第8話 宴
村に戻った俺達を出迎えたのは、肉の焼ける香ばしい匂いだった。
宴の準備は着々と進んでおり、村の広場では宴の始まりを今や遅しと待ち構えている村人達の姿が見える。
「これは良いところに戻られました、コースケ様。是非コースケ様にご紹介させて頂きたい者がおりますのでご挨拶させて頂いてよろしいでしょうか」
俺の戻りを待っていたらしい長老のシンゲンが声を掛けてくる。
「もちろん構いませんよ、私にご紹介頂ける方はどなたでしょうか。」
長老は俺の返事を聞くと近くにいた大柄な男を呼びよせた。
「こちらは村の若い衆をまとめております、ダノンという男です。少々粗野な所はありますが、この村一番の狩人で今日の獲物もこの者が仕留めて参りました」
「よう、旦那。俺はダノンという。村一番の狩人って訳でもねえが、狩りは得意だ。今度教えてやるから一緒に行こうぜ」
「はじめまして、俺は光佑です。今日の獲物はダノンさんが仕留めてくれたのですか?凄いですね。あれは何の動物ですか?」
ダノンは得意気に獲物を仕留めた時の状況を語る。
彼は道具は何でも使えるが、その中でも弓と槍が得意らしい。
狩猟を主にした村だから使えなくては当然困るだろうが、それでも彼の腕前は目を引くものがあるそうだ。
周りのダノンの仲間らしい男たちが口々に彼の腕前を語っている。
関係ないが、名前は和名ばかりという事でもないんだな。
シンゲン・ミコトときたから彼もヨイチなどの和名を持っているのかと思ってた。
そんな事をぽろっと長老に零すと長老は何食わぬ顔で答えた。
「ダノンは遥か遠くの大陸に祖先を持っております。古代の戦争によりその軌跡は失われてしまいましたが、彼の中にはその大陸での狩猟民族の血が流れているという事です」
遥か昔、これは多分俺がいた時代の事だろう。
その頃の狩猟民族というとアイヌやアボリジニくらいしか俺には思い浮かばない。後はアフリカの原住民やパプア諸島の原住民か。
ダノンの見た目は日本人とさして変わらないのでアフリカ系ではないのかな。
ダノンという言葉がどこかの言語かも知れないが生憎ここではなんでも答えてくれるグーグル先生はいないのである。
ダノンらと話をしていると村人達が続々と広場に集まってきた。
まだ夕暮れには早い時間だが宴が始まろうとしている。
宴の席は便利だ。気分が高揚するとその人々の本性が見えるからな。
だから以前の日本では接待と称してお客様と沢山飲み食いをしたもんだ。アルコールが入ると気性の荒くなる人、寝てしまう人、愉快になる人と様々だが、そのお蔭で沢山の人間関係を築いてきた。
この村にいつまでいるかは分からないが同じ時間を多少なりとも一緒に過ごす人々だ。その人となりを知る事は無駄ではない。
さてさて、どんな人たちなのだろうか。
長老が広場の一段高くなった所に上る。村人達は長老が上ると波が引くように静かになった。
「皆の衆、よくぞ集まってくれた。既に聞き及んでいる者もいるかと思うが、今日はこの村に旅人が訪ねてきた。この方は我らを安寧の地に導いてくれる方だ。今日というこの日は、このイリヤの村にとって一生忘れられぬ記念すべき日になるであろう。堅苦しい挨拶はこれでしまいじゃ。今日はみな派手に騒ぐがよい!!」
意外とざっくりだった。
これもいいかも知れないな。ただ俺はまだこの村に力を貸すとか世界を救うとか決めた訳ではないけどな。
まあいいか、今日は宴だ。楽しもう。
長老の挨拶が終わると村人達は一斉に飲み物、食べ物を取りに行く。
今日のメインディッシュはダノンが仕留めたイノシシに似た動物だ。
それを広場の真ん中で豪快に丸焼きにしている。
それ以外にもウサギやタヌキ等の小動物も煮たり焼いたりされている。
何を食べようか迷っているとコップを片手にミコトが近づいてきた。
「コースケ様、お飲み物をお持ちでないようなのでこちらを是非飲んでみてください。ダモの木の樹液を元に作ったお酒です。飲みやすいんですよ」
ミコトから受け取ったコップに口を付ける。やはり甘めの味がした。
所謂果実酒だな。
若い女性が好きそうだと思っていたら、ミコトと一緒にいる女の子たちが同じ物を飲んでいるようだ。
