第41話 新たな住人
瓦礫の山を越えてイリヤ側に戻り、俺が掘った穴を丁寧に埋める。
ウエノからの追っ手が来れないようにしないとな。
しっかりと埋め、素手では掘れない事を確認してイリヤの村に向けて出発する。
リエは長年の洞穴生活が祟ったのか、足腰が弱っているようで早くは歩けなかった。
「おい、大丈夫か?歩けないのか?」
「あ、ああ、すまない。そんなに動く事がなかったからあまり長くは歩けないかも知れない」
涙は止まったのか、落ち着いた声で話をする事が出来た。
ただ体調か悪いのは間違いなく、歩けないのも演技ではなさそうだ。運動不足と言うよりは栄養不足だと思うがな。
「じゃあ仕方ないな、ちょっと失礼」
俺はリエの前に行き体を反転させしゃがむ。
背中を無理矢理押し付けて、背負い投げの要領でリエを負ぶる。
「えっ、きゃっ!や、やめろよ!突然何すんだよ!?」
背負われた事に動揺が隠せないのか、ちょっとだけ女の子らしい反応が見れた。
うむ、背中に当たる感触はまだまだ発展途上だな。がんばれ。
「いいから負ぶわれておけ。歩けないであそこにいてもいい事はない。追っ手がきたらどうするんだ?今は少しでも進むぞ」
リエを背負い、また歩き始める。
スタスタ歩いて行くがどうも足音が俺の分しか聞こえない。
気になって後ろを振り返ると、ミコトとコトネがその場でへたり込んでいた。
「こ、コースケ様、私ももうダメそうです。負ぶって頂かないと進めません・・」
「コトネももうダメだ・・!コースケ様、悪いけどコトネもおんぶして貰わなきゃ・・!」
お前ら・・。こういう時まで姉妹揃って・・・。可愛いじゃねえか!
だが生憎俺の背中は先約で埋まっている。ここは心を鬼にして断る!
「お前ら、今日はダメだ。今度してやるから、今は頑張って歩いてくれ」
「今度、今度ですね!いつですか!夜ですか!いつでもいいですよ!」
「コースケ様、コトネは二人っきりの時がいいな!おんぶより抱っこの方が良いかもな!」
二人はすぐに立ち上がりピョンピョン跳ねながらついてくる。
・・・元気じゃねえか。分かってたけど。
背中のリエは2人の行動を興味深そうに見つめていた。
そうして4人で元来た道を戻りイリヤの村近くの森に無事辿り着いた。
「さてと、無事に着いたな。一回休憩するか」
今日掘り上げたばっかりの遺跡入口inイリヤに辿り着き、簡易ベンチで休憩を取る。
水の精霊に頼み全員水分補給をする。一息着いたところでリエに話しかけてみる。
「どうだ、外に出た感想は。ここはイリヤの村の近くだ」
「・・なんて言うか。感想と言うか・・。あの、ありがとうございました。ここまで連れて来てくれて。後はもう大丈夫だから、オレの事は気にしないでくれ」
意外な事にちゃんとしたお礼を言われた。
みんな少し驚いたが、だが回答自体は想定の内だ。リエをこのまま本当に放っておく訳にはいかない。
「まぁなんとなくそう言うんじゃないかと思ったよ。まずお礼を言えた事はえらいな。でもこのままリエと、はいさよならって訳にはいかない。お前はうちの村の捕虜だからな!」
ギョッとした顔で俺を見る。ミコトとコトネも俺を睨んでくる。嘘です・・、すいません。
「ごめんなさい、嘘です。捕虜は嘘。でもリエを放っておく訳にはいかないのは本当。俺が決めて良い話じゃないけど、責任は俺にある。これからリエをこの村に迎えられるか長老様と色々話をする。だからそれまでは俺達に着いて来てくれないか?」
「でも、そんなっ・・。そこまで世話になる訳にはいかない」
「リエさん、それは違いますよ。私達は私達が助けたいからリエさんを助けたんです。だから遠慮なんていりません。私達の村はウエノに比べれば栄えた村ではありませんが、それでもみんな優しくてあったかい村です。心配いりませんよ、毒食わば皿までです!」
おお、ミコトが難しい言葉を言ってる。でも意味が違うな。それじゃあリエが毒みたいだ。・・間違ってないか。だけど本人に言っちゃダメだろ。
