第27.5話 コトネの英雄
今回はコトネ視線のお話になります。
本編のストーリーは進みませんのでご了承下さい。
「・・・んっ、うう・・・。痛っ。あれ・・?ここは・・・」
目が覚めたら知らない場所にいた。
薄暗い場所で、地面も壁も岩みたい。
ここはどこなの?なんでこんな場所にいるんだろう・・。
気を失う前の記憶を思い返してみる。コトネはお姉の家を出て、リリの家に帰ろうと思ったんだ。
村の中でみんなが遊んでたから、いいなぁなんて思って歩いてたら、そうだ、ゼンさんに会ったんだ。
昨日の夜のゼンさんは、コースケ様と口喧嘩をしていていつもと違ってなんか怖かった。
そんなゼンさんがニコニコ笑いながら近寄ってきたんだ。
「やあ、コトネちゃん。昨日は済まなかったね。ちょっとコースケさんと昨日の昼間に色々あってあんな風になってしまったんだ。コトネちゃんやミコトさんを巻き込むつもりはなかったんだ。どうか許して欲しい」
ああ、いつものゼンさんだ。ちょっと融通が利かない所もあるけど、村のみんなに優しくて好かれているいつものゼンさんだ。昨日の夜の事は何かの間違いだったんだ。
コトネはゼンさんがいつも通りで安心した。ゼンさんはコップと革袋を取り出すと渡してきた。これを飲めという事なのかな?きっと仲直りのしるしだろう。
よく考えずにそれを飲んでしまった。
液体はダモの木の水だった。いつもの甘い水で、特におかしいところはなかった。
「コトネちゃん、この後ちょっと時間ある?裏山で面白い物を見つけたんだ。一緒に見に行こうよ」
ちょっとだけ不安になったけど、今までゼンさんはそうやって色々な所へ誘ってくれてた。川遊びの出来る場所を教えてくれたのもゼンさんだった。だからコトネはついていく事にしたんだ。
村の外に出たあたりで記憶が曖昧になってくる。ゼンさんが色々話しかけてきてたはずだけど、内容も、何て返事したのかも覚えてない。多分ここらへんで気を失ったんだと思う。
と言うことは、ゼンさんは気を失ったコトネをここまで連れてきて介抱してくれたのかな。
でもそれだったら村に帰った方が早いと思うんだけど・・・。
周りを見るけど、薄明りがあるだけで岩肌しか見えない。それと、体がすごく怠い。
コトネはこの怠さを知ってる。
小さい頃大怪我をして、治癒術を使えるお母さんが帰ってくるまで痛み止めとして薬草を煎じた物を飲んだんだ。
飲んだ後はすぐ寝ちゃったからあんまり覚えてないけど、その後すごく怠かったのは覚えてる。
あの薬を飲んだ後にそっくり。
もしかして、ゼンさんがあの薬をコトネに飲ませたのかな・・。
コツ、コツ、コツ・・・。洞窟みたいな所の奥から足音が聞こえる。何が来るんだろう。体が自然と強張ってくる。
現れたのはゼンさんだった。
「やあ、コトネちゃん。目が覚めたのかい?突然倒れたから心配したんだよ。体は大丈夫かな?」
ゼンさんが笑顔で近づいてくる。一瞬だけほっとしたけど、でもすぐにおかしいと思った。
いつもと同じ笑顔なのに、いつもと違う。怖い。
近寄ってくるゼンさんのその両手は血に濡れたように真っ赤だった。
「・・・ゼンさん、何があったの。どうしてコトネはここにいるの」
「コトネちゃんが山に入ったら突然倒れたから、仕方なく僕がここまで運んで来たんだよ。覚えてないの?ひどいなぁ、命の恩人なのに」
違う、絶対そんな訳ない。
コトネは自然と倒れたんじゃない。きっとゼンさんに薬を飲まされてここまで連れて来られたんだ。
「嘘、そんなの嘘だよゼンさん。ここまで連れてきたのはゼンさんなんでしょ。何を、コトネをどうするつもりなの」
「ひどい言いがかりだなぁ、コトネちゃん。僕はコトネちゃんが心配だからこうして側にいるのに。ここは山の深い場所だからね。危険な動物とか沢山出てくるかも知れないよ。だから僕は君の側で君を守るんだ。あんな奴よりも僕の方が絶対良いに決まってる。そうに違いないんだ!」
コトネにはゼンさんが何を言ってるか分からない。分かりたくもない。
