第三十二話 『探し物の行方』
――王城にて(聖女視点)
「……『勇者』、ですか」
「ああ。少し前に、召喚を行なった者がいたんだ。高い戦闘能力と美しい容姿から、彼を便宜上『勇者』と呼んでいた。今はダンジョンに居るらしい」
「……」
アマルティア様の様子を見に来た弟君――アルド様からもたらされた情報に、私はほくそ笑みました。
アルド様は理解していらっしゃらないようですが、その『勇者』こそ、私が求める者に間違いはありません。
ですが、ここで食いついては不審に思われてしまうでしょう。世界を違えているせいか、私に与えられている『加護』の影響はとても弱い。
アルド様も加護の影響を受け難い方ですから、慎重に言葉を選ばなければならないでしょう。
また、私はこの世界のダンジョンというものがよく判っていません。情報を得るためにも、もう少し、お話を聞かせていただかなくては。
「……お気の毒ですわね。突然、違う世界に呼ばれるなど、さぞ、不安でしたでしょうに」
「私はそのような方を利用しようとしたのですね。何て、罪深い……」
憐れみを全面に出して悲しげな顔をすれば、アマルティア様が懺悔を口になさいました。……アマルティア様も『勇者』をご存知のようですね。こちらからもお話しを聞けそうです。
「アマルティア様は反省していらっしゃいますわ。己が所業を悔い、救いを求めて祈る……何と素晴らしい成長をなさったことでしょう」
「そう、思われますか?」
「ええ。我が神は捧げられた祈りを無下にする方ではありません。きっと、お許しになると思いますよ。アマルティア様の成長をお喜びになるやもしれません。救いは与えられるでしょう」
不安げなアマルティア様に対し、いつものように言葉を贈ります。ですが、それは私の本心でもありました。
実際、アマルティア様はとても素晴らしい信者にお成りなのです。私がこの世界において『加護』の恩恵を得られるのは、アマルティア様のように熱心な信者がいてこそのもの。
特に、王女であるアマルティア様が信者となられたことは、大変私の助けになってくれました。そのご身分、これまでのアマルティア様の評価も含め、『色々と』私にとっては都合が良かったのですから。
「ああ……! 罪深い私にも救いが与えられるなんて……!」
感極まったように泣き出すアマルティア様は本来、とても素直なご気性なのでしょうね。……そう、ほんの少し。ほんの少しだけ、その素直さの方向性を間違ってしまわれただけ。
アマルティア様の背中を優しく撫でてやりながら、私はアルド様へと向き直りました。
「お話を中断させてしまい、申し訳ございません」
「……。いや、姉上を落ち着かせる方が大事だろう」
「ありがとうございます。姉上様想いの、お優しい弟君ですね」
微笑めば、アルド様は困惑したような、微妙な表情を浮かべました。勿論、それを追及するような真似はいたしません。
アマルティア様に関しては、多くの人々からその所業を伝え聞いております。勿論、ご兄弟達との仲も。ですから、唐突に『姉上想い』などと言われたところで、戸惑ってしまうのも無理はありません。
ですが、アマルティア様を気遣われ、ここに訪ねていらっしゃるのはアルド様だけ。そういったことを顧みても、アルド様はアマルティア様を嫌悪してはいらっしゃらなかったのだと窺えました。
王族とは、個人であることを許されぬ身分。アルド様もまた、幼いながらにそういったことを理解してらっしゃった。おそらくは、そういうことなのでしょう。
「それでな、貴女も異世界から来られたのだろう? もしも気になるようなら、ダンジョンに行ってみるといい。現在のダンジョンマスターの意向により、冒険者達の訓練所のようになっている上、話を聞くだけなら貴女一人でも大丈夫だろう。『殺さずのダンジョン』、と呼ばれているんだ」
「『殺さずのダンジョン』ですか。そこに『勇者』と呼ばれた方がいらっしゃると」
「まあ、その、色々とあったんだ。『勇者』は保護されていると言った方がいいかもな」
アルド様が言葉を濁す訳。私はそれを、アマルティア様の懺悔から知っておりました。
この世界の住人が仕出かしたこと……召喚、そして利用。
『勇者』は幸運にも、利用されなかっただけなのです。身を守る強さもない異世界人達は、召喚の不条理さを抗議することもできないまま、この世界の者達に都合よく使われていったのですから。
『勇者』に指摘されて……いえ、反撃されて、初めてその危険性に気付いたのです。まったく、なんという罪深い者達でしょう!
――そのような方達ですから、私は利用することに躊躇いがないのでしょう。
本当に、呆れてしまいます。そのような扱いをしてきた果てに、とても恐ろしい目に遭ったというのに……何故、私に対して警戒心を持たないのかと。
ですが、それだけ私に向けられている加護が強いということでもあります。そして、それは私と敬愛すべき神との繋がりを意味するものでもありました。
なんて……なんて誇らしいのでしょう! 喜びはそのまま更なる敬愛へと形を変え、私はよりいっそうご期待に応えねばと、気持ちを引き締めるのです。
この世界で私にとって都合の良い出来事が起こる度、私は見守っていてくださる神への感謝と祈りを捧げて参りました。
世界を違えてさえ途切れぬ、我が唯一の神の慈愛……それを知るゆえに、私はその手を振り払った愚か者を許すことができません。
「それでは『勇者』にお会いしてみましょうか。未だ、心細く過ごされていらっしゃるかもしれません。誤解が解ければ、人々の優しさに目を向けることもありましょう」
「ああ、貴女ならば話を聞こうと思うだろうな。よし、ダンジョンに行く時は、護衛と道案内を兼ねた騎士を付けよう。貴女に何かあっては困る」
「ふふ、ありがとうございます」
感謝の言葉と共に、頭を下げます。ですが……アルド様からは見えない私の顔に浮かんだのは、歓喜を表す笑みでした。
見つけた。漸く、あの方の手を振り払った愚かなる光を見つけた……!
当初から、『勇者』がかの方ではないかと予想をつけておりました。これは我が神からの神託ですから、疑う余地はございません。
ですが、そこは異世界。気配が途切れてしまったこともあり、『どうにも、居場所がはっきりしない』というお言葉も受けています。
また、私が余所者であることも災いしておりました。たとえ居場所が分かったとしても、私には出向くことができない場所であれば、会うことはとても難しかったのです。
今回はアルド様の勧めですし、護衛と案内を兼ねた騎士も付けていただけます。場所柄、私一人では出向くことを諫められてしまうでしょうが、これならば大丈夫でしょう。
「本当に……何から何まで、ありがとうございます」
感謝いたしますわ、アルド様。私は漸く、我が神より賜った『お仕事』がこなせそうです。




