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【広瀬煉】平和的ダンジョン生活。  作者: 広瀬煉【N-Star】
三章
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第十三話 暫しの平穏と小さな心配事

 ――ダンジョン内居住区・バーにて


「……というわけで、謝罪を受けました。彼女はもう大丈夫だよ」


 カウンター内に居るルイとソアラに報告する。その途端、二人は……特にルイは肩の力が抜けたようだった。私の隣で聞いていたアストもまた、表情を和らげている。


「良かったわぁ、判ってくれる子で」

「ゼノさん達からのお説教っていうのも良かったんだろうね。ゼノさん達、『一人の行動が、挑戦者全体への対応になる』って方向から諭してくれたみたいだし」


 恋愛方面からのお説教だと、彼女は納得してくれるかは判らないだろう。『想うのは自由でしょう!?』とか言われてしまうと、反論する術がないんだもの。


 そう、『想うだけ』ならば自由なのだ。全く問題ないのだよ!

 ただし……『永遠に片思い』というオチがつく。恋が実る可能性はゼロなのだから。


 どちらかと言えば、それを伝える方が酷だし、納得もしてもらえないと思う。それこそ、『ダンジョンの魔物達と貴方達では、存在理由が違います』としか言いようがないからね。

 それを説明する上で、再度『ダンジョンの魔物達はダンジョンマスターの所有物です』と伝える羽目になるんだけど、絶対に話は拗れるだろう。

 最悪の場合、『創造物っていう意味ですよ』と伝えるしかないけど、それが原因で『ダンジョンの魔物達は生き物ではないから、何をしてもいい』といった発想になられても困る。

『生物』か『物』か。ダンジョンの魔物達は非常に曖昧な存在なのだ。確かに『生きている』という状態――戦闘によって死ぬ場合がある――なのに、ダンジョンマスターにとっては『物』。


「あ、でも一個だけ不安材料がある」


 ふと、『あること』を思い出して口に出すと、皆の視線が一斉に私へと集中した。


「あのさ、ルイ。告白してきた子よりも、その付き添いの子の方が煩くなかった?」

「え? え、ええ、友達想いらしく、僕に食って掛かって来ましたが」


 唐突な話題に驚きながらも、ルイは私の問いに頷く。……ああ、やっぱり。


「その子、気を付けた方がいいかもしれない。ゼノさん達のお説教にも耳を貸さず、反論もろくにできないのに、ずっと『自分は正しい』って主張を変えなかったんだって。最終的にはリリィ……ルイに告白してきた子がキレちゃって、相方解消になったらしい」

「え……僕が原因でしょうか」

「ううん、違う。前々から、似たようなことがあったみたい。自分の主張は正しいと信じているらしく、結構なトラブルメーカーだったみたいだよ」


 申し訳なさそうな表情になるルイへと、『違う』と首を横に振る。これはゼノさん達だけでなく、他の挑戦者からも聞かされたことだった。


「人が揉めた時ってさ、どちらにも言い分があるし、時には互いに譲歩することも必要じゃない? それなのに、彼女は絶対に譲らないんだって。勿論、ただの我儘とかじゃなくて、よく言えば『正義感が強い』って感じ」

「あらぁ……それは厄介ねぇ。悪意じゃなくて、正義感ゆえに折れない子なんて」

「理解させようとはしたみたい。だけど結局、変わらなかったから、リリィも離れたらしい。『私の言葉は届かないんです。だから、これは私なりの幕引きなんです。変わる切っ掛けになってくれればいい』って」


 そう言っていた時のリリィを思い出す。彼女は……寂しそうだった。

 リリィとて、一人になることに不安がなかったわけではないだろう。楽しい時だってあっただろうし、相方の正義感が頼もしく思えた時もあったと思う。

 だけど、自分の言葉さえ聞き入れてもらえないならば。……そんな価値はないと、態度で示されてしまったならば。

 ――いくら情があったとしても、離れる覚悟を決めるだろう。

 リリィにだって、『立派な冒険者になる』という夢がある。自分のせいで夢潰えるならばまだしも、彼女の場合は学ぶ機会すら相方に潰されてしまっているじゃないか。

 今までは正義感が強いせいだと思うことができただろうが、今回はその影響が大き過ぎた。

 リリィ自身が自分達の非を理解しているのに、本来は部外者なはずの相方は全く理解しない。ここまでくると、庇いきれないだろう。


「私の調査でも、似たようなお話を聞きましたね。そのリリィさんという方は『言えば理解できる子』らしく、それほど悪いお話はありませんでした。たまに軽はずみな言動があるようですが、新米冒険者ゆえのものとして、微笑ましく見守られていたようです」


 溜息を吐きながら、会話に加わってくるアスト。その表情には、何やら疲れの色が見えた。


「対して、相方の方……アイシャさんには皆さん、呆れていらっしゃるようです。自分を貫く強さを持つのは良いことでしょう。ですが、冒険者とは互いに助け合う一面もある。その機会を潰し、自分の意見だけを押し付けようとする輩には、同業者とて厳しい目を向けるでしょう。反省もしないようですからね」

「ああ、以前から似たようなことがあったのか……」

「ええ。これまでは、関わらなければ良かった。ですが、今回の一件はそうはいきません。ゼノさん達が動いたのも、そういった理由もあるでしょう。自分達に火の粉が飛ぶならば、振り払おうとするのが人の常ですからね」


