第4話 村の言い伝え
そうこうしていると、間も無く長老と思わしき人物が出てきた。
見るからに長老をしており、これぞTHE長老という感じである。杖を片手に歩いてきた長老様が声をかけてきた。
「ようこそお越し下さいました、我が村に。私がこの村で長老を務めておりますシンゲンと申します。貴方様は我が村に伝わる方だという事で呼ばれて参りました。お忙しいとは思いますが是非ともお話し聞かせて頂けないでしょうか」
山梨あたりの武将のような名前の長老は丁寧な言葉と物腰で俺を招いてくれた。
村の一番奥にある長老宅?はやはり竪穴式住居だった。
ただ他の住居よりもふた回りほど大きく、中で区切りもあり寝室とリビングという使い方をしているのかも知れない。
「さあさ、狭いところですがどうぞおかけになって下され」
長老に促され、俺は獣の皮が敷いてある場所に座る。ワイルドだ。
長老に遅れて先程対応してくれた女性も入ってきた。その後ろには飲み物を持ってきたであろう側仕えらしき女性も見える。
側仕えの女性は俺たちの前に木のコップを置き皮の袋から濃い茶色の液体を注いでいった。
「どうぞ、召し上がって下さい。我が村特産の樹液で作りました飲み物です。疲れが取れますよ」
長老が微笑みながら自分のコップに口を付ける。
それを見て俺も一口飲んでみる。
「……甘い。それに香りが凄くいい。美味しいですね。これが樹液ですか」
「お気に召して頂けたようで良かったです。ええ、これはこの村の裏手に生えているダモの木から取れた樹液を元に作りました。取れた樹液に果物を漬け込んで、水と割ったものですよ」
答えてくれたのは最初に対応してくれた女性だ。
「すみません、自己紹介がまだでしたね。私はミコトと申します。この村で巫女を務めております」
ミコトと答えた女性は最初の印象より幼く見えた。
実際幼いのだろう。ぱっと見15〜16歳だろうか。黒い瞳に黒い髪、対照的な白い肌が特徴的な、簡単に言うと美少女だ。アイドルなんて目じゃない。こんなに近くにいると気のせいでなく良いに香りもしてくる!
……いかんいかん、逸れてしまった。この年齢で巫女を務めるという事は家系か、他に何か特別な理由があるのか。
「そうでしたか、ご丁寧にありがとうございます。私は光佑と申します。村の前でお話しさせて頂きましたが、道に迷っておりまして。今この状況が私には理解出来ておりません」
「ええ、私どもの村に伝わる言い伝えでは、その伝説の方はご自分の状況を理解されないままこの村を訪れるとありました。なので私と巫女で僭越ではありますがご説明させていただくつもりでございます。」
そんな都合の良い言い伝えなどあるのだろうか。
でも、初めて接触した人達が好意的な人達で本当に良かった。
自分の家に帰るだけのつもりだったのによくわからん場所に飛ばされて、最悪帰れない可能性もあったからな。
事情はまだわからないが、とりあえずこの状況を理解してる人がいるならばそのうち帰ることも出来るだろう。
早く帰って会社に行かねばならない。
「とは申しましても、実の所私どももそれ程詳しく事情は理解しておりませぬ。私どもの言い伝えでは、『いつか来るだろう男にこの手紙を渡せ』とそれだけですので。そして、その男は世界を変える力を持っている事、男に対して協力するようにと言う言い伝えがあるのみでございます。ですので、まずはこの手紙をご覧頂きたい」
長老はそう言うと細かな装飾が施された木の箱を目の前に出し、大事そうに開けた。
竪穴式住居に住んでいる割にこんなに細かい装飾が施された木の箱があるなんて。
文明のアンバランスを感じていたら、それに気づいたらしい長老が言葉を繋げる。
「私どもにこの話を残していった方は、その方も正しく英雄だったとの事です。その手紙と共にこの箱を残していかれました」
「随分と準備の良い方なのですね。それはいつ頃のお話しなんですか?」
「正確には分かりませぬが、私の5代前の長老が村を治めている時代の事だそうです。その男の方は全身を黒い鎧で覆い大きな盾を持っていたそうです。英雄と申しましたのは、その方が来てからこの村は魔物に襲われた事がありません。こんな小さな村で碌な壁がある訳でもないのに、です。それにはその方の特別な力が関係しているとの事でした」
「それは……凄いですね」
「ええ、まさしく。他にも、その方は魔物を寄せ付けない以外に様々な事で村を支えてくれました。その功績を鑑みて村としてその方を英雄とし、その方からの言い伝えと手紙を預かる事といたしました。それから私どもは大きな変化もなく、こうして細々と村の形を維持して今日に至っております」
なるほど、確かにそりゃ英雄かもな。居なくなった今も村を守ってるなら英雄以上だ。
この爺さんの5代前なんだからどれくらいだ。150年くらいか。いや、もっとかも知れないな。
ただ、その黒鎧の男が俺に手紙を残す意味がわからない。俺にはそんな男に知り合いはいない。思い当たる節もない。
その手紙を読めば分かるのか。
俺は長老から慎重に手紙を受け取る。
大昔に書かれた筈なのに紙には傷みもない。というか紙?この時代というか、この文明で紙が発明出来るとは思わない。
他の街や集落では発展した文明があるのだろうか。それともやはりその黒鎧の男も何かしらの力を持った特別な存在なのだろうか。
長期保存のためだろうか、紙はラミネートの様な質感だった。その割には折り曲げることも出来るし、折り目も残っていない不思議な紙だった。
現代日本でも見たことないものだ。折り畳まれた紙を開いて手紙に目を通す。
書かれている文字は慣れ親しんだ日本語であった。