第三十四話 『【聖】の名を持つ者、二人』
『聖さん! ヘルハウンドやゴースト達が特攻を仕掛けていますが、全く【聖女】の相手になりません。やはり、神の力を展開しているようです』
「特攻してくれた皆は、再生可能?」
『それは大丈夫です! やはり、人の身に宿しているせいか、消滅させるまでの力はないようですね。ですが、強さは十分あります。気を付けてください』
『聖女』の様子をモニターで確認してくれている獣人からの報告に、ほんの少し安堵する。良かった、消滅はしないんだ。
「やはり『聖女』は神の力を行使できるようですね。それを確かめるために特攻してくれた者達には、感謝しなければ。偶然ですが、魔物を消滅させる力まではないと判ったことも重要です」
アストがそう判断すると、途端に場の空気が緩む。
「ってことは、聖さんがヤバい時は俺達が盾になればいいのか。よし、殺ろう!」
「そうですね。他に護衛がいなければ避けるべきですけど、アスト様と凪、それから姉さんが残っているなら、僕とエリクさんで特攻できます。一撃くらいは入れましょう」
「うふふ、その時は任せてちょうだいな」
……エリクとルイは別方向に、やる気になってしまったようだけど。ソアラも二人の言葉を聞いているはずなのに、止めるどころか楽しそう。同意するように頷いている。
いや、その、エリクにルイ? 君達、何をあっさり『殺ろうね☆』って、仲良く決意表明してるの!? 今回の目的、違うでしょ!
「当たり前でしょうが。ルイとエリクは凪と仲がいい。勿論、貴女とも。特に、凪の過去を知ってからは、元凶への怒りが募るばかり。そんな中、元凶に連なる者がやって来たのですよ?」
ビビる私の心境を読み取ったのか、アストが呆れ顔で解説してくれる。……いやいや、アストさん? 『聖女』は一応強いみたいだし、再生上等で特攻することは望んでないからね!?
そう思えども、『やられても、消滅しないみたいだよ!』という情報がありがたいのも事実。私はともかく、皆は大丈夫ってことだもの。ヤバイのは私と凪だな。
――そんな時、私達が待ち望んでいた知らせが舞い込んだ。
『敵、三階層中央に接近中! そろそろ接触します!』
途端に、私達は顔を見合わせる。だけど、悲壮な表情をしている者は一人もいない。
だって、私達は勝つ気なのだから。誰一人欠けることなく、『聖女』を撃退する気満々だ。
「皆、準備はいいかな? それじゃあ、お客様のおもてなしを始めましょうか」
私のすぐ横には凪、前方にはアスト、エリク、ルイが立ち、背後にはエディとソアラが控えてくれている。私には目的があり、凪は狙われているので、こんな感じになったらしい。
そこに、白い装束の女性がやって来た。不思議なことに、彼女の周囲はぼんやりと光っている。……これが『神の力』とかいう奴なのだろう。
『聖女』は私達……いや、私と凪を見た途端、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ! そちらから来てくださるなんて。すでにご存知でしょうが、ご挨拶をさせていただきますね。私はかの女神様の代行として参りました。そちらの方は、女神様が祝福をお与えになられた者……気配が途切れ、案じておられたのです。ゆえに、私が参りました」
丁寧な口調に柔らかい物腰、けれど私は彼女が気に食わなかった。理由は、私達を見る彼女の目。
……この人、私と凪以外を認めていない。辛うじて、アストも含まれる程度。
というか、最重要が凪であり、私は『凪を保護した者』という認識なのだろう。アストは銀髪ショタ(神)に連なる者のはずだけど、女神とやらが銀髪ショタ(神)を嘗めきっているなら、取るに足らない存在という認識をしてそうだ。
「初めまして。私は聖。ここのダンジョンマスターだよ。早速だけど、貴女の願いは叶わない」
「まあ、どうして?」
不思議そうに――叶わないはずはないと、心底思っているような表情と口調に、皆は益々、警戒心を強めたようだ。凪もさりげなく私に近寄るあたり、突然の攻撃を警戒しているみたい。
「彼はすでに私達の仲間であり、ここの住人だからです。何より、凪自身がそれを望んでいる。穏便に済むうちに、お引き取りくださいな。ダンジョンの利用者は歓迎しますが、襲撃者は退去していただく方針ですので」
にっこりと営業スマイル付きで牽制を。素直に退くとは思っていないけど、こちらの意思を伝えることも重要だ。……他の世界の創造主様達も聞いているからね、この会話。
意思表示を受け、『聖女』は納得――なんて、するはずもなく。
「あらあら……うふふ、そのようなことに意味はございません。彼……今は凪、かしら? 凪の意志も、貴女達の指示も、全ては無意味。私は我が神のお言葉のまま、行動するのみですもの」
にこりと笑う『聖女』。彼女の周囲の光が徐々に強くなり、ふわりと彼女の髪や衣服を靡かせる。
「……っ、聖、下がりなさい!」
アストが焦った口調で私を振り返ると、『聖女』の笑みが残酷さを帯びた。
