第21話 巫女の資格
新規開拓を早々に終えてしまった俺はダノンと共に畑の手入れの方を見に行く。
そこでは畑に生えた雑草の除去をしたり、虫に食われた葉を毟ったりと細かな作業をしている男達の姿があった。
葉を毟るのはともかく、雑草を取り除くのは鎌とかあれば効率的に出来るな。ただ鎌を作るにも鉄が必要だ。やはりこの村の発展には鉄が必要不可欠だろう。どうにか手に入れたい。
「こっちの作業は特に道具も使わずひたすら地道な作業だ。旦那の力が大いに役立つって事はないだろう。どうする?一人工として働くか?」
「働くのが嫌な訳ではないですが、確かにダノンさんの言う通りでしょう。であれば先程耕した土地に鋤を入れた方が為になるかも知れませんね。鋤の手入れも合わせて出来ますし」
そうして俺はまた元の場所に戻り、掘り返した土に鋤を入れた。
雑草を取り、土を柔らかくする為だ。やはり鋤も鍬と同じ様に一振りで往年の輝きを取り戻していった。掘り返したのと同じくらいの時間で終わらせると、作業が終わり手持ち無沙汰になってしまう。
このまま村に帰ってもいいが、せっかくだから俺のスキルの確認をもう少ししておこう。
「ダノンさん、斧か槍は持ってますか?」
「おう?槍はねえが斧なら持ってるぞ。どうすんだ?」
「ええ、昨日の確認を込めて少し木を切る練習をしようと思いまして」
「・・・そうか。それは構わないが俺も見てていいか?」
「ええもちろんです。切ってはいけない場所なんかあったら教えてください」
俺はダノンと共に畑からほど近い森の入口にくる。
「旦那、ここらの木はどれを切っても構わねえが山肌に生えてる木は根っこは残してくれよ。根っこがなくなると山崩れするからな」
「そんなに沢山切るつもりはないですが、了解ですよ。ちょっと入口付近の何本かを切ってみます」
ダノンから石斧を借りて木の前に立つ。昨日の槍の時と同じだ。
呼吸を整え斧を振りかぶる。横薙ぎに一閃。木は根元10センチから上が真横に裂けた。
ゆっくり倒れてくる木をかわし、倒れた所に斧を振るう。最初は枝を払うように。次いで木の皮を剥くように。さらには板にするイメージで斧を振るっていく。
真横に切ってから3分程で一本の木は枝・葉・板材に別れた。
枝は乾燥させて燃料に、葉は肥料の一部に、板はやはり乾燥させて建築材料に出来る。
斧一本で一つの木を無駄なく切り分ける事が出来た。上出来だ。
「何回見てもすげえな。あっという間にこんなんなっちまって。俺達がこれだけの事をやるのに下手したら一日かかっちまう。旦那一人でその100倍以上の働きだな」
「なんとなく出来る気はしていたんです。ただ試してみたくて。これで一つこの村の発展の為の材料が手に入れられそうですね」
「そうかい、そりゃ良かった。ただ山一つ丸裸にしてくれるなよ。山には沢山の恵みがあるからな。木のない山じゃ動物もいなくなっちまう」
「勿論ですよ。そんな事するつもりはありません。ただ開拓に必要であれば山の面積は減らすでしょうね。それは今後皆さんと相談して考えます」
「それならいいんだ。悪いな、俺は心配性でよ」
「心配性な人がいないと歯止めがかからなくなりますよ。それがダノンさんで良かった」
そう言って、その日は計5本の木を切り分けて終わりにした。
その日の畑仕事を早めに切り上げて村に戻る。一度自分の家に戻ると、そこでは巫女になる為の修行をしているミコトとコトネがいた。
「あ、コースケ様、お帰りなさいませ。今日はお戻りが早かったのですね」
「うん、今日は思ったより早く作業が進んでね。ただいま、ミコト、コトネ」
「コースケ様おかえり!ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・」
「ご飯は炊き出し、お風呂はみんなで!それともの続きは修行かな!修行しようぜ、修行!」
「むーぅ。最後まで言わせてくれてもいいじゃん!」
「そういうのはもう少し大人の色香が出てきたらな。んで、巫女の修行はどうなんだ?」
「ええ、コトネはそもそも精霊との付き合いも出来ていましたし、そう言った意味では本来修行は不要なのです。後は巫女となるべき者の心構えだけですね」
「修行ってやっぱり滝に打たれたりするの?」
「打たれてもいいですけど、余り意味はないと思います・・・」
「じゃあどういう修行が必要になるの?」
「大きくは二つですね。今私がコトネに伝えていた、巫女としての心構え。それと精霊に認められる為の契約の儀です」
「ほうほう、契約の儀ですか。それはどんな風にやるものなの?ミコトもコトネもそれはもう済ましてるんだよね?」
「勿論済ましてるよ!精霊との契約は、資格のある人が精霊の間に行ってお願いをするの。精霊さん出てきてくださーいって」
