第42話 ニューカマー・イン・スプリング
ミコトと2人で家に入る。なんだか今日は疲れたな。
「ふぅー、家に着くとホッとするよ。今日は付き合ってくれてありがとう、ミコト」
「ふふ、コースケ様と一緒にお出掛けですからね、当然です。お礼を言われる事なんてないですよ。お疲れなんですか?」
「ああ、なんか疲れたな。体もそうだけど、心もくたびれた。ミコトはそんな事ない?」
「そうですねぇ。私は疲れたと言うより、痛かったという思いが強いです。ウエノの町のリエちゃんの扱いはとても許せるものじゃありません。でも彼女は頑張って今の今まで生きていてくれた。そしてコースケ様は私達の期待通り救ってくれた。痛い気持ちもありますが、おかげさまで暖かい気持ちにもなっていますよ」
「ミコトがそう言ってくれて良かった。リエを助けたのは間違いだったなんて言われたら俺は目も当てられないからな。後はリエからも色々聞きたい事があるんだが、まぁ追々聞いて行けばいいか。埃だらけだから俺達も風呂入りに行くか?」
「……2人きりのお風呂は久しぶりですね。ええ、参りましょうコースケ様」
プチ冒険の時についた汚れを落としに俺達は風呂に行く。ミコトと2人だけのお風呂はなんだか久しぶりだ。
やべ、緊張してきた。
この間ミコトはうっかり全てを晒してたし、そろそろこれ俺も晒すくらいの覚悟しなきゃいけないんじゃね?
そういう事になっちゃう感じかしら。
道すがらくだらない事をずっと考えていたが、俺の期待と不安は先客に打ち砕かれた。
いつも入らせて貰ってる来客用の風呂から黄色い声が上がっている。
服を脱ぐ前に風呂場を覗いてみる。
……思った通りというか、コトネとリエが風呂場ではしゃいでいた。当然だが2人ともすっぽんぽんだ。
よく見るつもりはなかったが、よく見るとコトネがリエの後ろに座り手を当てている。
手から淡い光を放っているところを見ると治療してるのか?
「おーい、俺達も入っていいかー?」
「あ、コースケ様!いいよ!いつでもいいよ!」
そう言いながらコトネは駆け寄ってくる。
ノーガードでだ。ぶるんぶるんしてる。
俺は咄嗟に顔を背けるが、目線だけはしっかりとコトネを追っていた。
「コースケ様、待ってたよ。そろそろ来るかなって思ってたんだ」
コトネは変わらずノーガードのまま俺に身体をピタリと寄せると上目遣いで覗いてくる。
「コトネ、お前分かっててやってるだろ」
何の事?という風に可愛らしく首をかしげる。あざとい……!
リエは突然の訪問客に身体を隠すという当たり前の行動をしていた。
「ほらほら、ふざけてないでお風呂入りますよ。コースケ様もお背中流しますので早く準備して下さいね」
ミコトが我関せずと言った体でタオルを巻きスタスタと風呂場に向かう。
俺も脱衣所に戻り服を脱いで風呂場に向かう。勿論腰にタオルは巻いているぞ。
少し隠すのが困難だが。
少し前屈みで風呂場に入る。
ミコトは自分の身体を洗い終え、俺の側に寄ってくる。
リエは相変わらず訝しげな目でこちらを見てくる。
何もしないからそんな目で見ないで欲しい。興奮しちゃう。
ミコトが甲斐甲斐しく背中を流してくれる。見せ付けている訳ではないが、リエがその姿を見て固まっていた。
「リエ、どうしたんだ?」
「どうもこうも・・、お前は女性に何をさせているんだ?お前はそんなに偉いのか?」
「そうですよ、リエちゃん。コースケ様は偉いんですよ。あまり偉そうにしないのがコースケ様の良いところです。だから私達が傅いてコースケ様が偉く見えるようにしてるんですよ?」
えっ、そうだったの・・。意外な暴露に俺が一番ビックリする。
別に偉くもないが、こうして女性に世話をしてもらう事は、やっぱり周りから見たらそう見えるんだろうな。今後はなるべく自分の事は自分でやろう。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はコースケだ。この村の出身じゃないがこの村で世話になってる。別に俺は偉くないからな」
