第36話 黒幕
3人で風呂に入り、また布団に入る。
俺は散々昼寝をしてしまったので全然寝付けなかった。右にはミコト、左にはコトネがいて、それぞれ俺の腕を絡めて寝ている。
大きさは違えど、その感触は共に柔らかく、魔法使いの俺には抗うのに苦労を強いられた。
流石に寝過ぎて寝れない。俺は抗い難い感触にお別れを告げ、家からこっそりと出る。
この時間の村は流石に人がいない。
広場の真ん中にある火を絶やさぬように寝ずの番がいて、その交代も含めて2人いるだけだ。
今日の番のうちの1人はダノンだった。
「こんばんは、ダノンさん」
「・・おう、旦那。こんな時間にどうしたんだよ。まさか女達が寝かせてくれないとか羨ましい言い訳はすんなよな?」
「ははっ、ダノンさんでもそんな事思うんですか?」
「んな訳あるかよ。あの子らは親戚の子供みたいなもんだ。・・泣かさないでやってくれよな」
「・・・精一杯努力します」
「んで、本当にどうしたんだ。珍しいじゃねえか、一人歩きなんてよ」
「うっかり昼寝し過ぎて寝れなくなってしまいましてね。たまには外に出て見ようと思ったんですよ」
「そうかい、じゃあちょっと付き合えや」
そう言ってゴツいコップを渡してくる。前に貰ったビールではなくこれはキツイ蒸留酒だ。これも村で作ったものなんだろうか。
「だいぶキツイですね、ただ旨い。これも村で作ったんですか?」
「いや、これは違う。俺の伝手で色々な」
「ダノンさんはこの村以外の事も良く知ってますよね」
「昔親父と一緒に色々旅して回った事がある。その時に色々覚えたんだ」
「そうなんですね、この村の廻りはどんな所なんですか?」
「どこもここと大して変わらねえなぁ。遺跡とかあって発展してる場所もあるが、基本的にはみんな村だ。人が少ねえから村も広がらねえ。外に出るには危険も多い。だから一生死ぬ迄村から出ない奴が多い」
「でも大きくしようとしたり、国を作ろうとした人もいたんでしょう?」
「いたみたいだなぁ。俺が生まれる前に全部無くなってるけどな。みんな後一歩のところで上手くいかなかったって事みたいだ」
「ダノンさんが旅をしていたのはどれくらい前なんですか?」
「俺が10歳の時から5年くらいか。もう20年以上前の話だ」
「・・?ダノンさんって今いくつなんですか?」
「言ってなかったけか?俺は39だ。今年40か?忘れちまったがそれくらいだ」
「やっぱりというか意外と言うか、俺と歳は近いんですね」
「そういや旦那はいくつなんだよ?」
「俺は33ですよ」
「・・・マジかよ。いくつも変わらねえじゃねえか。悪い、俺は旦那は20そこそこかと思ってたわ。意外と歳取ってんだな」
「そうです、意外と老けてるんですよ。でもそんなに若く見えますか?ギリギリ20代と言われる事はありましたけど、20代前半なんて言われた事ありませんよ」
「そうだなぁ。初めて会った時はそんなに若く感じなかったけどよ、最近どんどん若くなってるように見えるぜ?」
・・これがスキルのおかげなのかな。もしくは血の絆って奴か。
確かにスキルに目覚めてからは身体に力が漲っているように感じる事が多い。
「若く見えるのはありがたいですが体がついて来なきゃしょうがないですけどね。最近は体も絶好調なんで文句ないですけど」
「そうだろうなぁ。旦那の仕事っぷりを見れば力が有り余ってるように見えるもんな」
「でも、歳は取ってるんでそれなりには色々考えてはいるんですよ。この村の事とか」
「・・・旦那はこの村の事どう思ってんだ?」
「俺は・・。この村を良い方向へ発展させたいと思ってます。この村にはこの村の幸せがあると思うのでそれを壊してまではするつもりはないですが。みんなで相談しながらこの村の幸せの形を考えていきたいと思いますよ」
「・・そうかい。旦那は意外とちゃんと考えてたんだな。悪かったよ」
「何がですか?もしかして俺がこの力を使ってこの村を乗っ取るんじゃないかって思ってました?」
