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短編集

駄目王子から学ぶ婚約破棄

最初からクライマックスの短編ですが、楽しんで頂ければ幸いです。

また、日間ランキング10位ありがとうございました。


*コメントを頂いたので何点か修正しました。

 感想欄で表記の揺れをご指摘いただいていたので、修正しております。

が、よく見落とす事が多いので……もし気になる点がありましたら、教えて頂けると嬉しいです。

「皆、聞いてくれ。俺はサラディと婚約破棄をし、メアリナと婚約をする事にした!」


 婚約破棄を告げられた彼女は、婚約者にお辞儀をしたまま、放たれた言葉を呑み込む事ができず固まってしまった。そして周囲の者たちも、王太子の発言に耳を疑い、凍りついている。


 彼らが耳を疑うのも無理はない。現在開催されているのは、国王陛下の主宰する大規模の社交パーティー初日であり、毎年開催されるパーティーの中でも今年は最大規模になっており国にとっては意味の大きいパーティーである。

 何故今年は最大規模なのか。それは今回初めて、隣国の帝国から皇帝陛下、皇妃、そして第三皇女と第四皇子が訪れる事が決定していたからだ。


 そんな大義あるパーティーの中で、王国の第一王子……今のところ王太子であるが、彼は独断で婚約破棄を強行する。


 彼を抑える事ができるはずの国王陛下や皇帝陛下たちは、別室で同盟の条約修正に向けて話し合いを行っており、王国の重鎮と皇帝、皇妃とお付きの文官は、この事を知らない。もし知っていたら、国王陛下たちは何がなんでも彼を止めていただろう。


 彼女(サラディ)が顔を上げると、目の前には自信たっぷりと此方を見ている金髪で青眼の男--王太子である。

 彼女も含め、王太子以外の参加者全員が「何故この場なのか……」と青ざめていた。その筆頭は王太子の後ろにいるメアリナ(伯爵令嬢)であり、彼女は今にも倒れそうなほど……顔色が真っ青を超えて真っ白になっている。


 王太子は誰も声を上げない事を良い事に、婚約者のサラディがメアリナの本を破っただのメアリナを階段から突き飛ばしただの、そもそもサラディ伯爵令嬢は小言が多く、姑みたいだの……最後は悪口か?と思うほど、好き勝手な事を喋り、皆が唖然としている間に、一通り喋り終わった王太子が、再度したり顔でサラディを睨んでいた。

 竦み上がっていた人々は思考を取り戻し、この茶番を止めるべきだと考える。しかし、仮にも相手は王太子……誰も声を上げる事ができない。王太子もそれを見越して、この場で茶番を仕掛けたようだ。小賢しく抜け目がない。


 --何故その思考を政務で使わないのか?--と、参加者全員が心を一つにした瞬間だった。


 王太子も喋り終えて満足したのか、自信満々な笑みで婚約者を睨んでいるし、当事者である二人の伯爵令嬢は、困惑している。そして外野の人間に王太子以上の地位の者はおらず、声をあげる事ができない。このまま全員が口を開かず静寂のまま、別室の国王陛下や皇帝たちが来るのを待つばかりだと思っていたのだが……ふと、どこからか声がした。


「俺はマカリナと婚約破棄する!」


王太子の真正面のスイーツテーブルの前から声が上がる……しかし、その声はどこか幼さを残していた。


「ダメよ、アルビー」


 そう声をかけたのは、会場にいた帝国の第三皇女であるマカリナ。そう、最初に声を上げたのは第四皇子であるアルビーだ。

 アルビーは姉であるマカリナを自分の婚約者に見立てて、王太子の発言や格好を真似て発言したらしい。周りから見ても、アルビーが王太子の真似をしたのだろう、と理解できるような発言や格好だ。

 だが、流石に真似をした箇所が悪かった。王国の王太子の婚約破棄の文言だ。それを帝国の皇族に見せてしまった事、そしてその傷を穿り返すかのように第四皇子に真似をされた事で、王国の醜聞を更に酷くさせることとなる。


 だから、マカリナがアルビーに「真似をしてはいけない」と諌めてくれるのだろう、と周囲にいる王太子以外の全員が、ホッと胸を撫で下ろそうとするが……思わぬ方向に話が進む。


