第二十四話 『忍び寄る悪意』
「……」
私達が手渡した資料に目を通していくうち、サージュおじいちゃんの顔は徐々に厳しくなっていった。比例して、その姿を見ている私達も不安を募らせていく。
「……。ふむ、確かに見過ごせるものではないの。早めに手を打とうとしたことは正解じゃな」
「やっぱり、気になることがあるんですか?」
「まあ、な。あくまでも儂の知識の及ぶ限りではあるが、この『夢への干渉』が気になるの」
ほれ、とサージュおじいちゃんが指差したのは、凪が見た夢の項目。
「呪術……所謂、『呪い』というものにはな、『対象の精神に干渉し、誘導する』というものがあるのじゃよ。酷いものになると、洗脳に近い」
「ええと、それでいくと、凪の場合はどんなことを狙っていたんです?」
とりあえず重要なのはそこだろう。少なくとも、洗脳とかではないはずだ。
と言うか、凪が私に連なる者――ダンジョンマスターに創造された魔物――である以上、不可能なはずだよね。
皆もそれは不思議に思ったのか、アストが代表するように質問を投げかけた。
「サージュ様。凪へと干渉を試みるならば、まずは聖が狙われるはずではありませんか? 凪は聖の手によって魔物化されていますから、精神方面に働きかける呪術の類いは効きにくいかと」
アストの問いに、サージュおじいちゃんは一つ頷いた。それも事実である、と。
「そうじゃな、それも一理ある。じゃがなぁ……凪はかつての世界において『祝福』を受けとるじゃろ? 魂に施された繋がりとも言うべきものは、そう簡単に消えんのよ。この世界の創造主、そしてダンジョンマスターの二人がかりで抑え込んでいるに過ぎん。『効果はないが、繋がりは消えておらん状態』というところかの」
「ってことは、洗脳するような力はないけど、不安を煽ることはできるってことかな?」
「それに近いと思うぞ? 特に、凪はこれまで影響を与えてしまった者達に対する罪悪感を持っておる。付け入るには十分な隙であろうな」
私達は顔を見合わせた。確かに、凪は自分が不幸にしてしまった人達への罪悪感を持っている。
だけど、それはあくまでも『過去のこと』であり、誰かの干渉があったとするならば、その目的は凪を苦しめるためのものであるはず。
「創造主様のお力とダンジョンマスターの支配力を超えて、凪に干渉する……そのようなことが可能なのでしょうか? かつての世界の者、もしくはあちらの創造主であったとしても、そう簡単には成し遂げられないと思うのですが……」
「うん、僕もそう思う。今の凪の体はこの世界で作られたものなんだから、それに影響を与えるって相当だよ。サモエドが唸り声を上げた以上、何らかの干渉はあったと思うけど……それを可能にした『何か』が判らないよね」
銀髪ショタ(神)の影響力を知っているせいか、アストは困惑しきりだ。そう思ったのはミアちゃんも同じらしく、サージュおじいちゃんの言葉を待っているようだった。
「……あくまでも、儂の臆測じゃが」
皆の視線を受け、サージュおじいちゃんは再び資料を捲る。
「このアマルティアという王女。こやつが接点になっておらんかの?」
『は?』
予想外のことに、皆の声がハモった。アマルティア? あの王女が異界の創造主との接点?
「アマルティアが精神的に不安定になっているのは事実みたいですけど、彼女と凪には接点なんてありませんよ? しいて言うなら、凪が召喚されてからの顔見知り程度のはずですけど」
自分で言いながらも、私自身があまり信じていない。『顔見知り』とは言っても、アマルティアが一方的に凪の存在を知っていただけに近いのだから。
だけど、サージュおじいちゃんは私の言い分に、首を横に振った。
「そういう意味ではない。『凪』という個人ではなく、『この世界』、もしくは『この国』という意味じゃよ。……王族の血は広く、深く、根付いているもの。その直系に干渉できれば、その影響力も同じだけ広がるじゃろう。そうじゃな、土台ができる、とでも言った方が判りやすいかの。そ奴らを介して凪に干渉してくるなら、罪悪感を煽る程度のことはできようぞ」
「つまり、アマルティアさえ手中に収めていれば、凪への弱い干渉は可能ということですか。この世界の住人を介しての干渉……しかも、凪は元の世界との繋がりが完全に切れていない。そこを突かれている、と」
「うむ。と言っても、本当に極僅かというか……精々、不安にさせる程度で、洗脳のような真似はできんだろうがな。蜘蛛の糸よりも細く、薄い繋がりでは、それが限界じゃろう」
魔法全般が得意らしいルイの考察に頷きながらも、サージュおじいちゃんは『大して影響力はない』と言い切った。その途端、皆の表情に安堵が滲む。
「良かったー! サージュおじいちゃん、ありがとう! これで少しは安心できるわ」
「いやいや、まだ喜ぶのは早いぞ? 王女への干渉が事実ならば、『それを可能にしたもの』の正体を見極めねばならん。これからが本番じゃな」
……それもそうですね。いかん、喜んでいる場合じゃなかったか。
皆は揃って思案顔になり、其々、サージュおじいちゃんから言われたことを考えだした。
凪が『アマルティアの様子は、かつて【呪い】に狂わされた人達と似ている』と言っていたので、サージュおじいちゃんの予想は間違っていないと思う。
だけど、それが正しいならば、世界を超えてアマルティアへの干渉を可能にしたものがあるはずだ。
凪への干渉はともかく、アマルティアのことに関しては全く判らない。銀髪ショタ(神)が世界に直接関与しないという方針を貫いている以上、あの子が気づかない『何か』があるはず。
というか、異世界からの干渉の起点と成り得る要素が判らないってのも不気味だ。そもそも、他の創造主の支配下にある世界に干渉するって、遠回しに喧嘩売ってるってことじゃないの?
