第十四話 創造主からのお知らせ
――それは突然の『お知らせ』だった。
「やっほー、聖」
「いらっしゃい、縁」
銀色の髪の創造主、通称・縁は、どこからともなく現れるなり、私に抱き付いた。私が付けた渾名を気に入ってくれているらしく、呼ばれる度に嬉しそうにしている。
……。
結論・やっぱり、自分だけ名前を呼ばれないことが寂しかったんだな。(確信)
私達も創造主側の存在だ。だけど、いくら仲良くしていようとも、そこには明確な『壁』がある。その最たるものというか、思い出させてしまうのが『名前を呼べない』ということ。
創造主に名前がないわけじゃないのに、私達には聞き取れない。おそらくだが、それが可能なのは神という種に属する人々だけなのだろう。
この仮説が合っていた場合、この世界の創造主の名を呼べる者はいまい。一つの世界に一人の創造主である以上、他の世界の神々しか対等な者はいないのだ。
そうは言っても、縁は神としては本当に幼いため、親しく付き合っている神がいるかは不明。少なくとも、私の世界の創造主様は縁のことを『チビ』と呼び、友人というよりも庇護対象に近い認識をしていたように思う。
縁はフレンドリーな対応をするこのダンジョンに割と遊びに来るので、まだまだお子様というか、『唯一』という立場に寂しく思う気持ちがある気がする。
責務を理解しているし、誇らしく思っているけれど、孤独も感じている……みたいな?
そもそも、この子はまだ成長中。世界と共に、縁自身も成長期の真っただ中だ。その淋しさに慣れる頃には、立派な創造主様になっているのかもしれないね。
「今日は創造主としてのお知らせがあってきたんだ」
私から離れると、縁は一枚の封筒を差し出した。
「ダンジョンマスター達による報告会のお知らせだよ!」
「報告会?」
なんぞ、それ? アストからは聞いたこともないけど。
首を傾げた私に、縁は一つ頷いて説明を始めた。
「えっとね、決まった時期に開かれているわけじゃなくて、時々、僕がお知らせを出して行なわれるんだ。新しいダンジョンマスターが誕生した時とか、ダンジョンマスターの誰かの持つ知識が必要になった時とかね」
「ああ、不定期開催だし、目的も時と場合によるから、アストは何も言わなかったんだ」
「多分ね」
なるほど、それならば仕方ない。説明を求められても、開催理由が明確じゃないもんね。
「今回は聖の顔見せと、先の女神の意見の報告かな。其々の補佐役を通じて事情は通達してあるけど、話を聞きたいって人もいるみたいなんだ」
「まあ、今回は凪のことが原因だったけど、ダンジョンマスターは異世界から来るもの……他人事じゃないもんね」
「うん。中には、聖女や異世界の神の気配を察知した人もいるから、余計に気になるんだろうね」
……つまり、そう思うほどに聖女の存在は『異質』だったわけだ。それ以上に、彼らにとっても聖女みたいに異世界の神と繋がりのある存在は『脅威』だろう。
言い方は悪いが、聖女の存在は『異界からの干渉が可能』と知らしめてしまった。同時に、縁だけで太刀打ちできる場合ばかりではないことも理解できただろう。
というか、これは縁に力がないというよりも、この世界が『神の影響を極力なくす』という方針を取っていることが多大に影響している。
信仰が、創造主と人々との繋がり……『影響力』となるならば。
聖女のような存在が、世界へと神の力を揮うための『接点』となるならば。
――この世界には『どちらもない』のだ。
勿論、縁は創造主なので、ある程度ならば干渉できるのだろう。ただし、下手に力を揮えば世界を壊すことになりかねない。
自分同様、生まれたばかりの幼い世界だからこそ、縁は大切に大切に慈しんでいる。
「ってことは、凪も連れて行った方が良いかな?」
女神の一件を説明するならば、女神の祝福については凪自身に説明してもらった方がいい。というか、魔法がない世界出身の私では説明できる自信がない!
