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【広瀬煉】平和的ダンジョン生活。  作者: 広瀬煉【N-Star】
二章
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第十六話 『同僚がやって来た! 其の二』

 カオスな状況が落ち着き――最終手段『諦める』が発動した――、自己紹介も済んだ後。私達は揃ってテーブルを囲み、雑談に興じていた。


「――という経緯で、私はこの世界に来たんですよ。だから、『ダンジョンマスター』という役職よりも、『聖』という個人という認識が強くって」

「成程なぁ……それで『自我のある魔物』になったんじゃな。そういった発想が様々な影響を及ぼし、ここの特異性に影響しとるんだろう。基本的に、ダンジョンはマスターの支配下にあるようなもの。全く影響を受けない、ということはあるまい」


 とりあえず、この世界に来た事情などを説明すると、サージュさんは感心したように頷いた。


「命を落とした時の割り切り方も凄いが、こちらの世界に来る際の交渉……冷静な判断は中々できるものではあるまい。どうしてそういう発想に至ったか、聞いてもいいかの?」

「私としては、そこに思い至らない方が不思議ですよ。だって、生活環境が変わるわけでしょ。これまでの生活環境の維持って、結構重要だと思うんですけど」


 これ、凄く不思議だったのよね。いくら死後の延長戦と言っても、要はこちらの世界で生活する破目になるってことじゃないか。

 いくらダンジョンがマスター権限でカスタマイズできるといっても、そう簡単に何不自由ない生活を送れるとは思えない。

 だが、サージュさんは緩く首を振った。


「まあ、な。じゃがのう、死後……それも何らかの要因があって唐突に人生を終了させた者達は、そこまで冷静に判断できんじゃろうて。所謂、興奮状態にあっても不思議はなかろう? もしくは、新たな人生に縋ることで、現実を受け入れることもあるじゃろう」

「あ~……死因も影響して、冷静さを欠いた状態なのか……」


 確かに、銀髪ショタ(神)の勧誘って、『お仕事の報酬として与えられるチート能力は、自分で決めてね!』と言われているようなものだった気がする。

『お仕事してくれれば、人生イージーモードでスタートできるよ!』とも言い換えられるので、死んだ状況によっては魅力的に聞こえるのかもしれない。

 あれか、死んだショックと神(と名乗る生き物)に会ったことで、おかしなテンションになっているってことかな? ノリと勢いで了承しちゃうから、ゲーム感覚で希望を言っちゃう感じ?


「でも、銀髪ショタ(神)……じゃなかった、創造主様は嘘を言っているわけではないでしょう? 完全に、自己責任じゃありません?」

「それが正しくもあり、間違いでもあるじゃろう。交渉とは、『いかに相手を誘導し、自分の望みに添った結果に持っていくか』というものでな。そこに『嘘がないこと』は事実であっても、『隠された情報がある場合』は多い。勿論、指摘できずに見逃した者の落ち度ではあるが、そのような流れを作り出した者が誠実と言えるかね?」

「……」


 銀髪ショタ(神)を批難するかのようなサージュさんの言葉に、アストは僅かに顔を顰めた。忠誠心厚いアストからすれば、抗議したいと思っても不思議はない。

 だけど、サージュさんの言葉が事実であることも理解できているから、胸中は複雑なのだろう。

 ちなみに、ミアはさっきから嬉々として、お菓子を頬張っている。いくら栄養摂取は必要ないと言っても、美味しい物を食べることは嫌いじゃないらしい。大変、微笑ましい光景です。

 というか、ミアはサージュさんを咎める素振りすら見せない。いいのか、それで。

 全く違う反応を見せる二人の補佐役を気にしつつ、私はひっそりとサージュさんを窺った。サージュさんは穏やかに微笑んではいるけど、その目はどこか探るように私を見ている気がする。

 うーん……確かに、銀髪ショタ(神)の勧誘は強引だったよね。それは間違いない。おそらくだけど、ダンジョンマスター候補に拒否権はないに等しいんじゃなかろうか。


 ただ……それで銀髪ショタ(神)を嫌うかと問われれば、間違いなく『否』だ。

 私は一生懸命なあの子が可愛い。凪を助けてくれた時といい、情が深いことも知っているもの。


「……別に、それでもいいと思いますけどね」

「ほう?」


 ぽつりと呟けば、面白そうな顔になるサージュさん。


「だって、あの子……創造主様にとっての優先順位が、ダンジョンマスター候補と違うだけでしょう? あの子が最優先にするのは何時だって、この世界。ダンジョンマスター候補への情がないわけじゃないし、自分の行動に思うところがないわけでもない。ただ……この世界が大事なだけ」

「ふむ、自己犠牲の精神かね?」

「いいえ? 寧ろ、対価とばかりに自分の要求を突き付けるダンジョンマスター候補達の方が、よっぽど自己中だなって思っただけです。私も含め、ダンジョンマスター達は『己が望み』という、自分勝手な要求を叶えてもらっている。その要求が、通常の手段では得られないものであることも多いでしょう。だから――」