「とりあえず俺達はこれから村に戻る。そこで話をするから、リエも一緒に来て欲しい。嫌か?」
「・・嫌じゃない。でもいいのか?迷惑を掛けるかも知れない」
「迷惑なもんか。迷惑だと思うなら最初から連れてこないさ。まずはゆっくり体を休めて、健康になったらこれからの自分の道を決めればいい。だからそれまでは村に居ればいい」
「・・・。わかった、本当にすまない。感謝する」
俺達は話し合いを兼ねた休憩を終え、村に向かう。
道すがらコトネがリエに対して一生懸命話しかけてた。歳はいくつだとかイリヤの村はどうだとかたわいもない事だが、リエも満更ではなさそうだ。
どうやら歳はコトネと同じらしい。
らしいと言うのは、地下の遺跡に幽閉されてからの年月があまりに長く、正確な時間の経過が把握出来ていないからだ。
今更ながらリエを連れ出して良かったと思う。
事情はまだ聞いていないが、相当に長い間あの場所にいたという事だ。1人の人間を生かさず殺さずあんな場所に閉じ込め続けるなんて普通ではない。
ウエノの町の良い話は聞かないが、それでもこんな酷い真似をしているとも思っていなかった。
いつか接触する必要はあるかも知れないが、心して掛からねばと気を引き締める。
村に着き長老宅へ向かう。
見知らぬ人間を連れた俺達を村の人達はギョッとした顔で見るが、連れているのが俺と巫女の2人だったからだろう、それ以上の詮索をする者はおらず、俺達は無言のまま長老宅へ辿り着く。
いつもの側仕えの女性に声をかけ、長老への面会をお願いする。いつも通り長老はすぐに出てきて俺達を招き入れるが、そこにいるリエの姿を見て一瞬だが目を見開き固まる。
「コースケ様は何事か重大な用事を抱えていらっしゃるのかな。ささ、どうぞ中へ」
リエを見て俺達の抱えている事を把握したのかしていないのか。されど長老として何かを感じ取ったのだろう。何も言わずに俺達を家に迎え入れてくれた。
「突然の訪問申し訳ありません。明日定例の会議を行う予定だとは思いますが、不測の事態が起きましたのでこうしてお伺いしました」
「コースケ様の訪問であればいつでも歓迎しますぞ。村の巫女とも仲良くして頂いているようで何よりです。さて、見かけぬ方がいらっしゃるようですが、今日の訪問の内容はその事で?」
「ええ、まさしく。順を追って説明しますので聞いて頂けますか?」
「勿論です。逆に何があったか事細かに聞きたいくらいです」
俺は今日の出来事を長老に話す。
地下遺跡を見つけた事。鉄を手に入れた事、ウエノの町まで遺跡が繋がっていた事、そしてリエという存在がウエノにいて戦闘となった事。
戦闘の末、彼女の境遇に胸を痛めここまで連れて来たことを伝えた。
長老は顔を赤くしたり青くしたりしながら話を聞いてくれた。
特に鉄を見つけた事は喜んでくれたが、同時に悩みも抱え込んだような複雑な表情をしていた。
「成る程、事情は理解致しました。して、リエ殿。貴女の事はコースケ様達も理解しておられぬようだ。貴女は自分の事をここで語れますかな?」
「・・はい。まずは突然押しかけてすみません。おれ・・私は話が上手くないので言葉遣いとかが変だったらすみません」
「そんな事は気にしなくてよいですぞ。貴女の言葉で貴女の事を教えてくだされ」
「はい。私はウエノの町に住んでました。5歳の時に両親がいなくなって、それから突然町の人達が私に冷たくなりました。
それまではなんともなかったのに、突然怒鳴られたり文句を言われたり、昨日まで遊んでた友達から石を投げられたりしました。
私は悲しかった。親もいない、友達もいない。誰も話もしてくれない。食事も私の分だけ用意されない時が多くなり、まとも食べる事も出来なくなりました・・。
どれくらいそうしていたか分かりません。その時、気付いたら私の前に彼がいました」
そう言ってリエは右手を掌を上にして掲げる。
すると手がぽうっと光り、掌の上に浮くように、緑色の丸い何かが出てくる。
・・・マリモかな?