「・・そんな事は・・・、まぁ実際に思ってたわ」
「なんとなく感じてました。実際ダノンさんは心配性ですからね。それでゼンをけしかけたんですか?」
「・・・・気付いてたのか?」
ダノンは目に見えて狼狽する。
それもそうだろう。俺がこの事に思い当たったのはついこの間だ。それまで特に調べる素振りなんかもしなかったからな。ずっと心のどこかで引っ掛かっていた物がこの間一本の線に繋がったばかりだ。
「ついこの間。ずっと俺の中で引っかかってたんですよ。ゼンの行動はともかく、なんで魔物が現れたのかなって」
「どうやって気づいたんだ?」
「確信があった訳ではありません。ゼンの行動はまぁ、あの年頃特有のものだとは思いましたが、それにしても魔物を呼び寄せる手段が分からない。最初におかしいと思ったのは、洞窟の壁です。ゼンが魔物に襲われたみたいですが、人ひとりの血では壁まで全て真っ赤に染まるとは考えにくいです」
「・・ああ、そうだな。アレはゼンが動物の血をあの場所にまき散らしたんだ」
「でしょうね。それが分かったのがこの間ダノンさん達と狩りに行った時です。あの時テツさんが怪我をして、結構な量の血を流していました。ダノンさんがそれを見てすぐに撤退する事を判断して、その理由が危険な肉食動物やそれ以外の物と言っていました。もしかしてそれは魔物なんじゃないかなって思ったんです。人の血が肉食動物や魔物を呼び寄せてしまうと。」
「・・肉食動物だけならいいけどよ、万が一魔物が出たら全滅の可能性があるからな。魔物が出ないとは言い切れなかったからな」
「ええ、それで魔物が来た理由、というか原因が分かりました。ゼンの行動と合わせると、きっと魔物じゃなくて他の肉食動物を呼びたかったのかなって思ったんです。それをコトネの目の前で倒す事で気を惹かせる、そんな筋書かなって」
「よく分かったな、旦那。それでどうしてその黒幕が俺だって思ったんだ」
「最後は勘ですよ。まあ消去法でもありましたけど。俺の行動を知っていて、俺を面白く思っていない人。もしくは心配している人。そもそも俺の力を知っているのは、ダノンさんの班の人とユキムラさんしかいません。最初はユキムラさんかなとも思ったんですが、ユキムラさんは俺の力をそこまで知りません。多分便利な力とかそれくらいでしか捉えてません」
「それで最後に残ったのが俺だったって訳か」
「・・そうですね。魔物の呼び寄せ方を知っている。俺の力を知っている。この村の未来を考えている。そして俺が知っている中で意外と心配性で俺の行動に気を付けていた人。俺の中ではダノンさんかなって思ったんです」
「・・・旦那、すまない。魔物は俺のミスなんだ。あんな危ない真似はするつもりは無かった」
「ダノンさん、どういうつもりであんな事をしたんですか?」
「・・俺は旦那が怖かったんだ。凄まじい力を持ってて、この村をどうにかしちまうんじゃないかって。旦那の話を聞くともっともな事を言ってるんだが、信用出来なかった。力をつけるだけつけたらこの村に牙を剥くんじゃないかってな」
「それで何故コトネを狙ったんです?」
「ちょうどいいところにゼンがいたからな。アイツは昔からコトネの嬢ちゃんが好きだったからよ。旦那の事を確認するのも、旦那に対してケンカ売るのも手頃だったんだよ。ゼンが本気でケンカ売っても旦那ならちょっと怪我する程度でおさめてくれると思ったからよ」
「そういうところは信用してるんですね」
「旦那は好んで人を痛めつけるような事はしなさそうだからよ。それで、コトネの嬢ちゃんをゼンが連れて行って、獣に襲われそうなところをゼンが助けて嬢ちゃんはゼンにときめく。その上でゼンと旦那を相対させて旦那の本心を聞こうと思ってたんだよ。まあそんな全てが上手く行くとは思わなかったが、その時の旦那の行動を見てれば色々わかるだろうと思ってたんだ。だから俺は旦那の後をこっそりつけていた」
