第二十六話 『奇妙な噂』
今一つ説得力に欠けていた『異世界の神からの干渉、その起点はアマルティア』という仮説。それを補う……と言うか、ほぼ正解と思われるルイの意見に、サージュおじいちゃんは大興奮。
呆気に取られて見つめるだけの私達だったけど、ここには場を収める救世主もいたらしい。
「はいはい、おじいちゃん落ち着いて。ルイさんにも迷惑だし、おじいちゃんはいつも『冷静さを欠いてはならん』って、言ってるでしょー? 少し、落ち着こう?」
サージュおじいちゃんの補佐役にして、孫扱いされているミアちゃんであ~る!
見た目は中性的(……と言うか、実際に中性らしい)な十代前半の可愛い子だけど、その実態はアストよりも先に作られた魔人さん。つまり、アストよりも年上。しっかり者なのも、納得です。
「む? お、おお、すまん! つい、盛り上がってしまった」
慣れた様子で諫める孫(=ミアちゃん)の声に我に返ると、サージュおじいちゃんは照れたように笑った。……二人を見つめる皆の目が生温かいのは、仕方ないと思う。
「と、とにかくじゃ! ルイの予想は間違ってはいないと思うぞ。それならば、アマルティアが精神的に不安定になったことも説明がつく」
「あ、やっぱりアマルティアも被害者だったりします?」
「うむ。血を引いていると言っても、それは微々たるもの。それを通しての異界の神からの干渉ともなれば、負担は大きかろうな。こちらに強い恨みを抱いておったことも、都合が良かったのじゃろう。……アマルティア自身の負担を考えなければ、じゃがな」
『ああ……』
サージュおじいちゃんの言いたいことを察し、皆が黙り込む。つまり、『アマルティアを犠牲にして、凪に干渉してきた。神の力はとても強いから、アマルティアの精神も無事では済まない』ってことか。
でも、納得できてしまう。凪にあれだけ酷いことをした神ならば、それくらいはやるだろう。
誰もがそう思ったのか、否定の言葉は上がらない。そんな中、サージュおじいちゃんは早々に対策を考えていたらしく。
「一つ提案なんじゃがな。……儂はミアと共に己がダンジョンに籠もり、異界の神の力を阻害できるような術式を編み出そうと思う」
あっさり凄いことを言い出した。いやいや、それって可能なの!?
「異界の神の力を阻害……サージュ様といえども、それは大変ではありませんか?」
アストが現実的なことを言うが、サージュおじいちゃんは首を横に振った。
「それでも、やらねばならんのよ。送り込まれた異界の神の使者はおそらく、加護を受けとるぞ。そうでなければ、乗り込ませる意味がないからの。今のままでは、絶対に勝てん」
「……」
『相手はそんなに強いの?』とは言えなかった。銀髪ショタ(神)は否定しないし、何より……あまりにもサージュおじいちゃんが真剣だったから。
「サージュ。任せてしまってもいいかな? 僕は一応、全てのダンジョンマスターに通達しておく。この国で行動を起こすとは限らないものね」
「そうですな、その方が宜しいでしょう。凪のように魅了持ちだった場合、国を動かして敵対してくる可能性もありますからな。何せ、異界の神にとってこの世界は『他人事』。どれほど乱れようとも、気にも留めないでしょう」
ですよねー! 私達は凪に対するあれこれを知っている上、今回に至っては、神達の間で結ばれている禁止事項さえもシカトされている。私達の警戒心もMAXになるってものだ。
では、私達も動きましょうか。このダンジョンが挑戦者と友好的な関係を築けているからこそ、他のダンジョンにはできないことが可能なのだから。
「じゃあ、暫くは情報収集だね。あちらの目的が凪なのか、それとも別のことなのか判らないけど、このダンジョンは外の世界の人達と友好的な関係を築けているもの。ここに来る人達も『情報は大事だ』って言っていたから、噂話には敏感だと思う。多分、情報提供者になってくれるよ」
「うむ、頼んだぞ。儂らは自分がすべきことを優先しよう」
頷き合って、確認を。役割分担ができた以上、迷っている暇はない。
「身勝手な悪神に、人の意地を見せてくれる……!」
「おー、頼もしい!」
やる気に燃えるサージュおじいちゃんは本当に頼もしく見えた。思わず、拍手する私達を、アストが呆れた目で眺めている。いいじゃん! これくらい。
……でも、確かに、サージュおじいちゃんは少し落ち着いた方がいいのかも。血圧といった体調関連の心配はないけれど、興奮のあまり、別方向にはっちゃけそうなんだもん。
ミアちゃん、サージュおじいちゃんのお世話、宜しくね! おかしな方向に行きそうになったら、全力で止めてやって。
※※※※※※※※※