「割と軽いね・・。それでその時お願いをしたらコトネは精霊が100体も出てきたの?」
「まさか。最初に出て来た時は10体くらいだったよ。それでその精霊達と契約したんだけど、その後から日に日に精霊達が増えていったの。朝起きると隣にいるように感じて、ああ今日もまた新しい子かぁって感じかな」
「それが増えて今では100体になったんだ」
「正確には100体かどうかはわからないけど、多分それくらいいると思う。でも常に側にいるわけじゃないし、呼んでも来てくれない子もいるしね。私が確実に使役出来る精霊は30体くらいだよ」
「なんか色々緩いんだね。じゃあ側にいる精霊は巫女の騎士みたいな感じで、呼んでたまにくる奴は近所の世話好きなおっさんみたいな感じか。仕方ねーから助けてやんよ、みたいな」
「その例えがあってるとは言い辛いけど、あながち間違いではないかも。近くにいつもいる子はコトネの事を大切に思ってくれてるし、必ず助けてくれる。そういう子が多くいるのが良い巫女の資格なのかもね」
「じゃあ俺はその、契約の儀を受けれるのかな?ミコトやコトネみたいな力はあるみたいだし。何体くらい出てきてくれるんだろう」
「あの、コースケ様がその儀を受けれるかは私達には分かりません。資格の有る無しは基本的にはシンゲン様がお決めになるので。
ただ、真摯な思いと使役する力を持っている者が資格を持つと言われますので、そういう意味ではコースケ様は資格をお持ちかも知れませんね」
「真摯な思いか。この村を良くしたいとは考えるけど、俺は多分ミコトみたいに献身的に人の為に何かをしたいっていう人間ではないと思う。自分が好きな人の為には頑張れるけど、どうでもいい人の為には頑張れない」
「それが普通なんじゃない?コトネはこの村で育ってきてるからこの村の人は好きだけど、通りすがりの旅人が死にそうだからって自分の命まで投げ出して助けられないよ」
「そりゃそうだ。そうか、そういう意味でも真摯なんだな。あくまでも基準はこの村の事を考えて良くするべく努力する人に資格が与えられるのかも知れない。後で長老様に聞いてみるか」
「それが一番いいかも知れませんね。後はコースケ様の心構えが巫女のそれと合致するか、ですね。もし必要であれば私が指導させていただきますので遠慮なく言ってくださいね」
「ああ、ありがとうミコト。じゃあ今日の事を長老様に報告してくるよ。また後で」
俺はミコト宅を出て長老の元へ向かう。
長老宅へ着くと入れ替わりでユキムラが出てきたところだった。
「こんにちはユキムラさん。狩りはもう終わったんですか?」
「ああ、今日は獲物が多く獲れたからな。早めに切り上げてきた」
「それは良かったですね。明日はユキムラさんの班は村の仕事のお手伝いですよね?」
「手伝い・・。そうだな、村の皆が困っている事を解消する」
「それであれば多分明日は俺もそちらの班に合流になるはずです。宜しくお願いします」
「ああ、そういう事か。それは構わないが、多分やる事はないと思うぞ」
「ええ、それでも結構です。この村の為になる事を探しますよ」
「・・そうか。じゃあ朝食後広場に来てくれ」
「ええ、分かりました。宜しくお願いします」
ユキムラと事務的に言葉を交わした後、長老宅の前で声を掛ける。家の中にいた側仕えの女性が出てきて招き入れてくれた。
「これはこれはコースケ様、よくぞいらしてくれました。今日はまた何かありましたかな?」
「特に何かあったという訳ではありませんが、今日の仕事の報告とお伺いしたい事がありまして」
「そうでしたか、どうぞなんなりとお話ください」
「ええ、まずは今日の報告から。今日はまたダノンさんの班と共に畑仕事をして参りました。畑の開墾と手入れですね。開墾は私の力を使い今日決めた範囲は耕し終わりました」
「なんと。それは凄いですな」
「大した範囲ではないですからね」
「いや、それでもですぞ。開墾する土地はダノンが決めませんでしたか?ダノンが決めた土地を開墾するのにいつもは何ヶ月もかかっておりました。それを1日でとは・・」
「たまたま俺の力が開墾に向いていただけですよ。今の条件であれば俺はどれだけの土地でも耕す事が出来ますよ」
「それは非常にありがたい。村で新鮮な野菜が沢山取れるようになれば村人も喜びます」
「ええ、村の為には良いと思います。ただ、俺は今の状況はあまり良くないと思いました」
「はて、何故ですかな」
「畑は俺がやればすぐにでも拡張出来ます。ただそれでは俺がいなくなった時にこれ以上の拡張がのぞめなくなってしまう。それでは意味がないと思いました。村人達が自分達の望むように発展出来る、その為の努力が出来る事が大事だと俺は考えます」
