第四話 ダンジョン面子の日常 其の一 ~二十一歳児達の集い・お仕事編~
――ダンジョン内居住区・バーにて
ここはルイとソアラが任されている店。食事に付けるような手頃なものではなく、ちょっと高級な酒を飲むことができる場所として作られている。
当初は接待場所も兼ねて作られたけど、現在はお酒好きな人々が気軽に利用できる場となっていた。美味しいお酒を静かに、ゆっくりと楽しみたい方向けの、所謂『大人のお店』である。
当然、利用者は成人済みオンリー。言うまでもなく『己の言動と酒量は、自己責任でお願いね♪』という意味だ。
だって、大人だもの。それができることが、店を利用する前提条件でしょう?
まあ、店を切り盛りするのが『見目麗しい淫魔姉弟(※無害)』ということも理由だったりする。
『おいたをするんじゃありませんよ。つーか、二人に絡むんじゃねぇぞ?(意訳)』という、無言の警告でもあるのだ。
ダンジョンの魔物達はともかく、ここはたまに部外者も利用するからねぇ……ダンジョンに挑むような『冒険者』なので、素行不良というか、乱暴者一歩手前の奴らもいるのだよ。
――『強い人』が『真っ当な人』とは限らない。
ダンジョンは強ければそれなりに進めてしまうので、『強さが正義』という認識が根付きがちな場所でもあった。生き残った者、功績を挙げた者こそ称賛を浴びるのだから、これは仕方ない。
だが、ここは娯楽施設である。
私が作った『殺さずのダンジョン』であり、支配者たる私が正義。
もっと言うなら、私とダンジョンに暮らす魔物達の家なのだ。
結論:相応しくない振る舞いをした挑戦者は客に非ず! 問答無用で叩き出せ!
傲慢じゃないぞ、客の選り好みをしているわけでもない! 皆が楽しく利用できることを望むからこそ、運営側としてルールを設けているだけだ。
なお、こういった措置をとっていることもあり、新米冒険者の皆さんからは経験を積む場として重宝されている。
ゼノさん達曰く『搾取目的でパーティに勧誘する奴や、見下してくる嫌味な奴、無暗やたらと横暴に振る舞う奴が居ないんだ。純粋に経験を積みたい奴にとっちゃ、良い所なんだよ』とのこと。
どうやら、冒険者という職業には色々と問題が多いらしく、ギルドに所属したところで、捨て駒のように扱われる場合もあるんだとか。
特に、新米冒険者なんてのは良いカモで、被害に遭うことも多いらしい。
そんな裏事情もあり、まともな先輩冒険者達はできるだけ後輩達の面倒を見るようにしているそうな。冒険者の最も身近な敵が同業者ってのも、嫌な現実です。
……で。
私達もそういった方針でいく以上、定期的に話し合いを行なっていたりする。
基本的には同じ階層の担当者同士が情報を集め、それを元に、各階層の責任者や運営に携わっている人達で色々と決めていく。ダンジョン利用停止者のブラックリスト製作とかね。
今回は『挑戦者に接する機会が多く、ダンジョン内で人間観察に従事できる人々の集い』。別名、『二十一歳児会』。 外部からの利用者に知られても困らない名前なので、大抵は「ああ、同年代の飲み会か」程度の認識をされている。これなら、挑戦者達の前でも言えるしね。
面子は私、エリク、凪といった『享年二十一歳組』と、アスト、ルイ、ソアラ。
ルイやソアラも私達同様に挑戦者と接する機会が多いので、この会の固定面子に組み込まれている。アストはあまり挑戦者と接する機会はないけれど、私達の纏め役というか、保護者枠だ。
「さて、本日のお題ですが……新人冒険者から良からぬ噂を聞いている挑戦者について、ですね」
司会進行役のアストの言葉に、其々が手元の資料に目を向けた。
「アスト、ちょっといい?」
「何でしょう? 聖」
「その『新米冒険者から聞いた良からぬ噂』ってやつの信憑性はどれほど? アスト個人の判断でいいから、答えてくれない?」
根底にある情報だからこそ、その信憑性は需要だ。……悲しいことだけど、新米冒険者達の中には嫉妬や僻みから、気に入らない冒険者を陥れようとする人もいるから。
助け合う人達もいるけど、他者を貶めて自分が伸し上がることを夢見る人もいるんだよね。
私達はダンジョンを運営する側だからこそ、そういったものに惑わされるわけにはいかない。それらを行なった人は発覚次第、このダンジョンの利用停止を言い渡されることになっていた。
「そうですね……」
私の問いに、アストは暫し、考える素振りを見せ。
「ある程度は正しいと思いますが、少々、個人的な感情が混じっていると言いますか……問題の人物の言動を、悪い方向に捉え過ぎという気もします」
「ああ……個人的な感情が前提になって、公正な目で見てないと?」
「はい。ただ、該当人物達の方にもそう思わせる要素があると思われます。いきなり利用停止措置というのも、遣り過ぎではないかと」
「そっかぁ……」
