第二十三話 『頼もしい協力者』
凪が感じた『アマルティアの異変』。元論、彼女の性格も相当にアレなので、単に『現状を受け入れられないだけ』という可能性もある。
だけど、私達にはもう一つの懸念材料があった。それは――
「サモエドの反応、ですか……」
私の膝に頭を乗せて、すぴすぴと眠るサモエド。その平和な寝顔を眺めつつ、ルイが首を傾げる。
「サモちゃんが呻ったりするなんて、聞いたことないわねぇ」
ソアラもそういった話に心当たりがないらしく、困惑気味だ。それは当事者である凪、エリク、アストも同じらしく、やはり違和感があるらしい。
私がアストに話しておいた『凪を起こす時にサモエドが呻った』という事実。普通の犬ならば珍しくはないのかもしれないが、サモエドはフェンリルである。
しかも、誰にでも笑顔を振りまくので、すっかりマスコット扱いが定着しているほど、凶暴性とは無縁だ。
「飛び掛かったとかなら、まだ判る。だけど、サモエドが呻るなんて、聞いたことがない。だから、『そうするだけの何かがあった』ってことじゃないかな」
「聖に相談された時はあくまでも疑惑のままでしたが、凪までアマルティアの異変を感じたとなると、少し警戒した方が良さそうですね。創造主様には一応、報告してありますが……」
私とアストの言い分に、皆は一様に顔を曇らせた。決定打に欠けるけど、無視もできないという、非常に曖昧な案件だ。気のせいと言ってしまえたら、楽なんだけどね。
「うーん……俺もサモエドの唸り声なんて聞いたことないですね。というか、あのクソ女の自分勝手は今更じゃないですか? 凪もそれを知っているはずなのに、違和感を覚えたってことは……やっぱり、気のせいで済まさない方がいいと思いますよ? 凪だって、気になるんだろ?」
「ああ。気のせいと言ってしまえばそれまでなんだが、以前はそう思わなかったからな。そもそも、あの王女は随分と強かだったはずだ。精神的に脆くなるよりも、強い恨みを抱く方が納得できる」
「だよなー! あいつ、そんなに柔じゃないと思う。陛下の言葉を無視し続けて、婚約解消にまでなった女だぞ? 自分の行動がどんな影響を及ぼすかも想像できない馬鹿だし、単純に恨むだけな気がする。凪に脅された時の恐怖だって、喉元過ぎれば怒りに変わるさ」
やはり、皆も違和感が拭えないらしい。エリクは盛大に毒を吐いているけど、私達の抱くアマルティアの印象だと、エリクが言った内容の方が納得できる。
うーん、このままでは、疑問のままで終わっちゃうだろうな。それはちょっと危険な気がする。暫く考えて……ふと、私の脳裏に『とある人物』が浮かび上がった。
……あ。いる。一人……いや、二人いるじゃん! 相談できそうな人達!
「よし、サージュおじいちゃん達に聞こう!」
『は?』
唐突に言い出した私に、皆が揃って疑問の声を上げた。
「サージュおじいちゃん達は当事者じゃない分、冷静な目で見てくれそうな気がする。第三者としての意見を聞くだけでもいいし、凪の夢やアマルティアの異変についても、似たような出来事を知っているかもしれない。あの人のいた世界って、魔法があるみたいだし」
先日知り合ったばかりのダンジョンマスター、サージュさん。知識が尊ばれる世界出身と言うだけあって、ダンジョンマスターを引き受けたのも『より学べるから』という、根っからの学者気質の博識な人。
あの人ならば、もっと踏み込んだ見解をくれるかもしれない。
「いいですね。聖、素晴らしい提案です! サージュ様ならば、こういったことに詳しいやもしれません。長い時間を存在してこられた方ですから、似たような事例をご存知かもしれませんね」
「でしょー? そうと決まれば、手土産の用意! アストはミアちゃんに連絡を入れて」
「判りました」
アストも賛同し、皆も不満はない模様。サージュおじいちゃんが私と同じ立場ということもあり、外の世界の人間達よりは信頼できるのかもしれない。先日の訪問以降、私が仲良くさせてもらっていることも大きいだろう。
「エリクはできるだけ凪と一緒に居てくれる? サモエドが一緒に居れば、似たような事態になった時は判ると思う。唸り声を上げた時は注意して」
「判りました! サモエド共々、凪に付いてますね」
「じゃあ、私とルイは情報を集めるわ。最近は休憩所の方でも軽食を提供していたりするから、挑戦者達からも情報は得られると思うわよ。ふふ、頑張りましょうねぇ」
――こうして役割分担が決定し、私達はサージュおじいちゃんを頼ることとなった。
※※※※※※※※※
――数日後。
サージュおじいちゃんとミアちゃん、ダンジョンに来てくれました! 感謝です!