「そう、その子が全ての中核なのですね……ならば、要らないわ」
『聖女』は私に狙いを定め、宙に手を翳す。……だが、彼女が一歩踏み出した途端、サージュおじいちゃんの術式が発動した。
「っ!? ……くっ……、悪足掻きをなさいます……え?」
術式が浮かび上がったのは一瞬。何ともないことを不思議に思ったのか、『聖女』は首を傾げ……やがて、自分の力が随分と弱まったことに気付いたらしい。
顔色を変え、これまでの余裕が嘘のように焦り出した。
「な……何ということを! 我が神の声が聞こえない……いいえ、何て遠くて、弱い! お前達! 一体、何をしたのです! よくも……よくも……!」
怒りを露にし、『聖女』はこちらを睨み付ける。彼女の纏う光りは随分と弱くなっているけれど、それでも当たれば大参事なのだろう。
現に、『聖女』の周囲と飛び回る光――見た目だけなら、ふわふわした光の玉だ――が触れた地面が抉れている。これに当たるとヤバイ模様。
「漸く、表情が動きましたね。聖、お望みの通り貴女の名を出して、ターゲットになるよう仕向けましたが……いけそうですか?」
前を向いたまま、こそっとアストが囁く。その問いの答えは、当然――
「勿論。じゃあ、トドメに行こうか。私が行動したら、間違いなく『聖女』が怒り狂うだろうから、皆はそれに気を付けて牽制を。至近距離になることが重要だから」
『了解』
視線だけで、皆が了承の意を示す。万が一の時は凪が動くらしく、彼はいつでも私を助けられる位置にいるようだ。他の皆は牽制行動を取り、『聖女』の気を散らしてくれるはず。
――それじゃあ、始めようか。
と言っても、それはとても簡単だったりする。『聖女』にとっては効果覿面、私にとっては当然の、『ある言葉』を口にするだけだからね。
「『聖女』様? 貴女の神に伝えてくれるかな。凪がここに在ることを決め、望んだ、最大の理由はね……『彼が私のものだから』なんだよ」
「な……」
絶句する『聖女』。そんな彼女へと、私は更に畳みかけた。
「そうよね? 凪。言ってあげないと、あの人はいつまでも諦めないよ?」
「その通りだ。おい、『聖女』。俺が在るのは……在りたいと願うのは、聖の傍だけだ。かつての世界も、『祝福』も、俺には不要。『要らない』んだ。聖の傍に居られればいい」
私達は嘘を言っていない。嘘なら、即座に『聖女』は見破ってしまうだろう。絶句したのは、それが事実と判ってしまったためだ。
ただし……『聖女』と私達の認識に差があるだけで。
・私の言葉の解説
『現在の凪の創造者で、ダンジョンマスターだから。【うちの子】扱いしただけです』
・凪の言葉の解説
『聖(=ここのダンジョンマスター)の傍に居れば、自動的に仲間も、自由も、手に入るから』
私は『凪はうちの子です』と主張し、凪は『ここでの生活が楽しい』と遠回しに言っただけ。ただ、言葉通りに受け止めてしまうと、ちょっと面白いことになる。
あちらの創造主は女性らしいので、凪の所有者としても、女性としても、負けたように聞こえてしまうのだよ。しかも、凪本人からの盛大な拒絶付き。さぞ、屈辱的な展開だろう。ざまぁ!
「お前……お前如き、取るに足らない存在が、我が神に恥をかかせるなんて……っ」
「招かれざる客は貴女の方でしょうに。貴女の相手は、我々が務めさせていただきますよ」
「邪魔よ、お退きなさい!」
「邪魔なのは貴女です。凪の言葉を理解できないんですか?」
「汚らわしい魔物どもが……っ、こんな、こんな者達に誑かされるなんて……!」
怒りの表情を浮かべた『聖女』は私に攻撃しようとしてくるけど、皆が武器や魔法で牽制し、私に届くことはない。
寧ろ、凪が私を守るように抱きしめているので、『聖女』は余計に頭に血が上っているようだった。
「汚らわしい魔物如きが、私を阻むな!」
「……っ」
「アスト様! この……ルイ! 俺ごと殺れ!」
アストが負傷した隙に、エリクは『聖女』を羽交い絞めにしたらしい。エリクの指示を受け、ルイが魔法を放とうとした時――
「いつ、私に触れることを許しましたか!?」
「ぐ……!? しまった!」
「聖ちゃん! 逃げて!」
ソアラの声が響く中、エリクを弾き飛ばした『聖女』が私の目の前に迫っていた。即座に凪が庇ってくれるけど、凪もエリク同様に弾き飛ばされてしまう。
私以外の全員は何らかの攻撃を受けたらしく、『聖女』と私を隔てるものは何もない。
「王子様達は役立たずねぇ、お姫様! 貴女さえ居なくなれば、全て我が神の望むまま」
勝利を確信した『聖女』が歪んだ笑みを浮かべたまま、私へと手を伸ばす。そして、私は――
「今だよ! 創造主様!」
「何ですって!?」
予想外の私の行動と言葉に、『聖女』は驚愕の表情を浮かべた。それも当然だろう……だって、私の方から『聖女』に手を伸ばしたのだから!
『聖女』の伸ばされた腕、その手首を、私はしっかりと掴んでいる。――その直後。
『でかした! 聖!』
力強い声が脳裏に響き、私は体の自由を手放した。




