第七話 とある創造主の願い(創造主視点)
いつか聖と向かい合って座った椅子、そして小さめのテーブル。周囲が白一色の中、そこに一人で座るのは少し寂しい。それでも退屈しないのは……目の前のノートパソコンに表示された情報があるからだった。
なお、ノートパソコンは聖が居た世界の創造主からの贈り物だったりする。『一度やれば、良さが判る! あの子の願いも納得できるぞ』と言われたため、インターネットと共にお試し中であった。うん、情報の管理や他の創造主との連絡も便利だけど、インターネットは中々に面白い。
そんな中、最も面白い情報は……やはりというか、ダンジョンマスターとなった聖のことだった。
「ああ、やっぱり面白いことになってる」
ノートパソコンを操作して、聖のダンジョンの情報を表示させる。それは彼女の性格や運営方針が非常によく表れており……一言で言えば、あまり類を見ないダンジョンとなっていた。
『運営方針』
・巨大迷路を元ネタに、マスターである聖が引き籠もり生活を満喫できるような環境を維持。また、創造した全ての魔物は自我や感情を与え、繁殖などの能力を付与。限りなく生者と変わらない状態ではあるが、食事などは取らずとも問題ない。
また、ダンジョンへ挑む者を『挑戦者』とし、娯楽の意味合いが強いものであることを徹底。敵・味方双方に死者が出ることを禁止し、脱落者は外へと放逐。なお、魔物達は継続型を適用。
「無意識なんだよね、これ。あの子、本当に創造した魔物を家族か仲間と思ってくれてるんだ」
指でなぞった情報に、呆れとも、感心とも言える溜息を吐く。本来ならば、ダンジョンの魔物達は所謂『物扱い』であり、言い方は悪いが、マスターとなった者にとって正しく駒であった。
それなのに、聖のダンジョンは少々事情が異なっている。彼らは……仮初とはいえ、確かにそこに『生きている』のだ。でなければ、ネリアが子を産むなどありえないだろう。偏に、ダンジョンの絶対者であり、彼らの創造主である聖の願いによる奇跡である。
そもそも、聖自身が彼らに上下関係ともいうべき壁を感じていない。これも今までのダンジョンマスターとなった者達とは異なっていた。
「僕から与えられた能力と叶った願いは、もれなく自分を『特別な存在』だと思わせた。何より、『選ばれた存在』という優越感が根付いているせいで、どうしても他者を見下しがちになる」
それは『彼らの側から見れば』正しいことだろう。だが、実際はそうではない。提示された条件を冷静に考えれば、『何故、そんなものが必要なのか』という疑問に行き着くはずだ。
速攻で拒否してきた聖には驚いたが、あれがある意味では正しい反応なのだろう。旨い話に裏があるのは当然のことなのだから。警戒しない方がおかしいのだ。
「魔物達の主格である聖に他者を見下す気持ちがないからこそ、あのダンジョンの魔物達は仲が良い。知識の影響、感情の影響、そして……考え方の影響を受けた結果、あのダンジョンの魔物達は聖を守ろうとするだろう。聖自身が大事ということもあるけれど、聖が作り出しているあの場所を失いたくないと、無意識に思っているんだ」
それは植え付けられた感情ではなく、彼ら自身が己の意志で願っていること。マスターからの命令では、こうはならないのだから。
アストが驚くのも納得というものだ。まさか、『物』に個人的な感情が芽生え、その気持ちのままに行動するようになるなんて!