一つだけ言えるのは、彼はもういつものゼンさんじゃなく、見た目は同じだけど、中身はきっと全然違う人なんだという事。
「・・・そろそろ出てきてもいいはずなのにな。なんで出て来ないんだ?」
「・・何が出て来るの?」
「君は知らなくていいんだよ。僕が英雄になる為の準備さ。きっと君もすぐに僕が正しいって分かってくれるはずだよ。ちょっと見てくるから待っててね」
そういうとゼンさんは松明を持って歩き始めた。
光が動いた事でやっとここが洞窟だと分かった。
コトネはこの洞窟を知らない。
光が完全に消え、ゼンさんの姿が見えなくなった。
コトネは光の精霊にお願いをしてあたりを照らしてもらった。
あんまり上手に使えないけど、でも自分の廻りを照らす事くらい出来る。
出口はあっちなのかな。でもあっちに行くとゼンさんがきっといる。それじゃあ逃げられない。
お姉もリリも、コースケ様も心配しているかも知れない。早く家に帰らないと。
ゆっくりゼンさんの歩いて行った方向と反対に進んでいくと、後ろから突然怒声が聞こえた。
「な、なんでこんな奴がここにいるんだよ!おかしいだろ!僕はお前なんか呼んでないっ!やめろ、こっちにくるな!だ、誰かたすけっ・・・」
ゼンさんの怒声と、その後に重なって聞こえた獣の様な声。そしてゴリッゴリッという何か硬い物を砕くような音。
それ以降ゼンさんの声は聞こえなくなった。
何が起きてるの。ゼンさんはどうしたの。そこに何がいるの。
未だに音は続いているけど、コトネは目一杯走った。音が聞こえるのと反対側へ、暗い道で足元に躓きながら出来る限りの力で走った。
走って走って走り続けて、ついに躓いて転んでしまった。
コトネはそこで動けなくなった。その場にしゃがみ込み、震えていた。
獣の様な声は、ゆっくりと、低く唸る音を出しながらこちらに近づいてくる。
その時は一瞬だったのか、それとも永遠だったのか。
座り込んだまま音のする方を見ると、闇の中に赤く光る眼が見えた。
・・あれは魔物だ。
コトネは魔物なんか見た事ないけど、でも村の昔話で聞いた事がある。魔物は闇の中でも赤く光る眼を持っているって。
足が竦む。力が入らない。怖い。
やめて、こないでっ・・・。
魔物はコトネを見つけると、一啼きして飛び掛かってきた。
もうダメだ。コトネはここで死んじゃうんだ。
みんなの顔が頭に浮かんできた。
お姉、巫女になれなくてごめんね。リリ、いつも意地張っててごめんね。
コースケ様、側に居られなくてごめんなさい。コトネの事、忘れないでね。
最後の時を迎えるつもりで、無意識で手を組んで祈っていた。
そうすると、光の精霊が力を解き放ってくれた。
光の精霊の力は浄化の力。魔物を寄せ付けない程の光を放つと、コトネの廻りに光の空間が出来た。
驚いたのか精霊の力なのか、魔物はそれ以上コトネに近寄って来なかった。
コトネは助かるのかな。このままこの魔物はどこかに行ってくれるかな。
でも今の力を解き放ったせいで、コトネの力が残ってないや。
光の精霊に力を渡せなくなったら、きっとこの光も消えちゃう。ちょっとだけ命が長引いただけなのかな。
もうコトネには何も出来ない。
このまま魔物がいなくなってくれればいいけど、でも魔物は距離を置いてずっとコトネを睨んでる。
多分この光が無くなるのを待ってるんだろうな。
・・・嫌だな、死にたくないな。
誰か、誰か助けて・・。
お父さん、お母さん。お姉。リリ。
・・・コースケ様。お願い、助けて。
その時、魔物がコトネから一瞬目を逸らした。
どうしたんだろう。どこかにいなくなってくれるのかな。
突然洞窟の奥から声がした。
「コトネ・・!?コトネ!」
「えっ・・。コースケ、さま?」
「コトネ、ここにいたのか!待ってろ、今行くぞ!」
「ダメっ!逃げてーっ!!」
コトネは力の限り叫んだ。
コースケ様は魔物がいる事なんて知らない。暗闇の中で突然襲われたら一撃で殺されてしまう。
お願い精霊たち。コースケ様を守って・・!
