第七話 ダンジョン面子の日常 其の四 ~新たな問題~
休憩を挟んで、次の議題へ。あれ、またもやアストが微妙な表情になっている……嫌な予感がするのは、何故だろう?
「次も頭の痛い案件ですが……まあ、これは仕方ないかと」
「へ? アストがそんなことを言うなんて、珍しいね?」
『頭が痛い問題』としながらも、アストは理解を示しているような……?
不思議に思って問い返すも、アストは溜息を吐いただけだった。ええ? どゆこと!?
「この世界の常識と言いますか、貴族階級のルールを知っていると、否定できない要求なのですよ。ま、聖には馴染みがないでしょうけどね」
「『この世界のルールを知っていると、納得できる』ってこと?」
「正確には『貴族階級の伝統』とでも言いましょうか……まあ、貴族ならではのことなので」
「?」
意味が判らん。こんな風に言われたところで、本来はこの世界の部外者である私に思い当たることはない。凪も同様らしく、首を傾げている。
そんな私達の様子は想定内だったらしく、アストは話を進めることにしたようだ。
「はっきり言ってしまえば、『ダンジョンの魔物と付き合いたい』ということです。これは恋人関係という意味ですね」
「無理」
一言で終・了☆
「はい、終わりー! 次いこ、次!」
「聖、真面目におやりなさい」
「だって、無理じゃん! いくら顔が良くても、人に近い見た目だったとしても、『ダンジョン内の魔物』は無理だわ。外の魔物ならともかく」
種族差とか、周囲の人々の偏見といったものもあるだろうけど、本人がそれでいいなら、問題あるまい。当人達の人生だし、彼ら自身の問題だもの。
……が、『ダンジョン内の魔物』となると、話は変わってくる。
「俺達……元人間の俺も含めて、今は『ダンジョンマスターの創造物』っていう扱いですよね?」
「そうです。自我があろうと、人間と似た生活をしていようと、それは変わりません。ですから、ダンジョンマスターにして貴方達の創造主である聖の影響を受けているのです」
困惑気味なエリクの問いに、アストは頷いて肯定する。皆も似たようなことを考えたらしく、アストの回答に納得の表情だ。
そだね、皆には独立した自我があるけど、『ダンジョンマスターに連なる存在』っていうことは変わらない。
そういった事情があるから、私は『運命共同体』という言葉を使うんだもの。
ダンジョンマスターと創造された魔物達の命は連動している。
『主格』にあるマスターが死ぬと、巻き込まれる形で存在をリセットされてしまうのだ。
冗談抜きに『命は一つ』なのですよ。毎回、自我を持つことが許されているアストとて、そこに含まれているだろう。
「いやいや……顔が良い面子に憧れる気持ちは判るけどさ? 無理だって! ダンジョンマスターが許す・許さない以前に、根本的なものが違うもの」
「そうだよな。俺もこの世界のことに詳しくはないが、無理だと思う。というか、俺達は年を取らないんだろう? そもそも、ダンジョンから出られない」
出る気もないけどな、と凪が付け加えると、皆が一斉に頷いた。
「僕達の居場所はここです。それが存在理由であり、僕自身の望みでもある。たまに滞在するならばともかく、人間がダンジョンで生活できるのでしょうか」
「そうよねぇ……こう言っては何だけど、エリクさんの場合はかなり特殊よぉ? ダンジョンで死んだ人って、基本的に取り込まれるだけだもの。その後、アンデッドとして蘇るくらいじゃないかしらぁ? 勿論、自我なんてないわねぇ」
きっぱりと言い切るルイに対し、ソアラは首を傾げながらダンジョンで死んだ者達の末路を語る。私もアンデッドとして蘇らせた面子がいるので、それは否定しない。
だって、アンデッドって創造に使う魔力が少ないんだもの。
初期の段階では、かなりお世話になる魔物とアストから聞いている。
『見た目でビビらせ、生前の知り合いとのエンカウントでは精神的なダメージを与え、しかも倒されにくい!』という、非常にお得な魔物なのです。志半ばで倒れた挑戦者達を、しっかり有効活用しております。
……ただし、ダンジョンに挑む人々から見たら、明確な『悪』のイメージが付くらしいけど。
まあ、死者を弄んでいるようには見えるわな。『ダンジョンは人々の悪意を集める役目がある』っていうことを踏まえると、それでいいんだろうけど。
「我々とダンジョンへの挑戦者達との距離が近いからこそ、こういった考えの者も出たのでしょう。『魔物』ということは理解していても、『命ではなく、創造物』ということまでは理解していないでしょうし」
「ああ……俺みたいな前例もあるから、余計にそう思わせたのかも。すみません! 俺、絶対に一因になってますよね」
エリクは申し訳なさそうに頭を下げた。責める気はないのだろうが、アストも溜息を吐いている。
「エリクの存在が一役買った可能性はありますね」
「本っ当に、申し訳ありません!」
「エリクのせいではありませんし、責める気もないですよ」
「いえ、俺がソアラさんへの態度を隠さないから、そういった希望を持つ奴が出たのかと。俺が元人間ってのは、結構知られていますし」
「「「「あ」」」」
エリク以外の声が綺麗にハモった。そっちかーっ!