というか、こちらの状況を説明したところ、サージュおじいちゃんの探求心を大いに刺激してしまったらしく、非常に乗り気になって、こちらに出向いてくれた。
こちらの面子は話し合いをした時と同じ。サモエドも前回同様、私の膝に頭を乗せてお昼寝中。……お子様だしな、サモエド。サージュおじいちゃん達を待っているうちに寝ちゃったのよね。
「ふむ、儂の知識が必要とされるとは嬉しいものじゃな」
「……いえ、こちらこそ、申し訳ないです。何せ、私が魔法のない世界出身なので、どうにもそういった方面には疎くって」
頭を下げると、サージュおじいちゃんは「気にするな」と言うように、私の肩を叩いてくれた。
「いやいや、それでも問題に向き合おうとする姿勢は実に好ましい。一番悪いのは、思考の停止じゃからな。頼られたことも嬉しいが、抗う選択をしたことが喜ばしい」
「思考の停止?」
それは『何も考えない』ということだろうか? 確かに、それは良くないことだろうけど。
視線で問えば、サージュおじいちゃんは満足げに話し出した。
「諦め、考えることの放棄、そして妥協。今あるものに満足することも重要じゃが、時には徹底的に抗い、先へと進まねばならん。……『苦難こそ、成長の糧』。儂の世界にある名言じゃよ。人はな、それほど弱くはない。時間がかかろうとも、いつかは成し遂げるものなのだよ」
そう言って、サージュおじいちゃんは私の頭を撫でた。ミアちゃんはそんな私達を、にこにこしながら見守っている。
「聖さん、おじいちゃんは嬉しいんですよ。頼ってもらえたこと、聖さんが問題に向き合い、解決しようと足掻いていること、そして……未知の出来事に遭遇できたこと。おじいちゃんは好奇心旺盛ですからね~、年甲斐もなくはしゃいじゃってるんです」
「これっ! ミア!」
「ごめんなさーい! でもね、聖さん。だからこそ、僕は大丈夫だと思うんです」
にこりと笑って、ミアちゃんは私の手を取った。
「貴女だけでなく、このダンジョンの魔物達は凪さんを見捨てない。必然的に、問題に向き合うことになります。そして、貴女達に頼られたおじいちゃんはやる気満々なんですよ? 創造主様もできる限りのことはしてくださるでしょうし、状況によっては、他のダンジョンマスター達の助力だって得られるでしょう。だから、何も心配いりません」
「そう……だね。うん、頼れる人達も、協力し合う仲間もいるもんね」
ミアちゃんの言葉に、肩の力が抜けた気がする。……どうやら、私は少し不安になっていたらしい。
ミアちゃんはいち早くそれに気づいて、言葉を尽くしてくれたようだった。
だって、私は弱いから。相手が神でなくとも、皆の助力なしには抗うことさえ困難だ。
「それにね、おじいちゃんが凄く楽しそうなんですよ! だから、僕達への負い目入りません。僕達は知的探求心を満足させたかった。聖さん達は凪さんを守りたかった。ギブ&テイクですよ」
「そうとも。お前さんも、補佐役も、ダンジョンマスターとしては随分と『若い』。これも経験の一つと割り切って結果を目指すのも、悪くはあるまい?」
ミアちゃんとサージュおじいちゃんによる『激励』、そして『協力要請への快諾』。この二人がどれほどの時間を過ごしてきたかは判らないが、二人が私達を案じてくれていることだけは伝わった。
まるでパンドラの箱のように、私達には『希望』が残されている。
凪が切っ掛けになって起こる苦難に挑み、解決することで、私達は成長するのだ。
『成長』! すでに死した私達が成長するなんて、何という奇跡!
「抗えるかな」
「諦める気はないのじゃろう? 儂も手を引く気はない」
ぽつりと呟けば、にんまりとした笑みでそう返された。……それで十分だった。アストとは別の意味で頼もしい『おじいちゃん』は、『敗北する気がないのだから』!
「では、こちらに目を通してください。これまでの経緯と、こちらが得た情報の全てです」
さて、私も腹を括ろうか。思い過ごしと判断するには少々、無理があるこの案件。だけど、抗えるだけ抗ってみようと思う、
――私達に『凪を手放す』と言う選択肢は存在しないのだから。




