第十七話 報告会 其の一
――ダンジョン内居住区・宴会会場にて
「……当ダンジョンはこのような状況となっております。また、ダンジョンマスターである聖の世界は、皆様がいらした世界とかなり異なった発展をしておりますので、実際に目にしていただいた方が理解しやすいと判断しました。よって、本日はこちらに滞在していただきたく思います」
アストの説明に、席に座ったダンジョンマスターやその補佐は興味深げな視線をこちらに向けている。その反応から、本当に全く違う文化が根付いた世界から来ていると理解できてしまう。
っていうか、本当にダンジョンマスターと補佐達って様々なのね……!
サージュおじいちゃんとミアちゃんのことがあったから、年齢や性別――外見的なものも含む――といったものにそこまで驚きはしないけど、知らない人がこの集いを見たら、どんな共通点があって顔を合わせているのか判るまい。
そもそも、私以外のダンジョンマスターは所謂『悪役・人の敵』という立場を選んでいるはず。
私とサージュおじいちゃんみたく『特定の事柄――王位継承の儀式みたいなものに利用される時――以外は、割と平和』なダンジョン生活をしている人達はあまりいないと聞いている。
ただし、これは彼らが無暗やたらと好戦的なわけではない。
彼らの支配するダンジョンが属する国の問題なのだ。お国柄、というやつです。
中には本当に、『ダンジョン=お宝の宝庫』のような認識をしている国もあるらしく、一獲千金狙いの無謀な人達が続々とやって来るそうな。
……もっとも、ダンジョンはそんなに甘い場所ではないわけで。
サクッとお亡くなりになった挙句、ダンジョンへと取り込まれてしまう人も多いらしい。
結果として、彼らを取り込んだダンジョンが強化されていくのだから、挑戦者達の死亡率や難易度がガンガン上がっていく。
まさに『ダンジョンのご利用は計画的に』という状況。使い方を誤ると、地獄に一直線。
「質問してもいいだろうか」
落ち着いた雰囲気の男性が挙げた声に、皆の視線がそちらへと集中する。外見年齢は四十代くらいかな? 見た感じ、学者とか教師が似合いそうな雰囲気の人だ。
ええと、これは私に対しての質問、だよね? ちらりとアストへと視線を向けると、小さく頷いて返事を促してきた。
「はい、どうぞ」
「事前に貰った資料によると、君のダンジョンマスターとしての戦闘能力はほぼなきに等しい。そんな状況で、どうやって挑戦者達に立ち向かうのかね?」
男性は馬鹿にするでもなく、興味深そうにこちらを窺っている。なるほど、ダンジョンマスターとしての役割を知っているから、純粋に不思議だったってことか。
それに加えて、アストから『技術や文化に差があり過ぎる』と聞いたので、余計に不思議に思ったことだろう。『こいつがこの世界に居る意味ってある?』と。
「……それ以前に、チェックポイントまで到達してくる人が未だ、稀なんですよ」
『は?』
皆の声が綺麗にハモった。アストは思い当たることがあるらしく、遠い目になっている。
「先ほど説明したように、私のダンジョンは娯楽施設という形式を取っています。ただし、ダンジョン内の魔物達との戦闘は他のダンジョン同様に起こるので、死ななくても怪我はします」
「ふむ、それで?」
確認のために言ったことが判っているのか、男性は一つ頷いて先を促してきた。さて、問題……というか、私の言ったことの意味が判るのはここからだ。
「娯楽施設は私の世界にも様々な物があるのですが……ダンジョンのように『挑むもの』には大抵、先に進んだり、必要なアイテムを手に入れるための『謎解き』が仕掛けられているんです。うちのダンジョンもこれを採用しているのです、が!」
そこで一度言葉を切り、私もアスト同様、遠い目になった。私達の様子を不思議に思ったらしく、男性が首を傾げる。 うん……まあ、そう思うよね。
「ん? 何か問題が?」
「『謎解き』ならば、珍しくはないと思うが」
「そうよねぇ」
質問してきた男性どころか、他のダンジョンマスター達も私達の様子に首を傾げている。縁は……あ、他人の振りしてる。
そだな、まさかこんな馬鹿な理由でチェックポイント到達者が少ないとは思うまい。
「文化の違い、教養の違い、修学率の違い……まあ、こういったことが多大に影響しているとは思いますが。……『解けない』以前に、『解き方が判らない』って人が予想以上に多くいらっしゃいましてね。その、『このダンジョン最大の敵は【謎解き】』とか言われちゃってます」
「……一つ言わせていただくならば、我々が最初に試してはいるのです。ですが、我々もダンジョンマスターの影響を受けている身。難易度の調整が一度では済まないのですよ」
「一部には、『賢さが身に着くダンジョン』とか言われていますね。進む毎に知力向上が狙えるダンジョンですよ! ……他で役に立つかは別として」
『ああ……』
皆は再び綺麗にハモった。そういった苦労は他のダンジョンでもあるらしく、割と同情的な視線を向けられている。
なにせ、ダンジョンマスター達は基本的に異世界人。
彼らの知識や習慣の基準となるものは基本的に、『かつて自分が居た世界』!
