第43話 苦渋の選択
村に戻ると長老宅から大きな声が聞こえてくる。
聞いてはマズイとは思いながらもどうしても聞き耳を立ててしまう。
声からするとダノンとユキムラの様だが、珍しく声を荒げているのはユキムラだった。
声を掛けるか悩んでいると、ダノンが長老宅からのそっと出てくる。
「旦那の気配がしたからな、ちょっと一緒に入ってくんねえか?」
さすが一流の狩人。獲物だけでなく人の気配にも敏感な様だ。
長老宅に入るとユキムラが長老に詰め寄っている姿があった。
「シンゲン様、あの様な者に滞在を許すなど正気ですか!?」
「ユキムラよ、彼女に悪意はない。彼女の境遇を考えれば村への滞在くらい許して然るべきじゃと儂は考えておる。納得いかんか?」
「納得いきませんね!彼女自身はシンゲン様がお会いしてその人物を見極めたのでしょうが、彼女が所属してる組織が問題です。彼女はウエノの精霊使いで門番だと聞きました。その待遇の善し悪しはあれど、門番という事が公の立場であれば、その彼女がここにいる事が分かった場合、この村が危うくなります。それをシンゲン様はお忘れですか!?」
「忘れておる訳あるまいよ。ウエノの町は執念深い。自分の町のモノであれば、それが何であれ取り返しにくるじゃろう。でも、それでも彼女を追い返す事等儂には出来ぬ。それについても明日の会議で皆で話すべきだと思っておる。それで如何かな、コースケ様」
「ええ、勿論構いません。むしろ全員揃ってるのであれば今から此処で会議を始めてもいいくらいですよ」
そう言いながら俺とダノンは2人の前に座る。側仕えの女性はこんな時でも冷静に飲み物を用意してくれる。
「そうじゃのう、確かに重要な事だし、ここに全員集まっておる。ではこのまま始めるとするか。2人ともどうじゃ?」
2人は否定する事なく頷く。
済し崩し的に第2回の定例会議が始まった。
本来なら会議の内容は俺が村を見て回って今後の改善方法を伝え協議するというはずだった。
そこに大きな問題が重なる。ウエノの門番であったリエの事だ。
彼女は門番とは名ばかりで、実際は死んでしまっても構わない捨て駒として危険地帯に置かれていたのだ。
侵入者を食い止められればよし。もしダメであってもその後待ち構えている町の本隊で侵入者を叩けば良いのだ。
なので実際にはウエノの町としては彼女に価値はない。
ただ、それが他人の手元にある今は価値を発揮するのだ。
ユキムラが先程長老に詰め寄っていたのはその事だろう。リエを匿う事によりこの村が危険に晒される。
長老に対して天秤の掛け方が間違っていると詰め寄っていたのだ。
「さて、まず何から話していくかのう」
「ウエノからの使者の事をお願いします」
ユキムラが強い口調で言うが、俺が反論する。
「ユキムラさん、リエは、彼女は使者ではありません。ウエノの町で生死を彷徨っていた所を我々が救って来ました。これは本人の意志でもあります。なので無理矢理に連れて来た訳ではありません。ウエノからケチ付けられる事など何もありませんよ」
「旦那よ、それは皆分かってんだよ。シンゲン様が確認したんだ、来た子が悪い子じゃねえってのは誰も疑ってねえんだ。問題はそこじゃねえ。ウエノの人間がこの村に居ることが問題だ」
「ダノンの言う通りだ。この村とウエノの町の交流はゼロではないから、いる事自体は問題ない。来たまま帰らないのが問題だ。彼女がこのままこの村に滞在するのであれば、ウエノは間違いなくそれを突破口に攻め入ってくるぞ」
「どうしてウエノはそんな事を?」
「奴らは自分達の奴隷が欲しいんだよ。肉体労働をやらせ、危険な魔物や動物から身を守り、定期的に収穫出来る野菜や果物を届けさせる。アイツらの町には畑も少ないし、狩りなんかもやらねえからな」
「それをこの村で代わりにやらせるつもりですか」
「ああ、間違いないだろう。滅ぼされる事はないだろうが、支配の為の見せしめで何人かは殺されるだろうな。恐らくシンゲン様、ダノン、俺は免れないだろう。残りの者も女は連れ去られ、男は労働者になる。そこで死ぬまで働かされるだろう」
「そんな!そんな事許せないですよ。本当にそんな事してくるんですか?」
「多分なぁ。ウエノの向こうの町も結構大きかったみたいだが、結局ウエノに従っちまったからな。うちの村なんか一瞬で消されちまう」
思ってた以上の重大な問題だった。
それでも俺やリエを誰一人非難しないのは優しさか、他の考えがあるからか。
でも、だからって俺はリエをウエノに返す気はない。じゃなきゃなんの為に助けて来たんだ。
「ウエノの考えは分かりました。その中で二つ聞きたい事があります」
「なんでしょうか?」
「はい、まずは俺がリエを連れて来た状況です。この村の地下遺跡から通じた道でウエノに行き、途中の塞がった道に穴をこじ開けて辿り着きました。戻る時も同様でその穴から戻り、帰りにはしっかりと埋めてから来ました。それでもウエノに我々の動きがバレていて、ここにリエがいる事が筒抜けになっているんでしょうか」
