第三話 平和な日々こそ愛おしい
めでたく銀髪ショタ(神)の渾名も決まり、私達は再び日常に戻った。……いや、こういったイベントがないと、マジで同じ日々の繰り返しなんだわ。
というか、私達は私のダンジョンマスター就任から色々あり過ぎた。
普通ならチュートリアルをほのぼのとこなす時期に、面倒事が立て続けに舞い込んでくださったのだ。暫しの平穏に酔いしれてもいいじゃないか。
――なにせ、その『面倒事』が回避不可能なものだったのだから、逃げようがなかった。
ダンジョンがある国に関わることだったり、異界の女神に関連した騒動だったりといった具合に、『ちょっと慌ただしい』どころか『負ければ、新たな人生終了です』という始末。
……。
運がなさ過ぎではなかろうか? 私、戦闘能力皆無の、紙装甲マスターなんだけど。
凪関連のことはいいとしても、娯楽施設的なダンジョンを目指すダンジョンマスター(最弱)としては、ちょっとばかり難易度が高いような気がする。
この世界の創造主である縁のせいにする気はないけれど、厄払いの必要があるような……?
「と、思っているんだけど。どう思う? アスト」
「馬鹿なことを考えていないで、仕事をなさい」
「酷っ」
あっさりと却下どころか、『馬鹿なことを言うな、仕事しろ』で済ませたアストに抗議するも、アストは全く悪びれない。
「創造主様のせいにする気がなく、凪関連のことは納得している。こんな風に言われて、どう返せと? 『諦めろ』くらいしかないでしょうが」
「いや、そう言われると、全くその通りなんだけど」
ダンジョンで起きた『面倒事』には凪か縁のどちらかが関わっているため、アストの言い分も正しいのだ。
……が、そうは言っても、問題が起き過ぎと思うわけで。
「ダンジョンマスターって、こんなにトラブル三昧なの?」
「いいえ? 聖はかなりのレアケースだと思いますよ」
「ちょ、それはマジか!」
予想外のアストの言葉に思わず突っ込むも、アストは肩を竦めて溜息を吐いた。
「いいですか、聖。ダンジョンマスターに『決まった未来などない』のです。基本的に、人々の都合に左右されるのがダンジョン……と言ってしまえる立場ですからね。ですから、貴女曰くの『面倒事』が連発したところで、特に珍しいことでもないのですよ。寧ろ、戦闘能力皆無だったり、その代償に元の世界からの通販を可能にする貴女の方がよっぽど異質です」
「ええ、そうかなぁ? 生前の暮らしを維持したいと思うのって、私だけじゃないと思うけど」
「ところが、そうでもないのですよ。まあ、これは……ダンジョンマスターに選出された者達全てが、己の死を自覚できていることが大きいのでしょう。すでに人生を終え、眠りにつく前に新たな役目を得た。多少の差はあるでしょうが、大半はこのような認識だと思いますよ?」
なるほど、確かに『すでに死んでいる自覚あり』だと、未練も何もあったものじゃない。そこにボーナスタイムがあると知らされれば……多少は、はっちゃけてしまうのかもね。
「『人生終了! ボーナスタイム開幕!』って感じなんだよね、私達。要は、誰もが割り切って、与えられた時間を目一杯遊ぶってことか」
「そんな感じですね。ダンジョンマスターとして選出された者達の死は、彼らの世界において決定されていたことですから。……創造主様であろうとも、どうにもなりません。ですから、ダンジョンマスターに与えられる褒章には微妙に制約があるのです」
「死者は生き返らないって?」
ズバッと直球で言えば、アストは僅かに目を眇めた。
「その通りです。元居た世界は勿論、この世界でも生き返ることはできません。可能にするならば、『新たな人生を得る』ということでしょうか。もっとも、その場合は通常の転生ですから、記憶や特典などないのですが」
「そりゃ、そうだ。ダンジョンマスターの状況が特殊なだけだもん。それだって『異世界の知識を取り込むため』っていう目的があるからでしょ?」
「そうですよ」
