第九話 ダンジョン面子の日常 其の五 ~誤解は続くよ、どこまでも~
「ええと……その、多分ですけど、これ、『他の魔物達にも幸せになって欲しい』という善意からの言葉じゃありませんか?」
おそるおそるといった感じに、ルイが控えめに意見を述べる。アストもそれを感じていたらしく、複雑そうにしながらも頷いた。
「ええ、そうだと思います。魔物達に自我があるからこそ、そういった発想になったかと」
「私もそう思う。『本命以外を分けてくれてもいいじゃない!』って感じな人はともかくとして、これは皆の人権というか、個人を尊重した意見だよね」
言いながら、私はアンケート用紙を机に放る。そりゃ、アストもどう扱っていいか迷うだろうよ。
そういった貴族の在り方を中途半端に知っていたら、魔物達が『私達はダンジョンマスターのものです』っていう言葉が、所有されているように聞こえるだろう。
・女性当主が誕生した際の裏事情を知っている人の解釈
『ああ、ダンジョン運営に必要な人達なのね。彼らの力が必須だからこそ手放せず、ダンジョンマスターを中核にして皆、頑張っているんだね』
・女性当主による、愛人複数所持の本質を知らない人の解釈
『ダンジョンマスターだからって、魔物達を物扱いは酷い! 自由があってもいいじゃない!』
孤児ながら騎士になったエリクでさえ、『女性当主には、多くの補佐兼愛人がいる』ということを知っていた。つまり、それは『隠されていない情報』ということ。
ならば、裏事情を知らずに、その事実だけを知っている冒険者がいても不思議はない。
というか、ここには王族や貴族、果ては騎士までやって来るけど、そういったことを言われたことはなかった。彼らは女性当主が多くの補佐兼愛人を持つ事情を理解しているのだろう。
……勿論、全ての女性当主にこれが当て嵌まるわけではないことも含めて。
だからこそ、あの人達は私が人型の魔物達――しかも、男性で顔が良い――に囲まれていても、不思議に思わなかったんだな。
『そりゃ、冒険者達と亘り合わなければならないダンジョンマスターが若い女性ならば、男性の補佐達が必要か』とか、思われてそう。
「だが、聖はそんなことを絶対にしないぞ? これまでのことがあるからこそ、俺は聖の傍で生きていたいんだ。聖の世界の創造主とて、それを判っているから俺を聖に託したんじゃないか?」
「そうだよなぁ。聖さん、俺達を大事にしてくれるぞ? 何で、そんな見方ができるんだか」
エリクは心底、呆れているようだ。ま、まあ、確かに、唖然とする解釈ですけどね……!
だが、アストには心当たりがあったようだ。
「おそらくですが、エリクのことを国王に抗議した時のことが原因かと。できる限り支配者っぽく見えるように振る舞っていましたし、基本的にダンジョンマスターは支配者と認識されます。まさか、平和ボケした姿が常とは思わないのでは? そもそも、聖がダンジョンマスターだと知らないのではないでしょうか」
「ああ、確かに知らないかも。女だってことしか、伝わってないかもね」
私は結構、休憩室とかに居たりするんだけど……まずダンジョンマスターとは思われない。それもあって、『姿を見せない高慢な存在』とか思われてそう。
「でもねぇ、これって魔物達の意思を無視しているわけじゃん? 人の話を聞かないっていうか、自分が絶対に正しいと思ってそう」
いるよね、そういう人。悪気はないんだけど、正義感が空回りしてるっていうか。
アストも思い至ったのか、どこかうんざりとした表情で頷いている。
「いますね、そういった方。こちら側に問題がないのですから、普通ならば放っておくのでしょうが……このような訴えをするのです。一度、ダンジョン側の見解を提示しておくのも手でしょう。それで納得しなければ、強制排除しかないかと」
――その時、不意に、ルイが声を上げた。
「あ……もしかして、原因は僕かもしれません」
「「「「「は?」」」」」
思わず、顔を見合わせる私達。真面目なルイが原因? どういうことだろうか?
