第十九話 『アマルティアの謝罪 ~ただし、本人的には不本意~』
――数日後、ダンジョンにて
「この度は、こちらの申し出を快く受けてくださり、感謝いたします」
「いえ、『快く受けて』はいませんよ♪」
「は……そ、その……」
「あれだけのことをしておいて好意的に見て欲しいとか、ないわー」
「も、申し訳ありません!」
アマルティアに付いてきた騎士達――護衛という名の監視だろう――は私の態度に何かを感じ取ったのか、深々と頭を下げた。
そんな姿を見ても、私は彼らが気の毒なんて思わない。
だって、この訪問さえも一方的な通達じゃん? 最初から好感度はマイナスだ。
何より、ダンジョン入り口で待機しているアマルティアは、物凄く不機嫌そうにしていると聞いている。おそらく、この謝罪にも納得していないのだろう。
……で。
そんな態度のアマルティアを見れば、誰だって謝罪する気がないと判るわけだ。謝罪以前に、こちらの不興を買う事態になりかねないと考えるのが普通。
さすがにそんな危険は冒せないと思ったのか、護衛の中から二人ほど騎士が先行し、私に挨拶に来た……というのが現状だ。
いくら相手が『見た目・小娘なダンジョンマスター』であろうとも、腰が低くなるってものですよ。この後のことを考えたら、機嫌を損ねるわけにはいくまい。
悲しきかな、中間管理職……ですらない、近衛騎士。花形騎士とて、今はただのパシリ要員。
「そもそも、彼女は謝罪する意思があるの? そうは見えないっていう、報告が来てるけど」
「そ、それは……! ……。いえ、謝罪はしていただきます」
ちくりと嫌味を言えば、騎士達は可哀想なほど恐縮し……けれど、強い口調できっぱりと言い切った。その表情も情けなさを滲ませてはいるものの、真剣そのものだ。
「陛下直々の命であると同時に、今後の生活がかかっていることも説明されているのです。アマルティア様は王女……それ以外の生活など知らぬ方。現実が見えないほど、愚かではありますまい」
「なるほど、最低限の生活を送るためにも謝罪するだろう、と?」
「はい。情けない話なのですが、これまで好き勝手にされてきたアマルティア様にとっては、それが一番効果があるだろうと。……陛下相手ですら、この状態なのです。何卒、寛大な対応をお願いしたいと思っております」
つまり、こちらが大人の対応をし、アマルティアを許してやってくれってことですか。
ふーん、へーえ、ほーお……まあ、いいけどね。こちらにも思惑があるから。
「それなら、まずは私以外の魔物達と会ってもらいましょうか。いきなり私相手に暴言を吐く可能性がある以上、ワンクッション置いた方がいいでしょ」
妥協案とばかりに告げると、騎士達は顔を見合わせ……やがて頷いた。
「お願いします。こう言っては何ですが、アマルティア様が最も強い感情を抱いてらっしゃるのは、マスターである貴女とエリクだと思いますので」
「では、エリクも最初は席を外させましょう。……エディ! 彼らと一旦外へ。転移法陣を使ったスタッフルートで、居住区まで連れて来てくれる?」
「判りました」
すぐ傍に居てくれたエディに依頼し、私は彼らを見送った。そして……彼らの姿が消えた途端、アストが姿を現す。
「宜しいのですか? 居住区に招いて」
「ふふ……ダンジョンを攻略中の挑戦者達の邪魔になるわけにはいかないでしょう? もっとも、話し合いの場は居住区だけど、話し合いの様子はモニターで全ての休憩所に中継されるけど」
にこやかに笑って、ネタばらしを。アストも事前に聞いていたためか、肩を竦めただけだった。
――そう、『話し合いの場を中継するだけ』。だが、これは重要なことでもあった。
「私達からすれば、きちんと話し合いに応じた証人を確保できるし、アマルティアが醜態を晒せば、それが挑戦者達によって広まる。自己防衛は必須よねぇ?」
