第六話 増えゆく規格外の魔物達 ~ダンジョン運営方針の話し合い~
ソアラの言葉が全てだったのか、ルイとアストは黙ったままだった。……いや、アストは私の運営方針が可能かどうかを考えているのだろう。口元に手を当てたまま僅かに目を眇め、考え込んでいる様子が窺える。
「じゃあ、僕達はどうすればいいんでしょう? 一通りのことはできると思いますが、この場がそういった役目を担う以上、ミスがあってはいけませんし」
「そうねぇ、今は私も自由にやらせてもらっているけれど……『特別なお客様』相手では、それだけでは駄目でしょう」
プロとしての意識を持ち始めた姉弟は、今のままでは駄目だと思っているようだ。アスト曰く、こういったところも本来の淫魔とは違うらしい。ちなみに、今回は二人の様子見も兼ねているので、アストと一緒だったりする。身内のことを知っておくのも、大切なお仕事です。
『淫魔というものは享楽的というか、自信家というか……食事方法のこともあり、基本的に自分が上位と考える傾向が強いのです。主導権を握る、ともいいますね。ですが、あの姉弟はどちらかと言えば謙虚な面を持った努力家です。我々に食事が不要である以上、二人が無暗に人を襲うこともないでしょう。その必要がない上に、性格的にもやらなさそうですからねぇ……淫魔なんですが』
以上、事前に聞いたアストの見解である。これらはアストの個人的な意見というより、この世界における共通の認識。要約すると『この世界の淫魔は存在自体が危険だけど、ソアラ達は淫魔としてはありえないレベルで安全。つーか、種族的な存在意義はどこにいった!?』ってこと。
私も今こうして二人と接してみて、アストの意見は正しいと思えた。非常に無害な姉弟です。微笑ましさすら感じてしまう。
『無害な淫魔って何!?』などと突っ込んではいけない。そもそも、淫魔である必要もなくね?
間違いなく、このダンジョン以外では干乾びる未来しかない淫魔になってませんか、貴方達。
「うーん……やっぱり話術を磨くべきだと思うわ。様々な話題で客を楽しませる意味もあるけど、上手く誘導して情報を聞き出してもらうこともあるかもしれないし。自衛は大事」
「ああ……確かに、そういった警戒も必要ですね。相手の方が仕掛けてきた場合、気づかない振りをしつつ、かわさなければならないでしょうから」
無難なことを言えば、即座に頷くルイ。ソアラも弟の言葉に納得しているらしく、頷いている。
「どちらかと言えば、ソアラの方が会話の相手になると思う。実際、客の相手もお仕事の一つだしね。ルイの方はカクテル作りの腕を磨いたらどうかな? 客はカクテルがどんなものか判らないだろうから、希望や苦手なものを聞いて、喜びそうなものを作る。この世界って、カクテルとかないんでしょ? だったら、見た目も相まって興味を引けそう」
二人にはカクテルのレシピ集――通販によって取り寄せた、完成写真付きのもの――も渡してあるので、それを見ながら色々と試してくれればいい。カクテルは見た目も綺麗なものが多いから、目を引くと思うんだよね。
「あらあら、それは楽しそうねぇ。まだあまり作り慣れていないけど、どれも見た目が凄く綺麗なのよ! 透き通った青いお酒なんて、この世界では見たことがないもの」
「ああ、確かに綺麗だよね。クラッシュアイスと相まって」
「ふふ、この世界で青い液体なんて、魔物の体液か毒くらいなのにねぇ」
「「……え?」」
ピシッと場の空気が凍った。いや、ハモって声を上げた私とアストの周囲だけが、凍り付いた。そんな私達に気づかず、二人は会話を続けている。
「色としては存在するから、染料としては馴染みがありますよ? 姉さん」
「そうだったわねぇ。だけど、あれは一歩間違えれば中毒症状を起こすんじゃなかった?」
「そんな話も聞いたことがあったね。そもそも、美しい青は高貴な身分の者達専用だし」
ちらり、とアストに視線を向ける。アストは頭痛を堪えるような表情で、額に手を当てていた。
あはは……そっか、まずはこういったNGワードに気を付けなきゃならんのか。いくら綺麗でも、青いカクテルなんて出しちゃった日には、毒殺疑惑が出る可能性もあるってことですね……!
