エピローグ 『――数日後、ダンジョンにて』
『聖女』の襲撃から早数日。今回の慰労会も兼ね、私達はサージュおじいちゃん達や銀髪ショタ(神)を呼び、宴会を開くこととなった。
勿論、情報収集に協力してくれたゼノさん達もいる。
「しっかし、他の創造主様達を目にすることになるなんてな……」
余程インパクトが強かったのか、エリクは溜息を吐く。あの時のメンバーは揃って深く頷き、それ以外の人達は私達の様子を見て、不思議そうに首を傾げた。
……が、私は自分の世界の創造主様の性格に、納得していたりする。
「あのさ……私がいた世界ってね、大昔に恐竜っていう、ドラゴンみたいな奴らが栄えていた時期があったんだよ。人間が繁栄する、ずっと前にね。多分だけど、私の世界の創造主様ってさ、か~な~り好戦的だった時期があるんじゃないのかなって。喧嘩とか、強そうだったし」
創造主様に引き摺られる形で、世界がそうなっていたというか。
言葉遣いも微妙に、やんちゃな人達を連想させるので、大昔(=創造主様の若かりし頃)は荒れていたんじゃないかと思われる。
「ああ……過去とはいえ、大型のドラゴンのような種が、ごろごろいる世界になさっていた方なのですか。では、あの制裁は身内に対する愛情と、筋を通さなかったことの二点が、お怒りの理由だったのでしょう。そういったことに厳しそうでしたから」
納得とばかりに、アストが同意した。うちの創造主様の苛烈さを目にした面子もまた、無言で頷いている。
……う、うん、もう一人が知的――大人しいとは言ってない。規則などに厳しいのは、こちらの方な気がする――だったから、確かに強烈だったかも?
「『聖女』は今後、何もできないだろうから、アルド君達も安心だね。だけど、あの変わりようだと、私達からの制裁は要らないかも。私としては一発殴れたから、もうどうでもいいや」
神の声が聞こえない! と喚く『聖女』に一発入れ、速攻で叩き出したんだよね。
入り口に居た騎士達はぎょっとしていたけど、こちらの怒りが伝わったのか、『聖女』と共に去って行ったし。
「あの後、どうなったかなんて、興味ないよ。もう神の力はないだろうから、彼女の言葉に心を動かされる人は殆どいないだろうからね。放置、放置」
「聖……また、いい加減なことを」
アストは呆れているけど、私としては『関わりたくない!』という一択だ。
「だって、本当に関係ないじゃん! 寧ろ、まだあの女神と繋がってる方がヤバそう。だって、今回のことを『聖女』が上手くやらなかったから……なんて、言い出しそうじゃない」
「た、確かに」
顔を引き攣らせて黙り込む人が続出する中、全く気にしない人もいる。
ミアちゃん共々、上機嫌なサージュおじいちゃんだ。どうやら、彼は創造主様に直接、お褒めの言葉を戴いたらしい。
「創造主様にお会いできただけでなく、褒めていただけたからな。益々の精進を期待するとのお言葉をいただいた以上、今以上に励まねば」
「努力が認められて良かったね、おじいちゃん」
「うむ。ミアもありがとうよ。これからも宜しく頼む」
「うん!」
……。この主従はいつだって、平常運転なんだな。ある意味、凄い。
微妙な空気が満ちる中、不意に凪が声を上げた。
「そういえば……アマルティアって、どうなったんだ?」
誰もが一斉に口を噤む。ある程度のことが予想できてしまったからだろう。
アマルティア。自分勝手で、傲慢な王女様。彼女にも当然というか、影響出てしまっていた。
「アルド君によると、『心の支えを失った状態』ってやつみたい。それも結構酷いらしい。『聖女』は元から自分に依存させるような遣り方で信頼を得ていたようだから、今度こそ、心が折れたのかも。『聖女』は『催眠術を使って、人を心酔させていた』ってことになってるみたいだし」
