第102話 片田舎のおっさん、気持ちを改める
「しかし、具体的にはどうするつもりです?」
「あん? そうさな……」
ガトガと肩を並べて南区を歩く。
身長差がかなりある上に、ガトガはロゼと推定ヒンニスを抱えているから、そのシルエットが馬鹿でかい。ただ横を歩いているだけなのに、得も言われぬ威圧感がある。こんな大男に凄まれたら、一般人では身動き出来なくなるだろうなあ。
「団長~。下ろしてください~」
「駄目だ。血は止まったが重傷だぞ」
「えぇ~……」
そんな巨漢の右肩。担がれているロゼが不服の声を漏らす。
いやまあ確かに格好の付く状態ではないが、明らかに重傷ではあるのだ。素直に運ばれておきなさいと俺も思う。怪我させた張本人だから俺はなんも言えないけど。
「それに、下ろしたら逃げるかもしれんからな」
「…………そんなことしませんよ~?」
「なんだその間は」
色んな意味でここでロゼに逃げられたら多分、色んな人が困るんだろうな。だからガトガも下ろさない。
まあそんなやりとりは置いといて、問題はロゼの処遇だ。
さっきガトガが言った通り、普通なら極刑は免れない。というか、通常はそれを庇うことすらほぼ不可能だろう。
王族に対する謀反行為が、どれほどの重罪かってのは俺もぼんやりとは理解しているつもりだ。下手したらロゼ本人はおろか、一族郎党全て根絶やしにしろ、なんて命令すら飛び出しかねない。
その状況に対して、教皇派が行ったとされる子供を人質とした今回の作戦。それをどこまで表沙汰に出来るかが処遇の焦点にも思える。
いや、表沙汰には出来ないか。そんなことが明るみに出てしまえば、スフェンドヤードバニアという国自体が揺るぎかねない。
それは誰も望んじゃいない結末だろう。何より、それで一番の打撃を被るのは国民たちである。
「まずは子供たちの捜索と身の安全の確保だな。それをしないことには始まらん」
「でしょうね。俺は力添えは出来ませんが……」
「なに、ウチの問題だ。おたくが出張ることじゃねえよ」
ロゼの話が事実なら、これは国の相当な上層部が絡んだ話になるだろう。そうなれば、俺個人なんかが出来ることはない。そもそも、他国の人間が介入すること自体、あまりよろしくない。そうしてしまうと、国家の在り方に諸々問題が出てしまうからだ。
「ロゼ、ガキどもの目星は付いてんのか」
「……詳しくは教えられていません~。恐らく、保護の名目で動かされたとは思いますが」
「ったく、先の長え話だ」
予想はしていたが、一筋縄ではいかない感じがする。
まあそれを企んだのが教皇なのか、あるいは側近の誰かなのか、それすら分からないからね。俺はスフェンドヤードバニアのことは何にも分からんから、この話においてはただの外野にしかなれないのである。せいぜい、ロゼの身柄を何とかして欲しいと願うくらいだ。
「で、お前の処遇なんだがよ」
「……」
一瞬、場の雰囲気が凍る。
裏はどうあれ、王子を謀殺しようとした罪は消えない。そしてそれを自供に近い形で告白してしまったロゼを、教会騎士団団長としてはきっと見過ごせない。
「……一先ず、首謀者はヒンニスだった。ロゼは巻き込まれて応戦したが負傷した。その線で行く」
「えっ。いや、それは……」
思わぬ言葉に息が詰まる。
それはつまり、事実を部分的に隠蔽するということか。大丈夫かよそれ。絶対大丈夫じゃない気がする。
「団長~?」
抱えられているロゼからも、はっきり不服と分かる声があがった。
そう。ロゼはロゼで迷ってはいたものの、覚悟は決めてことに及んだはずである。こんなことをしでかしておきながら、自分の命を勘定に入れていたとは考えづらい。
そして彼女は、行動に伴う責任の大きさも理解している。仮に事実の隠蔽が上手くいったとしても、ロゼ本人が納得するかというのはまた別問題だ。彼女の性格を考えてみても自首するか、最悪重荷を感じて自害まで有り得そうな気がする。