だって、私がこの世界に連れて来られる時は、元の世界の創造主の許可が必要だったもん。
それを無視している以上、銀髪ショタ(神)にとっても無視できない案件だろう。ああ、忠誠心溢れる補佐役・アストの表情が厳しいものになっている……!
――しかし、事態は私達の予想よりも悪い方向に進展していたらしい。
「聖……っ」
「キャン!」
「へ? ……って、ちょっと、どうしたの!?」
いきなりサモエドの上に振ってきたのは、まさに今思い描いていた人物――銀髪ショタ(神)こと、この世界の創造主。
毛玉なサモエドの上に落ちたので、怪我とかはしていないみたいだけど……何だか、具合が悪そうだ。
「「創造主様!?」」
ミアちゃんとアストが揃って声を上げる。この二人が慌てているってことは、こんなことは今までになかったのだろう。一気に、この場に緊張が走った。
「ちょっと! 一体、何があったの!」
「キュウ! キュウキュウ!」
とりあえず抱き抱えると、痛みと驚きから回復したサモエドが心配そうに銀髪ショタ(神)を覗き込んで、鼻を摺り寄せた。アストとミアちゃんもすぐ傍に控えている。
そんな私達へと、銀髪ショタ(神)はとんでもない爆弾を落としてくれた。
「この世界へと、無理矢理やって来た人がいる!」
「え、また召喚をやらかしたの!?」
思わず、顔を顰めてしまう。あれほど凪に脅かされたはずなのに、まだ懲りてないなんて……。
だが、銀髪ショタ(神)は首を横に振った。
「違う。今回はあちらから無理矢理送り込んできたんだ。だから、僕もダメージを受けてる」
その途端、アストとミアちゃんが驚きの声を上げる。
「!? お待ちください、それでは……っ」
「別世界の創造主が直接、干渉してきたってことですか!? 規定違反でしょう!」
「……規定違反? って、何?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、アストが苛立ちを隠そうとしないまま答えをくれた。
「神の力、もしくは存在というものは非常に大きなものなのです。まして、別の神の支配下にある世界に干渉するなど、喧嘩を売っているようなもの。いえ、それだけではありません。力どころか、感情のぶつかり合いの余波を受け、世界そのものが壊れかねないのです。ですから、禁止事項として、創造主様方に通達されているはずです」
「めっちゃ破ってるじゃん! 銀髪ショタ(神)が具合悪そうなのは、それが原因か!」
即座に突っ込めば、アストとミアちゃんが苦々しく頷いた。
「うちの世界はまだできたばっかりに近いから、大ダメージだよ! 多分、創造主様は世界にかかる負担を自分で受けたんじゃないかな? ……世界が壊れるよりはマシだろうしね」
苛立ちゆえか、私に対するミアちゃんの口調が通常に戻っている。どこか悔しげなのは、それが銀髪ショタ(神)にしかできないことだからだろう。
どんなに代わってやりたくても、この世界において最も強く、神の力とやらに耐性があるのは、同族の銀髪ショタ(神)なのだから。
――それに。
私達は銀髪ショタ(神)がどれほど、この世界を大事にしているかを知っている。
だからこそ、銀髪ショタ(神)の選択を否定できないし、諫めることもできない。……代わってやることなど、論外だ。消滅覚悟で頑張ったとしても、代わりなど務まらないだろう。
「……。どうやら、このダンジョンだけの問題ではなさそうじゃのう」
厳しい顔をしたサージュおじいちゃんの言葉が重く響く。それでも私達には、足掻く以外の選択肢はない。何故なら――
「ふざけんじゃないわよ、クソ神が! こちとら、死後の延長組だ! 徹底的に抗ってやらぁ!」
もう死んでるんだもの、私達ダンジョンマスターって。
怖いものなんて、ないに決まってるじゃない! 何を送り込んできたか知らないけど、簡単に思い通りになんてさせてやらないんだからね!




