第二十一話 創造主達との交流 其の二
温泉に浸かって体も温まると、次は食事とお酒の時間。本来、私達に食事は必要ない。だけど、そこは元人間と言うか、『食の楽しみ』を知る人々であって。
「いやぁ、ここまで上質な酒が飲めるとは思わなかった!」
「調味料も豊富なようですが、香辛料を惜しみなく使った料理が味わえるとは……贅沢な世界もあるものですね」
「こっちのケーキも可愛いわぁ……! 可愛いだけじゃなくて、美味しいのね」
という感じに、皆様には大好評。ただ、アストには予想された展開だったらしい。
「世界によっては、調味料はそれほど種類がありませんし、香辛料が非常に高価な場合もあります。聖は元の世界から通販していますし、そういった物があるのが当たり前の国で育っていますが、そこまで恵まれている世界は稀ですよ」
「あ、そっか。まず、そういった違いがあるんだね」
なるほど。確かに、そちら方面――娯楽とか、食――の技術が発達していないと、気軽に入手できる環境にはならないのかも。特に、私の居た国は食に拘る傾向にあるため、生産量の増加や生産技術の向上、果ては新たな料理の開発といった感じに日々、進化している。
……『進化』でいいんだよ、本当にそういう感じだし。なにせ、他国の料理を日本風にアレンジした『和洋食』といったものも存在するんだから。
こういったことは他の国ではあまり起こらない――基本的に、作るのは自国の料理オンリー。多国籍に作る傾向にある日本が珍しいらしい――と聞いたことがあるから、柔軟な発想に満ちたお国柄ではあるのだろう。
……納豆とかあるしな、我が故郷。あれは食に対するチャレンジ精神の賜というか、忌避感よりも興味が勝った結果ではあるまいか。
それが今では、広く馴染んだ健康食品。勿論、私も好きだったり。偉大なご先祖様達の勇気ある行動は、今日の食を豊かにしております。
「酒に関しては、技術の違いが大きいでしょうね。こう言っては何ですが、貴族や王族でさえ、不純物混じりの酒を嗜んでいる世界も多いのです」
「技術力の差ってやつかな」
酒を造る技術といったものはあっても、不純物混じりが当然という世界もある。私が居た世界とて、初めから今のような物が作れたわけじゃない。
そういえば、喜んでいる人達の言葉を聞く限り、『上等な酒』と言っている人が多かった。似た物はあっても、あまり上質ではないということなのか。
そんな疑問が顔に出たのか、アストが頷いて肯定する。
「ええ。聖の世界には魔法がありませんから、全ては人が努力し、常に技術の向上を目指した結果でしょう。……こんな一面を見てしまうと、魔法も考えものですね。魔法は限られた者しか使えず、新たな術式の考案は更に難易度が高い。自然と、人の持つ技術の停滞を招いてしまうのかもしれません」
「難しいねぇ」
私からすれば、魔法は万能のように見える。特に、医療方面。怪我で死ぬ可能性は、私が居た世界よりも低いだろう。毒に対する対処だって、魔法の方が上だ。
そういったものがある分、人は自分達で何とかしようとするよりも、確実な魔法を頼ってしまう。それが叶わないならば……諦める人も多いんだろうな。
「縁の『様々な世界からダンジョンマスターを連れて来る』っていう発想は正しいのかもね。別の世界とはいえ、様々な成功例を知ることができるもの。前例があれば、魔法なり、技術なり、諦めずに遣り遂げるかもしれない」
『成功するか判らない』ならば途中で諦めたり、不安になるだろうけど、『成功例がある』ならば、それに準じた期間くらいは頑張ってみようと思うかもしれないじゃないか。
このダンジョンを楽しんでいるダンジョンマスター達とて、それは同じ。新たな可能性を見出したのか、うちの魔物達に熱心に話を聞いている人がいるもの。ある種の『成功例』を目の当たりにしたからこそ、自分のところでも可能か試してみる気なのだろう。
それはアストも感じていたらしく、表情が柔らかい。彼は創造主至上主義とも言えるので、自分の担当しているダンジョンが意外にも良い仕事をしそうな展開に、少々、浮かれているようだ。
そうだぞ、アスト。人生は長いんだから、気負わず気楽にいこう。
そのうちきっと、良いことがあるさ。未来なんて、誰にも判らないんだから!
「まずはダンジョンマスター同士が互いの異世界文化に触れると。その後、其々のダンジョンでそれらが活かされれば、確かに、この世界に根付きやすくなりますね。元になった知識や技術の亜種といいますか、改良版といいますか……まあ、どれかは人に受け入れられるかもしれません」
「だよねー! 少なくとも、私の所から学び取るよりは難易度低そう」
アストの言葉に、思わず笑みが浮かぶ。アストは不可能なことははっきり言うタイプだから、こんな言い方をする以上、可能と判断したってことだからね。
良かった、良かった、花粉症対策以外にも、私がこの世界に貢献できる道が開けそう。さすがに、『この世界への貢献・花粉症対策』ってのは、どうかと思ってたのよね。そもそも、この国の人達にとってはあまり意味がないんだもの。
難しいことが判らない二十一歳児ですが、協力は惜しみません。同僚達よ、後は宜しくね?
他力本願、上等です。その分、我らはお手伝いに勤しむ所存です。
「聖、アスト」
呼びかけられて視線を向けると、そこには縁が。手にした皿にはケーキ類が盛られているので、縁自身もおやつタイムを楽しんでいるのだろう。
「どうしたの? 何か問題でもあった?」
尋ねてはみたものの、その可能性は低いと思っている。何か問題が起きたならば、うちのスタッフ達が動くか、私やアストに伝えるはずだもの。
その予想は間違っていなかったらしく、縁はふるふると首を横に振った。
「問題は起きていないよ。君の世界の文化というか、おもてなしも好評だし」
「そっか、それは良かった」
「だけど、好評だからこそっていうか……興味を引いちゃったみたいなんだよねー……」
「「は?」」
縁は何だが、申し訳なさそうだ。思わず、私はアストと顔を見合わせた。
「え、えっとね、その、聖は戦闘能力が皆無でしょ? だけど、人との付き合いは上手くいっているし、ダンジョンとしての体裁……所謂『人が挑む場所』っていう名目は果たしている」
「うん、そうだね?」
事実なので、とりあえず頷いておく。そう、確かにうちは『殺さずのダンジョン』だけど、この世界におけるダンジョンの定義――『叡智の宝庫』や『魔物達との戦闘が発生する』といった要素は満たしているのだから。
ただし、難易度はイージーモード。(比較対象・その他のダンジョン)
それもあって、余計に娯楽施設としての認識が浸透したけど、根本的なものは他のダンジョンと同じ。娯楽方面の仕様と、『死なない』という要素が追加されているだけだ。
「それでね、『是非とも、手合わせしたい』って人がいるんだ。今までに例がないからこそ、興味を引いたみたい」
「え゛」
「ああ、そういった方も出るでしょうねー……。ここは特殊ですから、戦闘特化方向のダンジョンマスター様にとっては理解できないと言いますか、成り立つことが不思議なのでしょう」
アストさん、遠い目にならないでくれるかな!? っていうか、ダンジョン同士の手合わせなんてあるのね!?




