第十話 ダンジョン面子の日常 其の六 ~とりあえずの平穏~
――その日、ダンジョンの挑戦者達へとある告知が成された。
『最近、特定の魔物達へと過剰な好意を抱く方が増えております』
『我々としましても、好意的に受け入れてくださるのは大変嬉しいのですが、そういった要求は業務外のことですので、お受けすることはできません』
『なお、これは該当する魔物達の総意であります』
『稀に【魔物達はダンジョンマスターに所有化されている】と仰る方もいらっしゃいますが、この認識は間違っております。彼らには自我があり、相手がダンジョンマスターであろうとも、己の意見を口にする自由を得ております』
『勿論、皆様のお言葉が、魔物達を個人として扱い、案じているゆえのものだと理解できております。だからこそ、今一度、彼らの言葉に耳を傾けてはいただけませんでしょうか』
『勝手な解釈を押し付けることもまた、彼らの意思を否定する行為です。ご自分に置き換えてみてくださいませ……話を聞かない他人が、自分の大切な存在を貶める。その場合、相手に抱く感情は好意ではなく、不快感です』
『また、娯楽施設を謳ってはおりますが、ここはダンジョンです。ダンジョンがどういった場所なのか、何を目的とされて足を運ばれたのか、ダンジョンの魔物達はどのような存在なのか。今一度、思い出していただければと思います』
『追伸』
『イベントなどの景品をサービスに盛り込むことを望むお声を幾つかいただきましたが、それらは多大な労力の果てに、挑戦者様が獲得したものです。見事、獲得された挑戦者様に対する敬意を示す意味でも、サービスに盛り込む予定はございません。ご了承ください』
適度に暈してはいるけど、一言で言えば『何のためにダンジョンに来ているか、思い出せ』ってこと。
そこに『魔物達の立ち位置を思い出してね☆』という要素をプラスした内容になっている。
いくら何でも、『魔物達はダンジョンマスターの創造物です』っていう、どストレートな言葉を使うのは躊躇われたんだよねぇ……折角、友好的な関係になれているんだし。
反発されるかなー? 『独り占めしているダンジョンマスター、酷い!』って言われるかなー? とか心配していたんだけど、意外なことに快く受け入れてくれる人が大半だった。
というか、素直に納得してくれた人達は元々、目に余る言動をする人達を気にしていたんだそうな。
「ああ、やっぱり警告されたか」
「そりゃ、そうさ。いくらここが他と比べて温い場所だとしても、甘えるのは限度があるよ。どうして、あたし達の都合に振り回されなきゃならないのさ」
「ここの魔物達って、聖の嬢ちゃんのこと大好きだよな? あの子、魔物達を所有とか独占なんてしてないだろ。そもそも、そんな子だから挑戦者も今みたいな扱いになってるんだろうし」
「もしかして、ネリアやサモエドのことを言ってるんじゃないか? 聖が抱き上げていたり、連れ歩いてるからな。でも、あいつら自分から聖の後を追いかけていくけど」
以上、ゼノさんを始めとする、いつもの四人組のお言葉だ。そして、カッツェさんの指摘に、私はそういった意味もあると思い出した。
そういや、私はよく毛玉達を連れて行動している。もしや、あれが羨ましい人もいたんじゃ?
