第八話 ダンジョン面子の日常 其の四 ~お貴族様は辛いよ~
エリクのことを中途半端に知って魔物化を安易に考えたり、単純に、見目の良い人型魔物と付き合いたいと思う人がいたとして。
……アストが理解を示す要素って、何さ?
これは私だけが感じた疑問ではないらしく、皆がアストの言葉を待っている。
「先ほど『貴族階級』と限定したでしょう? 私が理解を示す要素は、貴族達が血を残し、家を守ることからくる『特別な措置』が関係しています」
「『特別な措置』? まあ、貴族に馴染みのない私でも、子孫繁栄と家を守ることが大事ってのは判るけど」
血が絶える=家を継ぐ人の不在=お家断絶とかじゃなかったっけ? とにかく子供を残して血筋を絶やさないようにしないとならないから、『当主の妻は子を産まなきゃならない』ってやつ。
周囲からの期待とか、夫婦の幸せを願うというレベルじゃなく、正しく『義務』。状況によっては、精神的な負担が凄そうだ。貴族だと、一般家庭の比ではないだろう。
「基本的に男性が当主となり、妻に子が産まれなかった場合は、愛人に子を産ませて引き取るか、分家の子を養子にします。ですが……」
「ですが?」
聞き返せば、アストは肩を竦めた。
「必ずしも、男性が当主になるとは限らないのですよ。言い方は悪いですが、この世界は聖の世界のように医療技術が発達していません。治療法だけではなく、予防という意味でも、です。そうなると、どういった事態が予想できますか?」
「ええと……死亡率が高くなる。特に、体が弱い人や赤ちゃんがヤバイ」
一般的なお答えだ。寧ろ、それしか思い浮かばない。予防法も確立されていないような伝染病とか、子供でなくとも拙いだろう。体が弱ければ、まず助からない。
だが、アストは私の答えで満足したらしく、大きく頷いて話を続けた。
「その通り! いくら治癒魔法があったとしても、怪我ではありませんしね。そもそも、高度な治癒魔法の使い手は限られていますから、一般的には医者の出番となります。聖だって、弱いネリアの子を生かそうと必死になったじゃないですか」
「そうだね、そんなこともあった」
親が飼い主……ダンジョンマスターである私を頼って、死にかけている子を連れて来たんだよね。私にとってもうちの子ですもの、必死になろうというものです。
現在、その子はすくすくと育っている。やはりちょっと体が小柄だけど、とても愛らしい。
「あの子が助かったのは、支配者である聖が望んだことも大きい。我々とて、聖の影響を受けていますしね。ですが、それがない人間の場合、まあ、生存率はそれなりです」
「ああ……私の世界の基準で考えちゃいけないのか。もっと医療技術が発達していない時代だと、そんな話があったような」
「そういえば、俺も何度か病で死んだな。医療技術が発達していない世界では珍しいことじゃないし、特に何も思わなかったが……確かに、予防する術がないと、割とあっさり死ぬ。特に、流行り病なんかだと、村単位で全滅の危機だった」
「お、おう、経験談が出た……!」
凪はさらっと言っているけど、これは結構予想外。……だって、凪は所謂『魅了持ち』だったはず。
好意を無差別に向けられていた凪でさえそんな状況なら、治療法はなきに等しかったんじゃないか? 自分達は死んでも、凪を助けようとしただろうからね。
「あ~……俺、アスト様が言いたいこと、何となく判った」
「エリク?」
意外な言葉に、皆の視線がエリクへと向く。皆の視線に怯みながら、エリクはアストへと窺うような目を向けた。
「えっと……もしや、『当主が女性になった場合』のことを言ってます?」
「へ? でも、それって今のこの世界的には仕方がない状況なんじゃないの? 伝染病とかが原因で女の子しか残らないとか、次の当主が幼過ぎて、一時的に女性が当主として立つこともある気がするけど」
言い方は悪いが、それも仕方がない気がする。それを見越して、『女性も当主になれる』ってことになっていると思うんだけど。
だが、そんな状況は私が考えているよりも、遥かに過酷だったらしい。
「正解ですよ、エリク。聖、女性が当主になった場合、望まれるのは家の存続と血の継続です。そんな状況ならば、血縁者が激減しているでしょうからね。それと同時に、家の管理……領地経営も行なうことになります。それまで、何も学んでいなかったとしても、です」
「うわ、めっちゃ無理ゲーじゃん!」
それしか言いようがない。多少は学んでいたとしても、いきなり当主になれと言われても困るだろう。最低限、支えてくれる伴侶や補佐が必要だ。
「その際における公然の秘密というか、許されていることというか……そういった場合の対策があるんですよ、聖さん」
何故か、エリクは非常に言いにくそうだ。んん? そんなに特殊なことなのか?