 なるほど、このダンジョンの利用者達がわざわざ彼女達にお説教をしたのは、自分達のためでもある、と。確かに、ここが利用できなくなったら、困るわな。


「そういえば、彼女……アイシャさんは随分と一方的に罵ってきました。僕の言い分が理解できないゆえのことと思っていたんですが、彼女は自分の主張が受け入れられないことを憤っていたのかもしれませんね」


 当時を思い出しているのか、ルイもアストの報告に納得できてしまうらしい。

 アストの報告通りの人なら、ルイがリリィの告白を受け入れる以外の選択を認めない気がする。っていうか、多分、絶対にそっちだな。


 振られながらも、リリィがあれほど申し訳なさそうにしていた理由が判った気がした。

 アイシャの勝手さを理解していたら、そりゃ、ルイに対して申し訳なく思うだろう。


「どっちかと言えば、アイシャさんの方が問題みたいだね。リリィはこれまでのアイシャさんの言動を知っているから、逆恨みとか、『理解させようとすること』を警戒したのかも」


 嫌な可能性だが、否定できん。皆も、嫌そうに顔を顰めている。


「一番良いのが、他のダンジョンで現実を学んでくださることなんですがね」


 頭が痛いと言わんばかりのアストに、皆は暫し、思案顔になり。


「……アスト? それ、暗に『死ね』って言ってない!?」


 私は顔を引き攣らせ。


「あらあら、アスト様にそこまで言われちゃうのねぇ。だけど、私も現実を学ぶことには賛成よぉ? 世界は彼女を中心に回っているわけじゃないんですもの」


 ソアラは部分的に共感できるのか、『それも有り』と言わんばかりの理解を示した。

 基本的に、魔物達は『強さが絶対』的なところがあるらしいので、こういったところはソアラも意外と厳しいのだろう。魔物の世界にだって、ルールがある。


「姉さん、聖さんが困っているから少し抑えて。いくら問題がある人でも、聖さんはそこまで望まないと思うよ? まあ……他に性格矯正の方法があるかと問われたら、僕にも答えようがないけど。先輩冒険者達の話も聞かないとなると、ちょっとね……」


 ルイは……私の方を気にしてくれた。それでも完全否定をしないあたり、ルイにも他の方法は思い浮かばないらしい。

 真面目で、エディと並んで温厚なルイにここまで言われるって、ある意味、凄い。一体、ルイはアイシャさんにどんな風に罵られたのやら?


「ル・イ? 一人だけ良い子になるんじゃないわ? 貴方だって、少しは共感してるでしょぉ?」


 わざとらしく拗ねながら、ソアラがルイの頬を突く。


「う……でもね、姉さん。聖さんは今回のことを許しているんだよ? これ以上のことを望むのは、その決定を覆すことになるじゃないか。僕達に絶対服従の制約はないけれど、尊重すべきは聖さんの意思だよ」

「それは判っているわ! だからこそ、私はダンジョンマスターを悪く言った子が嫌いなの! 状況を知りもしないくせに。自分が正しいと主張するなんて!」


 ツン! とソアラがそっぽを向く。珍しい姉の姿にルイは苦笑し、私に向かって肩を竦めてみせた。

 ……あれ、ソアラは私が悪く言われたことを怒ってくれていたのか。だから、いつもと違って厳しいことを言っていたのかな?

 そう思うと、胸が温かくなる。もっと言うなら、私は『嬉しい』のだ。


「ありがと、ソアラ。だけど、この話はこれでお終い! 一応は警戒対象者のリストに入れるけど、次に問題行動を起こすまでは、対処も保留だよ」

「それは判っているけどぉ……」


 なおも不満そうな、優しくて仲間想いのサキュバスに、私は笑って空になったグラスを振った。


「だからね? 憤ってくれるよりも、美味しいカクテルを作ってくれた方が、私は嬉しいな」

「聖……貴女という人は……」


 呆れた目を向けてくるアストにも、笑ってお誘いをしてみよう。


「いいじゃん、アスト。日々、ルイとソアラが本を見ながら頑張ってくれているんだからさ! 折角だし、皆で一緒に飲もー! 私達だけなら、青とか紫のリキュールが使えるし!」


 飲み会は楽しくなきゃね! と続ければ、淫魔姉弟は顔を見合わせて苦笑した。そして、いつもの笑顔で私達を振り返る。


「じゃあ、頑張っちゃおうかしらぁ」

「腕の見せ所ですね」


 二人の顔から憂いと怒りは消えている。……そうそう、貴方達はそれでいい。誰かのために憤れる貴方達だからこそ、大人達の憩いの場と化しているこの店を任せられるのだから。

 そんなことを思っていたら、ソアラが上半身を傾けて抱き付いてきた。耳元でこっそり「ありがと、聖ちゃん」と囁いて、すぐに離れていく。

 感謝すべきは、私の方なのに。もっと言うなら、事の発端はダンジョンをこの形式にした私だ。

 それでも、彼らは私へと不満を向けることはない。自我があって、ダンジョンマスターへの絶対的な制約もないから、文句の一つも言えるはずなのにね。


 ――私の我儘に付き合ってくれている、大好きな家族達。命を共有する、運命共同体。


 もしも人々が彼らを悪と罵るならば、私は躊躇いなくダンジョンを閉ざそうと心に決めている。私にとって優先すべきは、ここの魔物達なのだから。


「はあ……ああ、私にもお願いします。ここのところ、通常業務以外の仕事が多かったので、久々に飲みたい気分ですよ」

「よっしゃ、飲んで嫌なことは忘れよう!」

「貴女は能天気過ぎます!」


 アストの小言もいつものこと。私達はこうやって日々を忙しく、騒々しく、そして楽しく生きていくのだろう。……私が倒されるその時まで。

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