「それは何とも言えないな。ただ最悪を想定して行動するべきだ。攻められる事を想定して、襲撃がなければ良し、もし来た時は備えをしておけば対応も出来るだろう」
「分かりました。それともう一つ、この村に来た黒鎧の男の事です。彼から渡された手紙と木箱、この二つがある限りこの村には強い意識が向きません。それでもウエノから攻め入られる事はあるんでしょうか」
「それも分からねえな、旦那。俺達は大丈夫だと思っていたが、この間実際に魔物が来ちまった。村の中ではねえが、村に程近い所だ。認識阻害はあくまでも阻害するだけで、ゼロになる訳じゃねえんだろ?奴らが明確に強い悪意を向けたら阻害出来ねえんじゃねえか?」
「そうか、そうかも知れませんね……。では我々はどうするべきでしょうか。俺はいつかはこの村をウエノなんかに負けない大きな街にするつもりです。ですが今はまだ準備が出来ていません。本当にウエノが攻め込んでくるのであれば、どういう風に対応するべきでしょうか」
「攻め込んで来るっても、奴らもいきなり槍を構えて殴り込みに来る訳じゃねえ。まずはあちらもお伺いを立てて来るだろうさ。うちの人間がいませんか?ってな」
「じゃあその時知らぬ存ぜぬで通せるのでは?」
「それは難しいだろう。奴らも交渉事となればそれなりに餌をぶら下げてくる。その餌に飛びつかない理由がないんだ。本来なら飛びつく筈の餌に飛びつかない、これは何か理由があると思われるし、餌に飛びつけば村中を隈なく探し回るだろう。どちらにしてもリエという女性の痕跡は嗅ぎつけられてしまう」
「その時に俺とリエが村の外に出て帰るまでそのままでというのは?」
「奴らがそのまま帰らなかったら?一週間くらい滞在されちまったらどうすんだ?」
「一週間くらいなんとかします」
「その間に村人全員に事情を聞かれるかも知れない。そうしたらお前達の事を知ってる村人が何も考えずに言ってしまうかも知れない。そうでなくてもお前達の事をよく思わない人間は言ってしまうかも知れない。人の口に戸は立てられないからな。統制を試みても難しいだろう」
「……じゃあ俺達は村を出て行くしかないんでしょうか」
俺以外の全員が押し黙る。
簡単な話だ。ぽっと出の余所者と、村人の生活。このどちらを守るとなれば、この3人は躊躇わず村人を選ぶだろう。
「コースケ様、決して儂等はそんな事を望んでいる訳ではありませぬ。ただ、今この瞬間には良い知恵も浮かんでいないのも事実です。今判断をするとしたら、コースケ様が仰る通りの事しか方法はないかも知れませぬ……」
「時間は。時間はどれくらいあるでしょうか。ウエノの町から使者が来るとして、それはいつぐらいに来るものでしょうか」
「恐らく、一週間程度だと思われる。あちらの町も今はまだ門番が居なくなった事実くらいしか掴んでないだろう。門番が姿を消した理由。自分でなのか連れ去られたのか、行くとしたら何処へ行ったのか。こんな内容を町の中で検討し、真っ直ぐに結論に辿り着いて一週間。もっと検討に時間が掛かる事も有るだろう。あくまでも目安だが、それくらいはかかると思う」
「ありがとうございます。じゃあその一週間で対策を立てて見せます。この村の発展をと思っていたのですが、私はとんだ疫病神になってしまいましたね。申し訳ありません」
「旦那、誰もそんな事思っちゃいねえよ。こっちこそなんの役にも立たないで済まない。でも、旦那の考えがまとまったらちゃんと教えてくれ。俺達で手伝える事はなんでもやるからよ!」
「そうだな、コースケ殿との話は色々有益だった。俺はまだ村に水道を通す話は諦めてないぞ。だからコースケ殿、どうかこの事態を乗り切って欲しい。勝手な事を言っているのは分かっている。ただ、コースケ殿ともっと村について話し合いたいのだ。ダノンと同じく何でも手伝うつもりだ。いつでも声を掛けてくれ」
「コースケ様はいつの間にか村のまとめ役達を掌握しておったのですなぁ。やはり儂の目に狂いはなかった。きっとコースケ様ならこの事態を乗り越え村を導いてくださる。そう信じております。任せっきりにして申し訳ないのですが、なんとか宜しくお願い致します」
そう言って3人は俺に頭を下げた。
やめてくれ、俺は貴方達の為にやる訳じゃない。今回は自分のワガママを通す為にやるんだ。
だから俺は3人に返す言葉がなかった。
「みなさん、頭を上げて下さい。これから色々考えてみます。いい案が浮かんだら相談させて下さいね。あ、そうそう。対応と同時に村の補強もするつもりです。それはお手伝いお願いしますね!」
俺はそう告げて長老宅を後にする。
おはようございます。
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