「迂闊でした……いえ、事前に気づいて良かったと思いましょう。まだ、何も起きていませんし」
「そだね、アスト。本番でミスらなきゃいいんだ。今はそう思おう」
いかん、充実していく街(仮)に喜んでいる場合じゃなかった。この世界の者達と交流するなら、最低限の『やってはいけないこと』を徹底させなきゃならないだろう。
何せ、このダンジョンの魔物達は私の影響を受けまくっている。故に、『この世界の青い液体は危険』という情報を知っていても、自分達の差し出すものは危険視されないと思っているのだろう。
だって、『異世界の品だから』。彼らの中では『この世界の青い液体はヤバイけど、異世界産だから安全です!』という感じ。だけど、この世界の人間にそんな言い分が通じるはずはない。盛大に喚かれ、毒殺疑惑をかけられてしまう。
「えーと……とりあえずさ、この世界の常識を前提にして色とか味を選んでくれる? 私が居た世界では青いカクテルなんて珍しくはないけど、この世界の人達からすれば、毒を盛られたように思えちゃうかもしれないからね? 常連になって信頼関係が築かれた後なら、勧めてもいいからさ」
ストップ! とばかりに二人の会話に割って入ると、姉弟は揃って瞬きし……自分達の落ち度に気づいたようだった。
「あらぁ……私達にとっては毒なんてそれほど意味がないから、気づかなかったわぁ」
「そ、そうですね! 何故か、失念していました!」
ルイの方はあからさまに顔を赤らめている。どうやら、私が指摘するまで気づかなかったことを恥じている模様。ソアラの方はのんびりと、私の言葉を反芻しているようだ。彼女の言い分を聞く限り、こちらは自分の種族を基準に考えていたらしい。
「マスターの創造物というだけではなく、貴方達は淫魔……人間とは種族差がありますからね。このダンジョンの者ならともかく、外からやって来た方達には人間の常識を前提にした方が無難でしょう。異世界の物であるという認識が広まれば、そういった心配もないでしょうが……」
アストの言葉に、ルイはゆっくりと首を横に振る。その表情はどこか強張っていた。
「いえ、これは気づかなかった僕らの落ち度ですよ、アスト様。指摘していただいて助かりました。聖さんに迷惑がかかる以上、細心の注意を払わなければ」
「そうねぇ、聖ちゃんの指示と思われちゃうものね。気を付けなくっちゃ」
「そうしていただけると助かります。聖だけでは脅威になりようがありませんが、外の人間からすれば、ダンジョンマスターとは悪の代名詞のように扱われる存在。まず、悪い方向に捉えられるでしょうからね」
三人は揃って頷き合っている。おおぅ……そういえば、私は所謂『敵』というポジションだった! あまりにも自分とはかけ離れた立場だから、すっかり忘れていた。
「聖も気を付けてくださいね? いくら貴女が無害で何の能力もない存在だろうと、創造主様より賜った立場は変わることがありません。このダンジョンの中核である以上、狙われることが当然なのですから。寧ろ、名声を得たい者にとっては、格好の獲物でしょう」
「はーい、気を付けまーす」
「僕がお守りします! 聖さんには指一本触れさせませんよ」
「あらあら、我が弟ながら頼もしいわぁ。ふふ、私もいるから大丈夫よ? 聖ちゃん」
返事をすれば、満足げに頷くアスト。残る二人も頼もしい言葉をかけてくれている。彼らも自分達の存在がかかっている以上、他人事ではないのだろう。
……いや、ルイ? 「僕がお守りします!」って言ってくれるのはありがたいけど、君、戦えるの? ソアラさん、貴女は私よりも守ってあげたくなる見た目をしてるんですが!?
「宜しい。……ところで、何故、聖は『さん』付けで、私は『アスト様』なんですか?」
「私が頼んだ。色んな意味で無理があるから、『様』は止めてくれって」
「……。自分から上位であることを否定して、どうするんですか、聖……」
いいじゃん。私は隠居生活を楽しみたいだけなんだからさ。