第八話 初の挑戦者、現る!
――その日は唐突に訪れた。
『アスト様! ダンジョン内に挑戦者の姿を確認! 直ちに防衛パターンAを遂行します!』
突然響いた警告音と報告に、呑気に昼食を取っていた私達は顔を見合わせる。
「どうやら、来たようですね。覚悟は宜しいですか?」
僅かに緊張を漂わせたアストに対し、私はグッと親指を立てて良い笑顔。
「勿論! 自宅の防犯は常に万全の体制にしてあるけど、『防衛パターンA』は様子見を兼ねた偵察だから! 状況によっては攻撃に移る手筈になってるよ」
それを聞いたアストはジトッとした目で私を睨んだ。何故だ、問題はなかろう。
「これはダンジョンの防衛であって、防犯ではないと何度言ったら……。まあ、いいでしょう。私に報告されていた通りならば、第一階層に居る魔物は獣人とヘルハウンドですね」
「そうだね。相性が良かったから獣人達に任せているけど、ヘルハウンドは私なりの警告だよ? 『死の先触れ』っていう意味を持っているらしいから」
私のダンジョンでは敵・味方共に死ぬことがない。戦闘不能になり次第、治癒されてダンジョンの外に放り出される手筈になっているのだよ。だから、『死の先触れ』という意味を持つヘルハウンドは少々相応しくない。
ただし、ここは第一階層。つまり、最も攻略が楽な場所。
そんな場所でさえ苦労するなら、とてもじゃないが下には進めない。ゆえに、『お前の実力じゃ無理だ、諦めろ? 人生、ダンジョンに潜るばかりじゃないだろ』という遠回しな警告として、ヘルハウンド達が動き回っているのだ。別名、脱落者回収係とも言う。
彼らの役目はダンジョンの防衛の他に、脱落した者達をダンジョンの外へと運ぶこと。同行者が一人でも残っていれば回収後に専用の休憩所へと運び、場合によっては外へと捨てに行くという、大変良くできた番犬なのだったり。目付きこそ悪いが、中々に面倒見がいいお犬様なのだ。
「魔法攻撃を仕掛ける者はいないから、こちらのスピードに付いて来られるかで、明暗が分かれるね。まあ、四人いるみたいだから、仲間同士で助け合えば乗り切れるんじゃない?」
「第一階層は、ですか?」
「うん。次はもっと厳しくなるからね。皆と一緒に作り上げた自信作だもん、そう簡単には攻略させないよ? アンデッドの皆も頑張ってくれたしね」
私の言うアンデッドは『過去、このダンジョンで命を落とした人』だ。このダンジョンで死んだ以上、魔物――アンデッドとして蘇らせれば、使役できるそうな。
ちなみに私の所は『基本的にスケルトンとゴースト、稀にそれ以外』といった構成なので、ゾンビといった見た目的にグロい奴はいない。また、スケルトン達も現場(=ダンジョン)に出ている時以外は、自分の意志で生前の姿を保てる仕様だ。ゴースト共々、食事だってできちゃうぞ!
「それにしても、アンデッド化した者達があれ程に協力的とは。生前のスキルを活かすにしても、喜々として我々に協力するなんて……!」
信じられません! と頭を抱えるアストだが、これは彼らの生前の職業が物を言っただけだ。
「私が『あくまでも娯楽』って感じに罠とかを提案をしているから、皆もノリノリで動いてくれてるんだよ。自我があるから、『人間相手は抵抗がある』とアストは思ってたんだろうけど」
「普通はそう思いますよ。まさか、貴女の計画をあっさり受け入れ、『嫌がらせ程度ならいいよな』と言い出すとは思いませんでした!」
アストの言い分も正しいとは思う。記憶と自我がある以上、元同族である人間が相手では、アンデッド達は動くまい、と。アストは彼らが『自分が現在、どういった状態か』を受け入れるために時間がかかったことを知っていたので、役割を放棄すると思っていたらしいんだよね。
ところが、蓋を開けてみれば、彼らは喜々として手伝ってくれた。その理由は実に単純である。
『俺達は死にました。容赦なく殺されました。それに比べたら、死なないだけでも温過ぎる』
ごもっとも! としか言いようがない。しかも、行き倒れても外に出されるイージーモード設定。ダンジョン内で落命した彼らからすれば、『多少の嫌がらせ程度で泣くんじゃねぇ!』という心境なのだろう。経験者ゆえに、ちょっとばかり厳しい意見が多かったのだ。