「まず細かい事を言うと、婚約破棄()する、よ。あとはその格好だけれど、指の角度が少し高いわね」


「本当だ!直さないと!これでどう?」


「ふふふ、そうね。それで完璧ね」


 彼らの声はホール内に響き渡り、注意をするだろうと思われていたマカリナは、アルビーの王太子の真似をより良くするために注文を付けただけだったのだ。

 彼らの話にポカーンと毒気を抜かれる会場の参加者たち。そして真似をされた王太子も顔を真っ赤にして震えながらもアルビーたちを見ているが、それは婚約破棄の良い場面で口を出されたからなのか、それとも馬鹿にされたと思っているのか……多分前者に違いない。


 勿論、王太子は彼らに文句の一つでも言いたかったのだろうが、残念な頭の王太子でも彼らに声をかけるのは憚られた。

 それはそうだろう……帝国から連れてこられた第三皇女のマカリナは7歳、第四皇子アルビーは6歳なのだ。子どもの遊び心にムキになる大人ほど格好悪いものはない。王太子も辛うじてその事は理解できていたようだ。


 そんな周りの様子など気にしていないのか、彼らは話し続ける。


「でも、婚約破棄するって事は、政略結婚の意味が分かっていないってことなのかなぁ?」


「あら、アルビーは政略結婚とは何か理解できているの?」


「勿論!将来の国や国王陛下その人の立場をより強くするためでしょう?」


「そうね、その通りだと思うわ」


「国を強くするのは、貴族や王族の責務だよね。だから政略結婚も僕らの義務ってことなんでしょう?」


「流石、アルビーね。よく勉強しているわ」


「えへへ、ありがとう、姉様!」


 アルビーの頭を撫でるマカリナ。そして正論すぎる言葉に何も言えない大人たち。

何も言えない大人の筆頭は、勿論婚約破棄を宣言した王太子である。

 周囲はなんとも言えない空気が流れるが、アルビーとマカリナだけはテンポが良く楽しそうに会話を続けている。


「でも姉様?王太子のお兄さんと、サラディお姉様の結婚は、僕たち帝国との同盟を強化するための結婚でしょう?」


「あら、よく知っていたわね?お父様に教わったの?」


 マカリナが驚くと、アルビーはその反応が気に入らないのか、頬を膨らませる。


「むー、僕だってそれくらい考えれば、分かるよ!!!サラディお姉様と以前顔を合わせた時に、父様が『彼女は私たちと同じ皇族の血を引いている』って言っていたんだし」


「ふふふ、ごめんなさいね。そんな怒らないでよ」


 そう、6歳の子ども--子どもとは言え、帝国の皇族ではあるが--でさえも、この婚約の意味を理解していた。


 皇族の子どもに理解できて、王太子に理解できていない……その場にいる全員が王太子の不甲斐なさに呆れただろう。

 王太子はアルビーとマカリナの会話を聞いて、今更ながら同盟の事に気づいたらしい。恋愛脳は人のことを駄目にする、どこかの詩人の言葉だが、王太子を見ていると本当にその通りである。

 そしてここからアルビーはどんどん攻め始めた。


「でも、僕分からない事があるんだ。姉様、教えて欲しいんだけど」


「あら、そうなの?いいわよ」


「今、王太子のお兄さんが婚約破棄を宣言したでしょ?この後、どうなるのかな?」


「そうですわね……サラディお姉様はお父様とアルスお兄様がとても好いてらっしゃるから、アルスお兄様と婚約させるかもしれませんわね」


「そうなんだ!……って事は、父様が話していた条約の改正案だっけ?鉱石の増量の件だったり、関税引き下げの件はなくなるのかなぁ?」


「そうねぇ。その可能性が高いと思うわ」


 周りの大人たちから血の気がさーっと引いていく。

幼い子供とはいえ、彼らは帝国の皇族。この件は速やかに皇帝に伝えられるだろう。今別の部屋にいる彼に。

 ちなみにアルスお兄様とは、帝国の第一王子のことであり、現在皇太子として帝国で政務を行っている。


「後不思議なのは、王太子さんの婚約者のサラディお姉様が伯爵家だからって、同じ伯爵家の令嬢を婚約者にして良いだろう、て考えかなぁ?どうしてそんな考え方が浮かんできたのかが不思議だなって思うよ。僕だって父様が『政略結婚だ』と言って、公爵令嬢ではなく伯爵令嬢を連れてきたら、彼女でないといけない理由があるんだと察するけどね」