「それは確かにその通りですな。現在は村人達は向上の意志が薄くなりつつある。現状の生活で満足しているという事ですな」
「今の生活に満足されているなら私がやろうとしている事は蛇足かも知れません。ただいつまでもこの生活が保証されている訳ではない。その為に生活をより良くする術を残せればと思っております」
「蛇足などとは誰も思いますまい。コースケ様が村の事を真摯に考えてくれている、この事は少なからず私やミコトは理解しております。少しずつ成果を見れれば村人達にも伝わるでしょう。時間はかかるかも知れませんが、コースケ様の行いは決して無駄にはならないと思っております。」
「長老殿にそう言って頂けると心強いです。ありがとうございます。皆さんの期待を裏切らないように努力して成果を見せますね。それで長老殿、もう一つ伺いたい事があるのです」
「どうぞ、なんなりと」
「先程ミコトに聞いたのですが、巫女になる為には資格が必要だと言われました」
「そうですな」
「その資格は真摯な気持ちと精霊を使役する力がある者だという事も聞きました」
「ええ、その通りです。その二つを満たし、巫女としての修行を終えた者をこの村の巫女として認めております」
「私は巫女になりたい訳ではありませんが、精霊を使役する力をもしかしたら持っているかも知れません。その、精霊との契約に必要な儀式を私が行う事は可能でしょうか?」
「なるほど、契約の儀ですな。精霊の間に行く事は誰でも可能ですが、契約出来るかと言うとまた別の話になりますな」
「元より承知の上です。その儀式を執り行うのに資格が必要で、その資格の有る無しは長老殿がお決めになると聞きましたので、私にその資格があるかを伺いに参りました」
「・・資格の有る無しで言えば恐らくはコースケ様に資格はないと言えます。まずコースケ様は村の人間ではありませんからな。ただ、村の事を大切に考えてくれているという事を理解しているつもりです。また特別な力も持っている。そう捉えれば契約の儀を行なっても問題はないでしょう」
「その気持ちや力がないと問題があるのですか?」
「簡単な話です。精霊に取り憑かれ殺されてしまいます」
「・・・随分と穏やかではない話ですね。それは何故?」
「精霊という存在は、神から派生した者だと考えられています。
精霊はこの世界を案じ、憂いています。この世界に仇なす者、その力も思いもない者には容赦しません。その力を正しき事に使う者には祝福を、悪しき事に使う者には制裁を行います。
精霊の間に行く事は誰でも出来ますが、資格なき者が行った場合にはその道は一方通行、帰ってはこれませぬ。
なので私が資格の有る無しを見定め、契約の儀を行なっても良いか否かを判断している。そういう事になります。但し、最終的には精霊達の判断で決まります。私のことを欺いて契約の儀を行なっても精霊達は欺けません。
己の腹の内を暴かれ、契約に至ることは出来ず、そこで精霊達からの制裁を受ける事となるでしょう。」
「成る程、そういう事情があったのですね。」
「ええ、もしもその制裁がなければ私は村人全員に契約の儀を受けさせたいくらいです。精霊達の力は強力で、身を守ってくれる心強い味方になりますからな。ただ村人達も聖人君子ばかりではありませぬ。儀式を執り行ったが最期、戻らぬ者も多いでしょう。
なので私は限られた者にしか許可を与えません。そういう意味ではコースケ様は儀式を執り行っても良いかと思います。契約出来るか否かは保証は出来ませんが。」
「ええ、わかりました。お話ありがとうございます。一度よく考えてみたいと思います。」
「それが良いかと。私は決して反対は致しませぬが、村が待ち望んだ、言い伝えの方を失ってしまったとしたら村人達の希望が潰えてしまいます。その様な事態だけは避けたいと思いますので。賢明なご判断をお願いいたします。」
長老は恭しく頭を下げてくる。俺も返礼をし席を立つ。
長老宅を出て村を歩きながら一人考える。
そうか、契約の儀はそういう意味があったんだな。精霊の力は便利だなーなんて軽く思っていたが、ミコトやコトネは命を懸けてその力を手に入れたのだ。便利で済ませる話ではなかった。
彼女達は力を手に入れた後もその命を削りながら村人の為に働いている。今はミコトが、そのうちコトネがその使命をつなぎ続けるんだろう。
そうした時、ミコトとコトネの幸せはどうなるんだ。誰が彼女達の為に命を削るんだ。
多数を助ける為に少数が犠牲になる。昔の世界でも頻繁に目にした構図だが、俺にはその答えは出せなかった。
おはようございます。今日から8月ですね。
毎日少しずつでも、読んで頂ける人が増えて行く事、これがとても励みになります。
面白い文章が書けるように努力しますので、お付き合い宜しくお願い致します。





