第六話 ダンジョン面子の日常 其の三 ~二十一歳児達の集い・休憩中~
頭の痛い話題に疲れ、一時休憩を提案したところ、あっさりと受け入れられた。アストでさえも反対しないあたり、中々に精神的なダメージを食らっていたのだろう。
……。
そだな。君はずっと記憶と自我ありの状態で、ダンジョンマスターの補佐をしてきた人だった。
現状のように、娯楽施設となったダンジョンはこの世界初だろうが、挑戦者の方までもが平和ボケするとは思うまい。寧ろ、私達の方がまだ危機感があるだろう。
『期間限定の娯楽施設』(=私がダンジョンマスターを務めている期間限定の、特殊な状況)という認識がある以上、私達はその前提を忘れることができない。
ここに居る面子とて、私が討伐されれば、次にいつ自我を持つことが許されるか不明だ。
そんな中、アストだけが記憶を持ったまま、変わらずに存在することになる。そのアストでさえ、次のダンジョンマスターの意向次第で、とんでもなく凶悪な存在になる可能性があるのだ。
ダンジョンの魔物達は、ダンジョンマスターの意向が全てなのだから。
――そう在るよう、『創造主に望まれている』のだから。
アストどころか、皆もそれに納得しているあたり、結局は『創造主が絶対者』なのよね。創造主たる縁に比べたら、連れて来たダンジョンマスターなんざ、雇われオーナーに等しい。
「よく言えば『慣れてきた』ってことなんでしょうね」
皆にコーヒーを配り終わったルイが、席に着きながら呟いた。その言葉が指すのは当然、先ほどのアンケート。
「まぁねー。それ自体は良いことだと思うよ?」
そう、それは良いことなんだ。ダンジョンマスターを始めとするダンジョンの魔物達は、外から来る人達にとっては脅威なのだから。
あの頭が痛くなるようなアンケート結果だって、魔物達を恐れていたらありえない。物凄く良く言えば、『外の人間達との距離は確実に縮まっている』と言えるだろう。
「だが、あまり甘やかしても問題がないか?」
「凪は心配になる?」
ダンジョン側よりも人間達の方を心配しているような気がしたので問い掛ければ、凪は少し迷った後に頷いた。
「俺は多くの世界を流れてきたから言えるんだが……冒険者や民……所謂『民間』という括りにある者達が力を得ると、権力者達は危険視するんだ。このダンジョンは今のところ、そういった意味で危険視されるようなものは与えていない。だが、利用者達が過剰な期待をかけると……」
「それを感じ取った権力者達は、その冒険者達こそを脅威と認識してしまうでしょうね。まるで、ダンジョンが後ろ盾に付いているかのように思われでもすれば」
言いよどむ凪の言葉を、アストがさらりと続けた。皆の視線も、アストへと集中する。
「危険という意味だけではありません。財を持つ、何らかの価値がある知識を持つ……ダンジョンにおいて、人が手に入れられるものは様々です。これまではそれに見合った労力が求められていた。……命の危険があったのです。ゆえに、手に入れることがとても難しかったのですよ」
「今は比較的簡単ってこと?」
思わず口を挟めば、アストは暫し、首を傾げ。
「『何かを手に入れる』という括りであれば、難易度は下がったと言ってしまえると思います。ですが当然、『それなりのもの』しか手に入りません。それでも、この世界の基準からすれば、菓子一つでも高価な部類です。あの頭が痛くなるような要望とて、求めたものがたやすく手に入ってしまうからやもしれません」
「匙加減が難しいね」
溜息が出てしまう。そんな私に、アストは意外な提案をしてきた。
「……挑戦者達の要望を突っぱね、距離を置く、ということも可能ですよ」
「え?」
「貴女が頭を悩ませ、憂うようならば、止めることもできる。このダンジョンは貴女の支配下にあるのです。我々は貴女の決定に従います」
穏やかな口調で、けれどどこか覚悟を問うような声音で、アストは問い掛ける。だけど、同時に『そこまで背負う必要はない』と言われた気がした。
アストは面倒見が良いし、優しい。口では何と言っても、アストはいつも助けてくれた。今回とて、私が望めば負担のないよう取り計らってくれるだろう。
――だからこそ。
「ううん、止めない」
首を振って、否定の言葉を口にする。どんな苦労があっても、きっとそれだけは変わらない。
「私は本来のダンジョンとは別の在り方を望んだけれど、苦労があるからといって、簡単に方向転換する気はないよ。だいたい、ダンジョンだけ方針を変えるわけにはいかないでしょ! 皆にそれを望み、挑戦者達と交流を持つことを許し、笑い合う姿に喜んだ。だから、変える気はない」
魔物達が挑戦者達と笑い合っていることを知っている。
『美味かった』という言葉に、ルイ達や調理担当の子達が喜んでいることを知っている。
魔物達が自分らしく過ごせているのは、日々の生活に挑戦者達の姿があってこそ。
「悪いことばかりじゃないよ、アスト。人と関わることで、私達だって得るものがある。そりゃ、今回みたいな苦労はあるだろうけど、皆で頭を悩ませるのも運営の醍醐味だよ」
「ほう? ではこのままで良いと?」
「過剰な要求に対しては、理由を説明した上で断るよ。勿論、それに不満があるならば、出禁にする。……ルールを定めるのはこちら側であり、私だよ? 私がこの世界で大事なのは、運命共同体である貴方達の方」
「!」
誰かが息を飲んだ。だけど、私にとっては今更なこと。
「このダンジョンの魔物達にとって最上位にあるものが私なら、逆があってもいいでしょう? あ、勿論、縁は別格で! だからね、アスト」
軽く目を見開いているアストに向かって微笑む。
「いつか、私や皆が居なくなったとしても。滅多にない経験の一つ……思い出として、覚えておいて。縁はきっと寂しがるだろうから、話し相手になってやってよ。苦労した分、覚えているでしょ?」
私達が遺せるのは思い出だけ。私だけじゃなく、自我を持った魔物達もいなくなってしまう。同個体の魔物達が作られたとしても、ルイ達みたいにはならないだろうから。
「……。ええ、忘れませんよ。忘れられるものですか、こんなに苦労した主など」
「いいじゃん! その分、アストが有能なヘルパーぶりを発揮してるんだから」
「誰がヘルパーですか!」
「アスト。補佐っていうより、お世話係とか、保護者ポジションだよね」
ね、と皆に意見を求めれば、皆も苦笑しながら頷いた。
「アスト様は有能ですから、つい頼ってしまいますね」
「ふふ、皆の纏め役よねぇ」
「あ~……確かに、聖さんが言うように、『俺達の保護者』って感じかも」
「俺が一番迷惑をかけているせいもあるが、アストが一番の功労者だな」
からかうでもなく、本心と言わんばかりの皆の言葉に、アストの頬が僅かに赤くなる。
「貴方達っ!」
「いいじゃないの、ヘルパーさん」
「聖! 貴女が発端でしょうが!」
「お世話されてる自覚があるんだから、いいじゃない」
……こんな言い合いも、いつかはなくなるだろう。だけど、こんな一時は確かに存在していたのだから。
「アストが居るなら、縁も少しは寂しくないかな」
銀色の優しい創造主、懸命にこの世界を慈しもうとする神様。貴方もどうか笑っていて。