「そうだね、その方がいいと思う。僕が許可するよ。後は……アストかな。補佐役は基本的に同行するんだけど、聖の世界の創造主がこの世界に降臨した時、彼もその場にいたでしょ?」
「うん」
「その時のことを聞かれても、聖は説明できないでしょう? 一時的とはいえ、創造主に体を貸していたから、本当に『視界を共有しているだけ』って感じだろうし」
縁の言葉に、はっとする。そうだ、そこらへんのことはアストでないと判らない。
少なくとも、私は『見ていただけ』だ。創造主様の行動を説明することはできても、アスト達からどう見えたのかまでは判らないもの。
「確かに、私の視点だけを話されても判りにくいかも?」
納得とばかりに頷くと、縁は満足そうに笑った。
「理解してくれて何よりだよ、聖。凪にとってはあまり思い出したくないことだろうけど、今後、似たようなことが起こる可能性も否定できない。……僕がこの世界の在り方を変えない限り、きっと役に立たないだろうし」
縁はだんだんと声の音量を落とし、最後は俯いてしまう。幼いとはいえ、縁も創造主。その自覚があるならば、あの一件は凪同様、縁にとってもトラウマと化しているのかな。
……だけど。
「くだらないことを言っているのはこの口かなぁ?」
「わ!?」
むに、と縁の頬を軽く引っ張る。
「ひゃにすすろ!?(何するの!?)」
「私達だって、当事者だったでしょー? 皆で抗ったじゃん。それで十分!」
言い切って、縁から手を離す。頬を擦りながら、ジトッとした目を向けてくる縁が可愛い。
「あんたは自分のやりたいようにやればいいんだよ。一人で背負わなくていい、支えてくれる人達は沢山いるからね」
ごめんね、と言いながら頭を撫でると、縁は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「う~……判ってるよ、そんなこと。で、でもね、他の創造主達に比べて、僕に力がないことも本当なんだ。聖やサージュの世界の創造主って、あの女神にも脅えられてたし」
「ああ、あれはねぇ……」
思い出すのは我らが兄貴(=私が居た世界の創造主様)と、知識至上主義と言わんばかりのインテリ系な創造主様(=サージュおじいちゃんが居た世界の創造主様)。
あの二人は縁の言うように、クソ女神に恐れられていた。逃げ出そうとしていたからね。
「でも、あの二人はちょっと特殊なんじゃないのかなぁ……」
思わず、首を傾げてしまう。サージュおじいちゃんの世界のことは知らないし、他の世界のこともよく判らないけれど、絶対に普通ではない気がする。
だって、あの時のサージュおじいちゃんは異世界の女神を恐れるというより、『ついに、神殺しに挑む時がきた!』と大興奮だった。
神に匹敵する術と、それを可能にする知識……サージュおじいちゃんの世界では、誰もが一度は抱く野望なんだとか。
これを聞いた時に思った。この発想、竜殺しとか英雄志願と、方向性が根本的に一緒だと。
サージュおじいちゃんの世界の創造主様とて、おじいちゃんの行動を大絶賛。人が創造主の力を抑え込んだことを怒るどころか、『我が世界の子として、なんと誇らしい!』と褒めていた。
「方向性は違うと思うんだけどさ? あの二人が育んできた世界だから『魔法がなくとも、困難を自力で乗り越える』とか、『一時であろうと、神の力を抑え込む』なんて芸当ができるんだと思う。その、どっちも負けん気が強いみたいだったし」
なにせ、うちの創造主様には『大昔に【やんちゃ】をしていた』という疑惑がある。……うちの世界、人間が繁栄する以前には恐竜全盛期時代があったからね。
そして、恐竜達は弱肉強食です。それが盛大に興亡しているあたり、『喧嘩上等!』という元凶(=創造主様)の気質がガンガン漂っているじゃないか。
それに。
そういった創造主の気質は、技術を切磋琢磨する人々の精神にも大いに表れている気がする。
困難に対し、『めげない』『諦めない』『人は不可能に挑戦するものだ!』という精神で立ち向かい、時間がかかっても乗り越えているじゃないか。
判りやすいのが、医療方面。『不治の病』と言われ、恐れられていたものが、どれほど『過去のこと』――治療方法や予防法の確立・生存率の上昇――になったことか。
魔法はなくとも、人の力でできることがある。それを伝えてくれたのが、あの創造主様。
『そんな世界の子』である私だからこそ、できる限り抗うのが『当然』。
楽観的と言われても、人が成し遂げてきた歴史がある。……私はそれを知っている。
そして、私はこの世界でできた家族を失いたくはない。抗う理由なんて、それで十分!
サージュおじいちゃんの世界だって、きっと同じ。今なお知識を求め、向上心や向学心が衰えないのは、そこに彼らの歴史があるからではなかろうか。
だから、困難に挑むことに対して、私達は強いのだと思う。引き籠もり気質のダンジョンマスター二人だけど、それだけは誇れるんじゃないかな。
「そうだね……君達の居た世界って、本当に色々あったんだよね。うん、比較対象が悪かった」
どこか遠い目をして、縁が納得する。んん? その反応は何さ?
「待って、何を聞いたの?」
「気にしないで。僕の世界だと、起こりそうにないことだし」
「ねぇ、ちょっと!? 縁ちゃん!? お姉さんに教えてくれないかな!?」
「大丈夫。なろうと思っても、僕にはあの二人の真似は無理だって判ってるから」
あの創造主様達に一体、どんな教えを受けたの!? ねぇ!?