 嘘偽りない気持ちのまま、にっこりと笑う。


「少なくとも、願いを叶えてもらった私達が批難する権利はないかなって。奉仕精神という点で創造主に勝る存在はいないでしょうし、少なくとも、私達は『この世界の犠牲者』じゃないですよ。批難する人って、自分の要求を上手く言葉にできなかったか、願いを叶えた場合の弊害まで予測できなかっただけでしょうに」

「聖……貴女、そんな風に考えてたんですね」

「そりゃ、私は自分勝手に生きて、死んだからね。何より、偶然とはいえ、気になっていた凪のその後を知ることができた上、問題を解決してもらった。感謝こそすれ、恨む要素はないよ」


 アストは意外そうだが、それが嘘偽りのない私の本音だ。不自由なこと、ままならないことがないと言えば嘘になるが、不満があるかと問われれば『否』と答える。

 普通に生きていたとしても、理不尽なことは沢山あるじゃないか。自分の過去を語らない挑戦者達から向けられる感謝の言葉やちょっとした話から、彼らの人生が平坦なものではなかったと察するのはたやすいもの。


「もっと色々と考えることができる人とか、苦労が全くない人生を送ってきた人ならば、『ダンジョンマスターとしての存在意義と役割』に不満を抱くかもしれない。だけど、私は一般市民だったもん。難しいことなんて考えず、適当に仕事をしつつ、皆と仲良く暮らせればいいよ」

「まったく……。そこは『真面目に職務をこなす』と言いなさい」


 言いながらも、苦笑して私の頭を撫でるアスト。向けられた眼差しはどこか優しい。そんな私達の様子を眺めていたサージュさんは――


「はは! うんうん、良い子だ。補佐役とも上手くやっているようじゃな。苦難を人のせいにせず、手の内にあるものに感謝を向け、満足する……さすが、創造主様の目に適っただけはある」

「いえ、どちらかと言えば、何も考えてないだけなんですけど」

「そうですね、聖は日々を楽しく過ごすことしか考えていないお子様ですし」


 煩いぞ、アスト。そこにダンジョンの魔物達や挑戦者達が含まれているんだから、いいじゃない! 職務放棄だってしてないじゃん!

 頭に置かれたままだった手を振り払い、ジトッとした目を向ける。だが、アストは「黙らっしゃい、二十一歳児が」とでも言うように、馬鹿にした目を向けてきた。く……! 主はどっちだ!?


「ふふ、『愚かであること』と『無知であること』が別物であるように、お前さんは『賢い愚者』なのだろうな」

「へ?」


『賢い愚者』? って、何さ? 意味が判らずアストに視線で尋ねるも、肩を竦めてスルーされた。何だよー、判っているなら教えてくれてもいいじゃないかー!


「自分のことのみに目を向けていれば、不満もあろう。じゃが、己に関連付ける形で、周りの者達にも利をもたらす。ゆえに、『賢い』。それを無自覚に行なう上、野心がないからこそ『愚者』でもある。お前さんが大切にした者達は、向けられた好意や与えられた利を守るため、お前さんの敵に牙を剥くじゃろう。使い方次第では脅威となる繋がりながら、当のお前さんには野心がない。ゆえに『愚者』。野心家達が欲する要素を持ちながらも、ささやかな幸せに甘んじる」


 穏やかな表情で語る、サージュさんの言葉は重い。……が、私はそのような大層なものではない。アスト曰くの『二十一歳児の聖ちゃん』です。エリクとセットでお馬鹿扱いされる日々さ。


「要は『凄い知り合い達がいて、自分のために動いてくれるのに、彼らを利用する発想がない』ってことですか。それ、ただの他力本願……」

「まあ、そういうことじゃ。じゃがなぁ、ダンジョンマスターを長くやっているとな、野心家達に会う機会も多い。彼らは軒並み力を、栄光を、強さを、命懸けで欲するのだよ」

「わぁ、超自分に素直な人達! その点だけは気が合いそう!」


 マジでな。ただし、私は『素敵な引き籠もりライフ、カモン!』な発想なので、求める方向は真逆だけどさ。寧ろ、野心家の彼らの方こそ、『愚かな賢者』じゃねーの? と思ってしまう。


 だって、お仕事大好きじゃなきゃ、野心家なんてやってられないじゃん!


 それが自分のためだろうとも、働きアリの如くノンストップでお仕事ですよ。『王になる!』なんて目標を立てちゃった日には、個人的なことを犠牲にして国に尽くす日々が確定じゃないか。

 賢いからこそ、次々に有益な改革を打ち出して、睡眠時間と命を削る生活になるだろう。

 それを馬鹿正直に口にしたところ、サージュさんには大笑いされ、アストは――


「こ、この二十一歳児が……! 真面目に職務に励む方や、野心と向上心を持って努力する方の努力と苦悩を、貴女のお気楽ライフと比較するんじゃありません!」

「痛! ちょ、暴力反対!」


 青筋を立てて、私の頭を叩いたのだった。ええ~! 私は間違ったこと言ってないじゃん!

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