第十一話 自分勝手な『正義』
――町の宿屋にて(ある女性冒険者視点)
「どうして……どうして誰も判ってくれないの……!」
シーツを握り締め、己の『不運』を呪う。だって、私は何も間違ったことはしていない。
『ルイさんのことが好きなの。……叶わなくても、告白をしておきたい。断られても、踏ん切りはつくじゃない』
そんな言葉と共に決行された告白劇。だけど、答えは『否』だった。
いくら美しい容姿をしていても、相手はダンジョンの魔物だ。それでも想いを告げるのだから、彼女とて相当の勇気が必要だったはず。
……上手くいったとしても、周囲の人から好奇の視線を向けられることは避けられないのだから。
素直に『他に好きな人がいるから』と聞かされたら……『どうしようもないこと』だと知らされたなら。私だって、納得したでしょう。
――だけど、伝えられた言葉は義務と言える部分を多大に含んでいて。
思わず食って掛かったら、あの人は見たこともない厳しい顔になって、更に厳しい言葉を口にしたのだ。それは当然、あの子にも向けられたものだった。
そして今日、ダンジョン側からある通達が成された。それは明らかに、先日の一件が影響しているだろう内容で。
知った時に感じたのは憤り。『そんなにも、あの子の好意が鬱陶しかったのか』と。
だけど、大半の人が抱いた感情は……私達の思い上がりに対しての『呆れ』。
そんな中、時々、私達に助言をしてくれてた先輩冒険者達からの言葉は益々、私達を落ち込ませた。……先日の私達の行動が間違いだったと、そう思わせるものだったから。
その時のことを反芻する。厳しい言葉に呆れた視線、それでもやっぱり……私は自分の行動が悪いものだとは思えなかったのだ――
※※※※※※※※※
「お前達は一体、ダンジョンをどういう場所だと思ってるんだ?」
ベテラン冒険者達が溜息を吐きながら、『お前達が悪い』と言わんばかりの目を向ける。
「ここの魔物達は自我が認められているじゃないか。大事な人を悪く言われたら、憤って当然ってものだろ? 勝手に義務とか、思い込んでいるんじゃないよ。あんた達こそ、相手の言葉、個人の意思を否定してるじゃないのさ」
そういって、女性冒険者は私達を諭し。
「出禁にされなかっただけ、マシだな」
「現状はダンジョンマスターの好意だってことを忘れてないか? 俺達はその好意に縋っているんだ。だいたい、他のダンジョンなら、お前達だってそんな真似はしないだろうに」
先の二人の言葉に頷きながらも、其々が口にするのは私達の行動を責める言葉。他の人達にも似たようなことを言われていたけど、ここまではっきりと言われたことはなかった。
何故と思うも、考えられるのは……今日通達されたばかりの、ダンジョンからの苦言。ダンジョン側がはっきりと意見を出したことにより、私達のように考える者達は『認められなくなってしまった』のだ!
咄嗟に反論が思い浮かばず、言葉に詰まる。そんな私をよそに、告白をした友人は顔を蒼褪めさせていた。彼女はこのパーティを尊敬していたから、余計にショックだったのだろう。
「わ……私、そんなつもりじゃなかったんです!」
「じゃあ、どんなつもりだったんだい? あんた達は判っていないようだけど、ダンジョン側から見たら、あたし達も、あんた達も、等しく【利用者】なんだよ? 今回は警告程度で済んだけど、厳しいルールが追加された場合、それに従うのはダンジョンの利用者全員だ。それがどれほど迷惑をかけるか、判っているのかい?」
泣きそうな彼女――リリィを労ることなく、女性冒険者は厳しい目を向けた。そこに宿っていたのは……一言で言うなら『失望』。
そんなことも判らないのかと言わんばかりの視線は、リリィを震え上がらせるには十分だった。
だけど、私が感じたのは――屈辱。
先輩冒険者は暗に、私達を『未熟』と言ったのだ。これまでそこそこ良い評価を得てきた私にとって、この『言い掛かり』がその評価を覆す要素になるなんて……!
「お前達さ……いや、そこで不満一杯の顔をしてる奴だけでいいか。お前さ、前から時々、問題を起こしてたろ?」
不意に、パーティの一人が私の方へと話を振った。……? 『私だけでいい』? それは一体、どういうことなのだろうか?
「あれはっ……私だけが悪いんじゃありません!」
「そうだな、そういった言い分もあるだろう。だけど、そう思うなら何故、一方的に悪いと決めつけて糾弾したんだ? 相手にだって、言い分があっただろうが」
「……っ」
自分で『私だけが悪いんじゃない』と言った手前、反論ができずに押し黙る。先輩冒険者は溜息を吐くと、「じゃあ、次の質問な」と話題を変える。
「お前は常に自分を正しいと思っているんじゃないか?」
「私はっ! 正しいことをしているつもりです!」
否定するような言葉に我慢できず、即座に反論すると、先輩冒険者達は揃って不快そうに目を眇めた。……何よ、何なのよ!