「そうねぇ。この国にも王太子さんと同じ年代方でハルミ公爵令嬢もいらっしゃるもの。順当に考えればハルミ公爵令嬢が婚約者になるものね。そのお方ではなくサラディお姉様が婚約者になったのは、帝国の後ろ盾ができるからでしょうし、今回の同盟もその事が切っ掛けで、条約の改正に至っているものね」


「サラディお姉様を婚約破棄するほど、メアリナさんは何か特別な女性なのかな?それとも、領地で特別な何かがあるのかな?」


 アルビーは本当に純粋な疑問なのだろう。可愛く首を傾げて姉であるマカリナに聞いている。アルビーはまだ王国の事を家庭教師から教わっていないようだ。姉であるマカリナなら知っているだろうと考えたのだろう。


「んー、伯爵領は、王国で唯一お酒用のブドウが作れる土地ね。帝国でもこのメアリナ伯爵領のワインはとても有名で、帝国のワインと違って味に深みがあり、飲みやすいと評判なのよ。私たちも大人になったら一緒に戴きましょうね」


「うん、そうだね!大きくなったら、だね」


 王国貴族たちは顔色を悪くする。まず、6歳のアルビーに『王国の王太子って馬鹿なの?』と言われている事。そしてもう一つは7歳のマカリナの知識量である。帝国と同盟関係とは言え、王国は帝国の半分にも満たない人口、領地である。その中の一領地について把握している事、そして貴族の令息令嬢の把握がされている事……皇族の能力の高さに、震え上がる。


 そんなマカリナとアルビーの元に、近づいてくる影があった。


「何がそうだね、なんだい?」


「「(お)父様!」」


 そこには彼らの父親である現皇帝が満面の笑みで二人を見つめている。


「父様、今ね、王太子さんの真似をしていたの!」


「真似?」


「うん、見ててね……『お前と婚約破棄する!』……どう?姉様似てる?」


「ええ、似ているわよ」


 皇帝は楽しそうなアルビーの頭を撫でながら、対面にいる王太子を見つめる。真似と彼らの様子で、婚約破棄が行われた事を一瞬で把握したようだった。


「そうか、余程勉強になったようだ。王太子殿に感謝をしなければな……であれば、二人は最後にもう少し王太子殿から学ぶとしよう。感情的に動いた王族が、今後どのような末路を辿るのか……良い機会なので、しっかりと勉強するように」


「「はい!!」」


 そう笑顔の三人の後ろでは、王国の文官と国王陛下の顔が真っ青になっている。国王に至っては、小刻みに手が震えていた。

 国王である父親の顔を見ていないのか、王太子は思うがままに声を張り上げる。先程までは顔色が悪かった王太子だが、何か吹っ切れたのだろうか……鼻息は荒く、目には力が籠もっている。

 

「父上!お待ちしておりました!話を聞いてください!」


 彼らに良い場面を奪われ、鬱憤が溜まっていたのだろうか。満面の笑みで父親である国王に嘆願しようと声をかける王太子だったが、厚顔無恥な彼に国王は怒りを爆発させた。


「お前の話を聞く耳など、儂は持っておらん!!!衛兵!奴を別室に監禁せよ!!!」


 その言葉を聞いて目を丸くする王太子。自分が何故監禁されるのかが分かっていない様子である。納得していないのだろう、眉を寄せてしかめっ面を晒している。

 そんな王太子に皇帝から助け船……と言ってもその船は、泥舟ではあるのだが、が出される。


「ふむ、国王よ。王太子の言い分を聞いてみるのも一興ではないか?今回の改正案の実行の有無については、彼の話を聞いた後の国王の判断によって、考えさせてもらおう」


「承知しました……」


 皇帝に逆らえない国王と皇帝からの許可を得た王太子は、まるで水を得た魚のように話し出す。


「私の話を聞いて頂ければ、サラディ嬢に婚約破棄を告げた理由を、ご理解いただけると思います」


「……ほう?」


「サラディ嬢は、ここにいるメアリナ嬢に対し、私物を破壊する、彼女が怪我をするような危険な行為などの虐めを行ってきました。そのような人間が私の妻……国の王妃になるのは如何かと思います。王妃は民の見本でなければなりません。そのような立場に、嫉妬で虐めをするような人間を私は置く事はできません」


