で言うとどれくらいの罪なのだろう。イマイチよく分からない。
しかし反発も大きかったということは、レビオス司教の支持者もそれなり以上に居たということである。どうなっているんだお隣さんは。
「王権派が教皇の権威を落とすために仕組んだと、私は思っています~」
「いや……レビオス司教は正しく罪を犯しているよ」
「……え?」
どこでどのようにして情報がねじ曲がったのか。
多分だけど、真実はロゼが言うことの逆。つまり、王権派が教皇派の威を削ぐために情報統制を敷いたのではなく、教皇派の反発に負けず、王権派が道理に則って正しく裁いた。
「……何か知っている風な口ぶりだな」
「知ってますよ。レビオス司教を捕えたのは、俺ですから」
「なに……?」
俺の告白に、ガトガとロゼの空気が固まる。
正確に言えば捕えたのはフィッセルだけど、まあそこは細かいところだ。
「レビオス司教は死者蘇生の奇跡を再現するため、不正な人身売買に手を染めていました」
「そん、な……」
ガトガの肩に担がれているロゼが言葉を失う。
そりゃまあ、自身の信じていた正義が、部分的とはいえ仮初のものだと判明してしまったのだ。ショックを受けるのも当然と言えば当然か。
「死者蘇生の奇跡は再現出来ない。……ガトガさんもその認識で間違いないですか?」
「ああ……信じてるやつも居るんだろうが、あくまで伝説だからな。そりゃ脚色もされてるもんだと普通は思うさ」
どうやらガトガはイブロイと同様の考えらしい。いや、仮にも教典に記されているであろう内容を、はっきり脚色と言ってしまうのは教徒としてどうなのと思わんことはないが。現実的に考えれば、そこら辺は気付いて然るべきなのかな。
というか、確かイブロイはレビオス司教のことをスフェンドヤードバニアの人間だと言っていたな。ガトガやロゼも知っているということは、やっぱり元は本国の人間だったのだろう。
「しかし、人身売買とはな。……そうか、だからレベリス王国でやってたのか」
「それだけではありません。彼は中途半端な死者蘇生の奇跡まで行使しましたよ。まあ……出てきたのは、操られた死体みたいなものでしたが」
「けっ。胸糞悪い」
言っちゃって思ったんだけど、これ伝えていい内容だったんだろうか。なんかこれはこれでマズい気はしてきたけど、ちょっとばかり思い当たるのが遅かった。もう全部喋ってしまった後である。
まあいいや。この二人は信用出来るということにしよう。そうしよう。俺はなんも知らん。
「じゃあ……教皇様が仰っていたのは……」
ただし、今重要なのはレビオス司教の顛末そのものではない。
レベリス王国からスフェンドヤードバニアに渡ったはずの情報。そこに齟齬が発生している。誰が弄ったのか、まあ半分くらい答えは既に出ているようなものだが。
「教皇様が何を言ったのかは俺も知らないよ。でも……こんな作戦を思いつき、あまつさえ人質を取って実行するくらいだ。個人的にその言葉を鵜呑みにするのは危険だと思うよ」
俺だって別に、このことでスフェンドヤードバニアに喧嘩を売りたいわけじゃないから、そこら辺はなんと言うか、割とどうでもいい。
所詮俺はレベリス王国所属のしがないおっさんだし、そこまで首を突っ込むつもりはないのである。
ただし、その過程で一人の元弟子が間違った道に歩んでしまったのであれば、ちょっと話は変わってくるが。
「だとよ。耳が痛ぇな、ロゼ」
「…………」
ガトガのその言葉を最後に、沈黙が続いた。
バルトレーンの南区は、俺が戦っていた場所のみならず、結構な戦火に見舞われたらしい。それほど数は多くないが、ちらほらと黒ずくめの連中が倒れ伏しているのが確認出来た。