「その思い込みが、お前の最大の『間違い』だ」
「な!?」
「全てが正しい奴なんていない。勿論、俺達も間違うことはある。だけどな、それを自覚して反省し、同じことを繰り返さないように学ぶのさ。『正しいことをしているつもり』? 馬鹿を言うんじゃない! 年齢も、経験も劣り、人の話を全く聞かずに学ぶ努力をしないお前如きに、説教する資格はねぇよ」
「あんた、ダンジョンからの通達を見なかったのかい? あれこそ、あんたが間違っていたと理解できる最たるものじゃないか。あんたが本当に『正しい』ならば、諫める奴らが出るはずないだろ。独り善がりの正義感もいい加減にしな」
「う……」
『私は間違っていない』。そう言い切れるのに、目の前に居る人達への反論が思い浮かばない。
私がこれまで人と揉めることがあったのは事実だし、今回のことで色々と言われているのも本当だったから。
悔しい。とても悔しいのに、私は無力だった。
皆に認められる名声も、功績もない私に、先輩冒険者達を納得させられるわけがない。冒険者としては新人から漸く脱却した程度、パーティだって、隣で蒼褪めている子一人だけ。
それに……私にも、自分達の無力さは理解できていた。どうせパーティを組むのなら、強い人の方が良い。だからこそ、私達に声をかけてくれる人達は殆どいないのだから。
悔しいけれど、今の私達では難しい依頼をこなすには力不足なのだ。地道に実力をつけ、人脈を得て、パーティの戦力増強を図らなければ、今以上に難しい依頼はこなせまい。
だけど。
だけど、先輩冒険者達に責められていることは、強さなんて関係ない! 必要なのは『正しさ』であり、誰に理解されずともそれを貫くのが私の矜持。
「貴方達には失望しました」
「あ?」
不快そうに、リーダーである男性冒険者が声を上げる。
「ダンジョンマスターへのご機嫌取りですか? それでも多くの難しい依頼をこなしてきた冒険者なのですか! ……がっかりです。貴方達なんか、にっ!?」
パシン、と乾いた音が響いた。
思わず目を見開いて口を閉ざすと、私の頬を叩いた人物……私の相棒が、目に涙を溜めながら睨み付けている。
「いい加減にして」
「リ……リリィ……?」
「私は何度も言ったよね? 『貴女の持つ正義感は立派だけど、必ずしも正しいとは限らない』って。貴女が誰かと揉める度に、『人を貶める言葉を吐かないで』『相手の言葉を聞いて、理解する努力をして』って言ったよね!」
それは確かに言われていた。だけど、相手が悪いならば仕方ないでしょう?
「それなのに、貴女は何も変わらない。それどころか、ゼノさん達を貶める言葉まで!」
「だ、だって、本当のこと……」
「それは貴女の思い込みでしょう!? ゼノさん達の言葉のどこに、そんな要素があるのよ。私達を心配して、悪いところを自覚させようとしているだけじゃない! ……今の貴女には『正しさ』なんてないわ。自分の思い通りならないことが許せず、自分が間違っていることも認められない、可哀想な人というだけ」
「な……」
あまりの言葉に絶句していると、リリィは零れ落ちそうな涙を拭って静かに告げた。
「相方、解消します。貴女にとって、私の言葉は聞く価値がないのでしょう? 私はね、命を預け合う仲間には誠実でありたいし、認めてもらいたい。だけど……貴女はそうはならない」
静かな声だった。だけど、それは『否』と言うことを許さない響きを持っている。
リリィは……本当に怒っているのだろう。いや、怒っていたと言うべきか。もはや、彼女の目は仲間を見る目ではない。関係を断ち切った者を見るそれなのだ。
「ゼノさん、皆さん、私が今回の騒動の発端です。皆さんからの言葉を聞いて、自分がどれほど甘いことを考えていたか……ダンジョンというものを軽く考えていたかを理解しました。勿論、冒険者という職業についても、です。あれほど覚悟を持って冒険者になったのに、私は一体、何をしているんでしょうね」
自分が情けないです、と呟き、リリィは先輩冒険者達に頭を下げた。
……。
あれ? リリィは一体、いつ彼らの名を親しげに呼ぶ仲になったんだろう? 私も知ってはいるけれど、あんな風に呼んだことはない。
ずっと一緒に居たはずなのに、私とリリィでは、彼らとの親密度が随分と違うような気がする。……どうして?
私が呆然としながらそんなことを考えている間にも、リリィと彼らは言葉を交わしている。
「次からは気を付けろよ」
「はい!」
「色恋沙汰は仕方がないさね。だけど、相手を選ぶってことも重要さ」
茶化したような口調、けれど姉のように慈愛に満ちた目をした女性冒険者の言葉に、リリィは一瞬、辛そうな表情をして目を閉じ。
「……そうですね。相手を思い遣れるようになったら、考えてみます」
やがて、吹っ切れたように笑った。
※※※※※※※※※
思い返して、悔しさに手を握り締める。そんな私の傍に、すでにリリィの姿はない。
彼女は自分で宣言した通り、さっさと泊まっていた宿を引き払い、ギルドにパーティ解散の申請をしてしまったからだ。
一緒に居る理由がなければ、気まずいだけ。寂しさを感じるけれど、今の私にとってもリリィが傍に居ないのはありがたかった。
「私は間違っていない……絶対に、間違ってなんかいない」
思い込むように……まるで自己暗示をかけるかのように、私は繰り返し『間違っていない』と呟く。そうしていなければ、心が折れてしまいそうだった。
「力があれば……皆が認めるような功績があれば、違ったのかな」
不意に、そんな言葉が口を突いて出た。そんな簡単なことではないと頭を振るも、まるで一滴の毒のように、その考えは私の心に色を落とした。