「それで?」


「そのため、この場でサラディ嬢に婚約破棄を告げた次第です」


「ほう。確かに王太子殿の言う事は一理ある」


 王太子の意見に同意した皇帝に周囲は目を丸くし、一斉に彼に注目が集まった。後ろで焦っていた国王ですら、口をあんぐりと開けて皇帝を見つめている。

 彼の意図に気づいているのは、皇帝の隣にいる皇妃と、マカリナ、アルビーとサラディ伯爵令嬢だけだ。


「王太子殿はつまり、メアリナ嬢の話を鵜呑みにせず虐めの有無を調査したと。そして調査結果からサラディが虐めを行ったと言う証拠を手に入れて、今の断罪を行っている、と言う事でいいのだな?……ならまずは証拠を見せるのが、先ではないか?」


「しょ、証拠ですか?」


「ああ。まさか証拠も無しに後ろの彼女の様子だけを見て決め付けているわけではないだろう?」


 --虐めていた物的証拠なんてあるわけないだろ(でしょ)!!!-- 王太子以外の全員の気持ちがまた一致する。

皇帝は王太子の狼狽る様子が滑稽なのか、笑っている。マカリナとアルビーは穴が開くのではないか、と思うほどじっと王太子を見つめていた。


「さあ、早く彼女が虐めたという証拠を見せてくれ?あるのだろう?」


 皇帝はまるで面白い玩具を見つけたかのように、生き生きと王太子に話しかけていた。彼を止められるのは、この場には皇妃とマカリナとアルビーだけなのだが、皇妃は先ほどから表情一つ変えず笑みを湛えているし、マカリナたちは皇帝に言われた「勉強」のために静かに成り行きを見守っている。


「……彼女が虐めを受けた時に、サラディ嬢がその付近にいるのを私が目撃しています」


「ほう?つまり物的証拠はないと。メアリナ嬢の態度と自分の目撃情報を踏まえた状況証拠で婚約者に虐められたのではないか、そう判断したと?」


「……はい」


 まるで罪人を取り調べているかのような、皇帝の圧力に縮こまる王太子。だが、皇帝はこれ以上王太子に詰め寄る事はしないようだ。ニヤニヤと後ろに佇んでいる国王を見つめている。

 国王は皇帝が、王太子に対する質疑応答を終えた事に気付き、頭を抱えながら王太子に述べた。


「まず、お前は謹慎していろ。追って沙汰は出すが……幽閉か廃嫡を覚悟しろ」


「待ってください、父上!何故ですか?!」


「……理解できるまで謹慎していろ」


 衛兵に脇を掴まれる王太子、いや、元王太子でいいだろう。彼は父親である国王に唾を飛ばしながら、助けてください!と訴えている。王族の品位は欠片も見られない。

 元王太子が別室に連れて行かれ、音楽もなく静かになったホールで、彼の後ろにいたメアリナ嬢だけが先程の場に佇んでいる。そして元王太子の声が聞こえなくなると、ホッとしたのだろうか、膝から崩れ落ちた。


「メアリ!」


 メアリナの近くにいたサラディは崩れ落ちた彼女を支える。元々二人は幼馴染で、昔から仲良しなのである。


「サラ……止められなくてごめんなさい……」


「良いのよ、むしろメアリを巻き込んでごめんなさい」


 お互い小声ではあるが、肩を抱き合いながら謝罪し合う。その言葉が聞こえているのは、近くにいる皇帝と国王陛下の周囲にいる者たちだけだ。

 一度謝罪した事で落ち着いたのだろうか、メアリナはサラディにお礼を言いながら立ち上がる。その瞬間に、国王からメアリナに声をかけた。


「メアリナ嬢、今回の件について二、三尋ねたい事があるのだが」


「はい、国王陛下。判る事でしたら全てお話させて頂きます……申し訳ございません……」


 共に来ていた両親と共に別室に案内されるメアリナ。様子を見る限り大丈夫であろうが、何かあれば助けに入ろう。そうサラディは思っていた。

 そしてメアリナたちも別室に連れて行かれ、静寂が続くホールの空気を破ったのは皇帝だ。彼は青ざめている国王に話しかけた。


「……ところで国王よ。同盟強化のための婚姻についてだが」


 王太子が独断で言い出したとはいえ、その事実を把握はしていたが、政略結婚の意を教えきれていなかった国王は、皇帝の次の言葉に怯えている。それもそうだろう、国王からすれば弱みを握られたようなもの。何を言われても、受け入れるしかないからだ。