というか、そうとしか思えない状況なのだろう。これまで『聖女』に盲目的だった人達が、周囲の指摘に矛盾や疑問を感じて、正気に戻っていっているらしいから。
「そうねぇ……あの王女様にとっては、『周囲に裏切られた後に出て来た希望』みたいな感じだったでしょうから、喪失感もひとしおだと思うわぁ。ちょっと可哀想ね」
「だけど、姉さん。彼女は誰かに依存して慰めてもらうのではなく、自分で変わる努力をすべきだったんだよ? その努力を怠った以上、僕は同情できない」
若干の哀れみを含んだソアラに対して、バッサリと切り捨てるルイ。ちなみに、城でもこんな感じらしく、『聖女』共々、彼女達に関しては意見が割れているらしい。
『あの【聖女】は周囲を混乱させこそすれ、犯罪行為をしたわけじゃない。あくまでも、【彼女を盲目に慕う者達が続出した】というだけなんだ』
アルド君達も『聖女』の扱いに困ったらしく、手紙にはこんなことが書かれていた。確かに、困るだろうなぁ……あの『聖女』は、自分の信仰を語っていただけだろうし。
「同情はしないけど、アマルティアは自分で反省し、変わるべきだった。前以上に周りの視線が辛いのかもしれないけど、努力を怠っただけに見えるよ。反省していれば、そこまで盲目的にはならなかったかもね」
人のせいにする癖がついていたなら、自分を肯定してくれる『聖女』に依存するのも頷ける。結局のところ、彼女は自分にとって都合のいい味方が欲しかっただけ。
そう感じたのは私だけではなかったらしく、『努力する子』が身近にいるソアラは納得の表情で頷き、弟の意見に納得していた。だけど、それだけで済まないのが姉という存在なのだ。
「ルイは努力する子だものね。だけど、今回は個人的な感情もあるでしょう? 聖ちゃん、寝込んだものねぇ。最初から『負担がかかる』と言われていたけれど、ルイはそれも許せないのよね」
「う……し、仕方ないだろ、姉さん! それに僕だって、自分が情けないんだよ」
からかうようなソアラの指摘にルイは顔を赤らめ、俯いてしまう。
真面目ゆえに、ルイは『聖女』に全く歯が立たなかったことを恥じているのだ。そして、それはルイだけではない。
「あ~……『自分が情けない』ってやつは、俺も同意する。こう言っちゃ何だが、もう少しやれると思ったんだよな。結局は聖さんと、聖さんがいた世界の創造主様に任せちまったし」
「そうですね……その点は我々も反省すべきでしょう。私達はこの時間が続くことを願っている。ならば、相手が誰であろうとも、言い訳はできません。エリクの言葉が全てです」
「そう、だな。俺も簡単に諦めていた。いや、諦める癖がついていたようだ。皆にも言われたが、そこは改善すべきだろう。……今回、俺は皆に守ってもらうばかりだったから」
エリク、エディ、凪の順で、反省会が続く。だが、暗くなりかけた雰囲気を壊したのは、満足げなサージュおじいちゃんの言葉だった。
「ふふ、それでいいのじゃよ。反省し、改善点を見出す。今回のことは、お前さん達にとっても良い切っ掛けになったじゃろう。無力感に苛まれ、諦めることは、足掻くことへの放棄に他ならん。……誰かに期待して任せるばかりでは、『情けない』などという自省の言葉など出んよ」
「サージュおじいちゃんは『誰かに頼ること』は否定しないんだね」
「当然じゃ。適材適所、何事にも得手不得手というものがあろう。今回とて、それが言えるじゃろうが。凪に自分の願いを優先するよう説得したのも、器を貸すことも、お前さん達だからこそ、成し得たこと。かの世界の創造主様はお強いが、こちらの協力なしにこの結果は出ておらん」
「……確かに、サージュ様の言う通りです。ご降臨されるための下準備は必要でしたし、凪があっさり捕らえられていれば、『聖女』達は即座に逃げてしまっていたでしょうからね」
