第十五話 『同僚がやって来た! 其の一』
――それは突然もたらされた知らせだった。
「聖、この国にあるもう一つのダンジョンのマスターが、貴女に会いたいそうです。と言うか……もうすぐいらっしゃいます」
「は?」
しれっと告げられた内容に首を傾げる。いやいや、アストさん。いきなり何を言ってるのさ!?
だが、アストは気になることも言った。『同国のダンジョンマスターが訪ねて来る』だと?
「あのさ、アスト。私も、魔物達も、基本的に自分の所属するダンジョンからは出られないんじゃないの? 『訪ねて来る』ってのは、おかしくない?」
「聖の質問ももっともです。ですが、『基本的に』と教えたでしょう? その例外がダンジョンマスターとその補佐役なのですよ。こう言っては何ですが、ダンジョンマスター同士で協力し合わなければならないような事態も想定されているというか」
「あ~……、流行り病とかの対策や、住人込みで国がヤバイことになった場合かな? もしかしたら、ダンジョンマスターの誰かが解決策を持ってるかもしれないもんね」
ダンジョンマスターは基本的に、異世界に生きていた人間だ。この世界の危機に発展するような病なんかが発生したとしても、彼らの元居た世界では脅威ではないかもしれない。
……ただし、『その情報を持つダンジョンマスターが、該当地域に居るかは別として』。
日頃はそれほど交流がなくとも、そういった事態になった場合は情報を提供してもらわなければならないのだろう。そして、『ダンジョンに解決策がある』とでも噂を流せば、人間達が足掻く。
「そのとおりです。聖もそういった事態になった場合、協力を要請されるでしょう。ダンジョンはこの世界の人間のためにあるものですから、そういった手助けをすることもあります。……解決策を得るにしても、ダンジョンに挑まなければなりませんからね。結果として、『ダンジョンに挑んだ報酬』という形で、外の世界に必要な情報がもたらされるのですよ」
頷き、私の予想を肯定するアスト。どうやら、ダンジョンマスター同士の交流は珍しくない模様。だが、どこか疲労を滲ませながら、アストは更に続ける。
「まあ、そう上手くいかない場合も多いのですが。特に、貴女が居た世界とこの世界は違い過ぎて、そのままでは知識も技術も根付かないでしょう。このダンジョンの魔物達は貴女の知識を共有しているからこそ、利用することが可能なだけです。ですから、私があちらに連絡を差し上げました。かの方ならば、この世界に根付かせる術もお持ちではないかと」
「あれ? アストはそのマスターさんのことを知ってるんだ?」
意外、と呟けば、ジトッとした目で睨まれる。
「補佐役同士の情報交換というものもあるのです。と・く・に! 私の場合は貴女がお馬鹿な二十一歳児ですから、お世話になる機会も多いと想定し、あちらのダンジョンの補佐役を通す形でご挨拶をさせていただきました。そのこともあって、あちらのダンジョンのマスターが興味を持ってくださったのですよ」
……まるで私のせいとでも言いたげだな? アスト。
負けじと睨み返せば、鼻で笑われた上にデコピンされた。ちょ、私達の主従関係って……!
