2話「使用人としての当然の責務を全うしているまでの事に御座います」
登場人物紹介
旦那様:辺境の領主。昔は凄い強かった
メイドさん:短期で雇われているメイドさん。野盗退治はメイドの嗜み。
「旦那様、僭越ながら申し上げますが」
「な、何でしょうか」
「私めに欲j――「謹んでお断りさせていただきますっ」――左様で御座いますか……」
「…………あの、メイドさん?」
「何で御座いましょうか、旦那様?」
「な、何故に懐から短刀を……?」
「これ以上旦那様のご負担になるわけには参りませんので、この抑えきれない衝動を胸に切腹でもと考えた次第です」
「ちょちょちょちょちょ! 誰がそんな東方の騎士みたいな事をしろって言った!?」
「斬首の方がお好みでしたか?」
「違うよ? そもそも俺は人の血を喜々として浴びるような人間じゃないよ?」
「なるほど。では、旦那様の書斎が汚れてしまっては後始末も大変でしょうから、川へと行ってまいります」
「ねえ、会話のキャッチボールって知ってる? 何で命を断つ前提で話が進んでるのか、俺全然わかんない」
「私が居なくなろうと、規則正しい生活を心掛けて下さいませ。そして、炊事、掃除、洗濯、夜尿の始末は旦那様自身の手で行っていただければと存じます」
「それ病気とかで余命数日の子が言う言葉であって、自殺しようとしてる人の言葉じゃないからね? 後、流石におねしょはこの歳ではしないよ?」
「然し、加齢と共に膀胱の筋肉も緩んでくると聞き及びますし」
「ま、まだ四十代に差し掛かったばかりだし……」
「おめでとうございます、立派な中年男性で御座いますね」
「やめて!? 最近ふとした事で自分がもう若くないっていうどうしようもない事実がいきなり頭の中に入ってくるから受け止めきれないんだよっ!」
「旦那様がご熱心でいらっしゃる劇団女優、ミスティエール様がデビューされたのは二十五年前です」
「あああああああああああああああああああああッ!!!!!!! ミスティさんだけはハーフエルフだからデビュー当時の姿のままで時間感覚を忘れさせてくれたのにぃいいいいいいいッ!」
「私が産まれるより前のことに御座います」
「ゔぉわぁああああああああ゛!? き、君、今いくつ……?」
「はい、今年で十九になります」
「じ、じじじじじじ十九!? 嘘ぉん……一世代以上も離れてるのか……」
「然しながら旦那様、そこまで年齢を重ねる事を悲観されることも無いのでは?」
「自分で俺が中年男性だという指摘をしておいて!? ……いやね、うん。年をとる事自体が怖いんじゃなくてさ、何てぇいうか……時代に取り残されるってのが怖いってやつかな。自分の身体だけが老いるばかりで、前時代的な考えに囚われて、話題に付いていけなくなって、それで周りとのコミュニケーションが成り立たなくなるなっていくのが……怖いんだよ」
「……旦那様、僭越ながら」
「ん?」
「社交界などに出席せず、新しい事柄に触れようとされない御自身の消極的な態度にも問題があるのではないでしょうか」
「ん゛ん゛っゔんっ……………話を、戻すけれども」
「不躾ながら申し上げますが、話を逸らすの誤りなのでは?」
「その、そろそろ短刀をしまっていただけないでしょうか?」
「……旦那様が指摘されませんので、もうお忘れなのかと思いました」
「そんな訳ないでしょ!? だから今まで日常的な会話で時間を稼いできたんだよっ!」
「何か良い案はお出になられましたか?」
「出 な い よッ! もう何か土下座で頼みこもうかと思ってるところだよっ! 頼むから冗談であろうが本気であろうが死のうとするのはやめてくれないかな? 君は……ホラ、大切な……雇い人だしさ。その、家族同然と言いますか……」
「家族同然、で御座いますか……」
「そう! 君に何かあったら……って、何故に難しそうな顔を……?」
「……いえ。旦那様がそうお望みであれば、このような危険な物は速やかに処分すると致しましょう」
「お、おう。それなら良かった」
「所で旦那様、うら若き乙女が胸に秘める思いの丈を容赦無くズタズタになさった翌日に、何も無かったかのように振る舞おうとしている事について、旦那様の御心は痛まないのでしょうか?」
「……それはぁ、脅しと受け取ってもいいのかな」
「とんでも御座いません。私は只、旦那様の心身の健康を案じるという使用人としての当然の責務を全うしているまでの事に御座います」
「あっはい、左様で」
「はい、左様に御座います。旦那様、その後お変わりありませんか?」
「ありありですけど? 全然寝付けなかったっていうか一睡も出来なかったけども? ていうか何で君は平然としてるの?」
「いえ、私は旦那様の事など全然好きでは御座いませんが。うら若き乙女というのも私の事では御座いませんし、私は昨日の夜ぐっすり二時には就寝致しましたが?」
「そっかー、俺知らない内に誰かを傷つけちゃってたかー……いや、その方向性に持っていくのは流石に無理があるでしょ。耳赤いし……ていうか全然寝れてないけど大丈夫!? 今日はもう休んだら!?」
「いえ、旦那様の胸中に平穏が訪れるまで、私に休息は御座いません」
「使用人の鑑かっ!」
「お褒めに与り恐悦至極に存じます」
「……いや、よくよく考えたら俺脅されてたね!? 使用人の風上にも置けなかったわっ!」
「すると、風下には汚れがよく溜まりますので、使用人冥利に尽きる立ち位置で御座いますね」
「なるほど、これは一本取られた。って違ぁうっ! とんちをやってるんじゃなくてね? ああもう、一体全体君は何がお望みなんでしょうかね?」
「いえ、私ごときが旦那様に指図などとてもとても……「そういうのいいから、ね?」……畏まりました」
「それで、改めて聞かせてくれないかな?」
「はい。それでは旦那様、私に対してよそよそしい態度を取るのを止めていただけないでしょうか」
「……なんて?」
「私に対してよそよそしい態度を取るのを止めていただけないでしょうか、と申し上げました」
「…………てっきり、君の事だからまた『抱いてくれ』とか変な事を言ってくるとかと」
「私は旦那様に『抱いていただきたい』のであって、それは旦那様御自身の意志で行われなければ意味がありませんので」
「ああ、うん。そう……」
「ですが、今日の様に旦那様が私を避ける様な行動を取られますと、業務に支障をきたしますのでこのような『ご提案』をさせていただきました」
「完全に脅迫だったけどね!」
「決して旦那様と話せないから寂しかったとかそういう理由では御座いませんので」
「いや、何も言ってないから。やっぱり君寝てないから頭回ってないよね?」
「旦那様の頭部を強打して昨日の記憶だけ取り除こうかなどとは微塵も考えておりませんので」
「結構ヤバい事考えてたね!? 頑張って今まで通りに接するから本当に止めてね!?」
「善処致します」
「そこは確約してくれない!?」
「旦那様が、私の御慕いしている旦那様のままでいらっしゃるのであれば、そのような事は起こらないかと」
「き、肝に命じておきます……」
「……旦那様」
「な、何でしょうか」
「私、手頃な鈍器を持ってまいります」
「え? ……あっ、待って待って待ってゴメンって! 今のはノーカンでしょ!? えーっと……ホラ! 『はいスタート!』みたいな合図無かったし! ちょっと、無言で出ていかないでっ!?」
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