第五話 増えゆく規格外の魔物達 ~ダンジョン、魔物事情~
ダンジョンの最下層にできた町も大分賑やかになってきた。建物はほぼ私の製作。これは万能というわけではなく、ある程度はマスター権限の『創造』で製作可能という程度。データベースにないものを作ったり、自分好みに作り替える場合は、自分達で何とかせねばならないらしい。
逆に、一度でも作ってしまえばデータとして登録され、今後は創造が可能になるとのこと。うむ、これは後に続くマスター達に優しい設定だ。確かに、一々初めから作っていたら、挑戦者の相手をする暇がない。
なお、『創造』に必要な魔力はダンジョンから供給されるらしい。今はリセットされた直後ということもあり、ほぼMAXの状態だった。そこから自分好みのカスタマイズを……という感じだが、実はちょっと頭を使う作業でもあったりする。限られた魔力の使い道、という意味で。
建物などは一度作ってしまえば、維持に魔力は必要ない。問題は『ダンジョン内部の罠』や『変化のある地形』。これらは維持するために魔力が必要らしく、常に一定値消費されていくそうだ。このダンジョンの住人達にも快適な環境を提供したい私としては、どうしてもこちらに比重が偏りがちになる。特に、人外な魔物達には重要だろう。種族に合った環境で生活したいよね。
獣系魔物達のために森林エリアは必須――「地下に森……しかも魔物達のためですか」とアストには呆れられた――だし、他の魔物達用に水辺――地底湖や水路――や洞窟なんかも必要。アストがキレたのなんて、些細なことさ。私のお家を自由にカスタマイズして何が悪い。
勿論、人型の魔物達のことも考えている。とりあえず作ったのは居住区とイベント会場(重要!)、皆の憩いの場兼食事処として酒場。他には大型の共同浴場――温泉だった! 過去に掘り当てて作った奴、グッジョブ! ――やダンジョン挑戦者用宿泊施設、病院、そして様々な店。今後も必要に応じて増えていくだろう。順調に賑わってまいりました!
ただ、酒場は食事処も兼ねているため、静かに飲みたい人や秘密の話し合いをしたい人には向かない。そういった可能性も考慮し、大人の雰囲気でお酒を楽しみたい人向けにバーも作った。
アストには「ここの住人向けの施設が妙に充実していくんですが、本来の目的を覚えてます?」などと言われたが、それは当たり前というものだ。住人達による、住人達のための、快適な環境だもの。何より、私が楽しく暮らせることが最重要。成人してるもの、お酒だって大好きさ!
ちなみにバーを営んでいるのは淫魔の姉&弟の二人。『ダンジョンの魔物達はマスターの創造物です』とアストが言っていたので、試しに姉弟設定にして創造。きちんと互いを自分の血縁と認識できていたので、成功だろう。外からやって来る人も利用する可能性があるため、人型の魔物が良かっただけなのだが……これが大・正・解。
美目麗しい姉弟の種族的な雰囲気もあって、一気に大人な雰囲気のお店へと変貌。
と言っても、二人の性格までアダルト方向かと言えば、意外とそうでもない。姉のソアラは面倒見のよさもあって皆に慕われるお姉さんだし、弟のルイは真面目ながらも人当たりの良い好青年。ただただ、種族的な見た目と雰囲気がお店に合ってしまっただけなのだよ。だから、二人を気に入って常連になる人もいる。