「現在、王太子とサラディ、そして此方にはシルティが皇太子の婚約者として帝国で勉強しているわけだが、その二人を交換すると言うのはどうだろうか」


 数十年以上前のは話になるがサラディたちの祖母は、帝国の第四皇女だった。元々帝国は、小規模で農業大国の王国とは取り引きはすれど同盟を組むには値しないと考えていた。だが、第四皇女が当時の当主であったアルシャビ子爵に一目惚れし、丁度彼が独身だったと言うこともあって、アルシャビ子爵家は王国の政務に携わらないと取り決めをした上で彼女は嫁ぐこととなった。


 その後アルシャビ子爵家は王国と帝国を繋ぐパイプ役となり、皇女が嫁いですぐに王国と帝国は同盟を結ぶ。その功績を讃えられたこと、皇女が降家したこともあり子爵家から伯爵家になり今に至っている。

 侯爵家や公爵家にならなかったのは、侯爵家以上になると必ず政務に着かなくてはならないからである。国王や公爵家の重鎮がアルシャビ家に権力を持たせたくない、と考えていた時に、アルシャビ子爵夫妻が公爵位や侯爵位を固辞したのだ。これ幸いにと、アルシャビ家は伯爵位となった。


 そして現在その同盟をより強化したい王国側と、帝国の血統をアルシャビ伯爵家と王族以外に嫁がせたくない帝国側双方に利がある形で条約の修正も同時に行っていた。


 現在アルシャビ伯爵家は、サラディとシルティ、そして長男であるブリエスの三名の子どもがいる。長男ブリエスはアルシャビ伯爵家の次期当主として勉学に努めており、サラディは帝国の血を王族にと目論んだ国王が彼女を王太子の婚約者に、シルティは皇太子の婚約者にと取り決められたのだ。


 ちなみにサラディたちの祖母である第四皇女は、一男一女を育て上げた。現在長男は現当主であるアルシャビ伯爵であり、長女は帝国で貴族の令息令嬢の家庭教師として独身生活を謳歌しているらしい……


「交換……ですか?」


「ああ。サラディを皇太子の婚約者に、シルティを次の王太子の婚約者に変更すると言うことだ。この件に関しては、シルティにも、アルシャビ伯爵家にも既に了承を取っている」


 つまり婚約破棄はあり得る事だ、と皇帝は以前からこのことを考慮していた事になる。余程優秀な諜報員が王国に潜んでいるのだろう。その事に気づいた周辺の王国貴族は顔に生気がなくなっていく。


「……仰せのままに。現段階では、王太子は第二王子に引き継がせようと考えております」


「歳の近い者同士、以前よりは上手く行くのではないか?第二王子は聡明だと聞いている。なに、心配はしておらんよ。では、我々は先に失礼させて貰おうか。今日はシルティがアルシャビ伯爵家に顔を出しておるし……この件についても我から伝えさせて貰おう。それで良いな?」


「ええ……ですが……」


「勿論、分かっている。明日は終日、全員で参加する予定だから安心してくれ」


「しょ、承知しました」


  この世の終わりのような顔をしている国王とは対象的に、屈託のない笑みをこぼす皇帝。こうして、前代未聞の王太子の婚約破棄事件は終幕を迎えたのである。



 --婚約破棄事件後の帝国。


 王国のパーティーが終わると、サラディは皇帝たちと共に帝国に向かう。帝国には花嫁修行できていた妹のシルティもおり、今日はシルティが王国に立ち戻る前日である。最後のお別れ会と称してサラディ、妹のシルティ、マカリナとアルビーと話していた。

 

「あら、あのおばか……お方、廃嫡になったのね」


「シルティ……言葉が悪いわよ?……そうね、来賓の皆様がいらっしゃるあの場で事を起こした上に、同盟強化のための婚約を破棄すると抜かしていたから……廃嫡は妥当ね」


 第一王子(元王太子)はその後二日間にわたる社交パーティーで一度も姿を見せる事が無かった。そして三日目の最終日、国王陛下から元王太子の廃嫡と、第二王子が王太子に指名された事を発表する。

 元王太子は猶予を一週間与えられ、せめてもの温情として、帝国との境界付近にある街の外れの別荘(と呼べるのか分からないくらい小さな家)を与えられた。

 彼は廃嫡となり平民として生きる事になったのだが、別荘に何日か滞在した後、姿を消したと言う。そんな彼の姿が帝国で見られたと言う報告があったのだが……真偽は定かではない。


