第5話 伝説の旅人
『伝説の旅人へ』
おい。と、心の中で突っ込んでしまう。
まあいい、先に進もう。
『この手紙を読める者は特別な力を持っている人間のみだ。それをこの村の長老に伝えている。この村に人が訪れ、あるキーワードを言った場合にこの手紙を読ませる様に頼んである。そのキーワード『東京』だ。この手紙は日本語で書かれている。平仮名と漢字だ。この世界、この場所では日本語が通じているが、ここの人間は漢字を読む事が出来ない。漢字を読めるのは古代の日本を知る人で、東京という言葉を発する可能性が高いのも古代の日本人だ。さて、君はこの手紙を読めているかな? 読めているなら今この状況を説明しよう。』
男の手紙には意味深な事が沢山書いてあった。
色々気になるが、続きを読めば解消されるだろうか。
手紙の続きには、要約すると以下の内容が書いてあった。
・この世界は滅びた後の世界である。
俺が知っている東京は少なくとも1000年前には滅んでいるらしい。
・この世界には国という組織が現在ないらしい。
何度も国が興されたが、資金不足・武力不足・人望不足等ですぐに運営に失敗して潰えていったようだ。
・国のないこの世界は小さな争いがずっと続いている。国というか、世界を纏め上げる組織がないと人間同士の争いは絶えず、文明の発展も望みにくい。
この手紙を読んでいる者にそれを託したい。
・この村は争いに巻き込まれないようになっている。この手紙と木箱に認識阻害の術が施してある。この手紙と木箱がある限り、この村は外部から忘れられる事はないが、強い感情がこの村に向く事はない。魔物の襲撃がないのもその為だ。
ただ、もしこの村を発展させるのであればこの手紙と木箱は燃やして捨てて欲しい。認識阻害の術は負の感情も正の感情も阻害してしまう。
他の村や町と手を取り合うにも、この手紙と木箱がある限りは村の外の人間の協力を取り付けるのは不可能だからだ。
ざっとこんな感じで書いてあった。……重いよ、とてもヘヴィーだ。
そして大事な事が書いてない。
お前は誰なんだ。
この文章から考えると、伝説の人とは決して俺を特定した訳ではなく、この村に訪れて日本語を解する人であれば良かった訳だ。
もしかしたら日本大好き陽気なアメリカ人のトムだったかも知れないという事だ。
ただ、この手紙は俺が受け取ってしまったし、そもそも此処に来る前にゼウスっていう自称神とも会ってるし、世界を救う救世主だって言われたし。
やっぱり俺の事なのかな。でも手紙をみたら世界は滅んでるって書いてあったけど、それってどうなの。
俺は世界を救えてないと思うんだけど。
今すぐには決められないな、ちょっと考える時間が欲しい。
救世主になるつもりはないし、そもそも俺は会社員だし。うちの会社は副業は認められていないからな!
「長老殿、手紙を拝見させて頂きました。ある程度事情は理解出来ましたが、この手紙の内容をしっかりと理解するには些か時間がかかるかと思います。少しばかり考える時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「その手紙にはそんなに重要な事が書かれておったのですか。元より私どもは貴方様に従うつもりでおります。どんな結論が出るにしても、私どもは貴方様を支持するつもりで御座います。大したおもてなしは出来ませぬが、結論が出るまでどうぞごゆっくりこの村に滞在して下され」
長老は畏まって俺にそう告げると側仕えの女性を呼んで色々と指示を出し始めた。
「コースケ殿、長旅でお疲れでしょうから湯浴みなどいかがですかな。この近くで温泉が湧いておりましてな。是非そちらで旅の疲れを癒してくだされ。その間に我々は宴の準備をさせて頂こうと思いますので」
「いや、そんなお気遣い無用ですよ。でも、そうですね。温泉は有難いですね。入らせて頂いても宜しいですか」
「もちろんですとも! 温泉は村の自慢の一つですじゃ。ミコト、コースケ殿をご案内しておくれ」
「畏まりましたシンゲン様。ではコースケ様、私について来て頂けますか」
