第三十三話 『聖女、来襲直前』
『……というわけだ。二日後、【聖女】がそちらに赴くように手配した。健闘を祈る』
アルド君からの手紙を読み終え、私は口元に笑みを浮かべる。アルド君はやってくれたようだ。見事、『聖女』をこのダンジョンへと向かわせることに成功したらしい。
「さて、準備をしなきゃね? 『聖女』様の来訪だもの、一般の挑戦者達は遠慮してもらって……他に何かあったっけ?」
尋ねれば、アストは暫し考え込み。
「そうですね……一応、目的は『話を聞く』となっていますが、実際には判りません。我々に敵意がある場合、力を見せつける意味でも、魔物達を倒しながら進んでくると思いますよ?」
「護衛兼案内の騎士がいるみたいだけど」
「入り口で待機させるのでは? 異常な強さを目撃されても面倒なことになりそうですし、『聖女』はここが『殺さずのダンジョン』だと説明を受けています。敵意はないと証明するため、とでも言って言い包めてしまえば、後はどうにでもなりますよ」
アストの言い分に、思わず顔を顰める。いや、それってさぁ……。
「目撃者がいなくて助かるのは、『聖女』の方ってこと?」
「はい。そもそも、ダンジョンがリセットされる事態になったとしても、『魔物達が襲い掛かってきたところを、神のお力で脱出できた』とでも言ってしまえばいいのです。ある程度の根回しは終わっているでしょうし、そのまま元の世界に帰還する可能性もあるかと」
「うっわぁ、マジで最初で最後の機会ってやつか!」
しれっと答えているアストに悪気はない。というか、物凄く冷静に『最も可能性が高い選択肢』を教えてくれただけだろう。
つまり……本当に、この一回しか試す機会がないということ。
「あちらは他の創造主様方に、一連の動きを知られたくないでしょうからね。目的達成……これはおそらく凪の奪還か粛清ですが、それが叶ってしまえば、後のことに興味はないでしょう」
それは騒動の余波というか後始末を、銀髪ショタ(神)に丸投げするってことだろう。
真面目なあの子は他所の世界への干渉が禁じられているからこそ規定を守り、ろくに文句も言えないに違いない。
完全に、あちらの神とやらは銀髪ショタ(神)のことを嘗めている。
銀髪ショタ(神)が神としては幼いからこそ、今回のような暴挙を誤魔化せると思ったのか。
「……。うふふ、早く『聖女』来ないかな♪」
イラッとして呟けば、同じくいい笑顔――多分、私と同じ感情を抱いている――を浮かべたアストに頬を突かれた。
「聖。お怒りになるのは判りますが、最初から喧嘩腰は駄目ですよ? あくまでも、仕掛けてきたのは『聖女』……あちらの神なのです。我々は攻撃を受けた被害者になる予定ですから」
「判ってるって! 偶々、私の様子を見に来ていた元の世界の創造主様がそれを発見、撃退して、あちらに苦情を……って流れよね。言い逃れはできないでしょ」
「ええ」
あちらはダンジョンマスターが元異世界の存在だったことを知らない。そこを利用し、銀髪ショタ(神)が話をつけた創造主様一同が元凶をボコる、らしい。
銀髪ショタ(神)はダンジョンマスター候補を連れて来る際、きちんとお伺いを立てて、きっちり筋を通している。しかも誘拐ではなく、『期間限定・死後のお仕事』だ。
本人も承諾しているので、ダンジョンマスターが悲惨な末路となっても自業自得と言うか、納得していると判断され、問題視はされないらしい。
……が。今回、あちらの神は何もしていないらしいので、そこで襲撃なんぞをした日には『うちの子に何しとるんじゃぁっ!』となる。
世界を違えようとも、自分の世界の魂は『うちの子』扱いなんだってさ。
「ってことで、凪! 凪には囮として一緒に来てもらうけど、間違っても『聖女』の要求に屈するんじゃない。私達は凪のことだけでなく、銀髪ショタ(神)のことでも怒っているの。凪一人の問題じゃないの。いい?」
「あ、ああ、判った」
ガシッと両肩を掴んで目を合わせ、しっかりと言い聞かせる。自己犠牲の精神は要りません、撃退のみを考えていれば宜しい!