「それは・・」
「ええ、風の精霊です。話し相手のいない私には彼が唯一の友達でした」
「精霊なのに、彼なの?」
「うん。言葉は話さないけど、意思が伝わってくる。男か女かで言ったら彼は男かな」
「それで、その後はどうなったんだ?」
「この彼に出会って少しだけ前向きになれました。彼の力を借りて色々な事が出来るようになりました。でも、そうしたら町の人達は私の事を地下に閉じ込めました。足に鎖を着けられて、ただ侵入者を殺せとだけ言われました。そこからはさっき遺跡で言った通り。殴られたり蹴られたり。食事は貰えたり貰えなかったり」
リエは淡々と話をするが、その過ごした時間は途轍もない苦痛だったに違いない。
誰一人話をする事なく、町の人々から厄介者にされ、いつ殺されるか分からない場所に1人で10年も居続けたのだ。
改めてウエノの町の人間に強い憤りを感じる。
ミコトもコトネも目の端に涙を溜めてリエの話を聞いていた。
「そうでしたか・・。辛い時間を過ごして来たのですな。あなたの人生の中で、この村が安らぎの場所となる事を切に願いますぞ。まだ色々聞かなければならない事は多いですが、どうぞ今日はゆっくりしてくだされ。疲れが癒えたらまた話をしてくださるかな?」
「・・え、それじゃあ・・・」
「ええ、この村に滞在する事を認めます。コトネ、彼女をまず風呂にでも連れて行ってあげなさい。しばらくお前が面倒を見るんだよ」
「はい、シンゲン様!ありがとうございます!リエチー、この村自慢のお風呂に連れて行ってあげる!とりあえず服もコトネのを貸すね!ほら、いこいこ!」
コトネはリエの手を無理矢理引っ張って連れて行く。
為すがままにされているリエだったが、長老宅を出る時は俺達に向けて深くお辞儀をして行った。意外と礼儀正しいのかも知れないな。
「シンゲン様、良かったのですか?こんなにあっさりと滞在を認めてしまって」
「なんじゃ、ミコトは反対なのか?」
「いえ、そう言う訳ではなくて……。シンゲン様が反対すると思っていたので私が説得するつもりで色々言葉を考えていました……。だから何か肩透かしをくらったみたいで、ちょっと拍子抜けしただけです」
「それならば良いではないか。彼女は精霊に好かれておる。お主も良く知っておろう。精霊に好かれる者は心の清い者じゃ。人を殺めた事はあっても、彼女は決して本心からそれをしていた訳ではない。物事の善し悪しも解らぬうちから幽閉されておるのじゃ。まっこと不憫よのぉ……。ミコトや。コトネと共に彼女を支えてやると良い。同じ精霊を使役する者同士。出来る話も多いであろう。頼んだぞ」
「はい、シンゲン様。彼女の心を救えるよう努力致します」
「うむ。して、コースケ様。先程の話の中で鉄の話が出ましたが、信用出来るのでしょうか」
「ええ、勿論真偽を聞かれると思っていたので一部持ち帰ってます。こちらです」
俺は腰の袋からレール部分の塊を出す。サイズは小さくてもこれは鉄だ。非常に重たい。
「・・これはっ!コースケ様こんな立派な鉄が取れると・・」
「詳しくは明日の会議で話をするつもりでしたが、この村の地下にもウエノの町と同じ遺跡があります。そこには鉄が沢山眠っていて、方法さえ知っていれば幾らでも取れますよ」
「左様ですか・・。いやはや、コースケ様が来てからというもの、この村では色々な事が起きますな。是非とも良い方向に進んで欲しいものです」
「その為の努力と考えは持っているつもりです。それが正しいかは分からないので、皆様のお知恵も拝借したいと思ってます」
「勿論、皆で良い方向に進みましょう。では鉄の話もまた明日続きを致しましょう。今日は本来体を休める為の休日です。日も傾いて来ましたが残りの時間をゆっくり過ごしましょうぞ」
言外の解散の合図に俺のミコト2人で退席する。
何をするにしても一度家に帰ろう。
おはようございます。
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