実のところ、こういった話し合いの場がもたれるのは、これが一番の原因。該当人物にとって『【殺さずのダンジョン】の利用停止』という事態は、周囲からの評価さえも変えてしまう恐れがあるからだ。
彼らも生活が懸かっている以上、こちらとしても慎重に対処を決めたいのです。よって、挑戦者達との関わりが多い人達で集まって、皆で話し合う。
……該当人物の、今後の人生――醜聞は依頼主からの印象に関わるので、決して過大解釈ではない――を左右する可能性もあるからね。一方的な情報を鵜呑みにするわけにはいくまい。
「その該当人物って、このパーティの全員ってことですか?」
今度はエリクが疑問の声を上げる。……確かに、資料に記された訴えは『個人』ではなく、『パーティ』という単位になっていた。
だが、エリクが疑問の声を上げた途端、皆の顔に訝しげな色が宿る。
「ちょい待ち。パーティ単位で問題行動してたら、直訴前にこっちが気付くんじゃない?」
思わず、ストップをかける私。
「そうですね……暴力行為、もしくは喧嘩でもしていたならば、救護室の記録などと照らし合わせて証拠になると思います。ですが、そういった騒動は目撃者も多いと思いますけど……姉さんは聞いたことある?」
同じ疑問を抱いたルイは疑問点を更に掘り下げ、姉であるソアラへと尋ね。
「そうねぇ、私もルイと同じ疑問を抱いたわ。だぁって、ここ最近のことでしょう? そんな話は聞いたことないもの。ここに来る人達からも聞いてないわねぇ」
ルイの問い掛けに首を横に振ると、ソアラも「そんな話は聞いたことがない」と否定。
「……少なくとも、俺が見回りやサモエドを散歩させている時に、そういった騒動は起こっていない。エリクはどうだ?」
凪が訝しげな表情のまま「知らない」と言い切った後、エリクに問い掛ければ。
「同じく。俺の方がサモエドを連れている場合が多いけど、あいつ、あの見た目でもフェンリルだからなぁ。俺が気付かなくても、騒いでいれば、サモエドが気付いて教えると思うぞ?」
エリクもあっさり否定した。
「……」
私達の言い分を聞き、アストは視線を鋭くさせる。……うん、少なくとも『このダンジョン内では』問題行動は起きていないみたいだからね。
「陥れようとしているとは言わないけどさ、訴える先を間違ってない?」
該当人物達の問題行動が事実だったとしても、私達が対処できるのは『このダンジョン内で起きた問題オンリー』なのですよ。
それ以外でのことを訴えられても、どうにもできん。私達は警察でも、騎士団でもないので、そんな権限などあるわけない。
「そう、ですね。このダンジョンで起きたことならばともかく、外で起きたことに関しては、我々は何もできません。いえ、『する必要も、権限もない』と言った方がいいでしょう」
「だよね。うーん……伝手とかありそうだし、ゼノさんあたりに相談……ってくらいじゃない? 該当者達の行動が目に余るようなら、ギルドなり、騎士団なり、動くんじゃないの?」
対処を丸投げしているようだが、こちらとしても動きようがない。
言い方は悪いが、私達の支配にある区域――ダンジョンのこと――以外で問題行動を取られたとしても、『だからどうした?』程度の認識なのよね。関係ないんだもん!
「それが妥当ですよね。問題は、『訴えた者達が納得してくれるか』ですが」
「納得してもらうしかないよ。『ダンジョン内で問題行動をしていない限り、対処できない』ってのが現実だもの。正義感に溢れているのか、被害者意識が強いのかは判らないけれど、私達を『都合のいい正義の味方』みたいに思われても困る」
彼らにだって、言い分はあるのだろう。だが、『誰かを悪と訴える』ということは、『自分達が言い掛かりをつけたように思われる可能性がある』ということとイコールだ。何の覚悟もなく、自分の言い分が通ると思われてもねぇ。
「聖さんの言う通りです。こちらとしてもダンジョンを有効活用してもらいたいとは思いますけど、都合よく使われることまでは納得していません」
「そうねぇ……そもそも、このダンジョンの在り方だって、聖ちゃんの好意の賜よぉ? 本来、ダンジョンはこんな場所じゃないわ。勘違いしてもらっても困るわねぇ」
ルイとソアラも私と同意見らしい。魔物達は基本的にダンジョンマスターに絶対服従らしいけど、私は魔物達に自我を持つことを許している。ゆえに、これは彼ら自身の意見ということだ。
「凪とエリクは……」
「俺も聖達と同意見だ。一応、調べる必要はあるだろうが、ダンジョン内で問題点が発見されなかった場合、動く必要はないだろう」
「俺も、俺も! それで文句を言うようなら、ゼノ達に任せてもいいと思います。俺達が説教するより、先輩冒険者から言われた方が納得できるでしょう」
皆の意見が一致していることを確かめると、アストは一つ頷いた。
「判りました。では、この件は聖の案でいきましょう」
アストの決定を受け、皆も頷く。……娯楽施設の運営って、意外と大変なんだよねぇ。