さっきだって、俺に対して殺してくれと言っていたくらいだ。このクーデターに加担すると決めた時から、命を擲つ覚悟だったのだろう。どこに囚われているかも分からない、子供たちの命と引き換えに。
「……何故、そこまでするんです」
だが俺の口から出てきたのは、別の疑問だった。
はっきり言って、ガトガがロゼをここまで庇おうとする理由が見えない。団長と副団長という間柄、というには、ヒンニスとの扱いに差があり過ぎる。
彼はヒンニスのことを自分で絶対に仕留めると言っていたし、そこに許しを乞う猶予はなかったように思う。同じ肩書の者が同じ罪状を犯したのに、片方は絶対に許さなくて片方を何とかして逃そうとしている、というのはどうにも腑に落ちなかった。
「……妹なんだよ」
「は?」
「……」
「ロゼは俺の妹なんだ。義理ではあるがな。こいつが小さい時から知ってる」
さっきから驚いてばっかりである。
えぇ、マジで? ロゼとガトガって兄妹だったんだ。知らんかった。ロゼもそんなこと一言も言わなかったじゃん。
初めて二人と会った時、ガトガはロゼのことを妹分だと紹介していたが、まさか本当に妹だとは思わなかった。
「ほ、本当かいロゼ」
「……はい~、そうなりますね~」
改めてロゼの方に確認を取ってみるも、返ってきたのは肯定の返事。少しばつが悪そうにしていたが、まあ結果的に義理とはいえ兄貴に不義理を働いたわけだからなあ。気を揉んでしまうのも分かる気はする。
しかし、それならロゼを庇う理由も理解は出来るな。
というか、ロゼを渦中から引きずり出しておかないと、多分ガトガの立場も危うい。義理とは言えども親族に当たるのだ、さっきも言ったように一族郎党全員殺せ、なんて言われたら、ガトガもその対象に含まれる可能性がある。
「……でも、またこんなことを起こしちゃうかもしれませんよ~?」
「おいおい、そこは義兄として信頼させてくれや」
逆に言えば、ロゼは身内までもを敵に回すことを想定して今回の事に及んだということ。その覚悟の決まり方には凄まじいものがある。
スフェンドヤードバニアが内戦状態にあるってのはルーシーからの情報だが、国内の状況は相当悪いのだろうか。まあ相当悪くなければ、こんな手は打たないか。
「ロゼ」
「……はい~」
ただ、この状態でロゼを逃したとしても、彼女の心の靄は晴れないだろう。
今のロゼにどこまで俺の言葉が伝わるかは分からないけれど。それでも、師匠として出来る限りの指導はしてあげたいと思う。
「時間はかかったとしても、他の手段はあったかもしれないよ。その意思を、もっと別の方向に活かしてほしい。俺が教えていたのは、そういう剣のつもりだから」
「……はい。先生が言うのでしたら、きっとそうだったのかもしれません~」
我ながらふんわりとした言葉である。悲しくなるね。
でも俺に政治とかややこしいことは分からないから、これくらいしか言えない。それでも、彼女の取ろうとした手段が間違っていることくらいはちゃんと伝えておきたかった。
「そもそもガキどもの話がなけりゃ、俺がお前を斬ってるところだ」
「……それも、覚悟はしてました~」
「は、ははは……」
ガトガの冷え切った声に、思わず乾いた笑いが漏れる。
いやまあ、俺もロゼを斬ったことに変わりはないんだけども。
「しかし、そのヒンニスさんもロゼと同様だった可能性は?」
子供たちを人質とした作戦の首謀者が、ロゼ一人だけだったとは流石に考えにくい。
となれば、他にもそうやって強制的に協力させられた人は居てもおかしくないはずである。
「ロゼ、どうなんだ」
「……ヒンニスさんとは、協力関係にはありました~。けれど、連携を取っていたわけではありません。私と同じことを告げられた人は……きっと、全員死んでいますから」