「私はミコトです。この村で巫女をしてますよ。貴方達の中では精霊使いって呼ぶんですか?そういう力を持っています。それで、こっちにいるのが私の妹のコトネです。コトネもこの村の巫女になりました。なんと精霊を100体も扱えるんですよ、凄いでしょ?」
今度はリエはコトネを見て固まった。今回のフリーズは割と長そうだ。
「精霊100体って……。それは本当なのか!?」
「まあ嘘ではないよ。数えた事ないから100かどうかは分かんないけど、それくらいいるんじゃない?」
「……コトネはとんでもない奴だったんだな。町では精霊使いは特別な人間だったんだ。俺は一体扱えたから特別扱いで、二体以上使える奴なんか英雄みたいに言われてたぞ」
「そうなんですか。私は10体で少ないと思ってましたが、多い方なのですね」
「でもリエチー、その精霊は喋るって言ってなかった?」
「喋るんじゃなくて、意思の疎通が出来るんだ」
「そう、それそれ。コトネの精霊達は何となく思ってる事は分かるけど、意思の疎通なんて出来ないよ?」
「そういうものなのか?」
そう言うとリエは手を翳し手から光を放つ。
その先には先程見たマリモの様な光る物体があった。
光るマリモは手の上に浮かび右に左にぴょんぴょん動くと、一度止まる。何となく俺の方へ向くと、ゴムボールが跳ねるようにぶつかってきた。
「あいてっ!」
光るマリモはぶつかって器用に跳ね返るとまたリエの掌に戻っていく。
「あっ、すまない!ちょっと元気が有り余っているみたいだ。えっ?うんうん、あっ、でもこの人達はいい人達だから、俺を助けてくれたんだ」
「彼は何か言っているの?」
「うん。ミコトとコトネにはこんにちはって。コースケには何見てんだコラって言ってるみたい……」
「随分と直情的な精霊だな、おい」
リエとは確かに意思の疎通が出来ているようだ。そして、言うように本当に男なんだろう。こいつ……。俺にだけ露骨な態度を取りやがる。
「リエちゃん、もしかしてその子は精霊じゃなくて妖精ではないですか?」
「妖精?」
「ええ。平たく言うと精霊の上位存在です。力を持っている精霊と、力と自我を兼ね備えてる妖精という括りですね。それを遥かに超越する存在が神という事なのですが、その妖精と神の間にも色々な括りがあるそうですよ。」
「そ、そうなのか。俺は彼以外の精霊を知らなかったから妖精か精霊かなんて区別出来なかったからな……。彼は精霊でも特別な存在という事なんだな」
「そうみたいだな。それは分かったからコイツを大人しくさせてくれないか?さっきからずっとぶつかってきやがる」
リエは慌てて、おいで、と呼び戻し妖精を消す。
「す、すまなかった。別に俺が命じた訳じゃないからそれは勘違いしないでくれ」
「随分自我の強い妖精じゃねえか。名前はあるのか?」
「いや、特に考えていなかったが」
「じゃあ俺が決めた!そいつはマリモッ〇リだ!女にばっかり媚び売りやがって、許しがたい変態野郎だ」
そう言うと光るマリモ型の妖精は突然現れ、またしても突撃してくる。
予想はしていたので俺はデンプシーロールばりに右に左に避けるが、アイツはどうも宙を自在に飛べるらしい。飛んでは転回しを繰り返し俺を的にしてくる。
そのうち避けきれなくなり、俺は光るマリモにボコボコにされてしまった。
痛くはないのだが悔しい……。俺はそのままマリモもどきに湯船に叩き込まれる。
湯船にはたき落とされた俺を心配してミコトが寄ってくる。
頭を支えてくれているが、その柔らかな感触はアレですね。お久しぶりです。
「コースケ様、大丈夫ですか?妖精をあまり刺激しないでくださいね。彼はリエちゃんを守る為に一生懸命なだけなんですよ。邪悪な存在などでは勿論ないので、仲良くして下さいね」
俺の頭を支えながらミコトはニッコリと俺を嗜める。
むう。ミコトさんにそう言われるのであれば仕方ないか。