コトネの願いは精霊たちには伝わらなかった。
コースケ様は魔物に襲われて肩に酷い怪我を負ってしまった。
体が勝手に動く。
怪我をしたコースケ様の所へ体が勝手に進んでいく。
襲われたコースケ様の隣に寄り添い、肩の傷を診る。
・・ダメだ、傷が深すぎてコトネじゃ治せない。
それでも残ってる力を使ってコースケ様の治療をする。
なんとか血は止まったけど、このままじゃコースケ様はいずれ力尽きてしまう。
コースケ様は、いなくなったコトネを心配して探しに来てくれた。
村のみんなにもコトネがいなくなった事を伝えて、村で捜索隊を出してくれているみたい。
いつかは捜索隊が来てくれるかも知れないけど、でもこの酷い傷を負ったコースケ様じゃそれ迄持たないかも知れない。
・・でも、それでもコースケ様は諦めてなかった。
コトネには無茶するなって言っておきながら、自分はコトネを庇って魔物の正面に立ってくれた。
魔物は新しい獲物をコースケ様に決めたみたいで、コトネには見向きもしなくなった。
コースケ様に飛び掛かり、その足を振るい、牙を付き立てようとしている。
コースケ様は紙一重でそれを躱していたが、ついに魔物の一撃を食らってしまった。
コトネの心臓が締め付けられるように痛くなる。
このままではコースケ様は死んでしまう。
なのに、それなのになんでコトネは何も出来ないの・・・!?
ねえ、精霊たち!何とか、何とかしてよ!コースケ様を助けて・・・!
コトネの願いは、今度は精霊たちに届いたのかも知れない。
魔物と向き合っていたコースケ様の手元から、周りが見えなくなる程の眩い光が放たれたと思った次の瞬間には、光の槍が伸びて行き魔物を正面から突き刺していた。
魔物は音もなくその場に倒れこむと、魔物を突き刺していた光もコースケ様から消える。
コースケ様もその場に倒れこんでしまった。
・・倒した?コースケ様が魔物を倒したの?
コトネはコースケ様に駆け寄る。
あちこちに傷を負い、満身創痍だったけれどもコースケ様は生きていた。
こんな体でコースケ様は魔物を倒したのだ。
魔物の脅威は去った。
コトネは残っている力を振り絞って、コースケ様の体中に出来た傷を治す。
もう少ししたら村の捜索隊が助けにきてくれたかも知れないのに、どうして急いで魔物と戦う事を選んだのかと聞いたら、コースケ様は村人が襲われないようにする為だって言ってた。
何も知らない村人がこの洞窟に来たら、最初のコースケ様みたいに不意打ちを食らって少なくない犠牲が出るだろうからって、だから自分が戦うんだって言ってた。
・・だからってコースケ様が死んだらダメなんだよ。
村人の為を思ってたって、コースケ様がいなかったら何もならないんだよ。
村のみんなには申し訳ないけど、コトネはその時にはコースケ様を選ぶ。
持っている力でコースケ様を守る事を選ぶ。
コースケ様は決して強くない。
特別な力があるみたいだけど、お姉やコトネみたいに精霊を使役できる訳でもない。
ダノンさんみたいに、狩りとか獣との戦いの経験が豊富な訳でもない。
それでも、みんなの為に勇気を振り絞って戦ってくれたコースケ様は、本物の英雄だ。
コトネの心は、突然現れた英雄の虜になっちゃったみたい。
カッコよかったよ、コースケ様。
コトネを助けてくれて、ありがとう。大好きだよ。