まだまだ若いこの世界にとって、そういったものがどこまで理解されるかは謎。寧ろ、理解されない方が普通と思った方がいい。
実は一度、縁に聞いたことがあるのだ……『ダンジョンマスターって、全員が軍人とかの方が良くない?』と。ダンジョンマスターがラスボスならば、戦闘能力特化型の方が相応しいと思ったんだよね。
だけど、縁の答えは『否』だった。
『あのね、聖。確かに、この世界のダンジョンは【悪役】に相当する。僕がそうしたからね。だけど、同時に異世界の技術を伝える場という姿もあるんだ。戦闘に特化したダンジョンマスターも悪くはないけど、それだけでは困るんだ。それに、軍人とか戦闘のプロに任せると、どうもそちら方面ばかりに気を取られちゃうらしくてね……』
縁は言葉を濁したけれど、何となく想像がついてしまった。そして、私みたいな『変わり種なダンジョンマスターも有り』と思える理由も。
一言で言うなら『脳筋では困る』。
確かに、構造その他の決定権があるダンジョンマスターが脳筋では、戦略も何もあったものではない。ダンジョンマスターはラスボス扱いなので、前に出ていくのも拙いだろう。
寧ろ、ダンジョンマスターを主軸にした戦闘では魔物共々、あっさり殺られる可能性すらある。これは戦闘経験のない私の杞憂、というわけではない。
だって、ダンジョンマスターや魔物達って、『ダンジョンからは出られない』んだよ?
ダンジョンという閉鎖空間における戦闘は特殊だ。外のようにはいかない。最低限、魔物達の能力を活かせる場を整え、やって来る挑戦者との相性を考えた魔物の創造が必要だろう。
要は、戦闘に有利な状況を『ダンジョンマスター自身が作り出さなければならない』のだよ。
そういった環境での戦闘に慣れているダンジョンマスターならばともかく、普通の戦場しか知らないと、強い魔物を創造しても宝の持ち腐れだろう。
例を出すなら、『狭い場所に、機動力を活かした戦い方をする魔物を配置する』とか。
広い場所での戦闘ならば『どこから敵の攻撃が来るか判らない』といった状況を作り出せるけど、狭い場所だと動きが制限されちゃうからね。そもそも一本道だと、正面から向き合うことになる。
まあ、ともかく。
そんな不慣れなダンジョンマスターに比べ、ダンジョンに挑む挑戦者達はそういった事態を想定して準備をしているはず。
『ダンジョン=外に比べて狭い・閉鎖空間』ですからね。心構えというか、対策は必須なのだろう。
「ふむ、それで何とかなっていると……」
ある程度の状況が想像できたのか、男性は納得したようだ。……が、うちのダンジョンの難易度が高い――三階層以降は極限られた人しか到達できていない――のは、それだけが理由じゃないんだな。
「あと、うちの魔物達に自我があるからですね。それに加え、私は魔物達が死ぬのが嫌なので、継続型を選んでいます。っていうか、うちの子達は私の家族扱い。その結果、戦闘能力皆無の主を見かねたのか、自主的に努力し、強くなっていくんですよ」
「な!? 自主的にだと!?」
さすがに驚いたのか、男性は驚愕の表情だ。他のダンジョンマスター達もざわめいている。
ですよねー! 多分、他のダンジョンとの一番の違いって、これだと思うんだ。
ダンジョンマスターにとって、己の創造した魔物は『創造物という物』でしかない。
私にとって、想像した魔物達は等しく『命を共にする運命共同体の家族』。
継続型を選んでいること、自我があること……それ以上に、『魔物達をどう扱っているか』。重要なのはそこだと思う。
いくら自我があったとしても、大事にしなきゃ意味ないよね。
「聖は本当に魔物達を大事にしてるよ。だから、魔物達は聖という『唯一』を失いたくないんだ。別に君達の遣り方が間違っているわけではない。『そういう関係も有り』というだけだよ」
声の主は縁。黙って私達の遣り取りを眺めていた縁は姿こそ子供だけど、今は不思議と威厳らしきものを感じる表情だ。自然と、ダンジョンマスター達は静まり、皆の背筋が伸びる。
「ダンジョンの在り方は、ダンジョンマスター次第。だから、僕は其々の運営に基本的に口を挟まない。聖にはそういった遣り方があっていただけだよ」
「……平和ボケした国に生まれた民間人なもので」
「それ以上に、貴女の性格が原因という気がしますがね」
さすがにそれを堂々と口に出す勇気はなく、こそこそとアストと交わす。
いや、その、縁? あんたが言うと物凄く凄いことのように聞こえるけど、実際はこれが原因だよね!?