「コースケ様、初めまして。私はこの村のリリと申します。ミコトとは幼友達で昔はよく一緒に遊んでおりました。今日も、コースケ様が来られてから巫女として付きっ切りと聞いて心配していたのです。ケダモノみたいな男の人だったらどうしようって。でも安心しました。コースケ様はとてもお優しそうです。これからはミコトだけでなくリリとも仲良くしてくださいね」
そういうと軽くコップをあてて来た。乾杯という事だろう。
リリという女の子は恐らくミコトと同年代のやはり可愛らしい女の子だった。髪は薄く茶色がかっており、肩くらいまでの長さだ。目はたれ目で大きい。背はミコトよりも低い。
ただし出るべきところは出ている。ミコトよりも大きい。お見事。天晴。若い女の子って素晴らしいね。
若い女の子に声をかけられるなんて、怪しい宗教の勧誘か、夜のお店くらいしかなかったよ。
おじさん嬉しい。
ミコトとリリの隣にもう一人女の子がいた。
引っ込み思案なのか直接は声を掛けてはこないが、コップを両手で包むように持ちこちらを見ている。
俺はその女の子にもコップを軽くあてた。
「はじめまして、俺は光佑と言います。あなたのお名前を教えてもらえますか?」
「は、はじめまして!私はコトネです。リリとは昔からの友達です。私は・・ミコトの妹です。今日はミコトが初めて村の宴に私たちと参加したので嬉しくて。コースケ様も是非楽しんでください!」
コトネはリリより背が高く、ミコトよりも背の低い女の子だった。黒髪をポニーテールにしている。そしてミコトの妹という事だった。確かに目元とか似ている。
「コトネちゃん、ありがとう、こちらこそよろしくね。せっかくだからみんなでダノンさんの仕留めた獲物をご馳走になりに行こうか」
広場で肉が焼かれている周りに行き、ダノンが仕留めたイノシシを切り分けてもらう。
この手の野生の動物は大抵獣臭が強く、好き嫌いの分かれる味である。ただこの肉は思ったよりそういった野性味溢れる味ではなく、豚肉の様に癖のない味だった。
それをシンプルに塩と香草で焼き上げ、外はパリッと中はジューシーに仕上がっている。控えめに言って最高だ。
こういう料理には本当はビールが合うと思う。
そんな俺の心の声が届いたのか
「おう旦那、この肉はどうだ、最高だろ?俺が仕留めた中でも極上の部類だ!こんな肉にそんな甘ったるい酒なんて飲んでんじゃねえよ。こっちにしろ、こっち」
と言って、ダノンは俺からコップを奪い取ると一回り大きな木製のジョッキを渡してきた。
ジョッキには泡立った金色の液体がなみなみと注がれている。つまりビールだ。ありがたい。
俺はジョッキを受け取りダノンとガツンとぶつけ合うと半分程一気に飲み干した。
「いや、最高だダノンさん。肉もうまいし酒も合う。俺が欲しい酒が良くわかりましたね」
「あたりめえよ!こんないい肉にそんな甘っちょろい酒が合うわけねえだろうが!さあさ、今日はあんたが主役だ、腹一杯食べてくれ」
皿に肉を山盛り載せていき、ダノンの後ろから来た男が野菜を炒めたものが入った器を置いていく。その隣にはパンを薄べったく伸ばしたものとチーズのようなものもある。これがこの町の主食なのかな。インドのナンみたいな感じだ。
ナンのようなものに野菜と肉を乗せ、チーズを乗せて更にパンを重ねる。即席ハンバーガーだ。
もしゃりもぐもぐ。旨い!街中のハンバーガーショップの3倍は旨いね。
やっぱり肉がいいのだろう、ワイルドさが溢れ出してくる。
もっしゃもっしゃ食べながら歩いていると今度はご婦人の集団に囲まれた。
「あらあら、お話しは伺ってましたけどいい男ね。どちらの出身なのかしら。良かったら私達が育てた果実を召し上がって頂けませんか?」
そう言って清楚な感じの奥様方はボウルの中にある果実を出してくる。
俺は軽く挨拶をしながらボウルの一番手前にあったサクランボのようなものをパクり。あまーい。これはサクランボだ。佐◯錦より美味いな。
そのお隣のご婦人のボウルには緑とオレンジの果実が切り分けられている。なんだろなっと思ってたらご婦人があーんてしてくれた。パク。美味いね!あーんしてくれたからだろうか。
うむ、これはメロンだ。アンデスとクインシーか?