他には『死んでからも腕を振るう機会を得た! 参加しないはずはない!』といった、物(意訳)を作る喜びを露にするドワーフ……のアンデッドやら、『一度、ダンジョンの魔物役をしてみたかった』と言い出す少数派が存在。私の影響か、誰もが割と死後の魔物ライフを楽しんでいる。
……まあ、その少数派は揃いも揃ってヴァンパイアといった、『ちょっとランクの高い魔物』として蘇ってしまったわけだが。
なお、「ヴァンパイアって、アンデッドだっけ?」とアストに聞いたところ、「個人的な予想ですが、彼らはダンジョン内のヴァンパイアに吸血され、そのまま死んだのではないかと」と返って来た。どうやら、中途半端にヴァンパイア化してしまっていた模様。
ダンジョン内ではこういったこともあるらしく、外部からの挑戦者が転じた魔物が徘徊するダンジョンもあるらしい。ゾンビなんかは珍しくないようで、顔見知りの生者とエンカウントした際に、涙なしには語れないバトルが起こるそうな。
……。
それ、うちでは絶対に起こりませんね! しいて言うなら、『生前の恨みを、嫌がらせで返してやらぁ!』という、ちょっとばかり大人げない報復程度。『殺す気はないから、悪戯や嫌がらせ程度は許せよ?』みたいな感じで済む。生まれるのは涙ではなく、達成感と怒りではなかろうか。
「そろそろ映像で確認できるはずですが」
「本当!? アスト、映像お願い。私はお茶とお茶菓子を用意してくる!」
立ち上がりながら頼めば、いい加減、私に慣れたアストが溜息を吐きつつも、指を宙に滑らせた。その途端、ダンジョン内部が映し出された映像が空中に出現する。
「はいはい。ああ、私は先日届いた生チョコが食べたいです」
「りょーかい! あのウィスキー入りのやつね」
「そうです。冷蔵庫に入っていますので」
……有能な補佐官様は、異世界通販もチェック済みらしい。慣れてきたようで何よりだ。しっかりとリクエストをするあたり、アストも私に便乗して、色々と買っているのだろうか?
そんなことを思いつつも、いそいそと準備して、再びテーブルへ。映像を見ていたアストはちらりとこちらに視線を向けると、映像の一部を指差した。
「見た感じ、冒険者といったところですね。大柄な男がリーダー格で、女性も一人混じっています。辺りを警戒しているようですが、ある程度進むまで罠もなく、魔物も出現しないんですよね?」
「うん。最初は油断させて……っていう意味もあるけど、初めから難しかったら、速攻で出て行かれちゃうじゃない。だから、ある程度進むまでは単なる迷路だよ」
「嫌な遣り方というか、考えていると言うべきか……評価に悩む設定です」
微妙な顔でそう口にするアストだが、止めない程度には評価してくれていると思う。そもそも、私にはゲームなどにあるダンジョンの知識しかない。あれを参考にして基本の形を作った後、設置予定の罠が可能かを皆に見てもらった。そこで色々と修正をかけてもらってから創造したのが、今のダンジョンである。ちなみに、第四階層まで予定されていたりする。
紛うことなく、皆の共同制作です。キャッキャウフフ! とばかりに、盛り上がりましたとも!
余談だが、今回の功労者となるヘルハウンド達はその時、呑気にジャーキーを食べていた。ブラッシングもさせてくれたので、私を『ご飯をくれる人』程度には認識しているようだ。今回の一件が終わったら、ちょっと豪華なドッグフードを進呈しつつ、モフらせてくれと頼もうと思う。
「おや、動きがありましたね。どうやら、最初のエンカウントのようですよ?」
アストの声に映像を見れば、ヘルハウンド達が挑戦者と対峙している。……遊んでくれると勘違いしたのか、何匹か尻尾を振っている個体がいる気がするのだが。待てコラ、その態度は何だ!?
「あの冒険者達に嫉妬する……! 所詮は犬畜生か、ヘルハウンド達……!」
「聖、細かいことを気にしてはいけません。そもそも、貴女自身が上位であることを放棄しているじゃないですか。犬はそういったことに敏感ですよ」
煩いですよ、アストさん。私がモフらないうちから部外者に尻尾を振るなんて、許しませんからね! 飼い主は彼らじゃない! ここに居る私が飼い主だよ!? ヘルハウンド達!