第29話 亡骸
翌日、昨日の出来事での体の痛みや怠さはなく、普通に起きる事が出来た。
精霊の力と特製ドリンクの力か。
朝食をリリも入れて4人で済ませた後、俺とミコトネ姉妹は長老宅へ事情を説明に行く。
大方の説明は昨日のうちにしたが、細かな説明などを求められているのでその部分を行いにいく。
また、恐らくは昨日の事件が起こった場所も確認に行くのだろうから、そこまでは同行する必要があると思っている。
長老宅へ着き声を掛けるとすぐ奥に招き入れられた。
今日は長老とユキムラのみだ。ダノンは狩猟へ出かけている。
「おはようございます、長老殿。昨日はお気遣い頂きありがとうございました。お陰で疲れも痛みもなくなり朝を迎えられました」
「おはようございます、コースケ様。回復されたのであれば良かったです。昨日はこちらこそすみませんでしたな、気がせいてしまってコースケ様の体調を慮る余裕もなかったのですじゃ。して、お手数掛けますが昨日の事をご説明頂けますかな」
「ええ、そのつもりで参りました」
昨日コトネがしてくれたであろう説明を再度長老とユキムラにする。
詳しく聞いていなかったミコトは話を聞きながら顔を赤くしたり青くしたり忙しかった。
「・・お話は理解致しました。まずもってコースケ様には感謝を。そしてコトネ、大変だったな。お前が無事に戻ってきてくれて良かった。本来ならゼンには処罰をと言う所なのだが、生憎残念ながら生きてはいないと言う事だからのう。本人から話を聞きたい事もあったのだがの」
「ええ、シンゲン様。勘違いでなければゼンさんは魔物に襲われて命を落としております」
「それはあの洞窟の中という事だな?」
「はい。そうです」
「じゃあ洞窟にはゼンと魔物の死体があるはずだ。今日はその捜索に行く。コースケ殿、同行を頼めるか?」
「勿論です。皆さんの方が道は詳しいと思いますが、案内させて貰いますね」
俺はユキムラと、その班員の人達と共に昨日の洞窟に向かう。
山頂付近にある洞窟だが班員達の行動は素早くあっという間に到着した。
「洞窟はあそこです。中で何回か曲がっているので光が入りません。灯りはありますか?」
「ああ、松明を持って来ている。松明組、先頭を頼む。魔物は退治されたとの事だが油断するなよ」
そうして松明を持っている人間を先頭に配置して先に進む。
20分程進んだあたりで濃厚な血の臭いが漂ってきた。
ユキムラが先頭に行き周囲を警戒した。
幸いにも魔物が追加補充されているような事はなく、俺が昨日串刺しにした魔物の死体が転がっているだけであった。
「こいつをコースケ殿が・・?」
「ええ、多分。暗闇の中だったのでハッキリと姿は分かりませんでしたが、犬や狼みたいな姿をしていたので間違いないと思います」
「そうか・・・。コースケ殿、こいつはヘルハウンドという種類の魔物だと思う。魔物全てに言える事だが、毛皮が硬く槍や斧では中々仕留められないのだ。弓で目や口を射るという方法が一般的だが、動きも素早く仕留めるのは困難だ。よく仕留められたものだな」
「それこそ偶然です。ミコトから預かっていた破魔の小刀がありましたから。それが力を発揮してくれただけですよ」
「それにはコースケ殿の力も関係しているのか?」
「・・ええ、否定はしません」
「深くは聞かない。ただ、今後の事もあるからいつかはちゃんと教えて欲しい」
「・・もう少し自分の力を理解して把握出来たら説明しますね」
「ああ、それで構わないから頼む。それで、ゼンの遺体はどこだ?」
「おそらく、もう少し奥なんじゃないかと思います。俺が昨日駆けつけた時、ここにはコトネと魔物しか居ませんでしたから。コトネは魔物に襲われたとの事なので、走ったり逃げたりしていたらどれくらい距離があるかは分からないですが」
「分かった。では松明組を先頭にゆっくりと進め!油断するなよ。足元には特に気をつけろ」
班員達はお互いがフォロー出来る位置で距離を保ちつつ前進する。
10分程進んだところで先頭の男が止まりこちらを振り向く。
「ユキムラさん!こちらに!」
ユキムラが駆け寄り足元を確認する。
「・・ゼンはここで襲われたようだな。お前達、布と袋を持ってこい」
ユキムラがここでの出来事を確認したようだ。
俺もちらっと見えたが、魔物に喰い散らかされたのだろう。四肢がバラバラにされて腸が転がっていた。とても直視に耐えられるものではない。
班員達は文句も言わず作業をするが、本音ではこんな事やりたい訳ないだろう。
俺も布を片手に作業を手伝う。
松明を持っている人に来てもらい近くに遺留品などないか確認をする。特に持ち物のようなものはなかったが、あたり一面は血で覆われていた。
相当激しく襲われたのか壁まで真っ赤に染まっていた。壁まで。
「・・・よし、これで大体終わったか。お前達怪我や体調不良はないか?問題なければ村に戻るぞ」
大きな返事はなかったが、反対する声もなかったので全員がゆっくり足を外に向けて動かし始める。
「ユキムラさん、お疲れ様でした。この洞窟は何のためにあったのですか?鉱山とかそう言ったものですか?」
「いや、この洞窟はその昔は儀式に使われていたらしい。俺達よりも随分前の世代だな。但し、悪い方の儀式だ」
俺は霊などは信じないが、所謂負のオーラがこの場所には集まっているんだろうか。
俺の思い込みかも知れないが、嫌な雰囲気というものは不思議と勝手に感じるもんだ。魔物が集まったのはその為なのか。
「魔物はそういう場所だから来たのでしょうか・・」