その中には、フルプレートを着込んだ騎士も少ないながら見受けられる。今のところ、レベリオ騎士団の鎧を着た人間が転がっていないのはせめてもの救いか。
倒れている騎士が、最終的にどういう理由で地に伏したのかは当然ながら分からない。
進退窮まった挙句にグレン王子に剣を向け、アリューシアかヘンブリッツに斬られたのかもしれない。教皇派と王権派が混じっての仲間割れの線だってある。
だが、それを解明するのは俺の仕事じゃないし、もっと言えばレベリス王国の仕事じゃない。一国の身勝手な都合で引き起こされた惨状は、まだもうちょっと続くようだ。
「私は……まだ、死ねません」
「うん?」
無言の行進がしばらく続いた後、ロゼが意を決したような口調で呟いた。
「正確には、死ねなくなりました。本当の正義を、この目で確かめるまでは」
「人に担がれながら言う台詞じゃねえな」
「うぅ~……」
どうやら、若干茫然自失気味だった状況からは脱したらしい。
無論、彼女の犯した罪が消えるわけではない。正道とは言い難いが、その償いはしっかりとやっていくべきだろう。
何にせよ、償いは生きていかなきゃ出来ないものだ。
殺して終わり、というのもスフェンドヤードバニアの教義的にはアリなのかもしれないが、俺個人の見立てでは情状酌量の余地はあると見ている。不穏な派閥争いの影もあることだしね。
「ただお前、どっちにしろ国内には居られんぞ」
「分かっています。外から出来ることもきっとあると思いますので~」
言葉は悪いが、ロゼがのうのうと生きていれば、教皇派としては都合が悪い。そして暗殺を企てられた王権派からの印象も悪い。
さらに言えば、サラキア王女を危険に晒したというレベリス王国側からの追及もあるだろう。
すべてを擲っての亡命くらいしか、俺の頭でぱっと思いつく解決策がないんだが。マジでそれをやる気なんだろうか。
「っつーわけだ。ロゼに関してはおたくにも一枚噛んでもらうぜ、ガーデナント」
「まあ、そうなりますよね……」
これで俺がロゼのことを吹聴したのでは、意味がなくなる。彼女のことについては黙秘を貫くしかあるまい。
確かに俺も彼女に死んでほしいかと問われれば否だが、なんだかその場の流れで共犯者になってしまったぞ。
「それで、今後の予定は?」
俺が直接手助け出来ることはなさそうだが、それでも当面の予定くらいは聞いておきたい。口裏を合わせるのなら、情報のすり合わせは大事だ。
「とりあえず、襲撃犯との戦闘で負傷したことにして、一旦は送り返す。どっちにしろこの傷じゃ満足に動けんからな。そこからはまあ……なんとかしてみるさ」
うーん、となると俺が出来ることってマジで何もなさそうだな。せいぜいが口を割らないように気を付けるくらいである。
「悪いがそこから先は当てを用意出来ん。自分でなんとかしろ」
「……うふふっ、分かりました~」
あまりガトガの手が入ると、そこから足が付きそうだしね。なるべく痕跡を消してほっぽり出すのが、今回に関しては正解な気もする。
今後、ガトガとロゼが会う機会は格段に減るだろう。もしかしたら、今この時が今生の別れになるかもしれない。
けれど、二人からそういう類の哀愁は漂っていなかった。
俺の血縁と言えばおやじ殿とお袋くらい……ああ、今はミュイも入るか。それくらいではあるんだが、彼らともう一生会えないとなると、ここまで心中穏やかではいられない気がする。そういう点でも、二人は強いんだなと感じるね。
「先生~」
「ん? なんだい?」
ぶらぶらと、ガトガの肩で揺れながら。
「……ありがとうございます。このお礼は、いつか必ず~」
「ははは、別に気にしなくていいよ。弟子の不手際を被るのも、師の役目さ」
些か不格好なお礼を受け取りながら、南区を後にした。