第二十八話 『事態は悪化の一途を辿る』
ゼノさんや他の挑戦者達の好意に甘え、今まで以上に情報収集の効率が上がった。……が、それは同時に、『事態は結構ヤバイ』と私達に教えることとなった。
『遠い大陸から来た女性は自身の仕える神の教えの下、人々に安らぎをもたらしている』
『貴族階級、もしくは貴族の家で働く者達の間では、彼女は聖女と言われている』
『最近ではアマルティア姫も彼女の言葉に心酔し、かつての己が所業を恥じている』
言葉だけ聞くなら……いや、『本当に言葉通りの意味で済んでいるのなら』、良いことのように聞こえるだろう。だけど、良く考えると、これはかなりおかしい。
そう感じているのは私達だけじゃないらしく、不信感を抱いて距離を取る人達も結構いるそうだ。
これはダンジョンへ挑むような冒険者達も同様。彼らは自分自身の力で生き延びてきたプライドと自信があるので、安易に宗教といったものには頼らない傾向にあるんだそうな。
ジェイズさん曰く『【神に祈っても、どうにもならない】と知っているから』。そんな不確かなものに意味はない、と。
……。
おそらくだが、そう思うに至った切っ掛けがあったのだと思う。過去に一度は神に縋り、そして願いは叶わず、自分の力で足掻くことを選択したんじゃなかろうか?
その結果が冒険者という立場であり、ダンジョンへの挑戦もその一環。だからこそ、人々を安易に惑わす『聖女』という存在への不信感が強い気がする。
まあ、そういった過去がない私からしても、今の状況はおかしいと思うしね。
お貴族様って、得体の知れない人に対して、そんなに寛容だったっけ?
『勇者』にあれだけのことをやられたのに、『聖女』には警戒心ゼロか?
そもそも、アマルティアって、そんなに素直な性格してないよね?
他にも思うことはあれど、凪の時の騒動を知っていると、この三つは真っ先に思うはず。
特に最後のアマルティアのこと! 母親や王様に言われてさえ治らなかった『あの』性格なのだ、いくら優しいことを言われたとしても、神に心酔するなんて想像がつかない。
「やはり、アマルティアを取り込んでいると見るべきでしょうね」
報告書を呼んでいたアストが難しい顔をするけど、私は肩を竦めるだけだ。
「それでも今、危険を冒す気はないよ。サージュおじいちゃんからの連絡がない以上、対抗手段らしきものがないもの。こちらを警戒されても困る」
私の言い分は『アマルティアを見捨てる』と言っているに等しい。それはアストも判っているはずだが、苦言を呈してくることはなかった。寧ろ、当然とばかりに頷いている。
「その選択が妥当でしょう。まあ、アマルティアがどれほど『聖女』に関わっているかは判りませんが、布教に手を貸していた場合、無関係では済まされません。我々としても、現時点では何もできませんよ」
「だよねぇ。それに、私達が最優先にすべきは彼女じゃないもの」
「ええ、その通りです」
冷たいようだが、それが現実だろう。『聖女』を危険視する者もいる以上、アマルティアに忠告する者とているはずなのだ。
それでも報告にあるような状態ならば……まあ、私達が何を言っても無駄だろうよ。
「そもそも、こういった情報が我々の下に流れて来るということは、『聖女』に対して警戒心を持つ者――貴族、もしくは貴族に準じる立場の者が情報提供をしているはずです。すでに何らかの手を打ったにもかかわらず、効果がなかった……という可能性もあります」
僅かに目を眇め、嫌な方向へと掘り下げるアスト。希望的観測はしないというか、アストは非常に冷静だ。だが、私もアストの言葉が正しいと思ってしまう。
「ちょっと甘く見てたかなぁ……サージュおじいちゃんは『アマルティアを通しての干渉だったとしても、かの者はこの世界の神ではなく、それも蜘蛛の糸のような細い繋がり』って言ってたから、これほど早く影響が出ると思わなかった!」
がしがしと頭を掻くも、アストからは咎めるような言葉は来なかった。と言うか、アストも苛立たしげに指先でコツコツとテーブルを叩いている。
「凪が界渡りしてまで逃げ出す理由がよく判るわね。こりゃ、同じ世界に居たら打つ手なしだわ」
「神の助力を直接得ている加護持ちならば、これでも影響力が弱い方なのでは? 加護よりも劣る『祝福』持ちであり、界渡りと転生を繰り返して影響力が弱まっていた凪でさえ、周囲の人間達は盲目的な好意を見せたと聞きましたが」
「うん、そう聞いてる。……そうか、そう考えると、これでもかなり弱まっているのかぁ……」
二人揃って、溜息を吐く。神とは恐ろしい存在なのだと、改めて痛感して。銀髪ショタ(神)が友好的というか良い子なだけで、創造主によっては本当に、人間は替えのきく玩具扱いなのだろう。
アストは神から与えられる身勝手な恩恵――『加護』でも『祝福』でも可――を『呪い』と称したけど、確かに納得だ。
凪の場合は本人が拒否していたけど、受け入れた場合も幸せとは言いがたいに違いない。勿論、本人が気付くか、気付かないかは別にして。
だってこれ、絶対に『加護』や『祝福』を受けた人間の性格、歪むだろ!?
