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【広瀬煉】平和的ダンジョン生活。  作者: 広瀬煉【N-Star】
三章
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第十二話 彼女の誠実さと決意

 ――ダンジョン一階層・個室にて


「本当に、申し訳ありませんでした!」


 勢いよく頭を下げたまま、上げようとはしない女の子。困惑気味に彼女の背後に居るゼノさん達へと視線を向けると、彼らは微笑ましそうな目をして彼女を眺めている。


「この子が例の騒動の発端らしい。少し説教したら、自分の勝手な行動がダンジョンへの挑戦者全員に影響すると知ったんだ。だから、謝りたいそうだ」

「あんたは『ここの中核の一人』だし、代表して謝罪を受けてやってくれないかい? この子だって、いつまでも罪悪感に囚われていたくないのさ」


『ここの中核の一人』という表現に、シアさんへと目を向ければ……シアさんは苦笑して首を横に振った。どうやら、私がダンジョンマスターであることは隠しておくということらしい。

 まあ、その気持ちも判る。この子は若い。本当に新米というか、まだまだ先輩達の庇護下にある冒険者なのだろう。

 そんな子がダンジョンの奥まで攻略できるとは思えないし、私と会う機会――私がダンジョンマスターとして挨拶をするのは、第四階層を突破した場合だけ。ご褒美の宴にて、初めて知る情報である――も当分、先だ。

 見た感じ、見た目で人を判断するような子ではないと思うけど、それは別問題。よって、『話しやすい奴に話を付け、謝罪の場を設けてもらう』って感じになったんだな。


「ええと、この子の態度を見る限り、私達が危惧したことも理解してくれたってことかな?」

「はい! 私はいつの間にか、このダンジョンの恩恵を当然のものと思っていたこと、そこからくる思い上がりが挑戦者全体に迷惑をかける可能性があったこと、そして……個人の尊重を主張しながら、ルイさんの意思を否定したこと。全て、全て理解できました!」

「そっかぁ……」


 それならば、この子はもう大丈夫だろう。おそらくは、ゼノさん達からのお説教が効いたんだろうけど、この子自身もそれを理解できている。

 暫くは煩い輩に突かれるかもしれないけど、反省している姿を見せていれば、それも長くは続くまい。


「私達は『ダンジョンの規定を厳しくする』どころか、『ダンジョンを閉ざす』といった対応も取れる。いくら『客』という括りだったとしても、挑戦者達はここの利用者……部外者でしかない。ダンジョンの在り方に口を挟む権利なんてないよ」


 今後、『起こるかもしれなかったこと』を口に出せば、彼女は肩を跳ねさせた。


「だけどね、よっぽどの無茶を言い出さない限り、これまでのように利用してもらいたいと思っている。それが今回の警告の裏にある本音だよ。国やギルド相手に、文句を言おうとは思わないでしょ? ここならば可能なんて、思って欲しくはない。親しき中にも礼儀ありだよ」

「そうだなぁ……文句を言う先がギルドや国って考えれば、迂闊に文句を言おうとは思わないよな。勝手なことを言ってた奴らは、それを忘れてたってことか」


 私に続く形で、ジェイズさんが同意する。……未だに頭を下げたままの彼女を虐めているわけではない。他でやらかした場合、本当に言い訳の余地なくアウトの可能性があるんだよ。

 ジェイズさんはそれを危惧して、わざと危機感を抱かせようとしているように見えるしね。


「まあ、今回は理解してくれたからいいよ。貴女も頭を上げて。保護者付きとはいえ、名乗り出て謝罪に来るのは怖かったでしょ。よく頑張ったね」


 偉い偉い、と頭を撫でると、彼女は頭を漸く上げた。その目は潤んでいたけど、ぎこちないながらも安堵の笑みを浮かべている。


「よし、折角だから、ご飯を一緒に食べようか。丁度、休憩時間なんだよね、私」

「え? え?」


 パチッと指を鳴らし、女の子の手を取る。混乱しているらしい彼女をよそに、その腕を引いて近くのテーブルへ。ゼノさん達も手招きしてお誘い。


「実は試作メニューがありまして。保護者としての言動、お疲れ様です。驕るから、ゼノさん達も一緒にどう?」

「「「「早く言え!」」」」

「あはは! 相変わらず、胃袋を掴まれてるねぇっ!」


 綺麗にハモるゼノさん達の姿に、声を上げて笑う。遠慮のない私達の遣り取りに、女の子は呆然としていた。けれど、そのうち決意を込めた目をして笑った。


「私もいつか、あんな風に笑い合えるような……貴方達に認めてもらえる冒険者になってみせます。時間がかかってしまうけれど、夢は諦めきれません」

「そっか、頑張れ」

「はい!」


 ……この子はきっと、これからも多くの経験を積むのだろう。それは楽しいことだけじゃなく、辛いことや命の危険だって当然、ある。それでも、前を向いていられたらいいと思う。

