第五話 ダンジョン面子の日常 其の二 ~二十一歳児達の集い・お仕事編~
とりあえず、この問題は片付いたようだ。いつもならば、お仕事が終われば後は楽しい飲み会……となるはずなんだけど。
「では、次の問題にいきましょうか」
……。
本日はまだ、飲み会とはならないらしい。ちっ!
「うぇ、まだあるんですか」
「煩いですよ、エリク。娯楽施設という形式を取っている以上、問題が起こるのは当たり前ではありませんか」
「あ~……まあ、人が利用するものですからね。人同士のトラブルは必然ってやつですか」
「ええ。これに関しては、諦めるしかないでしょうね」
エリクが不満を漏らすも、アストがバッサリと切り捨てる。
ただ、エリクは騎士団に所属していたこともあり、こういった問題が起きることに理解があるのだろう。不満の声を上げはしたものの、仕方ないと思ってもいるらしい。
ダンジョンって、人が来てなんぼですからね。
個々の意思を持つ人が集う以上、どうしたって問題は起こるでしょうよ。
勿論、私とて納得はしている。今のところは重大な問題が起きてはいないが、そのうち嫌でも起こるんだろうな、という覚悟はできていた。
それでも『何らかの形(意訳)』で、人や国と関わっていかなければならない――主に『敵』という立場――以上、これは仕方のないことなのだろう。
と、いうか。
これまでこういった問題に頭を悩ませる必要がなかったのって、偏に、『挑戦者達のことを考慮する必要がなかっただけ』なのよね。
基本的に、ダンジョンは人々から悪意を向けられる場所である。ぶっちゃけて言うと、ダンジョンへの挑戦者が『正義』、ダンジョン側が『悪』という認識なのだ。
ダンジョンマスターや創造された魔物達はダンジョンから出ることができないので、これはかなりおかしい。
そもそも、勝手に踏み込んできた人達の方が悪いはずなんだけど……そこは所謂『この世界の都合』というものが関係しているのだろう。
人間は異端に優しくはない。それはどこの世界でも共通だ。
そんな人外が、宝や叡智を持っていたら……まあ、奪おうとするわな。その際、大義名分として使われるのが『正義』という言葉。
『ダンジョンには、人にとって脅威となる魔物達が多く存在する。魔物達を滅ぼし、人々の安全を確保するのが目的だ』
こんな風に言われてしまえば、それが正しいことのように聞こえてしまう不思議。ただ、魔物に対抗する力のない人々にとっては、感謝する事態である。
結果として、ダンジョンに挑む人達が『正義』という認識をされていく。……それがダンジョン内にある物の奪取を目的とする者であったとしても。
危険が伴う作業だからこそ、そこで得た物を手に入れても批難されにくい。そもそも、冒険者は慈善事業に属する職業ではないので、労働報酬は必須。
危機感を募らせていようとも、討伐報酬を払えないならば……まあ、そういったことにも目を瞑るわけですよ。
『ダンジョンに挑む挑戦者』と『ダンジョンを危険視する人達』にとって、ダンジョンから持ち出される『宝』は、良い関係を築くための必須アイテムです。
誰の懐も痛まない――ダンジョンに挑んだ冒険者達が成功すれば、という意味。失敗すれば、損どころか落命だ――上、ダンジョンに挑んだ冒険者が死んだとしても、悪いのはダンジョンだもの。
縁の思惑とは微妙にずれている気がするけど、世界は上手くできている。
「次の案件ですが……こちらは運営側の対処だけで済むものではありません」
「あ? 何さ、それ」
アストにしては暈した言い方だ。不思議に思って声を上げると、アストは肩を竦めて手にした紙束を差し出してきた。
「ず、随分多くない?」
「全てを持ってきましたので。ああ、ここに書かれている全てを議論する気はありませんよ。『一応』、見せた方が良いと思いましたので」
「なーんか、『一応』って言葉を強調してない? っていうか、その紙束は何」
「さあ、ねぇ? これが何なのかは、見れば何か判りますよ」
私達は顔を見合わせる。な……何だか、アストが怒っている、ような。
「とりあえず、見てみたらいいんじゃないか?」
凪の提案に、私達は頷き合う。アストの態度を見ても、これを読めってことみたいだし。私は早速、手にした一枚に目を通すことにした。
……。
んん? これ、少し前から各階層の休憩室に置かれているアンケート用紙……所謂、『お客様カード』じゃん。
何でこんなものが設置されたかと言えば……はっきり言って、『挑戦者達に求められるものが何か判らない』から。
こんな形式のダンジョンはこれまで存在しなかったし、娯楽施設だってこの世界にはなかったからね。
