第二十四話 二十一歳児、煽られて怒る
縁から『手合わせの要請が来てるよ!』と聞いた直後。
「というわけで、久しぶりに手合わせが行なわれることになった。希望者は三人いるから、一人ずつの対戦になるよ」
皆が一堂に会する夕食の場にて、それは告知されたのだった。
「おお! このダンジョンの戦い方が見れるのかぁ!」
「私達も観戦させていただいて宜しいでしょうか?」
「そうね、興味がありますもの」
ダンジョンマスター達もそれが命の遣り取りではなく、『お祭り』(意訳)と判っているせいか、会場は盛大に沸いている。
……。
うん、その気持ちも判るよ。娯楽の少ない世界だもんね? ダンジョンマスターに至っては、挑戦者達との一戦こそ、娯楽扱いだもんね!?
私達のように挑戦者達と『キャッキャ♪ ウフフ♪』と戯れ合っているダンジョンなど存在しない。特定の人達との交流はあるのかもしれないが、基本的には孤独です。
だが、ふと何かに気付いたらしい人から声が上がった。
「あら……そう言えば皇国って……」
「確か、継承権争いが激化して、今はダンジョン攻略どころではなかった気がするね」
「ああ、なるほど。つまり、手合わせを願い出た者達は……」
皆の視線が一気に、該当者達へと突き刺さる。
「軍人の血が騒ぐのだよ。少しくらい、羽目を外してもよかろう!」
軍人らしきダンジョンマスターは、開き直って堂々と言い切り。
「これほどの技術、そして文化の違いを見せつけられたのです。魔術師としては、どのように戦い抜くのか気になって仕方ありません」
見た目からして魔術師なダンジョンマスターは、知的好奇心であると強く主張し。
「実に興味深いのですよ。私は植物学者として、植物型の魔物に拘っているのですが……それなりに強いと自負しておりますからねぇ」
学者なダンジョンマスターは『うちの子の強さを証明してみせる!』とばかりに意気込む。
……。
私 は あ ん た 達 の 玩 具 じ ゃ な い ん だ が ?
「おやおや、自信がないのですか?」
ジトッとした目を向けていると、学者なダンジョンマスターが見下した表情で煽ってくる。どうやら、こちらを煽る目的とかではなく、これが彼本来の性格らしい。
ならば、応えねばなるまい。私が一番大事なのは運命共同体の魔物達であり、彼らを馬鹿にされて黙っていられるほど大人しくはないのだから……!
「え、別に? こちらの手の内を知らないうちから見下す傲慢な人だなって、呆れているだけですよ? それとも、嫌味を言わなきゃ死ぬ病にでもかかってるんですか?」
ピシッと場の空気が凍る。アストでさえ、顔を引き攣らせて硬直した。
「な!?」
「だったら、謝りますよ。無条件に見下すってアホにしか見えないけど、理由があるなら仕方ないですよね!」
あはは! と笑って続けると、『アホにしか見えない』という言葉にプライドが傷ついたのか、学者なダンジョンマスターは判りやすく表情を変えた。そんな彼の姿に、私は得意げに笑う。
やだなぁ、私だってダンジョンマスターの一人ですよ? 確かに、うちは『殺さずのダンジョン』だけど、『戦うのが怖い』とは言ってない。
しいて言うなら『面倒だし、適当に仲良く、緩~くやれればいいよね』という方針だ。
そもそも、異界の創造主たる女神とその子飼いの聖女を相手にして、一歩も引かなかった気概の持ち主です。交戦、上等。どうして、気が強いと思わないかね?