しかも、聖が選択した魔物のタイプは『継続型』……所謂、『常に魔力を消費する代わり、消滅せずに再生する』というもの。つまり、再生しようとも、聖や仲間への感情は継続されるのだ。
ただ……当然、『継続型』にもデメリットはあった。
「今までは圧倒的に『使い捨て型』を選択するマスターが多かった。創造した魔物を消耗品のように考えていれば、それが正しいのだろう。数で攻めることもできるし、何より、より強い魔物が作れるようになった際は、不要な者達を破棄すればいいのだから」
『使い捨て型』が好まれる主な原因は、『ダンジョンの魔力が無限ではないこと』が上げられる。ダンジョンから供給される魔力量は決まっているため、より使える駒の方に比重が傾くのだ。
初期の方に作られた魔物はダンジョン内の罠や施設の創造と時期が被るため、どうしてもそれなりのものが多くなってしまう。そんな背景もあり、ダンジョン内に蓄積されている魔力が回復してくると、より強い魔物の創造に目が向くのは当然のことだろう。ダンジョンマスターは狙われる立場……自衛の意味も含め、これまでのマスター達は貪欲に強い個体を創造することに拘った。
ところが、『継続型』ではこういったことが不可能なのだ。はっきり言えば、『初期に創造した魔物達が破棄できない』。名前の通り、存在が継続されてしまうので、不要になったところで消滅することはないのだから。
また、それに準ずる形の弊害もあったりする。『継続型』は常に一定の魔力を必要とするため、新たな創造の妨げとなってしまう。創造が可能な魔物の中には、創造や存在の維持に必要な魔力が極端に多い者も存在する――勿論、その分強い――ため、場合によっては永遠に手が出せない状況に陥ることもあるのだ。
戦闘能力が皆無な聖こそ、他者を圧倒できる強さを持つ存在が必要なはず。頼りになる魔物達で自衛し、少しでも生き長らえたいとは思わなかったのだろうか。
「アストが呆れるはずだよね。自衛するよりも、楽しく暮らす方が大事なんて。……家族のような存在である魔物達を失いたくない、なんてさ」
僕だって、聖の選択は愚かだと思う。アストは呆れていたことも事実だが、必要なものとして進言したはずだ。補佐という役割に誇りを持つ彼だからこそ、手抜かりはなかったに違いない。
――……だけど。そんな聖だからこそ、僕は彼女を選んで良かったとも思っている。
デメリット満載の『継続型』だが、一つだけ秀でていることがあった。それは『経験を糧に成長する』ということ。同型の記憶や経験を情報という形で持っていたとしても、身に付いているわけではない。『知っているだけ』に近いのだ。ゆえに、あまり役に立ちはしない。
だが、『自我を持った上での再生』を繰り返す場合はこれに当て嵌まらない。本人がそのまま蘇る形になるため、己が経験として確実に蓄積されていく。『成長する』のだ、魔物達が! これならば元は大して強くない魔物だろうとも、詰んだ経験次第では強者に対抗できるだろう。
「これに気づいたアストも脅威を感じていたものね。まったく……無自覚って怖いな」
『通常の継続型』ならばそれほど脅威ではないだろうが、聖のダンジョンでは『魔物達にも自我を持つことが許されている』。そして、『聖は魔物達を生き物として認識し、家族のように大切にしている』という。
――その結果。
あのダンジョンの魔物達は『強くなる』のだ、しかも際限なく! その根底にあるものは、マスターである聖への敬愛、そして親愛。大事にされているからこそ、彼らも聖を大事に思う。そして当然のように、彼女を害する存在には牙を剥くだろう。
『余計な施設ばかりを創造すると思っていましたが、偏に、自分と魔物達が快適に過ごすために必要な物、という括りだったのでしょう。本命の迷宮部分の製作も私だけに相談するのではなく、皆の意見も聞いて回っていました。聖は【安全かつ、皆で楽しめるような施設が理想】と言っていたので、挑戦者を阻む役を負った魔物達の安全面さえ案じているのだと思います。彼らと同じ目線で意見を聞き、話の輪に交ざるマスターなど、初めてですよ』
呆れながらも、アストはどこか楽しげに報告してきた。彼がそんな態度を取るのも驚きである。
「『頂点として君臨する孤独な者』と、『皆に愛されて守られる無力な者』。さて、どちらが長い時間を生き残れるのかな? 良くも、悪くも、聖のダンジョンは目立つだろう。外部から人を招き入れた時、あの子のダンジョンはどうなるだろうね?」
口元に笑みが浮かぶ。それはとても楽しみなことだった。それだけではない、この状況を作り出した聖が今後、どういった選択をしていくのかも気になるところである。
人は醜悪な面ばかりでもないが、綺麗な存在とは言えない。余生を楽しむと言っていた聖が絶望しない保証など、どこにもない。……いや、寧ろ、変わってしまう可能性の方が高いと言える。
そうなってしまったら、残念な気がした。是非とも、僕が選んだ時のままでいてほしいものだ。
「まあ、僕も勉強しなきゃね。聖の世界って、本当に何でもあるんだなぁ……」
言いながら、とある物を起動させる。それは所謂『育成シミュレーションゲーム』というものであり、星を発展させていくという内容だった。未だ幼い世界の創造主である自分にとって、非常に興味深く……また、楽しいものである。
遊びではない。これは断じて! 遊びなどではない。異世界から学んでいるだけだ。
そう胸の内で思いながらも、視線はすでに起動させたゲーム画面へと向いている。こんな楽しいものに出会えただけでも、聖を選んだ価値があったと思う。僕は密かに、聖へと感謝を告げた。