「私から言いましょう。聖が『このダンジョンの支配者』……所謂『女性当主』に該当するからこそ、エリクは言いにくいのだと思います」
意味が判らずに首を傾げていると、アストが溜息を吐きながら話を引き継いだ。私が女性当主に該当するから? 何だろ?
「聖が言ったように、そうなった場合の難易度は半端ないでしょう。ですが、子を産むことも重要なのです。しかも、その役目は当主にしかできず、失敗は許されない。ですから、伴侶以外にも複数の愛人を補佐として傍に置くことが許されているのです」
「「「「ああ……」」」」
残る四人の声がハモった。そりゃ、言いにくいわ。『女性当主の場合、補佐や傍で支える男性は愛人として見られる』なんて。
「父親が誰であれ、当主自身が産んだ子ですからね。愛人達も自分の子が家を継ぐ可能性があるため、領地経営や家の維持に尽力するそうですよ」
「いやいや……それ、傍から見れば確かに逆ハーレム状態だけどさ? 本人達はそれどころじゃない状況だよね!? 後がないってことでしょ!? ぶっちゃけ、仲違いしてる暇なんてないわ。全員が戦友状態になる可能性の方が高くない?」
どう考えても、そちらの方が正しいような。『一人の女性に複数の男性の恋人』と言われたところで、課された使命の重さに必死になる未来しか見えない。
「そうですよ? そんな状況をやっかむ者達や、他人事として見ている者達は軽く捉えているようですが、本人達は必死ですからね。そういった事情があるせいか、大抵の場合、彼らの結束はとても固く、次代に譲って隠居生活となってからも、家族として共に過ごす方が多いとか」
「そりゃ、死線を共に潜り抜けたようなものだからな」
凪の言葉に、納得とばかりに頷く私達。そりゃ、そうだ。生涯を賭けた、失敗が許されないミッションだもの。頑張れるのは、同じ立場で支え合う家族がいるからだろう。
「ですから、聖も同じように思われている可能性があるのです。『ダンジョンマスターは女性』という情報しか出回っていませんからね」
「ああ、なるほど」
そういった貴族の風習を知っていれば、仕方がないのかもしれない。アストを始めとして、顔が良い人型魔物もそれなりにいるもんね。
そこでふと、私は『あること』に気が付いてしまった。
「もしかして、アマルティアもそれを他人事として捉えていたか、自分に都合のいい面しか見ていなかったから、ああなったのかも。高貴な女性はそれが許される……とか」
「「「「あ」」」」
「それですよ、聖さん! あの女なら、表面的なことしか見ない気がします!」
エリク以外の四人がはっとしたように声を上げ、エリクは盛大に納得したらしく、思わず立ち上がって私を指差していた。
ああ、やっぱり。アマルティアを頭の足りない王女とは思っていたけど、そういった行動に走らせる要素もあったのかい。ろくに勉強していないと、勘違いする奴もいる、と。
「アマルティアのことはともかくとして。……話を戻しますね。まあ、とにかく。聖がそう思われている可能性もあるのですよ。これが前提です」
「『中途半端にそのことを知っていた場合』ってのが重要なんだね」
「ええ。それによって、受け取り方が違ってしまいますから」
アストは頷き、皆を見回した。……が、問題はここからだった。
「このダンジョンの魔物達は聖のもの……凪は聖の傍に居たいと明言してきたようですし、このダンジョンの魔物達に尋ねても『自分はダンジョンマスターのもの』と言うでしょう。……貴族達の常識と違って、本当に『所有物』とか『創造物』という意味なのですが、相手はそう思わないのでしょうね。言葉を自分の思い込みに当て嵌め、認識している方もいるかと」
「ちょ、それは酷い誤解だ! 愛人になんてしてないし、そう扱ってもいないよ!?」
無実! 風評被害! 言いがかり! と連発すると、アストは生温かい目を向けた。
「まあ、以前のマスターの中にはそういった方がいたことも事実です」
「以前のダンジョンマスターの言動も、そう思われる原因かい!」
即突っ込むも、ルイやソアラは微妙な表情だ。
……ああ、この二人は淫魔だった。同個体の記憶――『自分が経験したこと』というより、『本を読んで、知っている情報』という感じらしい――があるから、アストの言葉が事実と知っているのだろう。
「……聖。言いたくありませんが、私とて、貴女同様にその誤解を受けている一人です。あまり挑戦者の前に姿を現さないこともあり、貴女の愛人筆頭のように思われているようですよ?」
ほら、と差し出されたのは一枚のアンケート用紙。そこには――
『アストさんはダンジョンマスターの寵愛が深いだろうから仕方ないけど、彼以外の人は自由にさせてあげてほしい』
などと書かれていた。
「ええ~……何で、ここまで勝手な妄想をするのさ」
夢を見るのは勝手だが、ちょっと酷くない? アストは寵愛を受ける愛人じゃなく、頼れるヘルパーさんですよ!?