ミコトは長老の家を出ると一度自分の住居に寄ってお風呂の用意をしてから温泉に向かう。
◆◆◆◆◆
温泉は村から出て裏手の山に向かった方にあった。
村人達も毎日浸かっているようで、道は踏み固められて通りやすくなっていた。
「こんな場所に温泉があるなんて驚きました。村の人達も喜んでいるんじゃないですか」
「そうですね、近隣の村では温泉なんてありませんから。この村はとても恵まれていると思います。特に女性は毎日でもお風呂に入りたいと考えてるでしょうからね。私もお務めのない日は一日中いる事もあるんですよ」
ミコトは微笑みながらこちらに話しかけてくる。
ああ、とても可愛いな。巫女だけあって人当たりも柔らかいし、きっと中身もキレイなんだろう、そうに決まっている。
「さあ、まもなく着きます。見晴らしも良くておススメですよ。あ、コースケ様、そちらではありません。こちらです」
「あれ、ミコトさん、そこじゃないんですか?温泉みたいの見えてますが」
「あちらも温泉で間違いないですが、あちらは村人用なんです。私だけなら別にあちらでも構わないのですが、コースケ様は大切なお客様ですからお風呂も特別な方へ入って頂かないと。長老様に怒られてしまいます」
そういうものなのかなぁ。
俺も別にどっちでも構わないんだけど、それが彼女の不利になるなら従います。
「そこまで気を使って貰わなくても大丈夫なんですけど、色々申し訳ないですね。ありがとうございます」
「とんでもありません! コースケ様に気を遣わずにどこに気を使えばいいのですか。あ、後私に対して敬語なんて使わないでください。私の方が緊張してしまいます……」
「いやいや、そんな訳にはいかないですよ。今日初めてお会いしましたし、ミコトさんは巫女というこの村で重要な立場の方でしょう? そう言う人には敬意を払って当然だと思ってますよ」
「あ、あの、それはとても嬉しいのですが。巫女なんて大した事はしてないですし、色々とお話しとかしたいですし、その時に気を遣われてしまうと私も戸惑ってしまうというか何というか……。普通にお話しして頂くことはできませんか……?」
またこの子は上目遣いで!
そんな目で見られてダメなんて言えないでしょ。
「いや、お話くらい普通にしますよ。でも、ミコトさんがそう言うなら逆に気を遣わせちゃいますもんね。じゃあ普通に話すから仲良くしてね」
「あ、ありがとうございます! 是非気安く接してください」
ああ、癒されるなぁ。歌舞伎町のぼったくりバーとか裏カジノが嘘みたいだ。これだけでもオラ満足だぁ。
「ではコースケ様、温泉はこちらです。コースケ様の不思議なお召し物は一度預かってお洗濯しますね。お着替えは申し訳ないですが村で皆が着ているものを使ってください。ではお召し物を脱がさせていただきますね」
「え、ミコトさん、何するの……!」
「えっ。だって脱がせないとお預かり出来ないですし、お風呂も入れないですよ?さあ、早く脱いでください」
「自分で、自分脱げるから! それは本当大丈夫だから!」
「?そうですか? じゃあ脱げたら教えてくださいね」
というと、ミコトは今度は自分の服を脱ぎ出した。
……。
いや、いやいや。流石に! それは! ……いいのかな! いいかな!
「ねえ、ミコトさん。どうして服を脱いでるの?」
「え?だって服を脱がないとお風呂入れないじゃないですか?」
「だってお風呂は俺がこれから入るよ?」
「ええ、もちろんわかってますよ?私も入りますよ?」
「え、あ、そうなんだ……。なんで?」
「ええ、それが私のお役目ですから。村の大切な方のお世話をするんです。……あのですね、私も恥ずかしいんですよ……?」
ズギューンっ!
ぶっ刺さりました。
「そっか、そうだよね。俺も恥ずかしいよ。でもお役目なら仕方ないよね。じゃあ一緒に入ろうか」
努めて冷静です。俺は紳士です。この瞬間ばかりは仕事も救世主の事も忘れてしまいました。
ミコトは大事なところを隠しながら器用にタオルを巻くと俺に近づいてくる。
「では参りましょう。足元に気をつけてくださいね。」