「ほ、ほう? 随分と自信があるようですね……?」
「自信というより、負けないと思うことが大前提では? いくらお遊びであっても、戦闘ですよ? 私達、外から攻め込まれて倒されれば、今後こそ人生終了じゃないですか。手を抜いたり、必要以上に煽ったりするなんて、自分の立場を理解していないと思われて当然です」
負ける=第二の人生……もとい、ボーナスステージの終了です。特に、うちはアスト以外が私に巻き込まれる形でリセットを食らうので、まさに共倒れ状態になる。
個々に自我があることを許している以上、その際に感じるのは『彼らの死』。
ダンジョンの魔物という意味では、『新しい同個体』が作られれば復活したことになるだろうけど、今在る彼らは二度と戻って来ない。正真正銘、私と共に居なくなってしまう。
だからね、安易に敗北は口にしないの。
言霊という言葉があるように、現実になってしまうかもしれないから。
勿論、冗談であろうとも、それを口にした輩を許す気はない。嫌味に嫌味を返すなんて同レベルとか言われそうだが、私にだって許せないことはある。
そもそも、私は二十一歳児の聖ちゃん。感情のままに振る舞って、何が悪い?
目が笑っていない笑顔の私と、睨み付けてくる植物学者。一触触発と言わんばかりの空気を察したのか、周囲は自然と見守る態勢になっていく。
……が、そんな空気を破ったのは、軍人らしきダンジョンマスターだった。
「おいおい、ここで揉めることはなかろう?」
「しかしですねぇ……っ」
「先に煽ったのはお前だろうが。そもそも、そちらのお嬢さんの言っていることは間違っていない。我々は『如何なる状況においても、負けないことが前提』だろうが。戦闘を安易に捉えた発言をしたお前の方こそ、私は不快に思ったぞ」
「ぐ……」
余裕のある態度ながら、軍人なダンジョンマスターは僅かに凄む。その鋭い視線を受け、植物学者は押し黙った。
同じ国に在籍し、それなりに交流があるっぽいけど、力関係は軍人なダンジョンマスターの方が上らしい。
……この人はきっと強いのだろう。その強さに自信があるだけでなく、敵となる者への敬意も忘れないような感じがする。まさに誇り高い武人とか、そんな印象だ。
彼は植物学者を黙らせると、今度は私へと向き直った。
「すまないね、お嬢さん。こちらが無理を言ったにも拘らず、不快にさせて」
「貴方に対して思うことはないので、お気遣いなく」
暗に『私、そいつ嫌い。でも、嫌いなのはそいつだけですよ』と言ったことに気付いたのか、軍人なダンジョンマスターは僅かに口角を上げた。
「ふ……ははは! 中々に豪胆な子だな。さすが、戦闘能力が皆無と自覚していながら、我々に勝つ気でいるだけはある」
「な!? ウォルター殿、それはっ」
声を上げる植物学者。だが、軍人――ウォルターさんは、彼に呆れた目を向けた。
「貴殿は気付かなかったのかね? 彼女はその自覚がありながら、我々に応じたのだ。特殊なダンジョンマスターである以上、拒否されても、文句は言えん。そこに気付かず、一方的に見下す貴殿の方が小者ぞ」
「そうですね、私もそう思います。それとも……貴方は『必ず勝てる相手』と理解していたからこそ、あのような発言を? そちらの方がよほど恥ずかしいでしょうに」
「そんなことはありません!」
「では、黙れ」
ウォルターさんに続き、魔術師なダンジョンマスターまでもが植物学者に呆れた目を向ける。同僚二人に諫められ、植物学者は悔しそうだ。
「対戦は了承されているのだから、今騒ぐ必要はあるまい」
「誤解を招く発言は控えた方がいいですよ。……では、こうしましょう。彼女に思うことがおありのようですから、一番手は貴方がどうぞ」
「勿論だ!」
魔術師なダンジョンマスターの提案を、即座に了承する植物学者。自分だけが叱られたことが気に入らないのか、やる気十分な模様。
ただ……彼らは完全に私の味方をしてくれたわけではない。
だって、明らかに面白がってますからね!
植物学者が気付いているかは判らないけど、この二人は植物学者を誘導したよね?
「……一番手になるよう、誘導しましたよね? あの植物学者で様子見するつもりですか?」
こっそり尋ねると、ウォルターさんは軽く目を見開き。
「ふっ、これは楽しめそうだ。……お嬢さん、単に強いばかりでは皇国で長くダンジョンマスターなど務めていられんよ」
楽しそうに笑った。
……。
やはり、一筋縄ではいかない模様。やだなぁ、この人は簡単に勝たせてはくれない気がする。