そこに加えて、私達の事情もある。こう言っては何だけど、私はダンジョン運営初心者。アストとて、娯楽施設の運営なんてやったことはないだろう。初心者が手探りで運営しているってのが、このダンジョンの現状です。
そういった事情を考慮した結果、『本人達に聞いたらいいと思うんだ』という私の意見が採用され、アンケート用紙が設置される運びとなった。この枚数を見る限り、やはり色々と希望するものがあるっぽい。
「挑戦者達の要望を聞くという目的で、暫く前から置かれていたものですね。結構、書いてくれる人がいたんですか」
ルイが感心したように、アンケート用紙を手に取っている。皆も興味があるらしく、其々が手に取って目を通していた。
「勿論、全ての要望が叶えられるわけではありませんし、あまりにも自分勝手な要望は却下です。ですが一応、ここに全てのものを持ってきました」
「ああ……その『自分勝手な要求』を私達に伝える意味でも、全部持ってきたと」
「ええ。確かに、挑戦者達は『客』という扱いですが、こちらが譲歩する必要はありません。嫌なら利用するな、ですよ」
『清々しますね』と続けるアストはいい笑顔だ。……多分、その『自分勝手な要求』とやらの厚かましさに、ぶち切れているのだろう。
……アスト、魔人だしな。プライドだって、絶対に高いだろ。
「えーと……『イベント以外でも、ネリアやサモエドと戯れたい』?」
「いや、それは駄目だろう。『ネリア達と戯れる一時』って、イベントの景品扱いじゃなかったか? 苦労して獲得した奴もいただろうに」
「だよな! その苦労もあって、『特別な一時』になるんだろ。っていうか、いくらダンジョン内の個体が大人しくても、ネリアだって魔物だぞ? 『凶暴な性質ゆえに、本来ならば絶対に不可能な状況』って意味でも、景品扱いになったんじゃなかったっけ」
「その通りです。どうやら、そちらの意味もあると理解していただけなかったようですね」
エリクの読み上げた要望に、凪が速攻で突っ込んでいる。当たり前だが、彼らの会話が全てだ。アストとて、二人の言い分に深く頷いているじゃないか。
「他には、『提供される料理のレシピの公開』といった要望があるみたいですね」
「『休憩室でお酒を出してほしい』というのもあるけど、一階層の休憩室には結構、若い子達が来るのよねぇ。それに、酒場代わりにされても困っちゃうわぁ……」
ルイとソアラも書いた人達の言いたいことは判るが、安易に賛同できないと思っているらしい。
……そだな、ここはダンジョン。メインはダンジョン攻略であって、それ以外のことを要求されても困ってしまう。
ここは食事処でも、酒場でもない。料理のレシピだって立派に『異世界の叡智』なのだから。
そもそも、ダンジョンの外には同じ調味料とかがないから、食材集めからして無理だろう。味噌や醤油、カレールーなんて、あるわきゃねぇ! うちにあるものは勿論、異世界通販です!
「いやいや……私は『ダンジョン攻略において必要なものとか、あったら嬉しいもの』を聞きたいのであって、こういったことは聞いてないよ? 一体、何しに来てるのさ?」
呆れて突っ込めば、アストが深々と溜息を吐いた。
「当初の目的に付随するもの……という方向でしたからね。私とて、呆れていますよ。二十一歳児である聖ですら、ダンジョンというものの存在意義を忘れていないというのに」
「アスト、微妙に酷い」
「言われたくなければ、多少は威厳というものを身に付けなさい。この、お馬鹿」
「否定できない……!」
「自覚があるんですね? あったんですね? できないならば、黙っていなさい」
アストさんは随分、お疲れのようだ。頭が痛いとばかりに、アンケート用紙へと視線を向けている。確かに、この結果は私にとっても予想外。
お、おう、もしや、こういった要望が結構あったのか、な? だから廃棄するよりも、私達の目に触れさせておこうと思ったのかもしれない。
「これは注意事項として、通達しなきゃね。娯楽施設を謳ってはいるけれど、本来の目的を忘れてもらっちゃ困るわ」
決定事項とばかりに提案すると、皆が一斉に頷いた。
「ここに慣れるあまり、他のダンジョンへの警戒心を忘れてもらっても困りますしね。ここと同じように考え……ることはないでしょうけど、ダンジョンを甘く考えていたら、死にますよ」
「そうよねぇ。私達だって、聖ちゃんがダンジョンマスターになって初めて、人の敵ではなくなったようなものだもの。『ダンジョンは死と栄光の集う場所』っていうことを忘れちゃ駄目よぉ」
自分達がこれまでどのように過ごしてきたかを理解しているからこそ、ルイとソアラは挑戦者達を案じているらしい。
「さて、理解してくれるかな」
一抹の不安を感じつつ呟けば、誰も否定してはくれなかった。いやいや……これらを書いた挑戦者さん達、本当に冒険者としてやっていけるの?