この世界の冒険者達、ペットを飼う余裕があるような人は珍しい。
騎士だったエリクでさえ、『自分のことで手一杯ですし、面倒を見る余裕がないんですよ。俺もいつ死ぬか判らないから、責任持てませんし』という理由で、諦めていたくらい。
その反動か、エリクはサモエドをとても可愛がってくれている。『憧れの愛犬!』とばかりに、散歩やブラッシングといったものを率先してやっているのだ。
「ゼノさん達はそう思ってくれるんだ?」
休憩室の一角でお茶をしながら聞いたら、彼らは顔を見合わせた。
「あのな、聖。お前、他のダンジョンがどんな場所だと思ってるんだ? そもそも、俺達はどんな目的でここに足を運んでいる? それを忘れちゃ、駄目だろうが」
代表するかのようにゼノさんが口にすると、他の三人も一斉に頷く。
「仲良くできるなら、それに越したことはないさね。だけどねぇ……一方的に色恋沙汰を持ち込むのは、嫌われるだけじゃないのかい。それはここじゃなくたって、同じさね」
「シアの姉御の言う通りだぞ~? 思い通りの返事がもらえないからって、ダンジョンマスターのせいにするのは違うだろ」
「というか、それが原因で、嫌われているような気もするが」
「ああ……そういえば、珍しく疎ましがっていたかな。プロとして、あからさまに接客態度を変えることはなかったと思うけど」
皆の言葉に、先日の話し合いを思い出す。……うん、確かに辛辣な言葉が多かった。私に対する態度と違うことは当然として、いつもの彼ららしくないというか、優しさがなかったような。
「ここで経験を積んで、生存率を上げる。俺達みたいな冒険者にとって、それがどれほどありがたいことか。聖の嬢ちゃん、普通はな? 失敗すれば、死ぬしかないんだ。そういう職業なんだよ、夢を追えるのはほんの一握りだ。そうなるまでに幾度も死にかけ、仲間の死体を見る。それが当たり前なのさ」
ジェイズさんは口調こそ軽いが、その内容はとても重い。……そこに伴う経験があるからなのか、それは判らなかったけど。
私はこの世界……外のことは知らないし、ダンジョン内でも皆に守られている。
戦闘能力皆無ということもあって、皆が過保護気味なのだ。今だって、室内にいるスタッフの誰かが私を気にかけてくれているのだろう。
だけど、冒険者達……いや、ダンジョンに挑む挑戦者達全ては『そんな守りなどない』。
冒険者にならずとも、外で生きる人々にとってそれは当然のこと。冒険者という職業を選んだ場合、落命の確率が跳ね上がるのだ。
その反面、名声や財を得る機会があるのだろうけど……挑戦者達の話を聞く限り、それは決して楽な道ではない。実力だけでなく、生き延びた幸運があってこそ得られるもの、と聞いた。
「だからな、聖。適度な距離感ってのも必要だと、俺は思う。このダンジョンで経験は積めても、名声なんかは無理だろう。自信を失くした時、生活に切羽詰まった時なんかは良いのかもしれないけどな」
「『特定の場所しか潜らない』ってのは、怖いものだぞ? 時に、ここみたいな場所に慣れたら、後が続かねぇ。自分でそれを理解して計画を立てるってのも、重要なことなんだ」
ゼノさんに続き、更にカッツェさんも言葉を重ねる。彼らの言葉は『冒険者』という職業における、厳しい現実を教えてくれるものだ。
『全ては自分次第』……それがこれほど重く圧し掛かる職業もあるまい。
何より、私自身が納得できてしまった。ゼノさんはベテランな分、言葉には重みがあるし、シアさんも同じ『女性』という視点で意見をくれるので、説得力があるもの。
カッツェさんとジェイズさんは他の二人よりも若いから、これまでの言葉は自分の経験に基づいてのことなのかもしれないね。以前、自分達も色々と失敗したとか言っていたから、余計にそう思うのかも。
「とりあえず、また同じようなことがあったら、その都度、対策を取るってことになってるよ」
「そうかい。あんた達が理解できてるなら、安心だねぇ」
シアさんは満足そうに笑いながら、私の頭を撫でた。……どうやら、私達のことを心配してくれていたようだ。
もしも『甘やかし』が続くようなら、ベテラン冒険者にしてダンジョン利用者の一人として、苦言を呈してくれる気だったのかもしれない。
「ま、俺達がここをありがたがっているってのは、本当だ。もしも煩い奴がいたら、俺達みたいな同業者に頼りな。ある程度の年月、冒険者をやってる奴なら、そういったことも気付くさ。後輩の教育ってのも、先輩の仕事だからな」
「ジェイズ、お前はそこまでベテランじゃないだろうが」
「俺じゃなくても、ゼノの兄貴やシアの姉御からの説教なら、聞くだろ!」
呆れを隠さないゼノさんに、ジェイズさんがちょっと拗ねながら反論する。その途端、テーブルには笑い声が満ちた。
ここには私達を気にかけてくれる人もいる。……いや、『そういった人達ができた』のだ。それはとても幸せなことであり、この世界にとっても一つの前例として残るだろう。
いつか、世界中のダンジョンがその在り方を変えるかもしれない。そんな時、挑戦者達と笑い合って過ごしたダンジョンマスターが居たのだと、誰かが思い出してくれるといいな。