それから、私達は情報収集に努め出した。
大々的に何かをするわけではなく、ダンジョンの挑戦者達との交流を増やした程度だけど、私達に慣れてきた人達は気さくに世間話に興じてくれる。
そんな中、ゼノさん達から『奇妙な噂』がもたらされた。彼らから『話したいことがある』と提案され、それならばと居住区の方に招いたら……何と言うか、実にタイムリーなお話が聞けてしまったのだ。
私の傍に控えていたアストも予想外の事態に、呆気に取られている。
「……はぁ? 『聖女様』?」
「何と言いますか……随分と学習能力が低いのですね。『勇者』の次は『聖女』ですか」
「ああ。俺達は凪のことに関わったから、一時的とはいえ、国が召喚術にビビってるのを知っている。それを踏まえると、どうにもおかしいと思ってな」
ゼノさん達は凪が『勇者』と呼ばれていた頃、このダンジョンに襲撃してきた時も居住区に居てもらった。だから当然、凪の事情も話してある。
その時の反応は、確実に私達の側と言えるものだった。ゼノさんとシアさんは年下の冒険者達の面倒を見てやることが常の兄貴と姉御だし、カッツェさんとジェイズさんはそれなりに苦労した人達だ。それもあって、凪にはとても同情的だった。
今回の情報提供も、私達を案じてくれたのだと思う。『聖女』という単語に凪のことを思い浮かべ、関連性があるんじゃないかと疑ったからこそ、わざわざ教えに来てくれたんじゃないかな。
「あたし達はこれでも、そこそこの情報通なのさ。だから、まだ民間には出回っていない噂だよ。だけどねぇ……『それが情報として伝わる』ってのが、奇妙なのさ」
「そうなんだよな……凪のことがあったから、『聖女』や『勇者』なんて存在に、お偉方はビビってるはずだろ。姉御の言葉じゃないが、万が一、召喚しちまったとしても隠すと思うぜ」
シアさんに続き、カッツェさんまで『噂が出回ることがおかしい』と言ってきた。
……。確かに、凪のことで痛い目を見たはずの国が、そう間を置かずに次の召喚を行なったというのは不思議だ。少なくとも、凪は『召喚は誘拐であり、召喚された存在がこちらに都合がいい存在とは限らない』と突き付けたはず。
ぶっちゃけ、彼らにとっては命の危機なのだ。学習能力がなくとも、同じ轍を踏むまい。
「あのさ、聖の嬢ちゃん。俺達は国が乱れることは望まないし、ここの連中だって気に入ってる。だからな、何かあるなら俺達を頼れ」
「ジェイズさん?」
きょとりと、幾分上にあるジェイズさんの顔を見上げれば、にかっと笑って頭を撫でられる。
「聖の嬢ちゃん達、情報を集めてるだろ。巻き込まないのは、俺達を国のお偉方と敵対させないためだろうけどさ、巻き込んでくれて構わないんだぞ?」
「いやいや、『聖女』の噂が出始めている以上、危険でしょ!」
私達はこのダンジョンに引き籠もれば安全だ。たとえ攻めて来られたとしても、マスター権限でダンジョンの出入り口を閉ざしてしまえばいいだけなのだから。
対して、ジェイズさん達には逃げ場がない。ここに匿うことはできるけど、彼らの生活の場は外の世界であり、ダンジョンのような閉鎖された場所で生きるのは似合わない。……そんな真似はさせたくない。
だけど、私達のそういった考えはお見通しだったらしく。彼らは顔を見合わせると、笑って頷いたのだ。「だからどうした」と。
「この国がおかしなことになったら、俺達だって困るんだ。ま、先行投資みたいなもんだな。俺達がヤバいことになったら、ここに匿ってくれや」
「そうさね。ジェイズの言うことにも一理あるんだ。年下が遠慮なんかするもんじゃないよ」
「……俺達もここには世話になっている。なくなっても困るしな」
「兄貴達もああ言ってるし、外の情報収集は俺達に任せな」
ジェイズさんに続き、シアさん、ゼノさん、カッツェさんまでもが『頼れ』と言ってきた。困って傍に控えていたアストに視線を向けるも、アストも苦笑しながら「いいんじゃないですか」と言ってくる。
優しい、優し過ぎる人達だ。だからこそ、巻き込みたくはなかったけれど……彼らからの申し出がありがたいのも事実だった。
私は……私『達』は凪を守りたいだけでなく、銀髪ショタ(神)が大切に守り、挑戦者達が必死に生きているこの世界が乱れることを望まないのだから。
「ありがとう! じゃあ、お願いします」
「おう! 任された!」
深々と頭を下げれば、がしがしと強い力で再び頭を撫でられる。それはとても力強くて、温かい手だった。……ちょっと、元の世界の家族を思い出したのは秘密だ。
ゼノさん達の好意を無駄にはしない。全力で抗って、あいつらをこの世界から叩き出してみせるからね!