 ゼノさん達のように、顔を合わせれば『久しぶり』と言い合えるような……再会を喜び、無事を願う関係になれればいい。そう思った。


※※※※※※※※※


 食事が終わって、現在はデザートタイム。なお、試作メニューはグラタンであ~る。これ、好みがあるし、シチューと被るので検討中だったのよね。

 冒険者は結構食べるし、マカロニや芋を入れたとしても、満足できるのか怪しいんだもん。

 ……が、今回、謝罪してくれた女の子――リリィには高評価だった。


「冒険者は体が資本っていうのは判るんですが、食べたり、食べなかったりってことも多いんです。これからダンジョンに挑むという時に、満腹では動きや感覚に支障が出ますし。これはどちらかと言えば軽食寄りのメニューですけど、温かくて栄養価が高そうですから、好む人は多いと思いますよ? 以前いただいた……えっと、豚汁でしたか? あれも栄養面だけでなく量も丁度良かったですし」

「ああ、そういった見方もあるのかぁ」


 確かに、豚汁は喜ばれた気がする。今はまだ、雨の日限定になっているサービス――娯楽施設を謳っている割に保存食などを購入する店といったものがないので、無料で振る舞われているのだ――だけど、これからダンジョンに潜る人達からも『体が温まっていい』『適度に腹が満たされる』と好評だった。


「帰りならばともかく、これからダンジョンに潜ろうって時に、腹一杯になるわけにはいかないからな。そもそも、若い連中は緊張してろくに食えないことも多い」

「そうさねぇ、仕方ないとは思うけど。ここは死なないけれど、怪我はするだろ? 魔物との戦闘に慣れない子達にとったら、ここでの戦闘でも怖いのさ。そんな時、適度に腹が満たされる美味しい物を食べたら、少しは緊張が解れるんじゃないかね」


 ゼノさんとシアさんもリリィの意見に納得できるらしく、しきりに頷いていた。単純に食事というだけではなく、ダンジョンに潜る前の準備的な意味でも、こういったものは嬉しいと。


「ありがと、参考にさせてもらうよ。私達から見ると、『食事』っていう意味でしかないから、単純に味とか量を気にするんだ。まあ、冒険者じゃないから、仕方ないんだけど。だから、それ以外に配慮すべきことを教えてもらえるのはありがたいね」


 今回の意見を元に、軽食メニューの充実を図る必要が出てきたようだ。ダンジョン内でも食べられるように、ジャーキー系を携帯食として売ってもいいかもしれない。

 干し肉ならば、冒険者達も食べることに抵抗がないだろう。見た目もこの世界のものと殆ど変わらないから、『美味い干し肉』という認識だろうし。

 なお、失敗の一例を出すと『飴』である。

 チョコレートは溶けるし、甘い物って落ち着くよね――とか思っていたのです、が!


『美味過ぎて、こんなところで食べるのは惜しい』


 という人達が続出した。技術面での違いか、『綺麗で美味しい高級菓子』的な受け取られ方をしてしまったのだ。

 使われている砂糖の質も違うらしく、『貴族の食べる砂糖菓子以上』とは、ジェイズさんの評価である。

 ……ジェイズさん、どうやら貴族の妾の子だったらしい。兄達に何かがあった時用のスペアとして、父親の屋敷に住んでいたことがあるんだってさ。

 ただ、周囲の人達に虐められたりとかはなく、長兄が家督を継ぐ際、貴族として生きるか、平民に戻るかを選ばせてもらえたんだそうな。


『あの人達は俺に自由をくれたんだよ。それまで勉強だってさせてもらっていたから、俺は魔法が使えるんだ。あの人達には感謝しかない』


 魔法は魔力を持っている者全てが安易に使えるわけじゃなく、魔力の扱いに長けた教師が必要らしい。

 教師が『魔力の扱い方』や『魔力の流れ』といったものを実地で教える必要があるんだって。『経験してコツを掴め』という状態なので、中々に難しいんだとか。

 そうは言っても、冒険者達の中には魔法を使う人達が結構いる。あれは安価で同業者に教えてもらったり、先輩冒険者が面倒を見てくれたお蔭なんだってさ。


『使える冒険者になってくれれば、俺達も助かるしなぁ』


 とジェイズさんは言っていたので、彼も先輩冒険者の一人なのだろう。面倒見も良いし。

 自分もゼノさん達に面倒を見てもらったと言っていたから、今度は自分の番とか思ってそうだ。


「こういった甘いものを食べたいって気持ちも、若い子達がやる気になっていいんだよ」


 言いながら、シアさんはアップルパイを口に運ぶ。リリィも美味しそうに食べているので、『スイーツを食いたきゃ、生き残れ!』という風に、生に執着させるためにも使えるのだろう。

 ご褒美(有料)が待っているなら、仕事の依頼だって頑張ってこなすに違いない。


 ダンジョンは順調に、冒険者達の活力源になっている模様。

 美味い物――酒やスイーツも含む――に釣られた人間は、強いのだ。


「これからも利用者は多そうだなぁ……聖達は大変だ」


 何を言うんですか、カッツェさん。ダンジョンは挑戦者が来てなんぼです。

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― 新着の感想 ―
[一言] うむ、面倒な話の後にはこーゆうほのぼのしたお話が癒しですね!
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