「……そうか」
ロゼを斬り伏せた後、彼女が呟いた人の名。彼ら彼女らがきっとその協力者だったのだろう。中には同じ、教会騎士団の者も居たかもしれない。今となっては俺に確認する術はないが。
となると、件のヒンニスさんは自身の思想でもって教皇派に賛同していた、ということになるのかな。
そうなると弁明の余地なく死罪だと思うが、まあそこまでは庇いきれない。俺にとっちゃただの他人である。
「騎士団の中身も洗い直さなきゃならんな。ったく……」
「心中お察しします……」
思わずと言ったガトガのぼやきに、苦笑いをしながら相槌を打つ。
これからの彼は大変だろう。内外に敵が多く居ると判明したのだ。その気苦労を想えば、同情の一言くらい自然に出てくるというものである。
「……そういえば」
「あん? どうした」
ふと気になったんだけど、これ聞いていいのかな。
まあいいや、聞いてしまおう。都合が悪ければ答えないだろうし。
「ガトガさんは教皇と王権、どっち派なんです?」
「中立だ……と言いたいところだが。心情としてはグレン王子にゃ頑張ってほしいと思ってるぜ。あのお方も小さい頃から知ってるからな」
となると、一歩間違っていればロゼと刃を交わしていた可能性もあるのか。
「ただ、俺たちゃ国を守る騎士団だ。思想は二の次で、国と民を守るために居る、と俺個人としては思ってるよ」
「……ご立派だと思います」
ガトガの性格からして、義理の妹だという事情を加味したとしても、本当にロゼを殺してしまいそうな雰囲気もある。それもまた、忠義に生きる騎士の生き様ということだろうか。俺には絶対に真似出来ん生き方である。
「そのためにも、ガキどもは守らねえとな。国の宝だ」
「……はい、お願いします~」
ガトガの言葉に、ロゼが力なく返す。
ロゼの傷は深い。回復魔法があったとしても、一日二日で戦えるようにはならないだろう。それなりに長い療養期間が必要なはずだ。
そうなると、教皇派の企みを暴く手数としてはどうしても数えられない。そもそも彼女が王子暗殺に失敗したとなれば、あまり時間も残されていない。
そんな中で信頼出来る手勢を集め、子供たちの安全の確保に走らなきゃいけないガトガは本当に大変の一言に尽きる。
心情的には何かしら手伝いたいくらいなんだけどなあ。他国の人間がそんなところをウロチョロするのもマズい。秘密裏に、かつ迅速に動く必要があるから土地勘だって必要だ。
つまり俺に手伝えることはないのである。人質に捕られた子供たちの無事を祈るしかないわけだ。
国のトップである教皇様が自ら発案してこんなことをしでかした、とは思いたくないが、そればっかりは蓋を開けてみないことには分からないしね。
「まあ、どこにでも権力に憑りつかれた馬鹿ってのは出てくるもんだ。これを機に一掃出来ると考えりゃ、そう悪いことばかりでもねえさ」
確かに、今回の動き自体はかなり性急かつ雑である。
教皇派の中によほど焦った連中が居るのかもしれない。もしそうであれば、尻尾を掴むのも容易ではあるだろう。今までに流れた血と、これから流れるであろう血の量を考えると、決して良いことではないが。
しかし権力。権力ねえ。
俺にとっては無縁のものだからまったく深く考えていなかったが、善良であるはずの人間が立場を得た途端豹変したってのはよく聞く話だ。
人の振り見て我が振り直せ、じゃないが、俺も特別指南役とかいうよく分からないポジションに収まってしまったこともある。そうはならないよう、身の振り方とそれに伴う責任は自覚しておくべきだろうな。
「それでも……私は、今の王権のことも信用出来ません。レビオス司教も不当な罪で裁かれたばかりですし~……」
「……んん?」
話が一段落した中、ロゼが自身の心中を零す。
あれ、ちょっと待って。
今なんかここで聞いちゃいけない名前が聞こえた気がしたぞゥ?