ああ……確かに、希望は持てちゃうかも? エリクが魔物になった事情を知らなければ、『ソアラに恋して、魔物になった』的な見方をされかねん。
「エリクの事情って、どこまで知られてたっけ?」
「エリクを見つけた挑戦者だけでなく、ゼノさん達からも伝えられているはずですが」
尋ねるも、アストは首を傾げている。ただ、エリクの同僚とか生前の知り合いもダンジョンに来るから、『デュラハン・エリクは元人間』ということは割と知られているだろう。
「エリクが元人間ってことは知っていても、そうなった事情までは知らないんじゃないか? 原因になったのがこの国の王女だし、忠誠心からの行動とはいえ、犯人は騎士なんだろう? 国にとっても醜聞だ。大々的に詳細を広めることはない気がする」
「凪の言う通りかもしれません。エリクさんが生前の姿を保っていることも含め、魔物化を安易に考えている人とかいそうですし」
冷静な凪の見解に、ルイが更に付け加えた。……確かに、二人の意見は的を射ている気がする。
例の事件の詳細どころか、エリクを『犠牲となった悲劇の人』と知らなければ、永遠の若さを手に入れたように見えるのかもしれない。
――だが、実際にはそんなに良いことばかりであるはずもなく。
「ええ……凪とルイの言い分も判るけど、魔物化って『人間であった時に持っていた物を全て失う』ってことだよ? エリクが明るいのはエリク自身の性格とか、割り切り方の賜でしょ。それに『今』はともかく、後に自我の消失という可能性もあるんだよ? 暗く落ち込んだとしても、不思議はない状況なんだけど」
「そうですね、ダンジョンへの隷属とも言える状況ですし……快適な生活を求めた聖が色々とやらかしている現状が特殊な状況であり、将来的にはかつてのダンジョンに戻る可能性もあります」
だよねぇ。一時のことじゃないんだよ、永遠とも言える時間をダンジョンに括られて過ごすことになるの! 凪の時だって、何度も意思を確認したくらいだもの。
「俺の場合は、女神の影響から遠ざける目的があったしな。特に思うことはなかった」
当時のことを思い出しているのか、凪が考えるような表情のまま呟く。
凪の場合、『失うものがない』ということも、あっさりと魔物化を受け入れた一因だ。あまり参考にならないというか、こちらも特殊な例だろう。
「凪は仕方ないですよ。それでも、聖さんは最後まで迷っていたくらいですし」
「ああ、知ってる。聖は俺のことを考えてくれたからこそ、安易に了承しなかった。きっと、俺に何の問題もなければ、聖は魔物化を承諾しなかっただろう。エリクの時だって、二次被害の可能性を踏まえた上での決断だと聞いた」
ルイのフォローに頷くと、微笑んで視線を向けてくる凪。その視線に応えて頷くことで、肯定を。
エリクは様々な意味で被害者なのだ。決して、『幸運』という言葉で片付けられるものではない。
「あの時は、エリクの意思なんて聞かなかったからね。その余裕がなかったし、殺人をダンジョンの魔物のせいにされかねなかったもの」
「前例を作ると、似たような事件が起きますからね。エリクが馴染んでくれたのは幸いでした」
「……だから、いい加減に頭を上げなさいって。エリクは本当に『被害者』なんだから」
苦笑して突くと、エリクはおずおずと頭を上げた。未だに申し訳なさそうではあるけど、さっきよりはマシだろう。
「ところで、『納得できる理由』って、なーに?」
これまでの事情を踏まえると、どう考えても納得はできない気がするんだけど?