そして、その不安を持ち、凪に言い聞かせているのは私だけではない。
「聖さんの言う通りですよ、凪。僕やエリクも万が一を考え、いつでも出て行けるようにしますが、一番の不安要素は君自身が諦めること。もしもおかしな真似をしたら、速攻で居住区に閉じ込めるからね?」
「うふふ、私達は淫魔ですもの。魔法関連……特に、相手の自由を奪うことは得意なのよぉ?」
淫魔姉弟・ソアラ&ルイは色気駄々漏れの笑顔で脅し。
「クソ女神やその子飼いに同情は要らん。『聖さん達の安全と引き換えに~』なんて言い出しても、絶対に、絶っ対に! 嘘だからな? いいか、騙されるんじゃないぞ!」
元騎士・現デュラハンはエリクは過去の経験からか、『迂闊に、誘いに乗るんじゃありませんよ』と言い聞かせ。
「キュウ! キュウキュウ!」
「おや、そうですか……。凪、サモエドによると万が一の時は、貴方達をヘルハウンドが銜えて逃げるそうですよ? 大型の魔獣に捕獲されて逃げ回るよりは、皆の言うことを聞いた方がいいと思います。銜えて運ぶことになりますからねぇ……」
エディによって『獣系魔物達がスタンバイしています』という情報が伝えられていた。小さい子に言い聞かせる……というには物騒な状況に、凪がドン引きしているのは気のせい。
「ええと、その、皆の心配……というか、脅迫はよく判った。……。ありがとう、皆。俺はここに居たい。あいつらが何をしてきたとしても、俺は諦めないよ」
呆れたように、けれど嬉しそうに笑った凪に、私達も安堵する。そして、二日後を想い、決意を新たに固めていた。
さあ、『聖女』様? どうぞ、いらしてくださいな。……うちの子は渡さないけどねっ!
※※※※※※※※※
――二日後、ダンジョン入り口にて
「ありがとうございます。ここからは私一人で行きますわ」
にっこりと、けれど拒絶を許さない微笑みで、『聖女』は護衛の騎士達を遠ざける。護衛を任されていたはずの騎士達は何故かあっさりと退き、『聖女』の要望に従った。
普通に考えても、これはおかしいことである。彼らは忠誠を誓う王族より、『聖女』の護衛を命じられていたのだから。
聖女からそう望まれたとしてもやんわりと拒絶し、職務を疎かにすることなどない『はず』なのだ。
だが、騎士達は誰一人として、そのおかしさに気付かない。思考が停止しているわけでも、操られているわけでもなく、『それが正しい』と思っているだけであった。
そんな騎士達の姿に、『聖女』は満足そうに笑った。自分の思い通りになることへの満足感、それ以上に、己が信じる唯一の神の偉大さを痛感して。
「それでは、行って参ります」
微笑んで足を進める『聖女』に、ダンジョンへの恐怖はない。寧ろ――
「あらあら、汚らわしい気配が沢山しますね。我が神から与えられた『お仕事』は最優先にしなければなりませんけど、邪魔をされるのも煩わしい……消していきましょうか」
獲物を狙う目となって、口元を歪める。笑みの形になってはいるが、それは酷く禍々しい印象を与える笑み……今の『聖女』を見て、無垢な印象を抱く者など皆無だろう。
「さあ、お迎えに来ましたよ。我儘を言っていないで、我が神の元に帰りましょうね」
ふふっと楽しげに笑うと、『聖女』の周囲に『何か』の力が満ちた。それは『聖女』を守ると同時に、『敵』を倒すためのものでもある。当然、人の持つ業ではない。
明らかに人外の力を纏い、『聖女』はダンジョンの奥へと歩みを進めた。その奥に、目的の人物がいると確信しているゆえか、迷いのない足取りである。
『聖女』の目的、それは凪と呼ばれている青年の奪還。
本人の意思などお構いなしのそれに、凪が頷くはずはない。そして……彼を庇護し、仲間として扱う者達がそのような暴挙を許すはずがないのだ。
ゆえに、己が正しさを確信している『聖女』は、初めからダンジョン側を敵と認識していた。それはダンジョン側も同じであり、彼らは第三階層の開けた場所で待ち構えているのである。
――神の手駒同士の争いは今、幕を開けたのだ。