「おや、あの王女がまともに謝罪をするとお思いで?」
問い掛けながらも、アストは口元を歪めた。その表情は『そんなことは無理と、判っているのでしょう?』と言っているよう。私もにやりとした笑みを返す。
「国は『自分達はアマルティアとは違う』とアピールしたいんでしょうね。だから、協力してあげるんじゃない! ……まあ、居住区では人型の魔物達がまず対応してくれるから、アマルティアも話しやすいでしょうよ」
そこで素直に『ごめんなさい』できれば、私に暴言を吐いても言い訳が立つ。こちらもアマルティアには期待していないので、最低ライン――私やエリクはともかく、魔物達に謝罪すること――をクリアーできれば、水に流そうと思っていた。
ここが娯楽施設である以上、大人の対応は必要なのだ。そうした対応ができることを利用者達に知ってもらう意味でも、損にはなるまい。
ただし、罠もしっかりと用意されている。……謝罪は居住区に居る魔物達に囲まれた状態で行なわれるのだ。当然、厳しい視線はビシバシ向けられる。
「ルイ、ソアラ、エディ、凪の四人にアマルティア達の対応は依頼済みだよ。いやぁ、アマルティアの反応が楽しみだ! この面子はファンが多いから、暴言吐くと大変だね♪」
我がダンジョンにおいて、人気のある人型魔物な皆さんをセレクトしております。基本的に、魔物達は挑戦者に優しいと言うか、誠実な対応をとってくれているので、誰に任せても問題ない。
人気の秘密は『容姿』、『人当たりの良さ』、『面倒見の良さ』といった要素だろう。世話になった回数が多い、ということも一因だ。
「おや、凪を会わせてしまって、大丈夫ですか?」
意外とばかりに、アストが軽く目を見開いた。まあね、凪はかなり怒っていたからね。だが、アマルティア達の目的を考えると、私か凪のどちらかが最初から会うしかない。
「私もそう思って凪に伝えたら、『俺が会う。聖が不快な思いをすることはない』って。エリクの一件はもう済んでいるから、私か凪が謝罪を受けるしかないのよね。最悪の場合、凪に謝罪できれば目的は達成できるんだし」
「ああ、成程……『恐怖を与えた凪相手ならば、謝罪する気も起きるだろう』ってことですか」
「ぶっちゃけると、その通り。そう何度も来られても、迷惑なんだもの」
アストが呆れた眼差しを向けて来るけど、事実であ~る。こちらはイベントを控えているのだ、そうそう国の事情に付き合わされても困るのよ!
「それならば、私も凪達に混ざりましょう。私の立場はダンジョンマスターの補佐ですから、『聖の代わりに謝罪を受け取った』ということにできますし」
「あ、お願いできる? ……っていうか、アストは凪が心配なんでしょ? ルイ達も最初、そう言って渋ったんだよね」
「ええ。凪は少々、自己犠牲が過ぎるところがありますから。それに未だ、精神が不安定になることがあるようです。あの王女には関わらせたくないのが本音ですよ」
そう告げるアストの顔に苦いものが浮かぶ。私も同様。こればかりは魔物化したところでどうにもならないので、長い時間をかけてのケアが必要なのだ。
凪は長過ぎる苦難の時の記憶全てを有しているため、微妙に壊れている……らしい。私に対する依存もその影響と言われている。
その反面、自分に対する執着が薄いので、『仲間の代わりに苦痛を背負う』というフラグが常に立っている状態だった。皆も過保護になろうってものです。
なお、その元凶とも言うべき凪の世界の創造主に対する私達の評価は、底辺どころか、ぶっちぎりでマイナスだ。一時は、神殺しについて研究する者達が続出したくらい嫌っている。
「それじゃ、お願い。私が出て行くと余計に揉めそうだし、さっさと終わらせよう」
「判りました」
頷き合って確認を。さあ、アマルティア? 貴女はきちんと謝罪ができるかな? ……凪に余計なことを言ったら、ただじゃおかないよ!