「まあ、とにかく。貴女はイロモノというだけでなく、新米ダンジョンマスターもいいところなのです。これからお世話になる機会があるやもしれませんし、失礼のないように」
「はーい」
とりあえず良い子のお返事を。成程、先輩ダンジョンマスターとでも思えばいいのかな。
満足そうに頷いたアストを前に、ふと気になっていたことを尋ねてみる。
「ところでさ、そのダンジョンマスターさん達にはお茶とお菓子の他に、何をしたらいいかな?」
「……は?」
「いや、お客様に対するおもてなし。お茶とお菓子は定番だけど、興味があるなら食事とか温泉なんかもあるじゃん、うちのダンジョン。そういったものも勧めた方がいいかなって」
いくら『ダンジョンマスターは創造主作の器に魂が入っているだけで、生きてはいません。基本的に寝食不要です』という状態だったとしても、何のおもてなしもしないというのは拙かろう。
そう思って尋ねたのに、アストは頭痛を堪えるような顔をして額に片手を当てていた。
「そうでした……貴女だけでなく、現在のダンジョンも規格外の仕様でしたね。私としたことが、すっかり忘れていました」
どうやら、順調に私の影響を受けている……というか、馴染んできた模様。今のアストを見る限り、彼は本当にそういったものに違和感を覚えなくなってきているらしい。
「とりあえず、異文化交流みたいな感じで用意しようか。本人の意思を確認して、興味があるようなら体験ってとこかな」
「そうですね、それしかないでしょう」
そんな遣り取りの後、お客様の来訪予定が皆に告げられた。
……皆が私と同じように『どんなおもてなしをしたらいいですか?』とアストに聞きに来る事態になったことは、言うまでもない。
※※※※※※※※※
そして、先輩ダンジョンマスターはやって来た。ただ……何というか、色々と予想外だったけど。
「ほう、ここが噂の『殺さずのダンジョン』かの」
ゆったりとした口調の老人はパッと見、好々爺といった感じ。
「マスター、まずはご挨拶をしてください」
その傍に控えていたのは、十二歳くらいの栗色の髪をボブカットにした可愛い子だ。この子はアストのように執事っぽい服を着ている。遣り取りから察するに、この子が補佐役か。
「ああ、そうじゃったな。初めまして、新たなダンジョンマスター殿。儂はこの国の南にあるダンジョンのマスターをしておるサージュと申す者。数少ない同僚……といったところかの」
「初めまして。僕はミア。サージュ様の補佐役をさせていただいています」
「ミア、いつものように『おじいちゃん』と呼んでくれんのか」
「わぁぁぁぁっ! マ、マスター! ここでそれ言っちゃ、駄目ですぅぅぅっ!」
……。
マジでおじいちゃんと孫か、あんたら。
ちらりと視線をアストに向ければ、アストは顎を落とさんばかりに驚いている。
「アスト、この二人のことを知ってたんじゃないの……?」
「幾度かはお話しする機会がありましたが、こんな遣り取りは初ですよ」
「……。平和な国だね、ここ」
ダンジョンマスターが二人揃って、平和ボケ傾向かよ。
私の声なき突っ込みを察したのか、アストは頭を抱えてしまった。真面目な補佐役にとって、この事態は許容範囲を超えた事態だった模様。
「くぅぅぅ……創造主様に申し訳が立ちませ……」
「私達を選んで拉致してきたのは、その銀髪ショタ(神)だけど?」
「……!?」
あ、黙った。はは、やだなぁ、アスト。そんな『ショックです!』と言わんばかりの表情で固まられても、ウザイだけだぞ?
「私はどこに抗議すれば……」
死んだ目で現実逃避をし始めるアストに、未だ『おじいちゃんと孫』をやっている南のダンジョンマスター・サージュさん&その補佐役のミア。中々にカオスな状況だ。
「なるようにしかならないって! 人間、諦めが肝心だよ?」
ひらひらと手を振りつつ慰めれば、アストはキッとばかりに私を睨む。
「私は魔人です! だいたい、何故、貴女はそんなに冷静なんですかっ! そもそも、貴女も私に頭を抱えさせている一因なのですが!? ちったぁ、真面目に職務に励めや、二十一歳児が!」
「頑張って、大型娯楽施設の経営に励んでるじゃん」
「誰が、娯楽施設を経営しろと言った! ここはダンジョン! 死と栄光のダンジョンですよ!?」
「いやいや、アストさん? それこそ、今更でしょー?」
銀髪ショタ(神)の許可を取ったじゃん。つーか、あの子も面白がってますがな。
そんな私達の遣り取りを、今度は『おじいちゃんと孫』ことサージュさんとミアが眺めていた。
「ほうほう、平和なダンジョンじゃのー……」
「『殺さずのダンジョン』とは呼ばれていますが……い、いいのかなぁ?」
「「……」」
平和ボケ主従なのはお互い様のようですね、お二人さん。仲良くできそうで、何よりです。