「あ~……確かに! そっか、『聖女』は『凪を連れ帰る』っていう目的を達成してないから、うちの創造主様を前にしても、即座に逃亡することを選べなかったんだ!」
そうだ、確かにあの『聖女』は、異世界の創造主相手に抗議していた。恐ろしくなかったはずはないだろうに、自分の神への忠誠が勝っていたから、逃げなかったのだろう。
……逃亡は敬愛する神への裏切りであり、その神に失望されることこそ、『聖女』が最も恐れたものだろうから。
誰もが色々と考え込んでいる最中、ふと顔を上げた私の視界に、馴染みのある銀色が見えた。
隠れるようにしてこちらを窺っているのは、銀髪ショタ(神)。この世界の優し過ぎる創造主。
「そんな所にいないで、こっちにおいでよ。あんたも疲れたでしょ……よいしょっと!」
立ち上がって傍まで行き、銀髪ショタ(神)を抱き上げると、彼は顔を真っ赤にして焦り出した。
「わぁ! ちょ、ちょっと聖! 抱き上げなくていいから! 君だって寝込んだじゃない!」
「もう平気。そもそも、体への負担は最初から言われていたじゃない」
一時的とはいえ、私の体は神の器になったのだ。寝込んだのは当然だと思う。もう平気なのも本当だ。
皆の下に戻って銀髪ショタ(神)を降ろすも、何故か、私から離れない。暫く言葉を待っていれば、泣き出しそうな顔になって、私達へと頭を下げた。
「皆、不甲斐ない創造主でごめん! 僕自身も情けないけど、皆に負担をかけたことが本当に情けないし、申しわけなく思っているんだ。だ、だけど……って、え、わぁぁっ!」
「キュウ!」
『あ』
もじもじと言いよどむ銀髪ショタ(神)。そこに、空気を読まないアホの子――サモエドが突撃した。私達の声がハモる中、銀髪ショタ(神)は上機嫌なサモエドに伸し掛かられている。
「ええと、その、ごめん。サモエド、あんたと遊びたかったみたい……たまに来て、相手してやってくれない? その子、まだまだ遊びたい盛りのお子様なんだよ」
アストに救い出される銀髪ショタ(神)に提案すれば、銀髪ショタ(神)は驚いたような顔を私へと向けた。
「……遊びに来てもいいの?」
「へ? う、うん、嫌じゃなければ、是非」
すると、銀髪ショタ(神)は泣きそうな顔で私に抱き付いてきた。ええと……? どういうことだろうか?
「創造主様はご自分を不甲斐なく思われたのでしょう。同時に、貴女達から失望されることも覚悟されたのかと」
「失望? しないよ、そんなもの。皆が無事で良かった! としか思ってないもの」
「……。二十一歳児の貴女ならば、そうでしょうねー……」
煩いぞ、アスト。皆が無事だったんだから、それでいいじゃない!
しかし、私は甘かった。アストの言葉を補足し、『意味が判ると怖い話』を付け加えた存在がいた。
アストの同僚・ミアちゃんであ~る。
「あのね、聖さん。中には『頼りない』って思う人もいるんだよ。創造主様が実質、この世界では最も強いはずだからね。でも、そんな人に限って、いつもさっさと討伐されちゃうんだ」
「え〝」
あはは! と明るく笑ってはいるが、私は意味が判ってしまった。と言うか、私が皆に守られているからこそ、判ってしまったとも言う。
それ、補佐役とかに見捨てられたんじゃないの!?
忠誠心はないって、言ってたもんね!?
見ろ、同じく気付いた銀髪ショタ(神)や凪も顔を引き攣らせているじゃないか。当然と言わんばかりの顔をしているのは、アストを始めとした魔物達。ちょ、お前ら!
……。
まあ、いいか。それはそれだけど、私は自分なりに頑張ればいいんだもの。だってねぇ――
「もう死んじゃってるんだし、これからも楽しく死後の延長戦を過ごしますか!」
「聖! また、貴女はお気楽なことを!」
明るく笑って、アストの説教も受け流しておこうか。ここは夢と希望、そして少しの恐ろしさが詰まった『殺さずのダンジョン』なんだからさ!