勿論、酒目当ての常連客も存在。美味い酒が飲める上、色気駄々漏れな姉弟がおもてなししてくれる店として、一部の酒好き達は早くも常連客となっていた。これは酒場を『気軽に通える店』みたいにしたことが原因だろう。うちの酒場のモデル、居酒屋なんだよねぇ。
酒場で飲めるのが基本的にビールか安い日本酒、種類の少ないワインなので、酒に拘りたい人向けではない。どちらかと言えば、料理に合わせたラインナップなので、軽いのだ。
――そんなわけで。
本日、私は通販した大量のお酒――日本酒、焼酎、ブランデー、ウィスキー、ワインにリキュール各種――を納品したついでに、アストとお酒を楽しんでおります。他に目的もあるから、今日この店は私達の貸し切りだ。マスター特権発動です。
「……で、この店を作った理由は聞いていますが。まさか、それだけとは言わないでしょうねぇ? わざわざ貸し切りにするくらいですし? 秘密のお話でもあるのでしょうか」
呆れた口調ながらも、アストはそれを確信しているようだった。私のことを二十一歳児とか言いつつも、それなりに認めてくれているのだろうか。
「あは、正解! っていうか、やっぱり判るんだ?」
「貴女は『意外と』考えているようですので。あくまでも、可能性という程度ですよ」
溜息を吐きながらも、その手には琥珀色の液体と氷が入ったグラスが握られている。私の影響か、異世界の食べ物は皆の口に合うらしいので、アストなりに気に入っているのかもしれない。
「まあ、ね。一言で言えば、外から『偉い人』が来た時の対策だよ」
「ほう?」
「もっと言うなら、平和的にこのダンジョンを認めてほしいからかな」
意味が判らないのか、アストは訝しげに私を見た。それが理由と思えず、疑っているらしい。
まあね、確かにここには酒しかないからね。これで脅威と認識できるかと言えば、不可能に思えるだろう。だが、『平和的に脅威と認識される方法』でなければ、このダンジョンに人を害する意図はないと思ってもらえまい。
そこに混じってくるのは、少し間延びしたようなお姉さんの声。
「聖ちゃん、私も聞いていい? こういったお店を任されるのは初めてだから、その理由を聞いておきたいわぁ。アスト様もここの常連になりそうだしねぇ?」
くすくすと笑いながら私達にナッツを差し出してくれたのは、ここを任されている淫魔のソアラ。そんな姉の態度に、真面目な性格をしている彼女の弟――ルイが嗜める言葉を口にした。
「姉さん、突然話しかけたら失礼だよ! ……すみません、聖さん。でも、宜しければ僕も聞かせてほしいです。求められる役目を知っていた方が、貴女の期待に応えられると思います」
ソアラは興味本位で聞いたようだが、ルイの方はより職務に忠実であろうとする気持ちからの行動だろう。私の影響は知識の共有程度しかないと言わんばかりに、真面目な性格である。
そんな姉弟の姿を眺めつつ、私は生温かい気持ちになった。温~い視線を向けているアストもきっと、同じことを考えているのだろう。
淫魔の能力なんて要らんだろ、この二人。姉共々、顔と性格で十分にモテる気がする。
ダンジョンへの挑戦者が二人に恋した場合、『何もしてません』と言って信じるのだろうか?
「妙に人間らしいというか、やはり、お二人にも聖の影響が出ていましたか……」
煩いぞ、アスト。ここの住人達は基本的に食事を取らなくてもいいんだから、平和的でいいじゃない! 淫魔が食事(意訳)をすることも、人間を餌認定して襲い掛かることもないんだから!