「それはどうか分からない。この村は魔物に襲われることは今までなかった。一番近くではやはりこの山の反対側にヘルハウンドが出たとは聞いている。同じ個体かは分からないが、出てきても不思議ではない」
「そうですか、この山の反対側にはもう魔物がいる場所なんですね。この村にきてずっと平和だったから全然そんな感じがしませんでした」
「そうだな、この村は平和だ。それは素晴らしい事だ。でもそれは過去の偉人によって作られたまやかしだ。この村以外では魔物や人間同士の争いが続いている。自分だけが、自分の村だけが平和ならそれでいいという考えではおかしいのだ」
ユキムラの考えは至極真っ当なものであり、その意外な一面に俺が驚いたのは事実だ。
「どうした、何か顔についているか」
「いえ、そういう訳ではないんですが、ユキムラさんの考えは凄く遠くまで見てるんだなって感じました」
「そこまで立派なものではない。ただこの村の平和を守る為にどうするかと考えていたらそうなっただけだ。俺はこの村以外の事に興味はない」
いやいやいや、今まさに他の場所の話をしてたじゃないですか。村以外の事に興味はないと言うのは嘘じゃないかな。
でも多分、村の事が大切で、村の安全をより強固なものにすると考えた時に外の世界に目を向けたと言う事がユキムラの本心なんだろう。
彼は心の底からこの村の事を慮ってるんだろうな。俺の中で評価が一つ上がった。
ゼンの遺体と魔物の死体を持ち帰り俺達は村に戻った。
ゼンの遺体は荼毘に付して弔うが、魔物の死体は解体をして調べる予定である。
この村では魔物が出ないので原型をここまで留めた魔物の死体は珍しいのだ。
肉は食べられないらしいが、毛皮や牙などは調べてみて、使えれば重要な材料になる。
さっそくゼンの火葬が始まる。ゼンは身寄りがなく、長老がその代わりを務めている。
この村は規模の小さな村なので村全体で家族のように過ごしている。
ゼンは普段は優しく、ちょっと思い込みが激しかったが村人達からは愛されていた。
そのゼンの死を悼む者、ゼンのした行いをまさかと思うものと様々だが基本的には惜しまれて葬られた。この後村の墓地に埋葬される。
ゼンの葬儀が終わると村の西の作業場で魔物の解体が行われる。
魔物の解体は困難を極めるかと思いきや、意外とあっさり進んだ。
戦う時には毛皮が邪魔をして通らなかった刃も、解体には問題のないようだった。ユキムラの見解としては、生きている時には内側から何らかの力が働いて表皮を強健にしているのではないかと言う事だった。
魔物もこうなってしまえば只の犬だな。とは言うものの、恐るべき大きさだ。
相対している時は気付かなかったが、今見てみると狼なんてものじゃきかなかった。虎よりも大きいだろう。牙なんか30センチ程ある様に見える。
「コースケ様、これはまたとてつもない物ですな。いやはや、これを仕留めるとはコースケ様は紛うこと無き英雄ですな」
「シンゲン様、こんなところまで来られなくても」
「いや、いいのじゃ。魔物を丸々一匹見る事なんて滅多にないからのう。自分の目で見てみたくてな」
「長老様、俺は英雄なんかじゃないです。こいつを仕留められたのは偶然です」
「偶然であってもやはりそれは実力だと思いますぞ。それでコースケ様、こちらの魔物を解体したらどうするつもりですかの?」
「どうって・・、逆にこちらがどうするか聞きたいですが、どうするのですか?」
「こやつを仕留めたのはコースケ様なので所有権はコースケ様にあります。不躾なお願いで申し訳ないのですが、出来れば村の為に多少お譲り頂けるとありがたいのですが・・」
「私のと言われましても、私に活用方法は直ぐには見つかりません。これが村の為になるのであれば村の皆さんで分けるのが宜しいでしょう」
「コースケ殿、有難い話だが全てそうすると言うのはどうかと思う。俺からの提案だが、この牙はコースケ殿が持っているべきだ。いい素材になるだろうから、持ってても損はしない」
「ユキムラさんがそう言うなら、では牙だけ頂きますので、後は村の為に有効に使ってください。他はどの様に使えるんですか?」
「まだ素材を吟味してないから正確ではないが、例えば毛皮は防具になるだろう。狩りの時に着用すれば安全性が上がる」
「そうですか!それなら良かった。では村の皆さんの役に立ちそうですね」
「ああ、その通りだ。コースケ殿、恩にきる」
ユキムラは軽く会釈をしてすぐにヘルハウンドの牙を折る。
根元から折られた二本の牙は30センチをゆうに越えていた。
その牙は生物に生えていたものとは思えない鈍い輝きを放ち、二つを打ち鳴らすと硬質な音がした。
「これは小刀等の材料になる。素材としては一級品だ。後は加工の腕が必要だが、コースケ殿は当てはあるのか?」
「なるほど。ええ、多分ですけど大丈夫だと思います。もしダメな時はまた相談させてください」
「ああ、それは構わない。魔物の解体は後は我々でやっておく。コースケ殿は昨日から働きっぱなしだろうから、早めに休んでくれ。明日以降の予定については俺かダノンに夕食の時にでも教えてくれればいい」
「はい、わかりました。では申し訳ないですが先に失礼しますね」
俺はそう言うとミコトと暮らしてる家に戻った。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もう少しで夏休みの方も多いのではないでしょうか。
せっかくの連休なので体調崩さない様ご自愛下さい。





