第9話 同居
宴が終わり、俺は一つの家に案内される。
しばらくはここに滞在させて貰うつもりなので、個人の家を与えられるのは非常に助かる。
さて、俺は時間が出来たらやってみたい事があった。
自称神のゼウスに問いかける事だ。
あのオッサンは別れる間際に、強く念じればワシに通ずると言っていた。念話というかテレパシーみたいなものだろうか。
要領は分からないが、なんとなくそれらしき事をやってみる。
通じろー、通じろー、オッサン出てこいーと頭の中でやってみる。………。
が、何も返事はない。やっぱりダメなのか、それともやり方が違うのか。
あのオッサンには色々問い質したい事がある。
その時雑音交じりに何か音が聞こえた気がする。
「アカン、ワシ……モウ………無理ヤ」
気のせいかな。きっと気のせいだな。
ゼウスみたいな声に聞こえたけどなんか胡散臭い関西弁喋ってるし。
………おい、どういう事だよ。
胡散臭い関西弁は無視してもう一度ゼウスに問いかけてみる。ただもうそれ以降ゼウスから反応が返ってくることはなかった。
もう無理っていう事はもう連絡を取れないという事なんだろうか。それともゼウスの身に何か起きて存在自体が危ういという事なのだろうか。
どちらにしろ今の俺にそれを確かめる術はなかった。
「ああ、もう役に立たないオッサンだな!」
俺は苛立たしげに着ていた服を脱ぎぺいっと部屋の片隅に投げて追いやる。
基本裸族なのでね。寝る時は裸が好きなのです。
「どうされたのですか?……きゃっ!」
俺の家に屈んで入ってきたミコトが半裸の俺を見て黄色い悲鳴をあげる。
「コ、コースケ様!どうして服を着ていないのですか?……もしかして私と………!いけません、まだ出会って間もないですし私にも色々と準備が………」
愉快な勘違いをしている気がする。
というか俺の家にこんな夜中に訪ねてくるというのは、それこそどういう事なのよ。手にはコップと革袋を持っている。
このセットはこの村ではデフォの装備なのかも知れない。その内伝説のコップとか呪われた革袋とか出てきそうだ。
「いやいや、俺は寝る時は裸が好きなだけだよ。ミコトちゃんこそどうしたの?こんな遅い時間に」
「え、あぁ!そうなんですね。コースケ様は縛られるのが嫌いという事ですね。承知しました」
なんかやっぱり伝わっていないみたいだ。
彼女はコップを俺に渡し革袋から液体を注ぐ。どうやらこれはただの水のようだ。
呪われては……いないね。
「ええと、シンゲン様から聞いていないですか?こちらは私の家ですが、これからはコースケ様と二人で住まわせていただく事になりました。コースケ様の側仕えとして、至らぬ点は多いかと思いますが宜しくお願い致しますね」
いや、全然聞いてないわ。
あのオッサン2号は感動したりはしゃいだりはしてたけど、そんな事一言も言っていない。そしてミコトちゃんが側仕えって。
巫女でしょ。村の仕事とか色々あるでしょ。
「長老様からは何も聞いてないんだけど……。ここが今日からしばらく俺にあてがわれた家だとは聞いてるけど、ミコトちゃんと一緒とか、そもそもミコトちゃんのお家だとか全く知らない」
「そうだったのですね。最近シンゲン様はそういう所がちらほらありまして……。恐らく伝え忘れていたのではと。申し訳ありません。やはり私と同じ住まいなんて嫌ですよね……」
この子の特技は分かった。
上目遣いだ。魅了なんてスキルも持っているかも知れない。
もう既に俺は落とされてしまったみたいだ。
「そんな訳あるわけないじゃない。ミコトちゃんと一緒で嫌だっていう男なんていないよ。でも若い女の子と男が同じ家に住むことに反対する人は多いんじゃない?ミコトちゃんのご両親も心配するんじゃないかな」
「若くて可愛い魅力的な女の子なんて……。ふふ、照れてしまいます。大丈夫ですよ、この事はシンゲン様から村の皆様にお達しがありました。村に伝わる方の側仕えをするのです。普通の方では務まらないので私が任命されました。なので反対する方はおりません。私の両親は既に他界しておりますが、この様な大役を任せられた事を喜んでくれていますよ」
悪い事を聞いてしまった。心がずーんと重くなる。
でもミコトちゃん本人は気にしていないみたいだが、結構時間が経っている事なのだろうか。
そして本人は無駄にポジティブだ。若くて可愛いし、魅力的だから間違ってないけど。
「嫌な事を思い出させてごめんね。ご両親はそうか、既に天国に行かれたのだね。じゃあミコトちゃんが大役を果たしたらきっと喜んでくれるね。俺の責任も大きいな。二人で頑張らなきゃね」
「ええ、もちろんです!さっきも伝説の方の側仕えになった事を報告したら喜んでくれました。たまにコトネの事で相談したりもして、大きくなったねとか頑張れとか応援してくれます」
……他界されたって聞いたけど、随分気軽にお話とか出来る間柄なのですね。
色々見られていそうでおじさん気が気でないです。
「そ、そうなんだね。他界されたご両親と会話出来るんだ。凄いね」
「そんな事ないですよ。この村で一番の力を持っていたと言われる巫女は全世界、どこの場所の人とでも会話が出来たと聞きます。それに比べれば私なんてちっぽけなものです」
「じゃあそのご両親と会話できるのも巫女の力なの?」
