第二十二話 お祭り騒ぎは突然に
「は……? ダンジョンマスター同士の手合わせ? ってこと? 冗談キツイよ、絶対に無理! 戦闘能力皆無な紙装甲マスター相手に、何を血迷ったこと言ってるの!?」
『手合わせをしたいと願っているダンジョンマスターがいる』と縁から言われた私は当然、困惑した。いやいや……私は戦闘能力皆無なんですけど!?
……だが、それは杞憂だったらしい。
私の全力の拒絶に、自分の言葉の足りなさを理解したらしい縁が、慌てて訂正してきたのだ。
「あ! ち、違う! 違うからね!? そういう意味じゃないよ、『ダンジョン同士の手合わせ』って言えばいいのかな? 僕が用意した空間を、各ダンジョンマスターの采配で構築するんだ。勿論、使える魔力量は双方共に同じ量を設定してね。で、其々の知識や魔物達を使って進軍し、相手の最奥部まで進んだ方が勝ちになる」
「……陣地取りゲームのようなものだと思っていただければいいと思います。自分のテリトリーは都合よく構築できますが、攻め込んだ先は相手のテリトリーなのです。その中で、どういう風に勝ち進んでいくかが醍醐味ですね」
「あ、ああ、なるほど、そういう意味なのか」
縁とアストの捕捉に、とりあえずは納得する。要は、お遊び要素を兼ねた、ダンジョンマスター同士の勉強会のような扱いなのだろう。
こう言っては何だけど、ダンジョンマスター達はダンジョン内での生活が全て。
だから、外から来る脅威――『挑戦者』という一括りにされているけど、職業や種族は様々だ――に対して、練習する機会なんてものはない。チュートリアルなしで即本番、とも言える。
――そこを補うのが、『ダンジョンマスター同士の手合わせ』。
ダンジョンマスターの持つ知識や技術、戦い方は様々な上、さっき縁が言ったように『自分が構築した場所以外での戦闘』という、本来ならばあり得ない要素があるのだ。まさに『予想外の状況下での戦闘』になる。
そもそも、敗北は『自分の陣地の最奥部まで攻め込まれること』。これは本来のダンジョンと変わらないので、自分のダンジョンの欠点などを知る良い機会とも言えるだろう。
「仕方がないことなんだけど、全員、いきなりダンジョンマスターになってるからね。自分の采配の欠点とか、ダンジョンの構造を考え直す機会として、時々、行なっているんだ」
「挑戦者よりも、他のダンジョンマスターを相手にした方が厄介だから?」
思わず尋ねると、縁はこっくりと頷いた。
「基本的に、ダンジョンマスターの兵は魔物だからね。創造していない魔物の能力や特性を見る意味でも、好意的に受け入れられているんだ。使い方次第、もしくは各魔物が持つ特性を活かした戦い方っていうのは、十分に学ぶ価値がある。手合わせで学んだことを、自分のダンジョンに取り入れる人もいるんだよ」
「へぇ……」
ダンジョンマスター達は随分と勤勉な模様。ただ、そうしなければならない理由にも納得できてしまった。
ダンジョンが脅威として認識されている以上、挑む側とて対策を考える。ダンジョンマスター達もそれを見越した対応をしなければ、即命の危機だ。
いくら強い魔物達を配備していたとしても、ダンジョンはこの世界のためにあるもの――つまり、『対抗策がある』んだよ。
そもそも、ダンジョンに使える魔力量はいきなり増えないので、そう簡単にダンジョンの改装や新たな魔物の創造が行なえるわけがない。うちのダンジョンだって、初期以降に創造された魔物はエリクと凪、そしてサモエドだけ。
ただ、エリクと凪はゼロから創造したわけじゃないから、本当にゼロから生み出された魔物はサモエドオンリー。そのサモエドも幼体なので、使われた魔力量はお察しだ。
「ちなみに、手合わせを望んでいるのはどんな人?」
興味本位で聞けば、縁は思い出すように首を傾げながらも答えてくれた。
「えっとね……元軍人、魔術師、学者の三人。ちなみに全員、皇国のダンジョンマスター」
「へ? 同じ国のダンジョンマスターなんだ? しかも皇国なんてあったんだね」
これはちょっと意外だった。食や温泉といったものに興味を示す人が多い中、戦闘方面に目が行くなんて。それも、全員が『皇国』なんて名が付く国に在籍しているのか。
だが、私の反応に何か思うことがあったのか、縁は気まずげに視線を泳がせた。んん? その反応は一体、どういうこと?
「あ~……その、実はね。皇国は積極的にダンジョン攻略を行なっていて、騎士団の遠征も頻繁にある国なんだ。だから、この世界で一番ダンジョンが多い国なんだよ」
「ふんふん、それで?」
「でね? そんな国だから、在籍するダンジョンマスター達は割と好戦的な性格の人を選んでるんだ。本人達も『退屈しなくていい』って言ってるから、彼らにも合っていたと思う」
「適材適所ってやつだね」
そんな性格の人達なら、ダンジョンマスター生活はさぞ楽しかろう。しかも、定期的に大規模なお客さん――ダンジョンマスター討伐が目的の騎士団の皆さん――がやって来るんだもの。
……だからこそ、疑問に思う。
『戦闘を好み、遊び相手がいるダンジョンマスターが、平和ボケ思考のダンジョンを相手にして楽しめるのか?』と。
勿論、こちらのダンジョンから学ぶこともあるだろうし、自分達とは違った異世界文化に興味が湧いても不思議はない。だが、問題は『戦闘を好む性格』という点だ。
「あのさ、縁。確かに、私達のダンジョンは珍しいと思うけど、それだけだよ? 娯楽要素が強いし、『戦闘を楽しむ』っていう視点から見ると、物足りないと思う」
「そうですね、私もそう思います。勿論、戦闘に秀でた者達もおりますが、そういった存在は他のダンジョンにも居るのでは?」
アストも私と同じことを思ったのか、やや困惑気味だ。ただ、縁もそれは判っていたらしい。
「僕もそう言ったんだけどね、『このように変わった文化を持つ世界出身のダンジョンマスターの戦いぶりを見てみたい』って言われちゃったんだ」
「ああ……もしかして『異世界の知識込みの戦い方』ってやつを期待されてる?」
「多分ね」
なるほど、さっきの報告会で『様々な面に差があり過ぎて、謎解きの遣り方の時点で悩む』って言ったことも影響してるのか。
「つまり、異世界通販を駆使した戦い方をしろと」
「……それもどうかと思うけど、期待はしていると思う」
「別にいいけどさぁ」
それって、『暇潰しの娯楽』って言わない? アストも呆れてるよ?