「今回の事で何かわかりましたか?」
「ああ、旦那がちゃんとこの村の事、村人の事を考えてくれてるって分かった。だから俺は反省したよ、大それた事をしちまったって。コトネちゃんが戻ってきてシンゲン様の家でゼンが魔物を呼んじまったって聞いた時は冷や汗かいたぜ。まあその魔物も旦那が倒しちまったけどな」
「あんなに危険なものを呼ぶつもりは無かったと思いますが、何故魔物は来たんですか?」
「あれは場所が悪かった。俺はゼンには細かく指示を出さなかったからな。嬢ちゃんを連れてきて、獣に襲われそうになったところをお前が助けろって言っただけだ。獣を呼び出すのに他の動物の血を撒けとも言った。そしたらそれをあの場所でやっちまったもんだからよ、魔物が来ちまった」
「あの場所は魔物が来やすいんですか?」
「絶対じゃないがな。あの場所はそもそも山頂だから山向こうから魔物が来やすいんだ。後あの洞窟だ。昔ちょっとした儀式をやっていた場所だからよ。その怨念みたいのが魔物を呼び寄せちまったんだろうよ」
あの洞窟は結局どちらなんだろうな。
ミコトやコトネは白蛇の住処で神聖な場所なんじゃないかって言ってたけど。
でも何かしらの力が渦巻く場所なんだろう。
「成る程。それで予想外の魔物の襲来にゼンが対応出来ず殺されてしまった。計画は失敗、気が付いたら俺とコトネが洞窟から出てきて全て終わってしまっていた、と」
「大体そんな感じだ。魔物を倒してくれたのは本当に助かった。魔物が村の近くにいるんだったら俺達は犠牲を覚悟して倒さなきゃいけなかったからな。それと、旦那、申し訳なかった。旦那を試すような真似をした事、不本意ながらコトネの嬢ちゃんを危険に晒しちまった事、ゼンを利用して死なせちまった事。俺の判断と臆病な心が招いた事だ。許してくれなんて言えねえが、せめてこの村は許してくれ。俺はどうされたって構わねえからよ・・・」
「・・・・・・別にどうもする気はないですよ。それこそ今更ですしね。ゼンの事は正直自業自得だと思ってるし、コトネは精霊達に護られてるからよっぽどの事がないと危険はないと聞きました。俺から言えるとしたら、もうこんな誰かを危険に巻き込むような事はしないで欲しいって言う事くらいですよ。俺自身への疑いは仕方ないと思うし、それについてはこれから行動で示していきますよ」
「・・そんなあっさり決めちまっていいのか、旦那よ」
「別にあっさり決めた訳ではないですよ。この事に気づいた時にはどうしようか本気で悩みました。でも真意を聞くまでは表に出すつもりもなかったし、真意を聞いた今は仕方ない、では済まないかも知れませんが、今更どうしようもないです。それに俺自身ダノンさんにはお世話になりました。裏切られたというよりは、未だ信じられていなかったという感じですかね。こればかりは誰のせいでもないと思います。だからこれからは出来れば正直に色々話して欲しいと思います」
「・・・・旦那、すまねえ。恩にきる。俺はもうこれから旦那を疑うような事はしねえ。この村の中で困った事があれば俺がなんとかする。今回の事に旦那の責任はねえからな。もし誰かに何か言われたら今日の事を全て話して貰って構わない」
「俺からこの話を誰かにする事はないですよ。もう俺の中では終わらせます。だからダノンさんももう終わりにして下さい。この話はもうお終い!なのではい、後一杯この強いお酒をくださいよ!」
俺は空になったコップをダノンに押し付ける。ダノンは戸惑ったような表情をしたが、すぐに俺の意図を汲んだようで、渋々という演技をしながら酒を注いでくる。
「旦那、この酒はすげえ珍しいもんなんだ。心して飲んでくれよな」
「ええ、頂きますね」
もう一度ダノンとコップを打ち鳴らして乾杯をした。
おはようございます。
台風が近づいていますね。
進路の近くに住んでいる方は充分注意して下さいね。
今日もよろしくお願い致します。