これ、マジなのである。『存在する魔物達はマスターの創造物』ということが事実だと、嫌でも思い知らされる情報なのだ。『ダンジョンに存在する魔物達は食事を必要とせず、排泄などもない』。私やアストも同様。ただ、外の人達が滞在した時に困るからトイレは設置されているし、食事を取る習慣も皆に根付いている。……栄養摂取ではなく、食事を楽しむという方向だけどね。
――限定された区域でしか存在できないなら、餓死するか、味方同士で共食いをするしかない。
魔物達が存在しているならば当然、食糧事情を疑問に思うだろう。その答えは『彼らはマスターの創造物』という現実を突きつけるものであり、本当の意味では生きていないと痛感させるものでもあった。
外からの挑戦者が常に都合よくやって来るわけでもないし、マスターの交代と共に存在をリセットされることも含め、これらの要素はダンジョン運営側の都合というやつなのだろう。
創造主は残酷だ。私のように彼らを『生き物』として扱うマスターが現れない限り、彼らは命令に従うだけの存在……『物』のまま。それが存在理由ということを本能で知っているから、本人達は疑問にすら思わない。ただマスターの命に従うのみ。
ここはそれが当然ではないから、アストは「妙に人間らしい云々」と言ったのだろう。アストも口で言うほど、今のダンジョンの在り方を嫌がっていないみたいなんだけどね。
なお、『創造』によって作られる魔物達は二タイプから選択可能だった。
・製作時のみ魔力が必要、倒されたら終わりの『使い捨て型』。
・製作後も魔力を必要とする代わり、倒されても一定時間で再生する『継続型』。
勿論、私は後者を選択。挑戦者に魔物が倒されても、私が無事なら、彼らは記憶や性格もそのままに還って来る。数で挑戦者を押し切ることも可能なため、多くのマスターは前者を選択するらしいが……私の場合は後者の方が都合がいい。仲良くなった魔物達にいなくなってほしくはないし、そういった要素があるなら、安心して挑戦者の元へ送り出せるもの。
喪失の悲しみなど要らん。娯楽施設と定めた以上、攻守どちらも死なせはしない。
与えられた箱庭は死の果てに得たものだ。魔物達にも仲間意識や感情があるからこそ、そんな悲しみは必要ない。あの男の子のように嘆く者など、このダンジョンには要らないのだから。
さて、話を戻そう。三人は私が口を開くのを待ってくれているし。
「脅威に感じるものって凄い武器とか、圧倒的な強さだけじゃないんだよ。特に、このダンジョンはアットホームな雰囲気だから、そういった恐怖を覚えにくい。それにさ、危険なものと思われた場合、人が下すのは『殲滅』か『近づかない』かのどちらかだよ? 共存するには怖過ぎるもの」
「まあ、そうですね。聖が言うように、人は力ある存在を恐れるあまり、その存在を消し去ろうとします。それがダンジョンへの侵攻理由にもなっていますよ」
頷き、納得する三人。皆は『過去、このダンジョンに存在した同型の種族の記憶』を情報という形で持っているらしいから、経験の一つとして覚えているのかもしれない。
「でも、それは私が望まない。適度に接触する程度の付き合いが、創造主の願いに近いとも思う。だから、『土産に持ち帰ることが可能』で、『高い技術が窺えて』、しかも『それを惜しげもなく持たせるほどの財力が予想される物』……酒類を見せつける方法を採ろうと思ったんだ。ボトルがずらっと並んでいるだけでも、この世界的には凄い光景なんじゃない?」
「なるほど。持ち帰って口にすれば、この世界の物とは比べ物にならないほど極上な酒だと判るということですか。それをたやすく持たせるだけの財力があるとも予想される、と」
「そう! 私が居た世界では大したことがなくとも、この世界的に考えた場合の評価は違う。しかも、危険なものではないから、人は恐怖を感じにくい。ううん、酒目当てにダンジョンに来る人だっているでしょうよ。人は娯楽や嗜好品を求める心に忠実なのよ」
一言で言えば、『危険視されずに、興味だけを引こう』・『ダンジョンで手に入る物の価値をアピール』という二点。外からやって来た騎士様あたりをここに連れて来てもてなせば、偉い人達にも報告という形で伝わるはず。
「そうねぇ……確かに、聖ちゃんが用意してくれるお酒は、この世界の物より遥かに美味しいわ。酒場で出しているワインだって、不純物なんて入ってないし」
「……ソアラ、あれは五百円程度のワインです。安酒です」
思わず突っ込めば、ソアラだけではなく、残る二人もぎょっとして私をガン見した。
「ええ!? 子供のおこづかいでも買えちゃうじゃない! 嘘でしょう!?」
「マジでーす。高い方は千円位だった気がするけど、酒場に高いものはないよ。気楽に飲めるデイリーワインなの。食事に付けるちょっとした贅沢、程度かな?」
「聖ちゃんの居た世界って、凄いのねぇ」
ソアラが代表するかのように、しみじみと呟く。……どうやら、創造主に願ったことは間違っていなかったらしい。宝箱の中身は何とかなりそうだよ? アスト。