「そうですね、これも巫女の力の一部です。私は未熟なので色々条件を整えなければなりませんが、会話程度は可能ですよ。それで、この力を持っている者がこの村では巫女として選ばれます。基本的にこの力は血統なので巫女は私の一族から輩出される事がほとんどですけどね」
なるほど、だから巫女なのか。
この若さで巫女に選ばれるには理由があるものだ。
「でも、そうしたら俺の側仕えとしていると巫女の仕事に支障が出るんじゃないのかな」
「それも大丈夫です。そもそもこの村では祭事など滅多にありませんし、外からの依頼も最近は少ないです。その間に妹のコトネに巫女のあれこれを憶えてもらって立派な巫女にしてみせます」
「コトネちゃんも巫女の力を持ってるの?」
「ええ、私なんかよりとても強い力を持ってますよ。巫女としての才能だけで言えば歴代で最強かも知れません。ただ、本人はその力のせいで小さい頃苦しんでいましたので巫女にはなりたくないと言ってますけど。本当は巫女としての修練を積んだ方が力の制御もうまくなるし、その方がいいはずなんです。明日からコトネを説得して巫女としての修行を始めるつもりです」
そうか、そういう事であればミコトちゃんが俺の側仕えとなるのに問題はないのだな。
後はご両親がそこらへんから覗いているとかがなければ。
「じゃあミコトちゃんは本当に俺の側仕えになるんだ。俺はそんな立派な人間じゃないんだけどな。人に付いてもらった事なんてないからなんかムズムズするよ」
「いいえ、コースケ様はきっと立派にこの村を導いて下さいます。私が保証します。だから私の事を是非お側において下さい。きっとコースケ様のお役に立ちますので。お願い致します」
「俺が村を導くって……。その根拠は?」
「勘です!」
ミコトちゃんはにっこり微笑んで言い切った。
参ったな、この子には敵わない。
そういう事であれば、この子の勘が外れないように俺が努力しなくては。
「そうか。分かったよ。その気持ちしかと受け取りました。ミコトちゃんの期待を裏切らないように精一杯努力しましょう。側仕えなんて言葉はあまり好きじゃないけど、是非とも俺の側で支えてください。こちらこそ宜しくね」
「あの、あ、有難う御座います!誠心誠意粉骨砕身昼に夜に手取り足取りお供させて頂きます!よろしくお願いします!」
「そんなに頑張らなくていいからね……。でもよろしく。さあ、遅くなっちゃったからそろそろ寝ようか……って言っても、そうか。この家には寝る場所が一か所しかないか。じゃあミコトちゃん、布団っていうか毛皮で寝てね。俺はここらへんで寝るから」
「とんでもありません。コースケ様こそ布団で寝てください。大切な方が寝冷えして風邪ひきました、なんてなったら私が解任されてしまいます!毛皮が嫌でしたら私が肉布団にでもなります!」
「……ミコトちゃん、多分肉布団になったらお互いに寝られなくなるよ。本当に大丈夫だからミコトちゃんが布団で寝てね。明日には長老様に言ってもう一組布団を貰ってくるからさ」
「じゃあ……。コースケ様、嫌でなかったら一緒に布団で寝て頂けませんか。朝方は冷えますし、布団無しでは本当に凍えてしまいます。私も一緒に寝て頂ければ温かいですし……。長老様から追加で布団を頂いたらもちろん別で構いません。今日だけお願い出来ませんか」
「……オレ、オンナノコト、イッショニ、ネタコト、ナイ」
「もももも、もちろん私だってないですよ!!小さいころ父と一緒に寝ていただけです!!あの、変な意味でなくて、布団もないので今日だけ緊急避難というだけです、ただそれだけです……」
据え膳食わぬは男の恥ですな。覚悟を決めましょう。いや、食べちゃダメだけど。
「わ、わかったミコトちゃん、気遣いありがとうね。じゃあ一緒に寝ようか。俺、寝相が悪いから迷惑かけたらごめんね」
「はい、はい!ありがとうございます!ではどうぞ、コースケ様。こちらへ」
誘い方が艶めかしい。
同じ布団に潜り込むが、俺は気まずさからミコトちゃんに背を向ける。彼女はそんな俺の事をわかってかどうか、背中にピタリと寄り添ってきた。
「コースケ様、一つだけお願いがあるのですが……」
やばい、この状況は!
私の初めてを貰ってください的イベントか!ついに社畜の俺にも遅咲きの春が!
「あの、私の事を今後は『ミコト』とお呼び頂けないでしょうか。私は今後公私共にコースケ様の力にならなくてはなりません。精一杯お役目務めさせて頂きますので、どうぞ近しい者の証としてミコトとお呼び捨てください……」
違った。
「そんな、呼び方に拘らなくても俺は十分ミコトちゃんを近しく思ってるよ」
「でも、それでもです。私はコースケ様にミコトと呼ばれたいと思っております。どうか、お願いできませんか」
背中に伝わるミコトちゃんの吐息が熱い。
彼女の想いに俺まで蕩けてしまいそうだ。
「……わかったよ、ミコト。明日からまたよろしくね。だから今日はもうおやすみ」
「ありがとうございます。はい、おやすみなさいコースケ様」
背中に今度は満足そうな吐息がかかる。
彼女も今日は疲れたのだろう、しばらくするとスゥースゥーと静かな寝息が聞こえた。
俺は初めての感触を背中に感じて中々寝付く事は出来なかった。
俺が寝られたのは空が白み始めた頃だった。