この村は俺の思ったよりも余程良かった!
肉、酒、飯、果実!全て高水準です!
ついでに言えばご婦人も少女も美人揃いだった気がする。
男連中は確かに厳つい奴らが多かった気がするけど、話してみると気のいい奴らみたいだし、みんなに共通して言えるのは素朴だ。
意地張ったり見栄張ったりする部分はあるだろうけど、それでもきっと最後は本音で話しが出来る、そんな印象を受けた。
感じた事を吟味していると、長老のシンゲンが話しかけてきた。
「どうですかの、この村は」
「ええ、とても良い印象を受けました。皆優しくて明るい方が多い。初めて会った私にもとても気さくに接してくれてます。こんな短時間で受け入れて貰えたのは初めてかも知れません」
「そうでしたか、それは重畳。ところでコースケ殿、先程は申し訳なかった。コースケ殿が暫く考えさせてくれと言っていたにも関わらず貴方を大々的に紹介してしまった。貴方には貴方の考えがあり、それ故に時間を求められたのに私は我が村に都合のいいように進めようとしている。
もし、この事に我慢がならないのであれば、どうぞこの村の事は忘れて下さい。この村は慎ましく生きていけばきっとこれからも大過なく過ごせるでしょう。お気になさらず、貴方は貴方のお考えで行動すべきです」
「長老殿・・。実は先程の挨拶では確かにその事を感じていました。色々と決めかねているのも事実です。だけど、私はこの村が好きになりました。世界のためなど大袈裟な事は言えません。
でも、この村の暮らしを今より少しだけ良くする事は出来るかも知れない。そんな風に今、皆さんと触れ合って感じました。だから、明日またお時間を頂けますか?これからの事を話し合っていきたいのです」
「おお、なんという慈悲深いお言葉・・・。身勝手な私をお許し下さると言うのですが。ありがとうございます。本当にありがとうございます。明日是非またお考えをお聞かせください。今日は本当に目出度い宴です。難しい事は考えず食べ飲み、歌い踊り心の底まで楽しんでくだされ」
村の広場では太鼓や笛が吹き鳴らされ陽気なリズムを奏でている。
厳つい顔のダノンも、清楚なご婦人達も、巫女のミコトもリリとコトネを連れて踊っている。
ミコトが俺を見つけ駆けてくる。
「コースケ様、一緒に踊りませんか?」
「俺は踊りとかあまりわからないんだけど」
「全然大丈夫ですよ、音楽に合わせて飛んで回ればいいのです。さあ、いきましょう!」
ミコトは昼間みた巫女然とした態度ではなく、年相応の女の子になっていた。
ご機嫌なミコトに手を引かれ俺は祭りの中心へ向かう。
大きな焚火に照らされ村は輝いて見えた。
今日だけは難しい事を考えずに、お祭りの雰囲気を楽しむとしよう!