「暫く前、僕に対する好意を伝えてくださった方がいたのですが、お断りしたんです。その時、その方のご友人らしき方が一緒に居て、『どうして駄目なのか』って聞かれたんですよ」
「ああ、良く言えば『友達想い』、悪く言えば『でしゃばり』ってやつだな」
似たような経験があるのか、エリクは物凄く嫌そうな顔になった。
孤児とはいえ、エリクは実力を認められて騎士になったはず。民間人からすれば、将来有望な男性に見えるだろう。顔だって悪くないし、アマルティアに目を付けられる前はモテたろうな。
「それ、どんなふうに答えたの?」
「『僕にとってダンジョンマスター以上に大事な存在はいないし、それ以上が出ることはあり得ない。だから、貴女がいくらご友人の素晴らしさを語ったところで、何の意味もありません。そもそも、僕はこのダンジョンの魔物です。僕の存在全ては彼女のためにある』、と」
「ダンジョンの魔物としては、模範回答ですね。上手くダンジョンの存在意義を暈していますし、一言で言えば『ダンジョンマスター至上主義』といったところでしょうか」
「それ以前に、完膚なきまでに振ってるじゃないか。誰が聞いても、『入り込む余地はない』って思うぞ? それでどうやって、希望があるように思えるんだよ」
「あらあらぁ……うふふ、ルイったら」
アストは素直に感心し、エリクは呆れを隠そうともしない。凪も同様。ソアラは……何だか楽しそうだ。弟の誠実さが嬉しいのだろうか。
「……で? その後の反応は?」
かなり投げやりに尋ねると、ルイは困ったように頬を掻いた。
「好意を伝えてくださった方が大泣きしました」
ですよねー!
思わず、その子に同情してしまう。ルイは当たり障りのない言葉で断ろうとしただろうに、友人が食って掛かったせいで、とどめを刺されてしまっているもの。
……そうは言っても、ルイが悪いわけではない。
ルイとしては事実を言っているだけなんだけど、彼女達とこのダンジョンの魔物達の間には深い溝があるというか、存在の定義自体が違っている。
それを理解していないと、『ダンジョンの魔物達は全てダンジョンマスターの愛人、もしくは奴隷です』くらいにしか思わんわな。
『物としての所有』ではなく、『人が人を所有している』的な意味に聞こえちゃうのだ。この世界に奴隷制度みたいなものがあるかは判らないけど、人権を無視しているようには思えるかも?
「だが、説明しようにも、ルイの言っていることが全てだぞ? 寧ろ、余計な期待を抱かせないあたり、優しいと思うが」
「凪はもっとバッサリやりそうだよね」
何となく聞いてみると、凪は大真面目に頷いた。
「当然だ。今の俺は聖あってこそのもの。俺の呪いが解かれたのは、聖とこの世界の創造主のお蔭と言ってしまえるんだ。受け入れてくれた魔物達にも感謝しかない」
「凪が同じ状況になったら、何て言うつもりなんです?」
アストも好奇心を出したのか、話を振ってくる。それに対し、凪は暫し考えて。
「『お前に興味など、欠片もない。望んだ返事がもらえなかったからと言って、人の生き方や価値観を否定するとは何様のつもりだ』」
「「「「「……」」」」」
全員、無言になった。う、うん、凪は今まで人からの過剰な好意で苦労してきたから、冷たい反応になっても仕方がないんだろうね。
……。
お願い、仕方がないと言って。あまりにも長い時間を苦労し過ぎて、性格矯正はまだまだ先のことになりそうなんだから……!
「明確な拒絶ですね。まあ、現在の凪からすれば、当然の反応でしょう」
凪の過去を考慮し、理解を示すアスト。
「いやいや……予想以上にキツイのな、お前……」
想像以上の言葉だったのか、顔を引き攣らせるエリク。
「なるほど、『大事な人がいる』と言わずに、拒絶を明確にすれば良かったんですね」
素直に感心しているルイ。
「そうねぇ、それくらいはっきり言わなければ判らない子もいるわねぇ」
相手によっては有りだと思っているらしいソアラ。
中々にカオスな状況です。だけど、私達からすれば、ルイも、凪も、嘘など言っていない。
「これさぁ、ダンジョン側からの見解をはっきりさせた方がいいよね、多分。こちらの魔物達の立ち位置を知らないと、永遠に判り合えない気がする」
「そうでしょうね……いえ、それしかないと思います」
「うん、まあ、これは……いつかは起こる出来事だったと思うから。そう思おう」
溜息を吐きつつ、頭痛を堪えるような表情になるアスト。そんな彼を労りつつ、今回の集いは終了した。
――その後の飲み会にて、いつも以上に酒が進んだのは言うまでもない。