神の手先となって異世界に送り込まれるくらいだから、『聖女』は加護に感謝し、与えてくれた神に心酔しているとは思う。
思うけど……『現状を可能にしている力=神の加護』ってことは、それが失われた場合はどうやって生きるのさ?
やらかしたことの責任、全部自分に来るんだよ? 規模からして、責任取れなくない? 『加護』や『祝福』なしの人生が当たり前なのに、その『当たり前』ができなくなってるだろ?
「……今はサージュ様を信じて待ちましょう。ダンジョンマスター達の中に、似たような事例をご存知の方がいらっしゃるかもしれませんし」
「そうだね……それに賭けよう」
打開策が見出せないままの状況の悪化に、沈黙が落ちる。アスト共々、今は動くべきではないと判っているけれど、どうにも気分が落ち込んでしまう。
――そんな私達へと、突然の来客が告げられる。外からの来客用に作られた客室に赴けば、見知った顔が待ち構えていた。
「……アルド、君?」
「久しぶりだ、ダンジョンマスター」
超予想外の来客の正体は、この国の第三王子アルド。かつて、凪と共にこのダンジョンへとやって来た――ただし、目的は凪と違う――、正義感の強い少年だ。
凪の一件から、多少の親しさをもって『アルド君』と呼んではいるけど、王子様なんだよねぇ。
子供特有の、アルド君の真っ直ぐな気性は好ましいが、それだけでやっていける階級ではない。私との会話、そして凪の一件を経て、自分の気持ちに折り合いをつけたはずだ。
だが、目の前のアルド君の表情は暗い。以前は強気というか、自分の主張が正しいと思っていたからこそ、その目には強い光が宿っていた気がする。それに対して、今のアルド君は……落ち込んでいる、ような?
「どうしたの、何かあった?」
聞きながらも十中八九、その原因に心当たりがある。この子は基本的に真面目なので、『聖女』に対して不信感を持っている筆頭に思えるんだよねぇ……。
そう思った私の予想は半分当たりで、半分は予想外のことだった。
「ダンジョンマスター……貴女達には世話になりっぱなしだが、どうか我々を助けてほしい! これは僕個人の意志だけではなく、父上……陛下からの頼みでもあるんだ。僕は陛下の使者としてここに来たのだから」
「は!?」
言うなり、護衛の騎士達共々、頭を下げるアルド君。思わず、アストと顔を見合わせた。
まさかの、王様からの依頼! え、第三王子様が正式な使者なんですか? マジで!?
おいおい……もしかしなくても、こちらの予想以上に事態は悪化してたのか!?
「聖、とりあえず話を聞きましょう」
「……っ、そ、そうだね。まずは話を聞かないと」
蒼褪める私を思い遣ってか、アストが先を促してくれる。……落ち着かせるように、軽く背を叩くアストの手も優しい。そんなアストへと、瞬きのみで了解の意を示す。
――大丈夫、やるべきことは判っている。
私は一つ深呼吸し、出来る限り声が平静になるよう努めた。ここでアルド君達を不安にするのは悪手だ。
彼らは最後の手段として頼ってきたのかもしれないが、こちらの『聖女』迎撃準備は未だ、整っていないのだから。
そして……そのこと――抗う術があること、それが未だに未完成であること――を、アルド君達に悟らせるわけにいかない。
彼らが『聖女』に取り込まれかけているからこそ、情報が洩れることは防がなければならないだろう。
こちらの状況を知られ、『聖女』が先手を打って襲撃して来ても困るもの。私達は凪を犠牲にする気はないし、大人しく殺られる予定もない。
狙うのは勝利……異界の神の使者こと『聖女』の撃退なのだ。
「顔を上げて。とりあえず話を聞かせてくれる?」
さあ、幼い王子様? 貴方はどんな情報をもたらしてくれるのかな?