「んで、話戻そうか。その妖精使いのリエはウエノで門番やってたんだろ?精霊使いは町では特別なんだろ?なんで門番なんてやらされてたんだ?大分酷い扱いされてたみたいだが」
「……さっき長老様の所で言ったけど、分かんないんだ。両親が居なくなってから突然町の人達が冷たくなって、精霊が使えると分かるとすぐ門番をやらされるようになった」
「両親は何で居なくなったんだ?」
「それも分からない。居なくなった日は町の外に出かけてくるって聞いてた。でも何日待っても帰って来なかったから、魔物にでも襲われたか盗賊にでもやられたんだろうってのがその時の町の結論だった」
「そうか・・。両親は町で嫌われてたのか?何か重要な立場にいたとか、そう言う事は?」
「俺の両親は子供の目から見ても町の人達からは好かれてたと思う。毎日誰かしらは家に来てたし、町を歩いてれば皆に声を掛けられてた。立場は正直分からないけど、でも町の偉い人達とかは付き合いが多かったと思う」
今までの情報だと原因は分からなそうだ。
ただ、両親の失踪がリエへの冷遇と関係しているのは間違いない。そこを掘り下げるにはウエノの町を良く知らないと分からないだろう。
「リエ、ウエノの町はどんな所だったんだ?」
「どんなところって言われても。漠然とし過ぎてて何を答えればいいか分からないが、俺が知ってるウエノは狭いと思う。なんせ10年地下に篭りっきりだったからな。たまに話をする門番は嫌な奴だった。気まぐれに殴ったり、俺の目の前で俺のご飯を捨てたりするからな。思い出すだけで腹が立つ……」
「嫌な事思い出させて悪かった。今は考えなくていい。それで、リエは今後どうするつもりだ?」
「それを俺に聞くのか?俺はもうウエノには戻らない。でも行く宛なんてない。この村には滞在は認めて貰ったが、いつまでいていいかは分からない。だからまだ何も決まってない。申し訳ないが、暫くは考えさせて欲しい」
そりゃそうだ、俺が焦ってどうする。
出来ればリエには今後は幸せに暮らして欲しい。この村に住んでいいと言う事になればこの村で幸せを探して欲しい。
幸いコトネとも相性が良さそうだから良い友達になるれるだろう。
「この村を気に入ってくれるなら、この村に住めるように俺からも長老様に頼んで見るよ。一つの選択肢として覚えておいてくれ。それで、身体は大丈夫なのか?」
「さっきコトネが見てみたけど、とりあえず大丈夫そうだよ。元気はないけど、いっぱい食べていっぱい寝ればすぐに良くなるよ」
そうか、それは良かった。でも果たしてリエはどこで寝泊まりするんだ?コトネも今は一緒に寝てるんだが。まさか・・。
「コースケ様、悪い顔になってますよ。とりあえずコトネの家を片付けてしばらくゆっくり寝れる場所を作るべきだと思いますよ」
ですよねー。大丈夫、リエは貴方達と違ってそんな立派なモノをぶら下げてないから俺の守備範囲外ですよ。心配しないでください。
「……そうだな、それが良さそうだ。リエにはまた色々聞きたい事があるんだが、いいか?」
「良いも悪いもないさ、俺はお前達に助けられた。奴隷にでもされない限りは何でも手伝う。」
「奴隷にはしないから大丈夫だよ。分かった、ありがとう。じゃあまた夜にでも聞かせてくれ。とりあえず風呂は出ようぜ?」
そう言って俺、ミコト、コトネは次々と出て行くが、肝心のリエは出てこようとしない。
「どうした?」
「…………お前が上がったら出て行くよ!わかれよ!」
こりゃ失礼。この中で一番の乙女だった。
駆け足で出て行って体を拭く。
ミコトもコトネも身体が見えないように上手に拭いているが、リエは出来ないのか?
ああ、違うか。初めて会った男と風呂に入る事が異常なのだ。
可哀想な事をしたな。後で謝ろう。
リエの事を2人に任せて俺はそそくさと風呂を出る。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
台風が近づいておりますので皆様お気をつけて下さい。