 マカリナとアルビーは婚約破棄の現場を思い出したのか、顔を顰める。


「サラディ姉様に酷い事をする奴は、それくらいで良いと思います」


「私もそう思いますわ」


「二人とも……ありがとう、嬉しいわ」


 サラディやシルティの事を本当の姉のように慕ってくれる彼らは、とても可愛い。今も二人は王太子の事を思い出して、怒っているのだろう。マカリナはニコニコと笑顔ではあるが、少し顔が膨れているし、アルビーは怒りを隠せておらず、頬を膨らませて怒っている。


 彼らは幼いとは言え、皇帝の娘息子である。固まって頭が真っ白なサラディを助けようと、アルビーがマカリナに目配せをしてから即興で行ったのである。今回、アルビーが元王太子の真似をしたのも、マカリナがそれを止めなかったのも、全て元王太子に『婚約破棄をしたら困るのはお前だ』と言うのを暗に言いたかったのだ。


 本当は二人が茶番をせずとも、サラディが固まることなく冷静に対処していれば問題はなかった。

 元婚約者である王太子に婚約破棄を言い渡された時、大事にしないためにも別室で話し合おうと第一に提案するべきであったし、その他にも対応は色々とできただろう。あの場で王太子に言葉をかけられるのは、婚約者であるサラディしかいなかったのだから、彼女が動くべきだったのである。


「……私、アルス殿下の隣に立てるような素晴らしい皇妃になれるかしら……?」


 咄嗟の事に何も動けなかったサラディは、その行動を悔いており、思わず不安を呟いてしまった。そこに食いついたのはその場にいた三人である。


「お姉さま……まだお姉さまは皇妃ではありませんから、挽回できますわ!今回の事は反省して次に生かせば良いのですわ」


「そうだよ!それに何かあってもアルス兄様が何とかしてくれると思うよ!ね、姉様?」


「その通りですわ、サラディお姉様」


「そうよ!二人が言う通りよ。むしろ殿下はお姉さま大好き人間だから、きっと『僕を頼って欲しいんだ』って笑顔で言うだろうし、お姉さまが隣にいるのなら、笑顔で面倒事も片手間でこなすと思うわ……」


「シルティ姉様はアルス兄様の事、分かってるねぇ」


「まあ、何年も婚約者として彼を見てきたからね」


「シルティお姉様……ご苦労様でした」


 サラディは知らない。アルス(皇太子)が尋常でない程、サラディを好いている事を。

 そして同様にサラディを好いているシルティと、いつもサラディの事について言い合いになると言う事を。その様子をいつも見ているマカリナとアルビー、特にマカリナは苦笑いである。


「大丈夫ですわ、サラディお姉様。私たちはまだ王城におりますから、また一緒にお茶を頂きましょう?」


「あ、姉様ずるい!僕も僕も!」


「もし殿下に泣かされた時は、すぐに飛んで行きますからね!その時は教えてくださいね、お姉さま?」


 三人の笑顔を見て、サラディにも笑顔が戻り、心行くまで会話を楽しんだ四人。



 そして影で不安そうなサラディを見ていたアルスが今まで以上に過保護になり、マカリナとアルビーを呆れさせるのは、少し後のこと。

 最近ランキングの小説を読んでいて、婚約破棄ものの短編が多かったので、書きたくなって書いてしまいました。後悔はしていません。


 マカリナとアルビーを想像して、楽しく執筆させてもらいました。


 少しでも良いな、と思って頂ければ、評価やブックマークを入れていただけると嬉しいです!

 感想等々もお待ちしております。



*以前執筆した短編「転生した私は〜」の連載版を現在執筆中です。

 予定では9月頭までには投稿を開始予定です。

そちらも良ければ見て頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白くて、スカッとする場面があったのが良かったです。 可能であれば後日談のような話をよろしくお願いします。 希望としては、アルス皇太子がサラディ嬢とイチャイチャしている所がいいな〜なん…
[一言] すごく面白かったです(゜∇^d)!! いいざまぁでした(`;ω;´)
[良い点] はじめて?なのによく、ややこしくて登場人物も多い話をまとめあげられたなと。 [気になる点] 廃嫡と言ってるのに行方不明になるのは「子種を撒き散らされるリスクがあるのでは?(将来後継者問題を…
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