第7話 勘違い
風呂場から出てきたミコトちゃんはいつもの巫女服ではなく、他の村人が着ていた麻の服を着ていた。
「先程はお目汚しをしてしまい申し訳ありませんでした・・」
そう言って謝ってきた。
いやいやいや、汚されてないよ。むしろ浄化されました。こちらこそすみません。
濡れた髪がいいですね、また一つ浄化されました。
「ミコトちゃん、謝らなきゃならないのは俺だよ。変なもの見せてごめんね。男の生理現象だから中々自分で制御出来るものじゃないんだ。決してやましい気持ちで見ていた訳ではないんだ!」
最後の方はちょっと語気が強くなってしまった。
お互い謝罪?が済み、少しぎこちなかったが和解をして村に戻って行く。
村へ戻る道で今日これからの宴の事を聞く。
本来ならこういう宴は村のお祭りとして巫女としてのお務めがあるのだが、今日は村長から一村人として参加するように言われているらしいので巫女服でなく麻の服を着ているようだ。
宴会に一般で参加するのは初めてのようでミコトは側から見てもワクワクしているように見えた。
「そういえば、私はコースケ様が来た時慌ててシンゲン様を呼んでくるように言ってしまいましたけど、言った後に実は後悔したのです」
「なんでまた。もしかして俺がその言い伝えにある人間じゃないって思ったの?」
「いえ、あの・・・。ええ、ちょっとその可能性があったと思って反省したのです。実は今までにコースケ様のような、もしかしたらっていう方が3人程いらっしゃったのです」
「3人も!それで、その人達はなんで違うってわかったの?もしかしたら俺も違うかも知れないけど」
「ふふ、簡単な話でした。初めて来た一人目の方はふらりと現れた旅人でした。見慣れない服装でしたからきっとこの近くの方ではなかったのかも知れませんね。その方は言葉が上手く話せず、でもその中に『東京』という単語が聞こえたのです。私は舞い上がりすぐにシンゲン様を呼びに行きました。そこからはコースケ様と同じで、あの手紙を読んで頂いたのですが、あの方は手紙の文字は読めませんでした。なので一人目の方は違いました。しばらくして、またどこかに旅に行かれました」
彼女らしいおっちょこちょいだった。
なんていう言葉を東京と聞き間違えたんだろう。
とりあえず俺は頷く。
「二人目の方はもう少しまともです。旅人という事は一緒ですが、彼の旅には目的があったみたいです。『東京』という単語も間違いなくご存知だったみたいですよ。でも、その方は失われた知識を求める方で、学者さんでした。なので東京という都市も知っていたそうですが、やはりあの手紙を見ても古代文字だというだけで読めなかったみたいです。村の調査をしてから、やはり村を去って行きました」
どの時代にも学者やら研究者がいるんだな。
出来れば今まで集めた知識や話を聞かせて欲しい。
ただこの時代でその仕事は果てしなく命懸けになりそうだ。
なんせあるかないか分からない時代の足跡を求めて危険極まりない旅路を行くんだから。一人で旅をして知識を集めるのは不可能ではないだろうか。
「3人目の方は、なんというか少し不思議なんです。本当はあの方が伝説の方だったのではないかとシンゲン様もおっしゃってました」
「不思議というと?」
「はい、その方はこの村に来てすぐに、何か言い伝えはないか?と言ってきたそうです。何かしら事情を知っている人だと思ってシンゲン様が対応しました。『東京』というキーワードは最後の最後で会話に出てきただけみたいですが。その後、あの手紙を見せて内容に驚いたり頷いたりはしていたのですが、でも手紙を読み終わった後に、私にはこの手紙は読めないからと押し返して、そのまま村を出て行ってしまいました」
「いや、そいつ間違いなく読めてるよね。そいつはどんな奴だったの?」
「あの、それが良く分からないのです。頭には全体に布が巻いてあって、体はやはり全体を覆うほどのマントを羽織っておりました。旅人の格好として不思議なものではないので私たちも気にしなかったのですが、近寄りがたい雰囲気を出して、声をかけられませんでした。だから男性か女性かすら分かりません。ただ、背はあまり高くなかったですね」
なるほどねぇ。
最初の二人はただの間違いだけど、最後の奴は間違いなく事情を知ってる奴だ。何者だ。
黒鎧の男と繋がりはあるんだろうか。
後で長老に聞いてみよう。
「そっか、そういう間違いがあって俺の事ももしかしたらって思ったのね。実際俺も人違いかも知れないよ?」
「そんな事はあり得ません。だってコースケ様はあの手紙を読めていたみたいですし、その内容に驚きはしたのでしょうがそこから逃げ出したりしていないではないですか。それに、お風呂でのお話でも鉄とかお金とか色々ご存知でした。今まで訪れた人の中で、私はやはりコースケ様が言い伝えの方で間違いないと思っています!」
「その根拠は?」
「勘です!」
はっきりバッサリと勘だと言い切った。
まぁ巫女の勘だし、他の人間よりは当てになるよね。実際俺はあの手紙を読んで俺の事かなって思ったし。その前のゼウスの事とかあるしね。
「そっかぁ、ミコトちゃんの勘が当たるといいね。でもあの手紙とか黒鎧の男の言い伝えとか、もっとはっきり個人を特定出来るようにしておいてくれればいいのにね。名前とか特徴とか」
胸に七つの傷があるとか。
「どこの村や町の言い伝えもそんなものなのではありませんか?本当か嘘か分からない言い伝えでも、それに縋って生きて行く。何か心の寄る辺となるものがないと人は生きていけないのだと思います。この村も同じです。いつか皆幸せになる時がくると、言い伝え通り私たちの力になってくれる方がくると信じて来ました。そしてそれは今日現実になったのです。私たちは幸せを掴む可能性が見えたのです。他の村や町の方々もきっとその様にして生きているはずです。だからまずは私たちが幸せになり、願いは現実になるという事を周りの村や町に広げていきたいと思っています。」
ミコトちゃんは屈託のない笑顔でそう言った。
この村の巫女なのだ、人々の幸せを願うのは当然だろう。
この村の人以外だって幸せになれるなら彼女の望むところだろう。
でも、他の村や町の言い伝えが幸せになれるものだけとは限らない。
世界の終わりを示す伝聞がないとは誰が言い切れるだろうか。
そんな俺の心情を見透かしたのか、彼女は俺の顔を覗き込んでくる。
「コースケ様、どうされました?」
「いいや、なんでもないよ。ミコトちゃんは立派だなって。俺が18歳だった時は人の幸せなんて願えなかったよ。自分は幸せに、人は不幸に、なんて思ってたもんさ」
「まぁ、コースケ様ったら!そんな事を考えている人には悪魔が呪いに来ますからね!ダメですよ、皆が幸せにならなきゃ!」
「ああ、わかってるよ。今はもうそんな事は思ってないよ。そうだな、みんな幸せになる為にどんな事が出来るか。少し考えてみようか」
そんな話をしながら俺たちは宴の準備が整っているだろう村に戻っていく。