ですよねー! 基本的に、この『死後のボーナスタイム』はダンジョンマスター達のためのものではない。この世界のためのものなのだから。
ただ、一応はその役目に納得して連れて来られた面子なので、ダンジョン生活をそれなりに楽しんでいるのだろう。サージュおじいちゃんとか、老いて益々向学心が盛んみたいだもの。
「幸いなことに、聖は『花粉症の対策』という方面ですでに役目を果たしています。知識の差があり過ぎてどうなることかと思いましたが、何とかなるものですね」
「ああ、あれねー」
思い出すのは、花粉症の被害甚大な国の王子様。半ば涙目になりながら『涙や鼻水、痒みを堪えて、人の前に立たねばならんのだぞ!? ……王族としての威厳を保たねばならんのだぞ!?』と訴えてきた彼の目はマジだった。
……。
うん、確かに『たかが花粉症』とか言っちゃ駄目だわ。
確実に効く薬も、空気洗浄機もない状況でそれって、気の毒過ぎる。元の世界に比べて医療技術が発達していないこともあるけれど、花粉症って所謂『生まれ持った体質が、大いに症状に影響してくる』とかいうものだったはず。
ぶっちゃけて言うと、『体質なんだから、諦めろ』しか言えんわな。症状が酷い人は、本当に気の毒になるくらい大変らしいので、できる限りのことをさせていただいた。
その結果、とりあえず効果はあったらしい。喜びに満ち溢れた言葉が綴られた手紙と共に、空気洗浄機――ただし、この世界でも動くよう改良されたもの――量産化の打診が来たからね。
そうは言っても、ここはダンジョン。他国と商売……というのも、どうかと思ったので。
『またイベントの景品にするから、獲得頑張れ。開催する前に、お知らせするから(意訳)』
と、送っておいた。向こうもそれに納得してくれたので、やはり安易に商売などしなくてよかったのだろう。下手をすれば、他国と繋がりがあるように思われちゃうし。
現在、次のイベントに向けて、空気洗浄機は量産中。お役に立つ日を夢見ながら、倉庫に保管されていっております。 まさか、これが役立つとは思わなかった!
「一応は、縁が望んだ役目を果たせてるってことでいいのかな?」
問い掛ければ、アストは暫し考え込み。
「……。まあ、合格と言ってもいいのではないでしょうか。基本的に、人々の悪意の受け皿となることがダンジョンの役割なのですが……ここはそれなりに上手くいっているようですしね。先日の女神の一件とて、外部からの情報を得られたことが大きな助けとなりました。今後も似たような事件が起こる可能性を踏まえると、役目を果たせている……と思います」
珍しく、褒め言葉らしきものを言った。
はっきりとした笑みを浮かべているわけではないけれど、口調も、表情も、どことなく柔らかく感じる。
職務に忠実な補佐役アストがこう言っているのだから、私のダンジョンはこれでいいのだろう。勿論、万人に受け入れられているわけではないが、『殺さずのダンジョン』を喜んでくれている人も多い。
「人との繋がりを大事にしよう。挑戦者達は大事なお客様! 何より! 今のダンジョンが必要とされる限り、ダンジョンマスターの討伐がない! 私の生存率はこのダンジョンの魔物達、そしてダンジョンの価値にかかっている!」
ぐっと拳を握って言い切ると、アストは額を押さえて頭痛を堪えるような表情になった。
「非常に……非常に情けないことながら、その通りです。戦闘能力皆無のダンジョンマスターなどと知られれば、格好の獲物にしかなりません。極力、隠すように」
「はーい。……割と人前に出てるせいか、私は『戦闘能力皆無な接客用魔物』って思われているみたい。ダンジョンマスターっていう役職以外は合っているから、そのままにしてる」
「戦闘能力皆無のくせに、人前にのこのこ姿を現すアホがダンジョンマスターなんて、誰も考えないんですよ……!」
「あはは! そだねー」
「少しは危機感をお持ちなさいっ!」
私とアストは本日も平常運転。多分、この後、ルイ達に愚痴りに行くんだろうな。




